29 9月6日 アルヴァの日誌【2】
ジュディスの推測通り、私とウェインは六年間の間、同じ寄宿舎で過ごした学友だ。
私達は同じ部屋で寝泊まりをし、最も親しい友人だった。
だから彼が社会主義運動なんかに手を出し、当局に終われた時、ウェインは私に会いにきて助力を求めたのだ。
そんなウェインに私は同情し、幾ばくかのお金を渡し、潜伏先としてガードナー伯爵家の狩猟場にある今は誰も使っていない狩猟小屋を紹介したのだった。
あそこなら基本他人は立ち入らないし、狩猟などして食べ物も確保出来るから潜伏場所としてはうってつけに思えた為だ。
だからいつぞやのジュディスの手紙の中で狩猟場での密猟の話が出た時は、正直驚いたよ。
ウェインはそれ以来、時折私の元に尋ねて来ては私が少額の金銭を渡す、という事を繰り返していた。
勘違いして欲しくないのだが、私は別に社会主義運動に賛同しているとかではない。
むしろ騒乱を起こす彼らには嫌悪感を持っている。
でも私はウェインの家庭事情には以前から憐憫の情を抱いていた。
勿論、他の社会主義者にそそのかされるようにして騒乱に参加した事には同感出来ないが、そこにしか居場所が無いと感じるような家庭事情には同情してたのだった。
だから私は、ウェインが尋ねて来ても当局に密告などはしなかったし、逆に匿うような手助けをしていたのだ。
そして八月二日未明、そう、あの忌まわしい事件が起こったあの風雨の夜。
あの夜もウェインは私の元を尋ねて来ていた。
私はいつものように幾ばくかの金銭を渡すと、そのまま立ち去ろうとしたウェインに、今夜は風雨が酷いから一晩泊まっていくように言ったのだ。
幸い私の病室には広めのクローゼットが備え付けられており、その中で蹲っていれば見回りにくる看護婦にも見付かる事は無いだろうと思った為だ。
私は御者のステイシーがドナルド兄さんの遺体を乗せてガードナー伯爵邸に帰っていった後、個室に戻った。
するとウェインが目覚めていて、私の帰りの待ち構えていたのだ。
ずぶ濡れで泥だらけになって戻って来た私を見て、ウェインはどうやら大変な事がおこったと判断したらしく私に説明を求めて来た。
それに抗えず私は起った事を包み隠さず話したのだ。
その話をすると、ウェインは激しく動揺した様子を見て取れた。
まぁ、当然だろう、なんと言っても実の兄に襲われ、逆に刺殺した、という話を聞かされたのだ、誰で有っても驚くに決まっている。
でも、その動揺はごく短い間だった。
ウェインは何かを思いついたらしく、笑みを浮かべるとこう言った。
「アルヴァ、私に任せろ。良い考えが有るんだ。どうせアルヴァの所に厄介になるのもそろそろ潮時だと思っていた所だ。元々私は当局に追われる身だ。それに私自ら手を下したわけではないとは言え、仲間が騒乱の結果、人を殺めてしまった事も事実だ。今更罪の一つや二つ増えたとしたも大した事はないよ」
ウェインはそう言って朗らかに笑った。
とてもとても良い笑顔だった。
そして私をドナルド兄さんと出会った場所に案内させると、雨の中アチコチ歩き回り、とある場所で蹲ると何かを拾い上げた。
「おっと、こんな所に妙な物が落ちていたよ。これはアルヴァの兄君に繋がる物じゃないか?」
そう言ってウェインが手のひらに乗せて見せてくれたものは例の義眼だった。
私とドナルド兄さんが地面にもつれた際に、きっとはずみで目から零れ落ちてしまったのだろう。
私とステイシーが気が付かなったのは激しく動揺していた為だろうか?
「この義眼は私が責任を持って預かっておくよ。何、良い使い道があるのさ。では私はここで失礼するよ」
そう言ってウェインは私に別れの挨拶をすると、何処かへと歩み去っていった。
この後の事は私は存じないが、新聞に書かれている通りだろう。
これが私の知っている真実の全てだ。
私は、ウェインに罪を押し付けるのは良いとは思っていない。
だからと言って、自ら告白する勇気も持てない弱い男だ。
ドナルド兄さんの精神もこんな感じだったのだろうか?
今から考えるとドナルド兄さんの性格が変わったのは決して悪霊に取り付かれたわけではないのだろう。
ジュディスにあの手紙を送った後、私は別の人からドナルド兄さんの事に対するある推測を聞き及んだ。
話してくれたのは通いの医者だ。
その医者は戦場で軍医としても働いていた経験があり、その時にドナルド兄さんのように性格が変わる患者を何人か見て来たという。
その原因は怪我した時に投与するモルヒネの過剰投与だと言った。
戦場で痛み止めとして使われるモルヒネを過剰投与された患者は薬の悪い影響を受け、性格も攻撃的になってしまう、という話だった。
ドナルド兄さんも戦場で大怪我をし九死に一生を得た際にきっとモルヒネを投与されただろうし、もしそれが過剰に投与されていたらモルヒネの影響を受け性格が変わっていてもおかしくないだろう、と思えた。
私は、一生この罪を背負って生きて行かなければならないだろう。




