第27話 任意聴取②
和樹の表情から怯えが消えたのに対し、多少怪訝な顔をしたものの、自白前の空元気だろうと判断した中年刑事はさらに追及の言葉を重ねる。
「佐藤さん、君ね、自分がどういう立場に置かれているか分かってるのかい? こういうのはね――」
(おっさんがなんか言ってる。まあいいや、適当に聞き流そ)
だが、和樹は右から左へと刑事の声を受け流し、脳内のリソースの9割を、まったく別の次元へと振り向けた。
(極上の金髪碧眼巨乳エルフの容姿でも想像するか……)
取調室の天井照明を見上げながら、和樹の脳内には一面の花畑が広がる。
(金髪碧眼。しかも巨乳。エルフ。俺だけの従順。うひょ~。
家に帰れば、「おかえりなさいませ、ご主人様ぁ……」と三つ指をついて出迎えてくれる。
一緒にお風呂に入り、背中を流してもらい、そしてふかふかのベッドで……)
「聞いてるのか佐藤ォ!!」
「あ、はいはい。聞いてますよ。黙秘しますけど」
「お前なぁ……!!」
刑事たちの尋問は、それから数時間に及んだ。
あの手この手で揺さぶりをかけ、時には情に訴え、時には声を荒らげたが、相手は舐めプモードになった和樹である。
暖簾に腕押しそのものだった。
やがて、中年刑事が手元の腕時計を気にしだした。
恐らく取り調べの時限が迫っているのだろう。
今回の和樹への取り調べは逮捕に基づくものではなく、あくまで任意。
原則として日をまたいだ拘束は行えないという警察側の事情があった。
「……今日は、このくらいにしておきましょう」
苦虫をかみつぶしたような顔で、中年刑事がため息をついた。
これ以上引っ張っても無駄だと悟ったのだろう。
現状では、和樹が売却したコインは限りなく怪しいものだが、マネーロンダリングの物証もなければ盗品としての被害届もない。
この状態での長時間の任意聴取は違法な拘束とみなされるリスクもある。
「帰っていいんですね?」
和樹が意気揚々と立ち上がると、若い刑事が忌々しそうに一枚の書類を突き出してきた。
「今日の調書だ。内容を確認して、ここにサインと拇印を――」
「あ、嫌です」
和樹は即答した。
「この書類へのサイン、任意ですよね? 俺、やましいことがないのに拘束されて、圧かけられてメンタルがブレイクしました。それなのに書類にサイン? 嫌です」
「事実と違うところがあるなら直すから言ってもらえませんか?」
中年刑事が妥協案を出してくる。
「俺は私物を売っただけなのに犯人扱いされて傷つきました。確認する気力もうないっす」
そう言って、和樹は席を立つ。
「おい!」
若い刑事がそれを引き留めようとするが、中年刑事の方は逆に若い刑事を制止した。
「佐藤さん? 君、そんなのが通ると思っているのかい?」
「通るも何も任意ですよね。もしかしてこれ拒否すると逮捕されるんですか?」
「かもしれないねぇ……」
実際はそんなことをすれば違法捜査となるのだが、中年刑事は可能性の提示の範囲のあいまいな表現で和樹に圧をかけようとする。
「じゃあ逮捕後に弁護士さんと会えるようになったらそういうのも聞きます」
(本格的にきつくなってきたら一時的にでも異世界に逃げればいいしな)
が、和樹としてもこのまま拘束され続けるのであれば異世界に逃げてしまえばいいという奥の手がある。
トイレなどで異世界に数十分程度逃げて気分転換をすれば、逮捕拘留でも耐えきれるだろうという目論見を立てていた。
一方で逮捕の可能性でも引かないことによって中年刑事の手札は尽きてしまう。
「……ではこの調書への署名を拒否したという履歴が残りますが構いませんね?」
最期の悪あがきとして、何を考えているか分からない瞳で、中年刑事は和樹を見つめた。
「俺は何も同意しないので。……帰っていいですか?」
「わかりました。じゃあ君は調書の方をお願いね?」
「……わかりました」
若い刑事にそう言うと、取調室のドアを開けて和樹を入口へと案内する中年刑事。
「長時間のご協力感謝します。……またなにか新しい情報が出た際はご協力をお願いすることもあるかもしれません」
(もう来んな! 俺はもうすぐ来る美少女奴隷のことで忙しいんだよ!)
警察署の入り口で意味深な捨て台詞を吐く中年刑事に和樹は悪態を吐く。
外に出て見上げると連行された時は朝だったのに既に日が暮れていた。
(まあ警察って本当にカマかけとかやるんだってのが見れただけで面白かったし、いいか)
そう思いなおすと、和樹は上機嫌でスマホを操作しタクシーアプリで呼んだタクシーに乗ると、自宅のマンションへの帰路についた。




