第2話 異世界ドア
「あー、働かずに昼間から飲む酒はウマイ!!」
そんな経緯があってからの退職から数日後。
和樹は三月に(親の金で)入居したばかりのワンルームで、圧倒的怠惰の海に沈んでいた。
今日は平日、そして時刻は午後一時。
世の社会人たちが昼休みを終えて午後の業務に戻ろうとしている時間帯に、和樹はベッドの上に寝転がりスマホでVtuberの昼配信を垂れ流しながら怠惰の極みに耽っていた。
『お前が私を娶るんだよ! 他人事な顔すんな! なあ!』
「ぶふっ」
画面の中で甲高い声を上げながら投稿コメントにキレ散らかす婚活芸が売りのVtuber配信を見てニヤつきつつ、コメント欄に「早く結婚してほしい、俺以外と」などのコメントを打ち込みながら、和樹は右手に持ったカップタイプのロックアイス容器を口に付ける。
カップの中身は、近くの大型ディスカウントストアで売っていたプレ値の国産高級ウイスキー。
それを、おなじくディスカウントストアで一緒に買った1本69円税込みの強炭酸水で雑に割って、贅沢なハイボールにして飲んでいる。
ウイスキーガチ勢が見たら発狂しそうな飲み方だが、金にモノを言わせて高級品を雑に消費するこの背徳感こそが、今の和樹にとっては最高のスパイスだった。
「働かずに飲む、プレ値のウイスキーで作る雑なハイボール。空っぽにして見れるストレスフリー動画。……これが人間の生活ってもんよ」
それは人間の生活ではなくて酒カスニートの生活ではないだろうか。
しかしそんなツッコミをしてくれる人物は和樹の部屋には当然いない。
そこそこの散財をしたとは言え、和樹の銀行預金にはまだ年収二年分の残高が積みあがっていた。
刹那的な若者代表こと和樹にとって、年収二年分、数百万円という数字は無限の自由を感じられる数字だった。
冷静に考えれば無駄遣いをすれば一年も経たずに底をあぶく銭なのだが、労働から解放された全能感で理性が吹き飛び、刹那的な快楽に溺れる和樹のあっぱらぱーな頭はそこまで考えが至っていなかった。
もう後数か月もすれば冷静になり、意外に少ないことに気が付くのだろうが、それはそれ。
今の和樹はあぶく銭に溺れ切り、刹那的なアホの極み。
酔った勢いで、ここ数日は毎晩のようにネット通販やフリマアプリを徘徊し、目についた面白そうなものを気の向くままに買いあさる日々。
あぶく銭で身を亡ぼすアホのテンプレ的なルートを歩んでいるのが、まさに和樹だった。
そんなアホの住処に、ピンポーンというチャイムが鳴り響く。
「ん-? 今日の便かなあ?」
インターホンの音に反応し、和樹はよろよろと立ち上がる。
玄関のドアを開けると、ここ数日毎日顔を合わせている宅配業者のおっさんが、いつものように荷物を持って立っていた。
「お届け物でーす。今日は六点ですね。ここにサインお願いしまーす」
「あざーす。ご苦労様でーす」
いつものように宛名を確認することもなく何も考えずにサインをして荷物を受け取る和樹。
そして受け取った荷物を部屋に運ぶと、テキトーに大きいダンボール箱から開けてみることにする。
ちなみに何を買ったのかはすでに覚えていない。なぜなら細かいものを含めると配送待ちは十数件に上るから。
「さてさて、何が届いたのかなーっと」
何を買ったのか覚えていないことにやばさを感じる事さえなく、和樹はカップハイボールをすすりながら段ボールのテープを外し、梱包材を乱雑にゴミ袋に放り込みながら中身を物色する。
今日の荷物は、今飲んでいるのと同じプレ値のウイスキー(ぽちってから近くのディスカウントストアにも売ってることに気が付いた)、パスタマシン(使わなそう)、フリマアプリで買った品薄でプレ値になってるゲームソフト×2、よくわかんない箱多数。
「うーん、ウイスキー以外イラネ。フリマアプリに出すか」
