第二ラウンド
太陽が真上から少し傾いたころ、餌を届けたフィンが、うちにきて、挨拶早々に、物凄い嫌そうな無表情で顎をあげた。
「いつ?」
「……ふん」
「わかった。明日行くよ」
――こいつ……。
私がギアさんのところに行くのが、そんなに気に入らないのか!
「え!? ハーレちゃん、ちょっと説明してくれる?」
そんなやり取りを眺めてたママは、目をクルクルさせてるけど、そんなに混乱することあったっけ?
「フィン、ギアさんから私を連れてくるように言われたんだって」
「……そう。ハーレちゃん、ちなみに今、フィンくんは“ん”すら、言わなかったわよ?」
「え? そうだっけ? でもフィン、ほら、顎をクィってしてたでしょ。あれは「ついてこい」って言ってるんだよ、ママ」
「……そう、なのね……」
そんなにわかりにくいか? うーん。私の方が混乱だ。
ということで、私は今日、フィンと冒険ギルドに来てる。ここまで来るのがほんとに大変だった。なんと、行くのを嫌がったフィンは、休憩を一階ずつ入れてくるという暴挙にでたんだ。
――これじゃあ、一日あっても武力ギルドにつく気がしない!
ブチギレた私は、フィンが敷いた革マットを無視して、階段をゆっくり上る――そりゃ、私だって駆け上がりたかったよ。ゆっくりモタモタじゃ、かっこつかないし。でもさ、四歳になっても伸びたのは数センチの身長だけ。階段を駆け上がるための足の長さが足りなかった。とほほ、だ。
「ギアさーん。きました!」
入ってすぐに挨拶しながら、奥に向かう。もう顔パスだよね。勝手に執務室に入ると、中央に座ってたギアさんの膝の上にチュースケがいた。
「きたか」
ニヤって笑ったギアさんは、眩暈がするほどかっこいい。けど、今日は、それどころじゃない。
「チュースケ……」
「チュュウゥゥ」
修行の成果なのか、目つきが少し鋭くなってる――でも、うちのチュースケはやっぱりかわいい! 抱っこしたい!
――うぅぅ……。
でも、修行中は甘えたらダメだ。我慢。
チュースケから目を逸らすように、ギアさんに目を戻すと、彼は私の必死な我慢を見透かしたようにフッと鼻を鳴らし、意地悪く笑った。
「修行は終わりだ」
「え!?」
――ほんとに?
チュースケが帰ってくるの?
チュースケのウルウルの目と見つめ合う。
「チュースケ! 会いたかったぁぁ!」
抱きしめようと伸ばした私の腕の中に、チュースケも、ギアさんの肩を蹴って飛び込んでくる。真っ白なフサフサのチュースケの毛並みがまっすぐに私のもとに……は、こなかった。
横から邪魔が入る。
――フィンだ。
跳んできたチュースケを容赦なくはたき落とすと、広げた私の腕の中に自分が入ってきた。え!?
――そうじゃない!
と、思ったのは私だけじゃなかった。チュースケは真ん丸の目をこれでもかと吊り上げ、まるで別ネジャミのように人相を悪くした瞬間。
カコッ。
首を前に傾げ、おでこに被っていたチビネジャミを足元に落とした。前足で押さえつけると、その耳に噛みつき、一気に引き抜いた。と、同時にチュースケが視界から消えた。
「っ……」
「チ゛ュウ゛ゥゥ」
次の瞬間、フィンのうめき声が聞こえ、振り返ると、引き抜いた耳の骨針がフィンの右足首に刺さってた。
――嘘でしょ!?
フィンがやられた。
「くくく。骨針のほうでよかったな。舐めてるとやられんぞ」
ギアさんが面白そうにフィンを煽るから、フィンの無表情が少し歪む。
というか……。
「ほんとに、チュースケに剣を教えたんだ……」
「初めに言ったろ。俺の武器は剣だ。チューは中々いいセンスしてるぞ」
――ネジャミの才能が剣?
