薬師独り立ちと個人紋
いくも達の糸が三十巻きぐらい貯まり、商売ギルドでもチラホラ餌を作れる人が出てきたころ、私は独り立ちのお墨付きをおばあちゃんから貰った。
「ハーレちゃんには、ソロソロ教えることもないわねぇ。こんなに早くすり鉢を使いこなせる子は、初めてだよ」
薬師はすり鉢三年、草八年と言われる職業で、すり鉢を使いこなすのに三年は必要になると言われている。ちなみに葉は、握りつぶさないで摘むのが難しくてそれだけで三年かかるらしい。
葉を摺り下ろしてる手は止めず、アンズおばあちゃんが続ける。
「それにねぇ、草の覚えも早いし、何より握りつぶさないのがいいよ」
おばあちゃんは、それを板に塗りつけ、窓ぎわに置きに行った。乾燥させると下痢止めになる。
「いいの? 凄く早いよね?」
私は首をかしげた。
確かに全部の薬を作れるようになった、と言っても間違えない。だって――薬って『傷薬』『打ち身用の塗り薬』『下痢止め』『解熱剤』しかないからね。傷薬は『ぽぉしょん』と上級物も作れるけど、作り方一緒だし。
「そうだねぇ。普通は十年以上は修行する。一年ちょっとで一人前は早すぎるよ。だけどね、ハーレちゃんは『ぽぉしょん』の生みの親だろ。手つきだってこうだ! この部分が上手なんだよ」
そう言って、すり鉢の手つきの角度を再現して褒め始めるおばあちゃん。
そもそも、前世の記憶もあって理解度は大人並だし、薬の種類も少ない。なにより、修行の大半が「何かを壊さない」ってことなら、そりゃ、早いだろ。褒められてる内容も薬の良さというより、すり鉢の使い方という点で……泣けてくる。でも——認めて貰えて凄く嬉しかった。
「わかった。おばあちゃん、毎日教えてくれてありがとうございました」
頭が無意識に下がった。
この村に頭を下げる文化はない。危険だからね、無防備だし。けど、これがちゃんとしたお礼の仕方だって、私の記憶が言っていた。
「あらまあ、よくその作法知ってたわねぇ」
あのおばあちゃんが、身振り手振りを止めて硬直してる。
「作法?」
「あらやだ、ハーレちゃん、知らないでやってたの? 凄いじゃない! それはね、最高級のお礼の仕方だよ」
「そうなの? 習ったことない。……ん? 見たこともないかも」
「そりゃ、ギルマスや一部の商人しか知らない作法だからね」
「へぇ……。なんでギルマスとかだけなの?」
「まぁさ、相手から目を離すことになるからねぇ、日常では使えないよ。ただ、岩で暮らそうと言い出したお方が始めた文化だからねぇ、大事に使ってるのさ」
そう言うと、おばあちゃんが綺麗な姿勢で正座をして滝の方に頭を下げていた。
――その人って、もしかして……。
私が特別じゃないってことは、今までのチート探しで嫌というほど思い知った。なら、転生だって私だけの特権じゃないのかもしれない。
――とはいえ、おばあちゃんの作法談義……長すぎないか?
「ママぁ! 独り立ちしていいって言われた!」
「あらぁ。ふふふ、早いわねぇ、おめでとう、ハーレちゃん」
「チュゥゥ」
家の扉を開けた瞬間、ママに叫んだ。走り寄ってきたチュースケがいつものように足に顔をこすりつけてきた。かわいい。
独り立ちは、その名の通り一人で薬を作れるお墨付きだ。ただし、商売ギルドに登録できるのは十歳だから、それまでは自分の個人紋の隣に師匠の個人紋を入れた石を置き、商売ギルドで売ってもらうことになる。
「なら、ハーレちゃんも個人紋の登録しなきゃね」
いそいそと絨毯を捲り、まっさらな石板と刃物を用意してるママだけど、私は「その問題があったか!」 と泣きそうだ。
そもそも石に刃物が通るわけないだろ!
チュースケを抱きしめ、目の前に置かれた石板を睨みつける。理不尽な村ルールに憤りを感じるぞ。
私がしたい個人紋はヒマワリだ。この花は前世の記憶の中で咲いてる、黄色くて太陽に向かって咲く大きな花だ。
思い出すのは、大きな額に入った一面黄色のヒマワリたち。記憶が薄らいできた今でもしっかり思い出せる。誰かと見に行ったんだけど、幸せの塊のような時間だった。
とはいえ、心がほんわか暖かくなってきても――掘れる気がしないけどね! 困った。
「ハーレちゃん、筋肉で掘れないなら、いつもみたいに考えて掘るのはどう?」
ママが首を傾げながら提案してくれる。
――アイデアってこと?
うーん
――石板を掘る。
石を掘る?
――彫刻。
あ!
――石像だ!
石を削るなら叩く道具がいる。
「ママ、ありがと!……ん? あ、ハンマーがなかった……。この際だからそれも作るか! ママ、フィンパパのところに行ってくる!」
「ふふふっ。はぁい」
チュースケに紐をつけて支度すると、ダッシュして到着したのはフィンの家だ。
「あれ? ハーレちゃん、フィンはいないよ?」
「うん。知ってる」
この会話、毎回するのかな?
