紙2
今日こそ紙を作るぞ! いや違う、作ってもらうぞ!
そう、私は悟った。
今の私はチビ。この両腕、精一杯伸ばしてもきっと出来上がるのは、紙一枚分だ。一枚ずつチマチマ梳くのは面倒くさい。ここはやっぱり村が誇る筋肉たちの出番だと思う。でっかい道具を使って一気に作り、そこから一枚ずつに切ればいい。でも、この計画には巨大な落とし穴があった。それは筋肉たちは予測不能なぐらいに不器用ってことだ。紙ができ上がらないならまだしも、道具まで壊されたら目も当てられない。彼らを使って思い通りの結果を出すためには、どうしても卓越した管理能力――猛獣使いのスキルがいる。
と、気合いを入れてチュースケと乗り込んできたのは、ランさんの執務室だ。
「よろしくお願いしまぁす」
「チュウ」
「ハーレちゃん!? え!? 今日のお目付け役はチュースケだけですか? まさか……もう、次の騒動……ゴホンゴホン、発明ですか?」
「……聞こえてたよ、ランさん」
「そうですか。……それで何をしたいんですか?」
目の下のクマをさすりながら、深い溜め息を吐くランさん。
ちょっと!? ひどすぎる! いつだって村には貢献したぞ! まぁ……その分、ランさんの目の下のクマは凄いことになってるけど。貢献したのに後ろめたいという不思議な気持ちを味わいながら、今回もランさん力を借りるため、暴言は聞かなかったことにして絨毯に座る。
「えーと、薬のレシピを記録に残したいなって思って……」
「そうですね。それは前からの問題になっていました。ただ石板にも在庫に限りがあり、後回しになっているのが現状です。ハーレちゃんはなぜ今、それを? もしかして、また何か思いついたのですか?」
「うん、木が簡単に手に入るようになったから、それを使うつもり」
「木……ですか? 薄く板にする技術が出来ましたか?」
確かに、村で使う木で一番小さい木片は薪だもんね。籠なんて、モンスターの骨と皮でできてるし。ふふん、でもね、甘いよランさん。私の計画はそんな地味なものじゃない。
私は腕を腰に当てて勢いよく立ち上がった。座っているランさんを見下ろす……ぐらいの目線になるように背伸びして、渾身のドヤ顔で言い放つ。
「木の皮ってバラバラになるけど、実はもっと糸ぐらいの細さになる。それを縦横斜めと絡めれば、布みたいなものができる!……ハズ」
「!?……!!!」
私の言葉の意味を脳内で処理した瞬間、ランさんは見たこともない勢いで前のめりになってきた。私の顔面十センチのところまで、ランさんの顔がドアップで迫ってきて、びっくりしたってもんじゃなかった。
「それは……掘って残すものじゃないですよね。なら……もしかして、文字を『書く』んですか?」
「うん。チャッピーがくれたあの黒汁でね」
「……確かにそれなら、出来そうな気がします。試して成功するなら、木のペットを増やせばいいだけですし」
ランさんの顔が、目に見えて明るくなっていく。
「これなら……後世に、なるべく多くのことを残せます!」
さっきまでの胡散臭いビジネス笑顔とは違う、本物の笑み。今までで一番嬉しそうだ。その喜びようを見て、私はふと気になって尋ねてみた。
「ランさん、もしかして……石板、もう残り少ないの?」
「いいえ」
ランさんはゆっくりと首を横に振ると、少し疲れたような笑顔で教えてくれた。
「ですが、この岩が私たちの最後の砦です。削りすぎるという危険は犯せません」
「うん……」
岩は無限にはない。
知識を残せば村は強くなるけれど、岩は薄くなる。かと言って岩を残せば、今度は経験が消えていき、村自体が強くなれない。大事な知識だけを厳選し、命と天秤にかけながら後世に残す――その仕事の重圧を、私はランさんの笑顔の裏に見た気がした。
「これね、材料問題もそうなんだけど、厚さも薄いから場所も取らないし、たくさん残せるよ」
「それは……素晴らしい。本当に、素晴らしいことです」
「うん。なら、この『紙』を作ろうよ!」
「そうですね……」
感動に目を潤ませていたランさんだったが、ふと我に返ったように、いつもの胡散臭い笑顔の『有能なギルマス』の目に戻って私を見た。
「――で? 具体的にはどうやるんですか?」
それなんだよね……。やったことないし、前世の記憶ってぼんやりだからなぁ。
「まずね、木の皮を煮る。で、叩いたりしてバラバラにするんだけど、煮る時に灰を一緒に入れる。そう鑑定で出た」
のは、嘘だけど、前世の記憶とか言えるわけないし、鑑定取ってて良かった。
「ほぉ。素晴らしいですね。そのスキルを使いこなせた子はいないんですよ。流石ですね」
目が泳がないように笑顔を保ちつつ目を細めておく。ドキドキする。ランさん相手の嘘はいつか絶対にバレる気がする。
