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それでもお前は執事じゃない!  作者: 千早 朔
第三章

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第十四話


(ったく、ほんっとアイツはどーしよーもねぇな)


 目の前の『お嬢様』をないがしろにする『執事』が何処にいるってんだ。

 功基も出来るだけ目を合わせないようにしているが、それにしたって度が過ぎている。手元で何かを扱ってない限り、数秒に一度はこちらの様子を伺っている状態だ。

 このまま放っておいては駄目だろう。

 功基は気乗りしないながらも意を決し、昴がホールに居ない事を確認してから、こっそり邦和を手招いた。


「っ」


 ピンと立ち上がった犬耳。周囲など一切確認せずに、嬉しげなオーラを纏った邦和がいそいそと近寄ってくる。


「何の御用でしょうか、功基さん」


 架空の尻尾をブンブンと左右に振り、僅かながらも頬を緩めて期待の眼差しを向ける邦和。

 その姿に良心が刺激されるが、功基は努めて厳しい表情を貫く。


「ちゃんと、仕事しろ」


 途端に邦和の顔が曇る。


「やって、おります」

「あのなぁ、こっちばっか見てんのは『ちゃんとやってる』って言わねーんだよ。今、お前の『主人』は、アチラの『お嬢様』達だろ?」

「ですが、私が主人と認めているのは功基さんだけで」

「そーゆー話しじゃねぇんだよ……」


 これでは埒があかない。


「……初めてココに来た時、お前にしっかりした対応されて、嬉しかったんだよ」

「功基さん……?」

「一回こっきりのつもりだったのに、また来てもいーかなーなんて思うくらいにはさ。いいヤツにあたったなって思ったんだ。だから他の人にも、オレみたいに、お前にあたって良かったって思っててほしいんだよ。それだけの技量が、お前にはあるだろ」


 邦和の接客は無愛想だが、けして不愉快な類ではない。紅茶を淹れるのだって上手いし、十分評価されるだけの力量を持ち合わせている。

 確かに、他の客にも、あの日の功基と同じ心地よさを味わって欲しいとは思う。

 けれどもそれ以上に、『なんて"ハズレ"を引いたのだろう』と、邦和が不当な評価を受けるのが、嫌だった。


「なんかうまく言えねーけど、お前には格好いい『執事』でいてほしいっていうか。まぁ、オレの我儘っちゃあ、我儘だけどな……」


 まるで自分の保身の為に、躍起になっているようだ。

 後ろめたい気持ちで伏せた功基の視界に、邦和の顔が割り込んできた。


「っ」

「格好いいですか?」

「なっ」

「功基さんは、俺を格好いいと思ったんですか」


 突き刺すような真剣な眼差し。

 逃げることは許さない、というほど近い距離で尋ねられ、絡めとる瞳に功基の心臓がバクバクと跳ね上がる。

 功基に対しては「私」と使う邦和が、この時は「俺」と称していた事に、気づく余裕すらなかった。


「っ、おま」

「功基さん」

「~~そうだよっ! 格好いいと思ったよ! これで満足か!?」

「ええ、とても」

「へ?」


 すっと離れされた距離。

 戸惑いに見上げた先で、邦和が自身の左胸に手を添えた。


「功基さんのお気持ちは確かにここに」


 暗い影の中で、ふわりと緩められた顔。


「お任せください。期待には応える男です、俺は」


 普段の無表情からは想像もつかない、柔らかな笑みを残して踵を返した邦和が去っても、功基の硬直は解けなかった。


(あんなかお、出来んのかよ)


 歓喜に染まった頬を隠すことなく緩めて、功基を真っ直ぐに捉えた瞳には確かな熱が隠っていた。

 弧を描く唇で落とされた声は常よりも艷やかな色を含み、功基の鼓膜を尚、支配し続けている。


(っ、なんだこれ)


 心臓が、壊れたみたいにうるさい。


 功基への宣言通り、フロアに戻った邦和はそれまでが嘘のように、堅実な『執事』をまっとうしていた。

 呆れる程に寄こされてた視線も、一度だって向けられない。安心、の筈なのに、何故か功基の胸中は靄々としていた。

 コレじゃあ逆になっただけじゃねぇか。

 そう思いながらも功基の視線は、『お嬢様』に尽くす邦和の姿を常に追っていた。


 邦和のシフトが終わったのは、入店してから二時間ほどが経ってからだった。

 どうやら昴は功基と邦和のやり取りに気付きつつも、黙っていてくれたという。「おかげで助かりました」と心底ありがたそうに微笑まれては、謝ることも出来なかった。

 お会計は既に、控室に下がった邦和が済ませていると言う。


「是非また、お越しください。心よりお待ちしております」


 迷惑をかけっぱなしだったと言うのに、秀麗な笑顔で深々と頭を下げる昴は、やはり大人だと思った。


「で、言いたいことは色々あっけど、とりあえず今後一切お前のバイトには付き合わねーから」

「そんな……」


 憮然と宣言した功基に、邦和が項垂れる。

 店の外で合流してから路上は勿論、電車内でもだんまりを決め込んだ功基の様子に怒りを感じ取っていたのか、功基の家に上がり込むなり邦和は正座の体制をとった。

 そして只今、絶賛お仕置きタイム中である。


「ってか、バイト先に同行とか普通に考えておかしいだろ!」

「そんな事はありません。功基さんは」

「『主人』だって言うんだろ。あのな、大前提としてその『主人』ってのは、オレとお前との『交換条件』だろ。関係ない人達を巻き込んでやるなよ」

「ですが……」


 まだ反撃してくるかこのヤロウ。


「私がいない間、功基さんがお一人でいらしゃるかと思うと、気が気ではありません」

「……オレがぼっちだって言いてーのか」

「そうではありません。何か不慮の事態に巻き込まれていらっしゃらないか、心配で堪らないのです」

「……オレの母親かお前は」

「執事です」

「限度ってもんがあんだろ……」


(重症だなこりゃ)


 真剣な顔で返す邦和に、功基は嘆息する。

 だが功基だって、ここで引くつもりはない。

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