「今日はハンマーを作ってほしくて、相談しに来た」
「ハンマー?」
「うん、斧の刃の部分が重い骨の塊になってて、殴る目的のもの……の小さい版。石板を掘るのにこうやって使いたいから」
ノミみたいなナイフと、その辺にあった骨で叩くふりをする。
「ほぉ……。なるほどな。叩く力も使って石板を掘るのか。あー、そういうことか。塊を重くすればその分の力も加わるのか。よくできてるな」
フィンパパは骨置き場で手頃な骨を探し始める。
「プアは?」
「あー。骨取りに狩りに行ってるぞ」
狩りは筋肉御用達だ!と日頃から文句を言ってるプアだけど、骨を調達するためには、狩りをするんだよね。変なやつだ。
「ふーん」
「こんな感じか?」
「もうできた!? 早っ!」
ハンマーらしき形の物が確かに出来てる。
「そうそう、これ!」
ブン!
シュッ!
ガン!
「チ゛ュゥゥ!?」
骨は振ったら、投てきとなり、壁に凹みを付けて落ちた。
「……」
「試作だからな……」
「危なかった」
「いいの作って置くから、今のはフィンに内緒だ」
目でお互いの思惑を探り合いながら、同意をする。
「……タダにしてくれる?」
「……わかった」
そうやって、私のハンマーは、いくも達の糸がまた三十個ぐらい貯まるころに出来上がった。大きな武器と共に――どういうこと?
できたと聞いたので、早速、チュースケとフィンの家に取りに行くと――そこには仁王立ちしたフィンがいた。
――なに?
なんなの? なんでメチャクチャ睨んでるの?
「チ゛ュ゛ウ゛!」
毛を逆立てたチュースケを抱き上げることしかできず、革扉をくくったところで固まってると、フィンパパが奥から、か細い声をかけてくる。
「ハ、ハーレちゃん。よく来たね、あー……ハンマーはここじゃなくて、商売ギルドにあるんだよ」
フィンパパの顔は……真っ青だ。
――!?
何でそんなに倒れそうなの? てか、商売ギルド!?
フィンパパはこっちに恐る恐る近づき、フィンの顔をチラチラ見ながら説明してくれた。
「ハーレちゃん、実はな あれから試行錯誤していたら、ギアさんが、武器になるぞってアドバイスくれて、ちょっと多めに試作を作っ……」
――武器?
あれが?
と、話が途切れたので、不思議に思ってフィンパパの顔を見ると、あっち側で壁を睨みつけてるフィンを見てる。
――あの場所、もしかして。
恐る恐るフィンパパに視線を戻すと涙目で私を見返してた。
――あ。
バレたんだ。
「ち、違うって言ってるだろ! ちょっと飛んだだけだ! ハーレちゃんは全く怪我はなかったぞ!」
獲物を見るような目で自分のパパを見た後、私の顔を伺うフィンに高速で頷き返す。確かに怪我はなかったけど……なんて絶対に言えない。
「……」
フィンはその後も何度も壁をなぞって考え込んでいたけど、戦闘モードは解除してくれた。よ……よかった。
「ハ、ハーレちゃん! そうだ! 商業ギルドにハンマーを取りに行こう!」
この空気から逃げ出す手段を思いついたフィンパパは、革扉を開け、チュースケと私を押し出した。もちろん、高速移動したフィンは私と手を繋ぎ隣にいる。今度はチュースケを睨んでるけど、壁を無言で睨みつけてないだけいいか……いいのか?
「そうだ! ハーレちゃん、ありがとな」
フィンパパは私の手を握り、お礼を伝えてくるけど……なんのこと?
疑問詞を頭上に浮かべながら着いた商売ギルド。東側の一番下にあるその場所は筋肉たちでごった返していた。
チュースケを頭に乗せ、フィンと一緒に筋肉の波をかき分けて商品の前に出ると、デカいハンマーが並び『ハンマー』と書かれた石札が置いてあった。その隣にはポツリと私のハンマーが一つ……。
「は!? なんで『ハンマーチビ』とかいう名前になってるの!?」
ちょっと納得できない!
怒りを込めて睨みつけたフィンパパの顔はちょっと後ろめたそうだ。
「すまん、ハーレちゃん。……チビは利用するところがなくて売れないんだ。だから、売れる武器の方がメインの名前になってしまって……」
最後の方は小さい声で聞こえない。もっというなら顔もあっち剥いちゃってる。
「フィンパパ!」
「わかってる! お礼に武器の売上の一部がハーレちゃんに渡る仕組みにした! ランさんに相談して役場ギルドで預かり物になったんだ。いつでも引き出せるから、必要な時はランさんのところに行くといい」
初回は名前代も入れてちょっとおまけしたからな! と輝くような笑顔で言ってくるけど、私の脳みそはランさんが「またですか!」と言わんばかりにこっちを見てる顔でいっぱいになる。
――いや違う。
今回は全く私のせいじゃない!
