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01 4月5日 ジュディス・ガードナーよりアルヴァ・ガードナーへ

 第二信

     ジュディス・ガードナーよりアルヴァ・ガードナーへ

                        四月五日






 お義兄様へ


 昨日お出ししたお手紙は、私が受けた衝撃をそのまま筆を認めたため、少しチグハグな内容になってしまったかと思います。

 まだ、きっとお義兄様のお手元には届いていないと思いますが、届いても、決して笑ったりしないでくださいませ。

 さて、今日のお手紙では、昨日の手紙では書ききれなかった事を書こうと思います。

 ベケット男爵は、まだ社交界デビューをしてない様な、世間一般では子供と思われる私でも分かるような無茶苦茶な理屈を述べていましたが、そこはやっぱり、頼れるお祖母様ですね、そんな相手の主張など一顧だにせず跳ね付けてしまいました。

 これはきっと、最初に対応したお義姉様には出来なかった事だと思います。

 いえ、決してお義姉様が頼りにならない、なんて事を言っているわけではありません。

 普段のお義姉様はこの家の女主人として立派に使用人に対して差配を振るっていると思っています。

 ……でも、やっぱり昨日のベケット男爵のような無理難題を押し付けてくるお客様の応対に対しては、やっぱり、こう、不安があるのは確かです。

 私がお支えできれば、と思っているのですが、やっぱり今の自分にはその力が無いのも自覚しています。


 ……また、筆が脇道にそれてしまいました。

 昨日はお祖母様が上手く追い返したベケット男爵の事です。

 その時までは無茶苦茶な事を主張しながらも、表情一つ変えずにいたのですが、さすがに追い返される段になると目に見えて気落ちしているように感じました。

 その時にみてしまったのですが、ベケット男爵の着ている上着は所々がほつれ、糸が飛び出しているのです。

 それを見た瞬間、私はベケット男爵を哀れに思ってしました。

 貴族としての矜恃など、とうに忘れてしまったのでしょうね。

 我が家に来た時の堂々としたお姿を拝見しているだけに、帰っていくときの気落ちした背中はとてもとても小さく感じられたのでした。


 ベケット男爵が使用人に連れられて、追い出されるように帰って行くと、お祖母様はお義姉様に対して、もっと女主人としてしっかりするように、と注意されていましたが、私に対しては特に何も言われませんでした。

 これは私がまだ社交界デビューもまだな子供だからでしょうか?

 それとも、私にはなにも期待されていないから何も言われないのでしょうか?

