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それでもお前は執事じゃない!  作者: 千早 朔
第三章

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第十二話


「へー。愛されてるじゃん、ご主人サマ」

「ヤメロ。次それ言ったらぶん殴るからな」


 至って平然としている庸司に、功基の不安は募っていく。

 なんだ、オレがおかしいのか?

 釈然としないまま、功基もモソモソとオムライスを口に運ぶ。味はよくわからない。


「ってか個人的には、功基の順応性の高さに驚き。よく初対面の人間、部屋にあげたね」

「あ? しょーがねーだろ、内容が内容なんだから」

「ま、そーなんだけどねー。ダメだよ? ちゃんと危機感は持たないと」

「別に、金目のモン持ってるワケじゃねーし、財布は近くに置いてたし。話した感じ、そーいった類のヤツでもなさそうだったしな。ちゃんと相手は判別してるって」


 心配しすぎだろ、と視線を上げると、「そーゆーコトじゃないんだけどねー」と生暖かい目がかち合った。

 なんだソレ、窃盗に気をつけろって話しじゃないのか。

 そんな功基の疑問が声にならなかったのは、目の前の庸司が小さく「あ」と呟いたからだ。


「あ?」


 功基を通り抜ける視線に、訝しげに背後を振り返る。

 と、シャンと背筋を伸ばし、功基を見下ろす黒い眼。


「お食事中のところ申し訳ありません」

「おま、なんだよビックリさせんなよ……」

「本日の講義後、何かご予定はお有りでしょうか」

「いや、特になんもねぇけど……?」

「左様ですか。私の我儘が許されるようでしたら、少々お付き合い頂きたい場所があるのですが」


(これは、誠意を見せるチャンスじゃね?)


「ああ、別に構わねーよ」


 胸に渦巻いていた罪悪感に後押しされるように、功基はコクコクと頷いて同意した。

 礼という程でもないが、なんでもいいから返したかったのだ。


「では、また講義終わりに」

「ああ、昨日のベンチんトコでいい?」

「はい。お待ちしております」


 深々と頭を下げて踵を返した邦和を見送り、功基は再びオムライスを咀嚼する。

 そういえば、目的地を訊き忘れていた。


(まぁ、どうせ後でわかるしいっか)


 それよりも、邦和の役に立てそうだという期待に、功基の胸は高鳴っていた。


「……前々から思ってたけどさぁー」

「うん?」


 最後に残ったスープの椀を傾けながら視線だけを向けると、庸司は哀れんだ目で功基を見つめていた。


「功基って、お人好しっていうか、押しに弱いよね」

「……ほっとけ」


 庸司の言わんとする意図が、功基にはよくわからなかった。


***


「行きましょうか」と促されるまま、ろくに行き先も訊かず気合十分で付いて来た事に、功基は心から後悔した。

 目の前にはつい最近見た、レンガ造りの階段。扉の向こう側に続く非日常をたっぷりと示唆した看板が、容赦のない現実を突き付けている。

 池袋駅で下車した時から、嫌な予感はしていたんだ。

 内心で歯噛みする功基の横を涼しい顔で通り抜けた邦和は階段前で立ち止り、歩を止めたままの功基を不思議そうに眺めている。


「どうされました?」

「どうしたもなにも、オレ、今日予約ねーし」


 豆粒程の可能性にかけて、唸るように言った功基。

 だが邦和は表情を変えないまま、「ああ」と頷く。


「話は通してありますので、問題ありません。どうぞ」

「どうぞって……あ、オイ!」


(ってか従業員も正面から入っていいのかよ!?)


 階下へと見えなくなっていく姿に不安をかられ、観念した功基は足早に邦和の後を追い、店内へと踏み入れた。

 黒い店内に淡い色を落とすシャンデリア、ビロードの真紅。ほんの二日前に見た光景と変わらない。

 ただ唯一違うのは、奥へと続く通路の先に、誰の姿もない事だ。


「今は予約の方がいらっしゃる時間ではないので」

「ああ、それで……」


(って、何も納得してないけどな!?)


 スタスタと進んでいく邦和の後ろを、縮こまりながらついて行く。

 ここを曲がれば鏡だ、と先日の光景が功基の脳内に掠めた刹那、すっと現れた人物は、田中ではなかった。


「すみません、和哉」

「いえ。では功基さん、実に不本意ですが、また後ほど。昴さん、お願いします」

「え? あ、ちょっとオイ!?」


 功基の呼びかけも虚しく、邦和は鏡横の暗幕をくぐり、姿を消してしまった。

 なんなんだ。一体いまどういった状況なんだ!?

 少しくらい説明していけよ! と硬直する功基を動かしたのは、静かでも不思議と響く昴の柔和な声だった。


「こちらへどうぞ。お席へご案内致します」

「っ、席?」

「まったく、和哉は何もお話していないのですね。どうぞ、ご説明はこちらで」


 ここで突っ立ていても、かえって邪魔になってしまうだろう。

 人を安心させるような親しみのある昴の笑顔に背をおされ、数人の執事が往来するほぼ満席の店内へと踏み込む。

 案内されたのは、右側一番奥に鎮座する天蓋のついた席だった。

 フロアから一段高くなったソファー席は、おおよそ前回とは比べものにならない程の高級感と特別感を醸し出している。


「本来は当店に二十回以上通われた方をお通しする席なのですが、今回は事情が事情でしたので」

「にじゅう……!?」


 唖然とする功基にメニュー表を広げながら、昴はクスクスと笑う。


「因みに対面のソファー席は、十回以上通われるとご予約が可能になります」


 という事は、あの人も、あの人も、あの人も。

 数年前、メディアの関心が最高潮の時に立ち上げられた近しいコンセプトの店が続々と姿を消して行く中、今だ圧倒的な人気を誇るこの店の真髄を垣間見た気がして、功基の肩がフルリと震えた。


(で、なんでオレはその特別待遇を受けているんだ)


 正式会員にすらなっていない仮カードは、功基の財布の中で眠っている。


「本日勤務予定だった者が欠勤となりまして。急遽、和哉に応援を頼んだ所、南条様のご同行を許可すれば可能だと言うので、お願いさせて頂きました」

「え、アイツそんなご迷惑を」

「まさかご本人様に説明なく進めているとは……和哉らしいと言いましたら、らしいですけれども。丁度お席の空きがあり、ようございました」

「なんかホント、すみません……」

「南条様が恐縮されるような事はなにもございません。どちらかと言えば、巻き込まれてしまった被害者かと」


 昴が肩を竦める。


「それにしても、和哉は随分と南条様に懐いているようですね。つい数日前までは、特に親しい間柄というようには見えませんでしたのに」

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