「煮込んで、木がドロドロになった液体を平べったいこし器で揺らしながら、薄く伸ばすと紙になる」
「こしき、ですか?」
「うーん、えーと……水だけ下に落としたいから、布の目が大きい感じのものかな……」
「なるほど。理に適ってますね。では商人ギルドに、道具の作成を依頼しましょう」
「うん、あと武力ギルドにも」
「……なぜ? もっと、木が必要ですか?」
「筋肉使ってたくさん作ろうかと……」
「は!? 作らせるんですか!? 彼らは、内も外も全部が筋肉でできているんですよ!?」
しょうがないでしょ。大量生産が必要なんだし! とはいえ、そこはあんまり心配してない。
「でも、ランさんいるから」
「……」
止めて。まるで昔の臭地を見るみたいな目で私を見ないで。私だって悪いと思ってるんだけど、他に手はない。
「確かに大量生産体制は重要ですが、まさか、それに狩人たちを使うなんて発想、思いつきませんでした」
「そこなんだけど。指示を出す人は、諦めずに作り上げる職人さんじゃないと、きっと使い物にならないクズが出来上がると思う」
「……人選を、血吐く思いで頑張ろうと思います」
これから溢れ出る、筋肉と職人の間で起きる問題の山を想像したんだと思う。ランさんは、見たこともないほど悲壮な顔をしながら、プルプルと震える手で静かに拳を握りしめていた。がんばれ、ランさん。
そこからは想像を絶するほどの地獄の始まりだった。
いや、もう少し細かく言うと、商人ギルドへの道具の発注は旨くいった。なんなら何度も作ったことがあるんじゃないかと思うぐらいの鍋やこし器が出来上がる。私が五人は入れる鍋を見て思ったことはただ一つ、「これで、石を入れて温度調節しなくても済む! やったぁ!」だった。何を実験するにしてもいつも石を温めることから始めないとダメだったからね。やっぱり初めからランさんを仲間に入れておくと違うね。
と、天国モードから始まった、このプロジェクトは、狩人の人選が決まったところから、地獄モードに突入することになる。
まず道具。筋肉たちはこし器を持ち上げるついでに、持っていた淵を握りつぶした。網のところを触るなと言ったのに、興味が湧いたと言った筋肉たちがぶっとい指で突きを入れ、穴を巨大化させた。何度も何度も作り直しになる。更に鍋は筋肉自慢の道具にされ、水を入れての重さ比べから、岩を入れての重さ比べへと進化していった。もちろん、入れた岩の重さに耐えられなくなった鍋は穴が開いた。ふざけてるのか? そのたびにランさんが呼ばれ、対応し、筋肉たちを並べて指導をしていた。
そんなことをしながら、ランさんの目のクマが濃くなるたびに、道具を使えるようになる筋肉たちが増えていく。そして、漉きの作業練習に移れたのは、なんと次のネジャミ税を納めるぐらいだった。新しい武器を使えるようになるのは半日もかからないのに腑に落ちない。と、思いながら見学していたが、うん……筋肉たちはやっぱり無理だったのかもしれない。繊細な動きができるようにと年齢を重ねた狩人を人選したらしいが、まったくコツを掴めず、毎回、大きく振りすぎて水を頭から被っていた。ランさんが、溜息交じりに「ハーレちゃん、流石にこし器は大きすぎではないですか?」と聞いてきたが、あの筋肉量だよ? 「大人三人分ぐらいの大きさのこし器だって持てるよね? まぁ繊細な動きは難しくなるけど……。ちょっと欲張りすぎたかな。
そんな状況にもかかわらず、人選された職人たちは妥協を許さず、怒号を飛ばしながら指示を出していく。毎日ドロドロになりながら練習をして、もう失敗した回数を数えるのが嫌になったころ――ママが来た。
「え? ママ? どうしたの?」
「そうねぇ。ふふふ。ランさんに呼ばれたのよ。見学に来てほしいって。ハーレちゃんの新しい発明だものね」
――ランさん……!
私が筋肉たち相手に行き詰まっているのを見て、わざわざママを呼んでくれたんだ。胡散臭いとか言ってごめんなさい、やっぱり持つべきものは有能なギルマスだよね!
「ママ! これね! 成功すると型紙が取れるから、パパの服がめちゃくちゃ作りやすくなるよ!」
ママが私の仕事を見に来てくれた! その事実だけで、今までの地獄モードの疲れが吹き飛ぶくらい嬉しい。私はここぞとばかりに、大好きなママのためになるおすすめポイントを一生懸命に考えて伝える。
「ママ、あとね、刺繍の縫い方を編み出したときとかも、これに書けるよ!」
「あら? 新しい縫い方?」
「うん、こんなやつ……」
チェーンステッチみたいなやつを、煮るために置いてあった木で地面に書いてみる。
「あら! これ……すごいじゃない! ママ、やってみたいわ!」
しゃがんで一緒に地面を見ていたママは、一気に興奮した様子で立ち上がり、こし器部隊のほうに歩いて行った。何するんだろう?