 前者なら良いのですが、もし後者だったら……。

 そう考えると悲しくなってしまいます。


 でもお祖母様が言われる通り、昨日はもしお祖母様が来なかったら、と考えると恐ろしくなってしまいます。

 私達は根負けして、ベケット男爵の嘘を見抜けずにセメレーの絵画を渡してしまったかもしれません。

 そればかりかレンタル料金として、お金までだまし取られてしまった可能性もあると思えました。


 しかし、お祖母様は年々身体の方が良くなくなっていくらしいのです。

 勿論、昨日のベケット男爵への応対をみるように、記憶も気性もしっかりしていらっしゃいます。

 ですけど、お祖母様はお歳がもう七十を等に超えて、八十にも手が届くというご年齢です。

 いつまでも頼れるものではないのも理解しています。

 ドナルドお義兄様は、遠い異国の戦場からまだ戻られないし、頼れるのはお義兄様だけなのです。

 一刻も早く、身体を治されて、療養所からお戻りになってください。


 さて、どこまで書きましたでしょうか。

 そうです、ベケット男爵がお帰りになった後からですね。

 ここまでは昨日お出ししたお手紙にも書いたような気がします。

 昨日も今日も、同じような事をずらずらと書き並べて、お義兄様が家にお戻りに成ったらお小言を言われてしまうかもしれません。


 ベケット男爵がお帰りなった後、お祖母様はスグに自室には戻られませんでした。

 そのまま客間で何事かを考えていたようなのです。

 そしてその考えが纏まったらしく、お義姉様に対して言ったのです。


「ヒラリーさん、使用人に言って美術品の保管庫から絵画を出してもらいなさい」


「……絵画、ですか?」


「えぇ、そうです。ベケット男爵が言っていたセメレーを描いた絵画の事です。古参の使用人ならスグに分かると思いますよ」


 急にお祖母様がこんな事を言いだして、私もお義姉様もビックリしてしまいました。

 それに私はある誤解までしていたのです。


「……もしかしてその絵画をお返しするのですか、お祖母様?」


 私の問い掛けはお祖母様の方がビックリしたらしく、目をパチクリさせると言いました。


「馬鹿おっしゃい。あんな真似されてお返しするわけないじゃないですか。先程も言った通り、あの絵画は立派な絵でしたからね。しばらく飾って見ようって気になっただけですよ」


 そう言うとお祖母様は、ベルを鳴らし使用人を呼ぶと自室に引き上げていきます。

 私は自身の勘違いに顔が火照るのを感じました。

 誤魔化すようにお義姉様手を取ると、


「わ、私達も美術品の保管庫に行ってみませんか?私もぜひその絵を見てみたいです」


 そう言って、連れ立って客間を出たのでした。

 誤魔化すだけではなく、本当の所、私はベケット男爵の口より話が出た時からその絵画の事が気になってたのです。

 だって、一度も見た事が無いんですもの。

 お義兄様は見た事がありますか?

 お義兄様の事だから、きっと見た事があると思います。

 その絵画は最初、布に包まれておりました。

 そして、その布が解かれ、絵が姿を現した瞬間、私は目が吸い寄せられるように離れなくなってしまったのです。


 その絵画をいうのは、沢山の天使の中央に裸の女性と一人の光を放つ男性が描かれた絵でした。

 きっと裸の女性がセメレーなのでしょう。

 お義兄様は神話にはお詳しいですか?

 神話によると、セレメーとは人間でありながら神の子を宿し、そしてそれが起因になって不幸に陥ったと聞きます。

 なんでも人間の姿になってやって来た神に対し、とある人物からそそのかされたセレメーは本当に神なのか疑いを持ってしまい、真の姿を見せて欲しいとせがむのです。

 やむなく神は人の姿を解いて、真の姿に戻りました。

 しかし、神の神気をまじかで浴びてしまったセメレーはなんと目が潰れてしまったというのです。

 そんな逸話があるせいでしょうか?

 その絵は中心にいる女性は男性をじっと見つめていますが、その開いた眼には瞳孔が描かれてないのです。

 そうです、その目はただ真っ黒に塗りつぶされ、その虚ろな目で光を放つ男性をじっと見つめているのです。

 女性が美しく描かれているだけに、その虚ろな目はなんともいえない恐ろしさを私に感じさせました。

 でもなぜか私は目を離すことが出来ませんでした。

 その絵をじっとみつめていたのは私だけではありません。

 お義姉様もそうでした。

 お義姉様はその絵を暫くの間じっとみつめていましたが、視線をはずすと、


「なんだか変な感じのする絵ね」


 とおっしゃったのです。

 その言葉で絵の呪縛が解けたのか、やっと私も視線をはずす事が出来ました。


「はい……。確かにお祖母様がいわれる通り、この絵は素晴らしいと思いますが、あまり一人で眺めていたくはありません」


 それだけ言うと私達は美術品の保管庫から退出しました。

 そして絵画の方ですが、これは結局客間にて飾る事になりました。

 なのでもしお義兄様が退院なされたらまず客間へご案内したいと思います。

 私一人では見るのが恐ろしい絵でも、お義兄様と一緒なら心強いですからね。






 お義兄様が早く戻られる事を願って。

 貴方の義妹、ジュディス・ガードナー。

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