11 7月14日 ジュディス・ガードナーよりアルヴァ・ガードナーへ
第十二信
ジュディス・ガードナーよりアルヴァ・ガードナーへ
七月十四日
お義兄様へ。
前回お出しした手紙の内容で、私が抱えている不安や恐怖がどんなものかが分かって下さったと思います。
ソレについて、先日受け取ったばかりのお義兄様の手紙中で、私に対しての注意を確かに承りました。
お義兄様の手紙に有りますように、確かに私がお出しした手紙に書いた内容は、傍からみたら酷く妄想や強迫観念が強い、と思われるのかもしれません。
私も冷静になって考えれば、そんな恐ろしくて人間離れした事を、ドナルドお義兄様がしているはずは無い、と頭の中では分かっているのです。
でも、お義兄様。
その恐ろしさを私以外の者も感じていたらどうでしょうか?
そうです、ドナルドお義兄様に不安や恐れを感じているのは、私だけでは無かったのです。
ではお義兄様、私以外に誰が恐れを感じていたと思いますか?
それはお義姉様の他ありません。
そうです、ドナルドお義兄様の妻であるお義姉様も不安や恐れを感じているのです。
……と、つい断定口調で書いてしまいましたが、実のところハッキリとお義姉様の口から相談を受けたわけではありません。
元々、お義姉様はそんな夫婦の間柄の事を、私に相談するような人ではありませんから。
でも、絶対そうに違いない、と思われる出来事があったのです。
アレは昨日の事でした。
私が夜、廊下を歩いていると、前の方にお義姉様がいるのが見えました。
その様子は、酷くボンヤリとしていた印象があります。
以前の手紙でも書きましたが、お義姉様はドナルドお義兄様がお戻りになって以来、酷くやつれてしまって身体を動かすのもお辛そうです。
そんなお義姉様はそのボンヤリとした足取りにのまま、とある部屋へと入りました。
どの部屋に入られたと思いますか?
私はソレを見て「あれ?」って思いました。
だってお義姉様が入られたのは客間だったのですから。
勿論、その時は来客などはありませんでした。
それなのにお義姉様はまるで引き寄せられるように客間へと入って行ったのです。
私はとてもとても気になってしまって、私もまた、引き寄せられるように客間へと入りました。
客間へと入ってまず目についたのはお義姉様がボンヤリと絵をみつめている姿でした。
そうです。
あのセメレーの絵画をお義姉様はじっとみつめていたのです。
私はその姿をみて心の奥底から言いようもない不安が湧いてくるのを感じました。
それでも私はその不安を出来るだけ表に出さずにお義姉様へと話しかけます。
「どうかされたのですか?お義姉様」
私としては極々普通に話しかけたつもりでした。
でも、お義姉様は酷く怯えたような感じで振り返り、言葉を発したのが私だと分かるとホッとしたような表情を浮かべたのです。
「あら、ジュディスさんでしたのね。あんまり驚かさないで頂戴。ジュディスさんこそ、こんな所でどうしたのです?」
「驚かせてしまって申し訳ありません。お義姉様が客間に入るのが見えたものですからつい気になってしまって……。それで、お義姉様は何をなさっていたのですか?」
「私ですか?私は……」
そう言ったきり、お義姉様は暫く黙り込んでしまいました。
何かを言葉にしようとして、上手く言葉に出来ない、私にはそのようにも見えました。
そして何かを言いかけては、口を閉ざすというのを数度繰り返してはやっと言うべき言葉が見付かったのか、作り笑いを浮かべると言いました。
「なんだかふと、この絵が見たくなってしまったの。なんででしょうね?」
その言葉に私は酷く驚きました。
だって以前、私と一緒にこの絵を見た時は確かこう言っていたのですから。
『なんだか変な感じのする絵ね』
と、確かに言っていました、間違いありません。
昼間に二人で見てもそんな印象を抱く絵を、こんな夜に一人きりで見に来るなんて、私はおかしいと思いました。
だから、私は言いました。
「この絵をですか?……でもお義姉様、以前見た時は『変な感じのする絵』だって仰ってませんでしたか?」
そう、お義姉様に問い掛けながらも、私の目は自然に絵へと吸い寄せられていきました。
正確には絵の中央に描かれた女性の虚ろな目にです。
「あの人の目をみると、どうしてもこの絵の事が頭に浮かんでしまうのよ」
そう言ったお義姉様の声は不安の為か、僅かに震えているように感じられました。
「……この絵を飾ったせいで、あの人はあのような酷い怪我を負って戻って来て、そして心も変わられてしまったのかしら」
そう、呟くように言ったのです。
「えっ!?そ、そんな……」
お義姉様の言葉に私は思わず息を呑みました。
「……ひょっとしてお義姉様も、ドナルドお義兄様のご様子に不安や恐怖を抱いていたりするのですか?」
私の言葉に、お義姉様は、ハッとした様子で私をじっとみつめられました。
でも、それは僅かな時間です。
お義姉様はスグにまた、作ったような笑顔を浮かべると、
「あの人は長い事、異国の戦場にいらしてましたからね。そこで大怪我まで負ってしまったら、『多少』は人が変わったようになっても不思議じゃありません。ジュディスさんもご自分のお義兄様に対しておかしな事を考えたりしてはいけませんよ。……もう少し時間がたてば、以前のようなあの人に戻ってくれるはずです」
そう言って私をお叱りになりました。
それでも、お義姉様は何やら溜息を吐くとまた絵をじっとみつめたのです。
そして私達は連れ立って客間を出ると、私は自分の部屋へと戻りました。
灯かりを消してベッドに潜り込んでも、私は先程のお義姉様の様子が何度も目に浮かんでしまって、長い事寝付く事が出来なかったのです。
昨日はこんな事があったのです。
これでお義兄様にも、ドナルドお義兄様に対して私と同じような不安や恐れを感じている人がいたのを分かってくれたと思います。
しかもその相手はドナルドお義兄様の妻であるお義姉様なのです。
いいえ、それだけじゃありません。
きっときっとお祖母様でさえ、同じ思いを抱いているに違いないのです。
これでもお義兄様は私が妄想を抱いていると仰るのでしょうか?
……いいえ、私も妄想であって欲しいと願っています。
でも、こんな不安が長い事続いたら、私もどうかなってしまいそうです。
それどころか、私がどうかなる前に、お姉様や、きっとお祖母様の方が先にどうにかなってしまうでしょう。
お義兄様助けてください、私は、私はどうしたら良いでしょうか?
貴方の義妹、ジュディス・ガードナー。