整列してママを待っていた筋肉たちに一言二言声を掛けると、一気にこし器部隊からオーラが上がる。ここから見ててもわかる。戦闘モードに入った! その日を境に、みるみるうちに上達していく筋肉たち。目の前でそれがわかるから、ランさんも満足げだ。
「やはり、マリを呼んで正解でしたね」
――ん?
何でママ? 差し入れでもするのかな?……そんな訳ないか、パパが許さないし。
筋肉たち問題がやっと片付いたのは、季節が三つ変わるころだった。でも、まだ肝心の『紙』はなかなか出来上がらない。
「ハーレちゃん、何で『かみ』は出来上がらないんでしょうか?」
ランさんも頑固職人さんたちも頭を抱える。
問題は筋肉たちとは別に初めから山積みにあった。最初は液体が茶黒くて、このままじゃ出来上がっても文字が見えない。これは外側の黒い皮を剥いて、内側の白い部分だけを使えば解決した。
次に起こった問題が、繊維がスルスルと網目から落ちてしまう事件だった。網目を小さくすると、今度は水がまったく落ちない。ちょうどいい網目に調整できたと思ったら、今度はドロドロの繊維が、液体を入れた瞬間にダマになって山のように固まってしまうのだ。
「うーん……」
頭の中で何度も、前世で見たおぼろげな紙漉きの工程を思い出す。何かが足りない。それはなんだ?
煮た液体を箱に入れて、こし器ですくいあげる。ザバザバ揺らして、少しずつ水を落とす。
木の差し入れをしては私の隣に張り付いてるフィンは、今日も同じ工程で悩んでいる私を心配そうに見てた。
「フィン、ごめんね。今日も遊べないんだ」
この問題だけがずっと解決できず、筋肉たちのゴタゴタが片付いた今、唯一残った悩みの種になっていると言っていい。
このごろ夢の中でも悩んでるから、そろそろ、一度忘れて気分転換しないとダメだとはわかっているものの、考えることを止められなかった。
フィンは心配そうに私の姿をじっと見つめた後、ため息をひとつ付いて急にどこかへ走り去ってしまう。そして息を切らせて戻ってきた彼が、私に差し出したのは――緑色にヌルヌル光る、ヤマカエルのぬめり入り袋だった。
「ん」
「え!? ちょっと臭いんだけど!……あ! ぬめり……粘り気か!!」
ハッとした。そうだ、確かに、記憶の映像では液体の中で繊維が浮いていた。なんかのぬめり具合が必要だったんだ! フィン、天才か!?
私は、大急ぎで煮だし部隊の方へ押し込んでいく――ぬめり袋を持ったフィンごと。もうね、絶対に持ちたくないんだよ、それ!
「職人さーん! これも一緒にまぜてください!」
この後の調整は、今までの筋肉たちとの格闘に比べたら余裕だった。私は、以前、調整したことのあるカエルのぬめりを使って、足掛け二日で完璧な紙作成用ぬめりを発見した。
そして――ついに最後の工程。
水分を含んだ薄い膜を干す作業だ。これは、どうしても力加減を間違えて破いてしまう筋肉たちには「絶対に触らない」という鉄のルールで回避し、息を呑むほど繊細な手つきで、職人数人がかりによって静かに干し場へと広げられていった。
そうやって、私たちの『紙』は足かけ一年をかけて完成した。……まあ、その大半は、筋肉たちの調教――じゃなくて、繊細な力加減を覚え込ませる練習期間だったけどね。
干し場を埋め尽くす、少し黄色がかかった白くて驚くほど軽い紙の山。今までそのまま薪にしていた木からも皮が剥かれ、効率よく次々と紙へと姿を変えていった。さらに黒汁を出すペットを飼う職人も新たに作られ、拡張されたペット広場からは毎日潤沢な黒汁が手に入るようになる。
「ハーレちゃん。これで村は過去の経験を失わずに一歩前に進むことができます。本当に、ありがとうございます」
また一段と目の下を真っ黒にしたランさんが、今までで一番晴れやかな笑顔で私を褒めてくれた。
「へへへっ。がんばったご褒美に、紙を少し分けて欲しいな」
「もちろんですよ。好きなだけ持っていってください」
こうして、私たちの村には『紙職人』と、文字を扱う『代筆屋』という新しい仕事が生まれた。それと同時に、ペットの餌を作り、野生の個体を捕まえてきて世話をする専門職の人々のことを、村では『テエマ』と呼ぶようになる。
ん? これまた、前世のどこかで聞いたことがあるような……? まぁ、村が強くなったんだからいっか!
???
骸骨のような青ざめた顔
真っ黒な目の淵
毎日、顔色はひどくなっていく。解決策を思い出せないらしい。
ランを襲って紙づくりをやめさせることも考えたが、紙を欲しがってるのは俺の妻だ。ランを襲ったところで、妻の部下が減るだけだった。これは愚策だ。
ただ。もうこれ以上は待てない。俺の妻が倒れる。
――それだけは駄目だ。
バレたら……俺は捨てられる。
それでも、俺は夫だ。妻を守る。




