09 7月5日 ジュディス・ガードナーよりアルヴァ・ガードナーへ
第十信
ジュディス・ガードナーよりアルヴァ・ガードナーへ
七月五日
お義兄様へ。
前回の手紙は最後に変な事を書いてしまい申し訳ありませんでした。
きっと余計な心配を掛けさせてしまった事でしょうね。
重ねてお詫び申し上げます。
実を言うと、今書きかけているこの手紙も、お義兄様にお出しするべきかどうなのか、分かりません。
もしかすると書き上げてもお出ししないかもしれません。
でも、前回、手紙の最後にあんな事を書いたのに、そのまま何事も無かったかのような内容の手紙をお出しするのも、お義兄様に私が何か隠し事をしているのではないか?
と、疑われては悲しいので、今、考えている事をそのまま書くつもりでおります。
お義兄様、今の私が抱えている悩みをぜひ聞いてください。
そして、ぜひお義兄様のお考えを私に教えてください。
ドナルドお義兄様がお戻りになってからというもの、我が家の雰囲気はスッカリ変わってしまいました。
勿論、良くない方向にです。
元々、ドナルドお義兄様お戻りになる前からお義兄様がご病気になって療養所に行ったりなど良くない事はありました。
しかし、ソレとは比較にならないほど、家の中の雰囲気が変わってしまったのです。
ドナルドお義兄様は元々、大変朗らかでお優しい方でした。
お義父様がご存命の内から、家族の会話の中心にいた方です。
ドナルドお義兄様が会話に加われば、それだけで皆が楽しくなり、笑いが絶えることが無かったと思います。
家族のみならず、使用人の皆までドナルドお義兄様の事は大好きでした。
お義兄様もそう思いますよね?
それなのにです。
そんなドナルドお義兄様が大怪我を負ったとは言え、命が無事で我が家にお戻り頂いたのに、家の中の雰囲気はかえって悪くなってしまったのです。
ドナルドお義兄様は以前とはうって変わり、人が変わったようになってしまいました。
以前とはとてもとても同じ人物とは言えない、そんな雰囲気を漂わせるようになってしまったのです。
勿論、ドナルドお義兄様は九死に一生を得るような大怪我をし、その結果として一生治らないような傷を負ってしまったのですから、今まで通りの方がおかしい、そう仰る方もいるかもしれません。
私も最初はそう考えるようにしていました。
でも、日に日にドナルドお義兄様に対する、不安や違和感が心の中から湧き出てくるのを抑えられないのです。
ドナルドお義兄様はお戻りになられてから一切笑わなくなりました。
そればかりか、私達とは口を聞く事すら稀になり、ほんの一言二言、命令をするような口調で喋るだけです。
そして歩くときは殆ど、足音がしなくなりました。
そのため、後に立っていたのに気が付かなかった事だってありました。
ソロリソロリと家の中を歩き回り、そして時々立ち止まってはじっと聞き耳を立てているのです。
そしてその時はサングラスもせず、あの、不気味な黒い義眼で何もない虚空を見つめています。
私はそんなドナルドお義兄様の様子を目撃して以来、自分の部屋で本を読んだり、こうしてお義兄様に手紙を書いたりしている時でもふとしたタイミングでその不気味な黒い義眼を思いだしてしまい、思わず身震いが起きてしまいます。
私がこうして自分の部屋にいる時でも、ドナルドお義兄様がどこかで私の様子をじっとみつめている、そんな思いがしてならないのです。
勿論、そんなはずは絶対無い、と頭の中では分かっています。
でも、家のどこにいても、ドナルドお義兄様が私の様子を――いえ、私だけでなく、私達の様子を伺っている、そんな考えが心の中から離れないのです。
これは、私だけが抱いている酷い妄想なのでしょうか?
