第20話 日本へようこそカス子さん
ニューモンの薄暗く生臭い路地裏から、見慣れたアンティーク調の『異世界ドア』をくぐり抜けた先につながる、和樹の部屋。
手のタトゥーをフリックしてドアを出現させ、カス子の手を引いて和樹は部屋へと足を踏み入れる。
「これが飛び石商人のポータルってやつなん? この個室はどこなんや?」
連れられるがままにドアをくぐったカス子はベットのある部屋に入ると不思議そうにあたりを見回した。
「えろう涼しいけど、暗黒大陸……じゃなくて日本?は冬なん?」
そんなカス子の反応を一旦無視し、和樹は部屋の窓のカーテンを開け放った。
「なん、なんやここ……!?」
カーテンの向こうに広がる大都会東京の街並みに目を見開くカス子。
中世ヨーロッパレベルの文明しかないナーロッパの住人が日本の首都東京の雑居ビル群を見たら度肝を抜かれるのは当然だ。
「……それに、よく見たら火も点いてへんのに部屋の上が太陽みたいに明るいし……え?窓にはめ込まれてるのは、板ガラス!?」
天井のLEDシーリングライトを見上げて驚き、もう一度外の風景を見ようとしていたガラスに気づいてまた驚くカス子。
その様子を見て、和樹の顔は胸いっぱいに愉悦の感情が浮かんでいた。
(そうそう、これだよこれ! 『異世界人が現代文明に触れて驚愕するヤツ』! 俺はこういうのを待ってたんだよ! いい反応するじゃねえかよカス子!)
優越感でドーパミンをドバドバと分泌させながら、和樹はさらに追撃をかけることにした。
「ふふん、驚くのはまだ早いぞカス子。ここから道の方を見てみ?」
「え? カス子ってうちの事? もうちょっとかわいいあだ名の方がえぇ……って、なんやあれ!?」
和樹がベランダの引き戸を開けてカス子をベランダに誘導し、下の車道を指さす。
表通りに面した和樹のマンションの前を走る車道では、幹線道路らしくひっきりなしに車が走っていた。
「な、なんやこれ……!? あの下を走ってる光る鉄の箱はいったいなんなん!? ゴーレム!? めっちゃ速いゴーレムなん!? あ、あと目の前にめっちゃ高い塔あるやん! 賢者でも住んどるん!?」
「あれは自動車って言って、人が乗って移動する乗り物だ。あのでっかい塔はスカイツリーっていってな。なんであんなに高い建物なのかは俺は知らん」
「すっごぉ……! 魔王城の城下町かて、こんなんなかったで!?」
バルコニーの手すりから半分くらい身体を乗り出しながら、長い耳をピコピコと激しく動かし東京の街並みに見入るカス子。
(いいねぇいいねぇやっぱりファンタジーのお約束をしてくれる生の現地人最高! 知ってる? この美少女、俺の奴隷なんだぜ)
色々な優越感で特大のドーパミンを浴びで有頂天になる和樹。
そうして一通り優越感を堪能したのち、和樹はカス子と一緒に部屋に戻る。
(とりあえず、今日は近所のラブホに直行して、明日以降のことは賢者モードになってから考えるか!)
優越感を味わえた後、和樹に出てきたのは性欲だったようだ。
相変わらず下半身で思考している和樹。
が、ふと部屋の床に置かれたリュックサックに目がいった。
(……あー……脱童貞、の前に、一仕事……でも脱童貞、うーんやっぱ換金が先だな)
カス子の借金を肩代わりしたとはいえ、手元にはまだチーレム金貨が二百枚残っている。
重量にして3キログラム弱、換金すると日本円にして約五千万円の大金だ。
(さすがにこんな大金を、不用心に部屋に置きっぱなしにしてラブホに行くのは怖いな……。よし、先に買い取り業者に発送しちまうか)
そう思い立った和樹はさっそく事前に取り寄せをしておいた宅配キットを棚から取り出そうとする。
すると、カス子がふらっと和樹にもたれかかってきた。
「(もーカス子さん気が早んだからぁー)そういうのはラブホで……カス子?」
鼻の下を伸ばしてカス子の腰に手を賭けようとすると、カス子の顔が若干青いことに和樹は気が付く。
「……なんか、ここ……めっちゃマナ、薄ない……?」
カス子は自分の頭を押さえながらふらふらしている。
「マナ?」
「せや……息はできるんやけど、空気に魔素が全然含まれてへんっていうか……無マナ地帯にいるみたいな感じや」
そう言うなり、カス子の膝からカクンと力が抜けた。
「おわっ!?」
和樹はカス子を慌てて抱き留め、そのままベッドへと寝かせる。
カズキはカスであるが、流石に調子の悪そうな美少女を前にして性欲を優先するほど終わってはいなかった。
「あ、それに……逃げ切れたって安心したら、急に腰が抜けてもぅたみたいや……」
カス子はほんの数時間前まで、チーレム金貨203枚を確保しなければ300年間、地下鉱山で1日5件のノルマ付きハードコア娼婦ルートという、限界ぶっちぎりの環境に居たのだ。
そこから一転、和樹という救世主の登場によって借金を全額弁済し、奴隷落ちは確定とはいえ鉱山奴隷に比べれば相当ぬるい条件におちついた。
張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れ、さらにマナが薄いという現代日本の環境変化が重なれば、力が抜けてしまうのも無理はない。
「マナ不足って、そのままだと悪化するのか?」
「エルフは精霊種ちゃうから慣れれば平気や、まあ、高山病みたいなもんやな」
「そ、そうか。よかった。」
「……でも、ん……ちょっと、ひと眠りさせてぇや……」
そう言うと、カス子はあっという間に寝息を立て始めた。
「……マジか」
和樹は、ベッドの上で丸くなるカス子と、チーレム金貨を交互に見比べた。
「とりあえず今のうちに出荷しちまうか」
流石に寝息を立てて寝ている体調不良の美少女にイタズラしないくらいの理性は和樹に残っていたらしい。
カズキは段ボールを組み立て、小分けにした金貨を梱包し始めた。




