夜の密会?
時刻は22時ごろ。ユウは散歩がてら夜の聖地レセドを歩き回っていた。
本来なら勇者の回廊での疲れを癒すため、家でゆっくりして早く寝るべきだ。しかし一つ気になることがあり、出歩いているという。それは昨日女神の像の前であった黒髪の少女のこと。あれからまったく見かけず、どこの宿屋にも彼女は泊っていなかったのである。もしかするともうレセドを出て行ってしまったのか、それともまだ近くにいるのか。もう一度会いたかったので、ダメ元で里を見て回っていたのだ。
そして昨日の夜、みんなと一緒にいた湖のほとりへとたどり着く。しばらく月の光に照らされた周囲の幻想的な風景を見ながら歩いていると、誰かの声が聞こえてきた。
「――ええ、わかってるわ。――私は私の役目を果たすだけ……」
(声? だれかいるのか?)
どうやら少し離れた木々の方に、誰かがいるみたいだ。こんな夜遅くに木々の陰で話しているのは少しあやしい。気になってそっと近づいてみる。
「あれはセレナさん?」
するとセレナの後ろ姿が見えた。そしてもう一人、人影が。
「――うん? 誰かしら? ユウくん?」
しかしすぐにセレナに気付かれてしまう。
「――ははは……、セレナさん、こんばんは。声が聞こえてつい……」
(あれ? セレナさんだけ?)
ふと周りを見ると、セレナしかいなかったという。人影が見えた気がするが、気のせいだったのだろうか。
「ごめんなさい。声がでちゃってたみたいだわ。ちょうどフェイやユウくんたちの成長を、なつかしんでたところなの。よくこの湖のほとりでも一緒に遊んだわよね。景色もいいからピクニックにもよく来たり、今でもまぶたを閉じればあの頃の光景が目に浮かぶわ」
セレナはテレくさそうに笑い、愛おしげに過去を思い返す。
「ははは、両親が留守しがちな分、セレナさんにはほんと世話になりっぱなしだったよ。もう足を向けて寝れないほどにさ」
小さいころのユウは両親が旅に出ている間、セレナに家に招かれてめんどうをみてもらっていたという。なのでアリアやデューナよりもお世話になっており、彼女のことを本当の姉のように思う気持ちが強かった。
「クス、小さいころのユウくんはほんとかわいかったなー。私にてくてくついてきて、セレナお姉ちゃんってべったり甘えてきて」
「ははは……、そんな感じだったっけ?」
ほおをポリポリかくしかない。
ユウにとってセレナは、ずっとあこがれのお姉さんみたいな立ち位置だったという。
「そうだ! 昔みたいにセレナお姉ちゃんって呼んで、甘えてほしいなー。お姉さんの胸に飛び込んでおいで♪」
セレナは迎え入れるように両腕を前に出し、にっこり微笑んできた。
「――か、からかわないでくれよ……」
「からかってなんてないわよ。ユウくんたちが旅に出たら、しばらく会えなくなるからね。最後にめいいっぱい甘やかさせてほしいなー」
「――ごく……。そ、それよりセレナさん、黒い髪のこの辺りではみかけたことのない冒険者の女の子を知らないか? 歳はオレと同じぐらいの」
セレナに甘えたいが、大きくなった今だとさすがにはずかしい。あとよこしまな煩悩がチラチラ出かけており、それが少し申しわけないのでここはぐっとこらえることにした。
「――黒い髪の……」
セレナがなにやら心当たりがある反応を。
「知ってるのか!」
「あー、ユウくんたちが勇者の回廊の試練を受けるとき、集まった人混みの中でちらっと見かけたかも。それから見かけてないわね。その子がどうかしたのかしら?」
「あ、いや、昨日ちょっと話して、今どうしてるのかと思って……」
「ははーん、ユウくん、もしかしてその子のこと、気になってるとか?」
セレナはニヤニヤしながら、意味ありげな視線を向けてくる。
「まあ、なんか引っ掛かるというか。気になるというか」
「そうかそうか、ユウくんもそんな年ごろになったのねー! これはまた別の方向で感慨深くなっちゃうなー」
「セレナさん、今度はからかってるよな」
「クス、まさか。いやー、でもこれはフェイたち、強力なライバル出現で大変ねー」