私は、焦るフィンパパをそっちのけで、居もしないランさんに一生懸命言い訳をしてた。
とはいえ、ハンマーが手に入ったから、これで個人紋を掘れる!
腑に落ちないけど、タダで貰ったハンマー片手にフィンと別れ、チュースケと一緒に家に帰る。てか、なんで家に帰るだけなのに揉めるんだ! やめて!
オンドリーを挟んだメンドリー二匹のような様子の二人を引きはがし、引きつった顔のフィンパパに挨拶して、猛ダッシュで走る。フィンといるときはチュースケは家に置いておくべきか? どうしよう。
「ママ! 見て、出来た!」
「あら。これ、今、流行りの武器……にしては小さいわねぇ……ハーレちゃん用なの?」
「違う、武器じゃない! あと、こっちが正規品! あっちが筋肉用のニセモノ!」
ほんとに、理不尽で失礼な世界だ。
ぷりぷり怒ってる私を見て、苦笑したママは、石板を一枚持ってきた。
「ほら、ハーレちゃんの個人紋。これでどう?」
「あれ? 石板?」
そこには、私の脳に焼き付いたあの日の絵画のヒマワリがいた。
「ママが掘ろうと思ってたんだけどねぇ」
一輪のヒマワリと花瓶しかないし、色もついてない。でも何故か、あの日見た胸が痛くなるような感情が押し寄せてくる。
「この石板……」
「フィンくんよ。本当は自分で掘った石板がいるのだけど、小さい子の登録するときは親が代わりに掘るときもあるから」
ママは、そこまで言うと私の膝の上にある石板を覗きこんで黙り込む。
「ママ?」
「フィンくんが掘って持ってきてくれたのだけど……、これ、ハーレちゃんの刺繍と同じ……なのかしら?」
――な!
「ママ! これ、刺繍と同じだよね! あ……色が違うから? あっち黒色メインだしね。これ茶色だから」
「……そうね、そうなのね」
ママの反応に少し納得出来ないけど、まぁいいや。フィン、ありがとー!
早速、役場ギルドで登録した。ランさんにはため息を十回はつかれたけどね。……だから、私じゃないって。
その日の夕方。
今日も、晩ごはん前に帰ってきたフィンと、手を繋いで肉食堂へ向かって歩き出す。チュースケは寂しそうだったけどお留守番だ。
ここ最近、フィンは忙しい。まだ六歳なのに実力者として認められつつあるフィンは、色々なチームから呼ばれて夕方近くまで狩りをしているときがある。ランさん曰く、もうすでにギルドランク5はあるんだって。それって普通の大人レベルだよ! さすがにここまでは上がりやすいと言っても……強すぎないか? フィン。
昼間の雰囲気とは違う騒がしさの中を、少しごつごつし始めたフィンの手をギュっと握って見上げる。なんか身長も伸びてきてるみたいだ。
「フィン、個人紋ありがと! 今日ね、無事に登録したんだ」
「ん」
「でもよくわかったね、私の個人紋の柄」
「ん」
フィンは、狩りが本格化した時に着始めたベストの胸部分をちらっと見て頷いている。
「そうでしょ! それ、三回目に刺繍したやつだからね。だいぶ上手になったと思ってるんだ」
そこには、私の個人紋があった。自分で言うのもなんだけど、さすがに黒丸からは卒業したと思ってる。なんなら柄もわかる。なんか、上手になったと言われたようで――嬉しくなってきた!
「フィン、お礼にパパの特別ベストみたいに背中にフィンと私の個人紋、刺繍しようか?」
「ん!」
輝くような無表情で頷くフィン。両手で私の手を握ってきた。
――だよね。
パパが自慢しまくってた親子三人の個人紋ベストは、当然ながら流行った。そしてフィンも、ものすごく欲しがったけど「あれは特別な刺繍なんだ!」と泣いてごねたパパがいたので実現していない。
「お礼だから、今回は、パパだって……大丈夫!」
――大丈夫なわけがない。
今回も絶対にごねて拗ねる。間違えない。
……でも、まぁ、お礼だし、きっとママが何とかしてくれるはずだ。想像するとゲンナリするけど、フィンがここまで喜んでるんだから、絶対に頑張って縫って見せる!――うーん。ただ……困った。
嬉しいのはわかったけど、片手は離してほしいよ、フィン。歩きにくい。
???
企画展で見た、あの絵画。
「明るい色しか使ってないと思うのに、胸が痛くなって泣きそうになる」
俺の妻になる前、あいつは何度もそう言っては、その企画展に通っていた。
デートだと思ってついて行ってたが、俺はあいつの視線を独り占めにするあの絵画は好きじゃなかった。
だが、見終わった後の「ありがとう」という笑顔は何より気に入っていて、日本に来たその絵画に感謝した覚えもあった。
生まれ変わったあいつの笑顔も、またあの絵画が始まりだと思うと胸糞悪いが、まぁいい。
あいつの笑顔のほうが、俺にとってのヒマワリだからな。




