第26話 任意聴取①
「……で? いつまで黙秘を続けるつもりだい、佐藤和樹さん?」
浅草警察署の一室。
善良な市民がドラマなどでイメージしているような鉄格子入りの薄暗いコンクリート打ちっぱなしの部屋……なんてことはなく、簡素なアルミパーテーションで仕切られた、窓すらないがきっちり照明はついている無機質な部屋で、中年刑事が和樹を睨む。
今この部屋にいるのは、朝の路上で声をかけてきたスーツ姿の中年刑事と、体格の良い若い刑事、そして和樹の三人。
「も、黙秘っていうか……本当に、言えることはないっていうか」
パイプ椅子の上で縮こまりながら、和樹は消え入るような声で答えた。
『任意同行』という名目でパトカーに乗せられ、取調室に押し込まれてからすでに数時間が経過している。
最初のうちは、
「ほら、確認だけだから。純金コインをどこで手に入れたかを教えてくれればすぐ終わりだから、ね?」
などと穏やかなトーンだった刑事の口調は、時間が経つにつれて徐々に荒くなり、今では完全な『圧』を伴う追及へと変わっていた。
あたりまえだ。
調べても出所の分からない意匠の金貨。
それを突然複数回に分けて貴金属店で売りに出した若者。
これが数枚程度、数十から数百万円程度ならばまあ、あり得ない話ではない。
だが数千万円となると話が変わってくるのだ。
しかも和樹はこの入手経路に回答を拒否した。
警察からすれば、反社会的勢力のマネーロンダリングの末端、あるいは大規模な窃盗グループの一員という疑いが一気に高まったのだ。
一番マシでも闇バイト(警察の反応を探る鉱山カナリア的役割)でもしていると思われている状態だった。
「言えることがない、ねぇ」
若い刑事が、バンッ!と机を強く叩いた。
「なんでだ!? 後ろ暗いことがなけりゃあどうやって手に入れたのかなんで言えるよなあ!?」
「佐藤さん? 貴金属ってね。絶対足が付くんですよ。盗んだものだろうがこっそり密輸したものだろうが、絶対にね? 素直に吐いたほうが、裁判の時の心象がマシになると思いますよ?」
若い刑事が圧をかけ、その後に中年刑事が優しく諭す。
ここ数時間は手を変え品を変えだがこの繰り返しだった。
「そんなこと言われても……!」
大きな音にビクッと肩を震わせる和樹。
国家権力である警察のガチの追及。
ゆるふわ新社会人(※退職済み)の和樹にとっては未知の経験である。
手と背中には汗がびっしょり、心臓はヘヴィメタルのドラムの様に打ち鳴らされる。
(だって『異世界で石鹸と交換しました』なんて言えるわけないじゃん……!)
和樹を黙秘一択にしているのはFIREへの執着と言うのもあるが、ひとえに『正直に言っても絶対怒られる』という確信があったからだった。
そりゃそうだ『異世界から持ってきました』とか警察をナメてるとしか思えない。
ガン詰め不可避である。
まあ黙秘は黙秘でガン詰め不可避なのだか。
「佐藤さん」
にっちもさっちもいかなくなった和樹に対し、中年刑事が諭すような、冷笑を含んだ顔で新しい手を使ってきた。
「まあ、隠しても無駄だよ佐藤くん。実はね、こっちはもう……『経路もある程度特定できてる』んだよ」
「――え?」
和樹は顔を上げた。
経路がある程度特定できている。
つまり、金貨の出処を警察が掴んでいる、とこの刑事は言っているのだ。
(経路……特定……?)
その言葉に、カズキのメンタルは逆に回復しだす。
警察が特定した経路。
(つまり? 警察はこのチーレム金貨が異世界産ってことを知っていて? 特に問題なくふっつーに取引をして得た者について、『犯罪の疑いがある』とかいっちゃってるわけ?)
(いつから日本は貿易が違法になったんだ?? 本当に経路を知ってるならそういうことを言ってるってことになるよな??)
「………………ブフッ」
和樹は、思わず吹き出してしまった、
(ばぁーーーっかじゃねーの!? んなわけないじゃん)
「何がおかしい? ばれないとでも思ってるのか!? 警察舐めんなよ?」
「ここに同行願った時点で、ある程度証拠は固めてるとはおもわないのかい?」
若い刑事の圧。
含みを持たせた笑みを張り付ける中年刑事の顔。
数十秒前までは怖くて怖くて仕方なかったその顔も、和樹にとっては滑稽で仕方がない。
(仮にこのチーレム金貨の入手経路が分かってるなら合法だろうがよ! ばああか!)
つまり、金貨の入手経路に違法性を見出している時点で、警察は何の証拠もつかんでいないことは明白だった。
(なんだよ。カマかけてるだけじゃねえか!!)
和樹が持っている金貨はそもそも盗品ではないのだ。
どれだけ捜査をしようとも盗品やマネーロンダリングの金とは一致しない。
だって異世界産だから。
絶対にバレない、絶対に証拠が出ない。
その確信を持った途端、和樹は一転超絶余裕モードになった。
今の今までの和樹のイメージは『刑事ドラマの苛烈な取調べ』だったが、もうそうではない。
今のこの状態は『笑ってはいけない警察24時』と化していた。