そんなことをつぶやきながら、最後に残った中くらいのダンボール箱を開ける。
「ん?」
そして、中の物を取り出して、和樹の手が止まった。
「……なんだこれ?」
プチプチの緩衝材に包まれて出てきたのは、金属製のくすんだ色の古びたドアノブと一冊の薄い冊子。
ドアノブはずっしりとした重みがあり、表面には無駄に手の込んだ謎植物の彫刻が施されている。
ドアノブにくっついているドアプレートには何に使うのかよくわからないダイヤルと鍵穴もついており、鍵穴には鍵が入ったままの状態だった。
この段階で鍵の先端が明らかに虚空に消えているのだが、和樹は気づいていない。
「なんだっけこれ。マジで思い出せねぇ……中古っぽいしフリマアプリか?」
和樹はそう思い、フリマアプリの取引履歴を見てみるものの、それっぽいものはない。
段ボールの伝票を見てみようと段ボールを見るが、剥がしてしまったのか伝票はどこかへいってしまっていた。
「まあ、そんな高いもんでもないだろう、たぶん?」
既にクレカが上限いっぱいになっていた関係で最近はもっぱらデビットカードを使っていた和樹は、一応銀行の残高を確認し、特に先ほどと差がないことを確認すると深く考えることをやめた。
(ま、どーせ寝落ちする直前にどっかのマイナーな中古屋のECサイトかなんかで買ったもんだろ)
そう内心で勝手に納得した和樹は、和樹は右手にアンティークなドアノブを持ち、左手でハイボール入りのプラカップをあおった。
昼間特有の酔っ払いテンションが和樹を特に意味のないくだらない遊びへと駆り立てた。
和樹はドアノブを持ったまま、ベッド際の何も貼られていない真っ白な壁の前、つまりベッドの上に立つ。
「ふふっ……テッテレー」
テキトーな効果音を口にしながら、和樹はドアノブ(ドアフレーム)の平らな面を、白い壁に押し当てた。
「異世界ドア~!」
誰もいない部屋で、無駄に決めポーズをしながら誰に見せるでも無いどや顔をする和樹。
控えめに言って誰に見られていなかろうがなんだろうが、翌日ベッドの上で悶絶するレベルの恥ムーブである。
「……お客様、お客さまー? 異世界に行く覚悟はできてる? 吾輩はできてるっ!」
そんなことを言いながら、そのままテーブルに置きなおしたスマホから流れる配信に視線を向けつつ、ドアノブをひねる和樹。
その瞬間。
――ガチャリ。ギィィィィ。
ドアノブを押し当てた壁の方から、古い木のドアが開くような音が響いた。
「……え?」
和樹が間の抜けた声と共にドアノブの方に視線を向けると、そこには古びたドアが壁についていた。
そう、つい数秒前までただのどこにでもある白い壁だった場所に、時代錯誤なデザインの『アンティークなドア』があった。
「は……?」
左手に持っていたハイボール入りのプラカップのグラスから、カランと氷が滑り落ちる。
和樹は目をこすり、もう一度目の前の物体を見た。
どこからどう見ても、扉だ。
壁に描かれた絵でも、プロジェクションマッピングでもない。
手で触れる、圧倒的な質量を持った本物の『扉』が、ワンルームマンションの壁をぶち抜いて存在していた。
そして半開きのそのドアからはかすかに風が吹き込んでいる。
「……」
そのあまりにも現実的な光景を前に和樹は、
――ガチャリ。ガチャ
とりあえずドアを閉め、
――ガチャガチャ
「施錠確認ヨシ」
鍵を回して、次にドアノブを回して施錠を確認し、
「今日は酔いすぎたか」
そのままキッチンに向かい、ハイボールの残りを捨てて代わりにカップに水道水を入れ、ゴクゴクと飲み干す。
「……ねるか」
そしてこぼしたハイボールで端っこがぐっしょりしている布団を雑に避けると、そのままブランケットにもぐりこんだ。
酔いすぎて思ったのだろう。
和樹はそのまま寝ることにしたのだった。