クスクス楽しそうに笑うセレナ。
「ユウくん」
そしてセレナはユウの頭をやさしくなでてくる。
「――えっと……」
「ほんとに立派になったわね……。キミがこれまでどれだけがんばってきたかよく知ってるから、ほんと感慨深い……。うんうん、やっぱり私のかわいい自慢の弟だわ!」
気恥ずかしいが、セレナに褒められてすごくうれしかったといっていい。なのでされるがままによしよしされ続ける。
「――ユウくん……」
「せ、セレナさん!?」
突然の出来事に、思わず飛びあがりそうになってしまう。
なにが起こったのか。なんとセレナがユウを抱きしめてきたのだ。
彼女のいい香りや、やわらかい感触など嫌でも意識してしまう。そういう場面ではないのはわかっているが、さすがにドギマギせずにはいられない。
「――ごめんね……。こんなダメなお姉ちゃんで……。でもユウくんをふくめみんなのことを、大切に思ってるのは本当だから……」
セレナはユウをぎゅっと抱きしめながら、泣きそうな声で謝ってくる。まるで心からの懺悔をしているみたいにだ。
さすがにこれにはドギマギなどずっとしていられない。混乱しながらも、セレナに事情を聞こうとするが。
「あー!? お姉ちゃん! ユウくん! なんで抱き合ってるのかな!?」
そこへタイミングがいいのか悪いのか、驚愕するフェイがやってきた。
「あら、ユウくんとの夜の密会がバレてしまったわね」
どう弁解するか迷っていると、セレナがいたずらっぽく笑い答えだす。
「夜の密会!? ってことはやっぱり!?」
「見ての通りよ、フェイ。今までだまっていたのだけど、私とユウくんは……」
「そんなウソだよ!? でももしそうならちゃんと祝福しないとだめだよね!? でも、でも! やっぱりだめ~! いくらユウくんでもお姉ちゃんは渡せないよ~! わたしのものだもん!」
フェイはあわあわしながら、セレナに抱き着きギューっとした。
「あらあら、フェイったら」
「それでも奪っていくというならユウくん! わたしを倒してからにして!」
そしてフェイは剣を抜き、ユウへ決闘を挑もうと。
ちなみにそんな彼女の目はグルグルして、取り乱しまくっていたといっていい。
「おい、フェイ!? 待て!? セレナさんの冗談だって!?」
「え? 冗談かな?」
「クス、フェイったら、本気にしちゃってほんとうにかわいいわね~」
セレナは頬に手を当て、微笑ましく笑っていた。
「お姉ちゃんひどいよ~!? 危うくユウくんに斬りかかるところだったんだよ!?」
「ごめんね。しばらく会えなくなると思うと寂しくて、今のうちに精一杯かわいがっておこうと思って。おかげでフェイの私への愛を再確認できたわ♪」
「もう、お姉ちゃんったら……」
フェイは頬を染め、手をもじもじする。
「ところでどうしたのフェイ? 私になにか用だった?」
「目を覚ましたら、家にお姉ちゃんがいなかったから……」
「気持ちよさそうにうたた寝してたからね。いつもの夜の散歩にいくだけで、起こすのはかわいそうでしょ?」
「――あはは……、なんか最近怖い夢をみるから、つい心配になっちゃって……」
フェイはセレナの腕に抱き着き、ぎゅっと力を入れた。
「怖い夢?」
「うん、お姉ちゃんがどこか遠いところへいって、もう会えなくなる夢……」
「――フェイ……、大丈夫よ。私はフェイを放ってどこかへいったりしない。必ず……」
セレナはフェイの頭をやさしくなでる。ただなぜだろうか。その表情がまるで罪悪感で押しつぶされそうに見えるのは。
「じゃあ、帰ろっか、フェイ。ユウくんも今日は試練でがんばったんだから、ゆっくり身体を休めないとね」
「確かに。そろそろオレも切り上げるよ」
フェイとセレナと一緒に、ユウも帰ることにする。
「そういえば抱き合ってた説明が、まだされてないんだよ!?」
「あれは内緒よ♪ ね、ユウくん♪」
「――そ、そうだな……」
「えー!? どういうこと!? やっぱり二人ともわたしになにか隠してるのかな!?」
こうして三人でわいわい帰路につく、ユウたちなのであった。