いえ、きっとそうでは無いと思います。
なぜなら、ドナルドお義兄様がお戻りになっていらい、お義姉様の様子も少しずつ変わってきているのですから。
お義姉様はドナルドお義兄様がお戻りになってからというもの、日に日にやつれていくように感じられます。
私は一度、それについてお義姉様に尋ねてみました。
すると帰って来たのは、
「大丈夫よ、最近バタバタしているから、少し忙しくなっただけよ」
と、おしゃって笑いながら返されてしまいました。
でも、私はお姉様のやつれようには、それだけでない『何か』があるように感じられて仕方ないのです。
そして、これは書くべきか大変迷ったのですが、お義兄様にはありのままを知っていて欲しいと思って書く事にします。
ある日、お祖母様と二人っきりになった時、コッソリと耳打ちされました。
「ジュディス、ちょっといいです?ドナルドとヒラリーの事だけどねぇ……」
「何でしょうか、お祖母様?」
私も自然と声をひそめてしまいました。
どこかで、ドナルドお義兄様が聞き耳を立てているような気がしたためです。
お祖母様はしばらく私に言うかどうかためらっている感じでした。
これはお祖母様もドナルドお義兄様がどこかで聞いていると思っているからではないでしょうか?
でも結局の所、お祖母様は私に話してくださいました。
「ドナルドとヒラリーは何かおかしくないです?最近は随分とよそよそしく感じますよ。五体満足とはいかなかったものの、こうして夫であるドナルドが戻って来たのです。もう少しその……二人で過ごす時間が長くても良くないですか?何でも、最近はお互い、別々に寝ているとか聞きましたよ。二人ともまだ若く、子供もまだなのに別々に寝ているのはどうなんだろうね」
私はそのお祖母様のお話しを聞いて暫くすると、お祖母様が何を言いたいのか察して顔が火照るのを感じました。
こんな夫婦のお話しを、まだ社交界デビュー前の一般的には子供扱いされる私にしてお祖母様は何を考えているのでしょうか?
でも今から考えると、お祖母様も他に相談なさる人がいなかったのかもしれません。
「えっ!?それって……。で、でもドナルドお義兄様は、その、大怪我を負っていますし、それにその、戦地ではお一人で寝る習慣になっていて、それが抜けていらっしゃらないからでしょうか?それにドナルドお義兄様とお義姉様が別々に寝ていて、何か問題がお有りなのですか?」
「それは問題ですよ。私が思うにね、ジュディス。どうもドナルドが戻ってからあの二人はまだ夫婦の営みをしてないんじゃないかしら」
「まぁ、お、お祖母様!」
お祖母様のあまりにあけすけな言い方に、私はつい大きな声を出してしまいました。
と、同時に先程以上に顔が火照るのを感じます。
「な、なぜお祖母様はそう思われるのですか?そ、そんなの幾ら家族であっても他人からは分からないじゃありませんか」
「ジュディスにはまだ分からないかも知れないわね。でも私ぐらい歳を重ねると色々な事が分かるようになるのですよ」
「で、でも……」
私は何も言う事が出来ずに押し黙っていると、お祖母様はさらに言葉を続けました。
「なぜ別々にねているのだろうねぇ?ドナルドは異国の戦地で長い事、女性には不自由していたと思うしねぇ」
「じゃあ、お祖母様は、お義姉様がドナルドお義兄様の事を避けている、そう仰るのですか?」
「そうは言わないけど……。ドナルドは随分と雰囲気が変わっただろう?それがなにか関係しているのかもしれないねぇ」
お祖母様は最後にそう言って、ご自分のお部屋に戻って行かれました。
そして私は、またドナルドお義兄様の不気味な黒い義眼を思いだし、今のお話も聞いていたのかも知れない、そんな思いが心の中から湧き出てくるのを止めることが出来なかったのです。
以上が私の書きたかった事です。
お義兄様のお手紙を待っています、早くお義兄様のお考えを知りたくてたまりません。
ぜひ、私の不安を打ち消してくださいませ。
貴方の義妹、ジュディス・ガードナー。




