気になる少女
朝方みんなに会いにいこうとしていると、広場の女神像の前に黒髪の少女がいるのを見つける。どうやら彼女はまだ、レセドを去っていなかったみたいだ。
「――キミは」
「――はぁ……、またアナタ?」
少女はイヤそうな顔を。
なにやら話しかけられたくなさそうだが、ここは気にせず会話にもっていこうと。
「女神さまに祈りを捧げてるのか?」
「まさか、アタシに信仰心なんてない。むしろアンチって言っていいかも」
少女は首を振り、冷ややかな口調で答える。
「え?」
「女神はこの世界を自分の思い通りに支配する、悪しき存在だと教えられて育ってきたから。それにアタシ個人としても、嫌っているし」
「どうして?」
「かなり記憶があいまいなんだけど、昔すごい理不尽なことがあって本来あるはずだった未来も、大切な人も失った……。だからあんな悲劇的な運命を良しとした世界を、憎んでる。もし神様的な存在がいるなら、ぶん殴ってやりたいほどに……」
少女は遠い目をしながら、静かに拳を震わせた。
「実際のところこの女神は関係なくて、恨むのはお門違いかもしれない。でも同じ全能な存在だし。これが完全な八つ当たりなのはわかってるけど、このどうしようもない感情をぶつけずにはいられない。だからアタシは与えられた役目を……」
そして少女は天を見上げ、覚悟の決まった瞳でにらみつける。
だがそれもつかの間、彼女は肩をすくめ大きなため息を。
「――はぁ……、なんでこんな大事なこと、赤の他人に話してるんだろ。ほんとどうかしてる」
「赤の他人とはひどいな」
「それ以外なんでもないでしょ。そうだ。せっかくだから一つ聞かせて。どうしてアナタは勇者なんかになろうと思ったの? あんなの、女神にいいように使われるだけの存在なのに」
少女は髪をかき上げながら、さぞ不思議そうにたずねてきた。
「たとえそうだったとしても、こうして今の自分、この穏やかな世界が広がっているのは女神さまのおかげだからな。その恩を返すためなら、喜んでいいように使われる所存だ」
「女神の信仰心ってわけ」
「もちろんほかにもいろいろあるぞ。正義感だったり、使命感だったり。とはいえ一番の理由はやっぱりあこがれかな」
「あこがれ?」
「なんたってあの勇者だぞ! 胸躍る熱い冒険を繰り広げながら世界を救うなんて、王道展開にもほどがあるだろ! ロマンだよロマン! かっこよくてしびれるだろ!」
拳をぐっとにぎりしめながら、勇者へのあこがれを力説する。
「そんな理由で、命を失うかもしれない危険な冒険に出るつもり?」
「ははは、子どものころあこがれた、物語の主人公になれるかもしれないんだぜ! そんなのやるっきゃないだろ! ロマンのためなら、命さえ軽いもんだ!」
(せっかくの二度目の人生なんだ。どうせならおもしろおかしく、謳歌しないとな……)
早くに終わってしまった人生の分、この世界で思う存分生きると決めているのだ。なので勇者という華々しくも苛烈な人生は、まさにもってこいといってよかった。
「くす、ほんと子どもみたい」
「ははは、子どもでけっこうだ。オレは勇者になって世界を救ってみせる!」
「くす、でもそれぐらいの意気込みの方が、案外勇者としてうまくやっていけるのかも。女神への信仰とか正義感とか、きれいごとばかり振りかざすやつらよりもよっぽど好感がもてる」
少女はおかしそうにくすくす笑う。
「ほめ言葉として受け取っていいんだよな」
「さあ? そのあまりのバカさ加減に感心してるだけかも」
「ははは、手厳しいな」
「じゃあ、せいぜいがんばって。未来の勇者くん」
「待ってくれ。オレの名前はユウ。キミは?」
去ろうとする少女を呼び止めてたずねる。
「――ユウ……」
するとユウの名前をなにやら噛みしめ、目を見開く少女。
「どうした?」
「ううん、なんでもない。本当は名乗るつもりなんてなかったけど、ここであったのもなにかの縁ということで特別に教えてあげる。アタシはリディア」
「リディアか。よろしくな」
「よろしくされても困るんだけど。それじゃあ、今度こそさよなら」
「いや、リディア、もう少し話せないか?」
「アナタちょっとしつこい。馴れ合いたくないと思ってるのが、わからない?」
リディアはさぞ迷惑そうに文句を口に。
しかしまだ彼女と話したいユウは、手を合わせて頼み込む。
「そこをなんとかさ」
「そもそもなんでそこまでアタシと話したいの?」
「うーん、自分でもよくわからないんだけど、なんかキミのこと放っておけないというか」
実際のところ確かな理由はなく、自身の内から湧き出る衝動に近いなにかだといっていい。なのでうまく説明できなかった。
「なにそれ、もしかしてアタシに恋しちゃったとか?」
「そうか、オレはリディアに恋してるのかもしれない。だからこんなにも気になって」
「冗談なんだけど。はずかしいから真に受けるのやめてくれる」
リディアがテレくさそうに目を伏せる。
「この気持ちを確かめるためにも、もう少し一緒にいさせてくれ。頼む」
彼女の手を取り、まっすぐな瞳でお願いを。
「ほんと、変な人。でもなんでだろう。この感じ少し懐かしい気が……」
リディアはおかしそうに口元を緩めたあと、瞳を閉じなにやら思いをはせだす。
「どうした?」
「ううん、なんでもない。付き合ってあげるから、ちゃんとエスコートして」
リディアは背を向け数歩前へ。そしてくるりと振り返り、少しはしゃぎ気味に微笑んでくる。
「ありがとう。精一杯エスコートさせてもらうよ」
こうしてリディアともうしばらく一緒に居られることに。