ちょっと理解できないけど、チュースケは骨針をチビネジャミの耳に戻すと、頭にちょこんとかぶり直し、改めて私のところへ戻ってきた。
「おかえり、チュースケ! 強くなったね! パンチより似合うよ!」
「チュウゥゥ」
キラキラお目々で、見つめてくるチュースケはほんとに可愛かった。フサフサの毛並みも最高だね! だが、そんな至福の時間の中――
ギリギリギリギリ……。
怨念のような歯ぎしりの音が聞こえてくる。背中を向けてるのに漂う真っ黒なオーラが見えるようだ。でも、私は振り返らない。見たっていいことなんて、まったくない。
絶対、フィンのほうにふり向かない私に、ギアさんは笑って更にフィンを煽ってた。ギアさん……意外と大人げないな。
それから、フィンがいなくなった。パパもだ。二人とも深森へ修行に行ったらしい。
あの日、チュースケに負けて泣きながら歯ぎしりしていたフィンは、そのままパパに弟子入りしたんだって。修行に出る前、パパは唇を尖らせ、これ以上ないくらい不満そうな顔で教えてくれた。
――不思議だ。
パパは今まで、一度も弟子を取ったことがない。それなのに、どうして急にフィンだけ? しかも、めちゃくちゃ嫌がってたよね、パパ。
そう思ったけど、そうか、あのときのパパは、何度もママをチラチラ見ていたっけ。
――うん。間違いない。
これは絶対に、ママが噛んでる。
とはいえ、フィンとパパの過保護セットがいないなら、今がチャンスだ!
ウキウキと次の日、チュースケと一緒に役場ギルドを訪ねる。お目当ては、もちろんランさんだ。
「ランさん、おはようございます!」
「ハーレちゃん、おはよう。あれ? 今日はフィンはいないんですか??」
「うん、フィンはパパと修行に行ったよ」
「なるほど。それで……今日は一人なんですね」
「うん」
「……嫌な予感しかしませんね。何をしたいんですか?」
執務室に入ると、ランさんは半分白目のまま、水を差し出してくれた。優しい……けど、白目、大丈夫か?
「うん。ランさん、みてみて! チュースケ、凄く強くなったんだ」
その言葉に私の肩にいたチュースケは、下に降りるとチビネジャミの帽子から耳を取り、それで素振りを見せる。
――わぉ!
マジでかっこいいね! チュースケ!
「それでね、餌を外のモンスターで試したいんだけど、外に出る許可がほしい」
ネジャミだけにしか効かないなら、これ以上作る必要ないしね。
「ダメです! 危険すぎます!」
目を丸くしてチュースケを見ていたランさんが、ゆっくり私を見る。
――でも。
なんでダメ?
「稼ぎがあるから大人だよ」
「理屈はそうですが!」
「パパが帰ってきたら、一緒に行くから!」
ランさん溜息をつきながら、疲れた様子でチラ見してくる。
「……マリはなんて言ってましたか?」
「ママ? 『いいわねぇ。つくね、おいしかったもの』って言ってた」
「う……。……わかりました。私と……ギアも一緒に行きます」
――あ。
勝手にギアさん増やしてる。いいのかな?
まぁ、とりあえず、パパはママが説得してくれるし、ギアさんとランさんが来れば外での実験だって余裕だ! やったー!
ランさんは疲れ切った顔で、ふらふらとギルドの入口まで送ってくれた。
――えーと。
なんか、ごめんなさい。
それから、二十日ぐらいして二人が帰ってきた。
服はボロボロ。パパは髭が凄いし、二人とも土とか色々付いてて汚くて臭かった。ママが「おかえりなさい」の挨拶もそこそこ、パパとフィンを川へ追い出す。これはしょうがない。
川で散々洗い綺麗になって帰ってきた頃には、太陽もだいぶ傾いていた。
「マリぃぃぃ!」
もちろんパパは半べそになってママに縋りついてる。
「寂しかったよぉ。僕、がんばったんだ」
筋肉にも力を入れて、パパは「頑張ったアピール」をしたいんだと思うんだけど、ママをがっつり抱き締めているから、力を籠め切れていない。あんなに悲壮感たっぷりのパパの筋肉は初めてかもしれない。
「パパぁ、ありがとうございました」
ママは嬉しそうに、パパの筋肉をポンポンと叩いて労ってる。
「うん……うん」
パパは甘えすぎだ。見てるこっちの口が、アーポ百個、煮詰めた感じになってるよ! とりあえず、晩ごはんまで外で遊ぶことにする。
――パパ、おかえりなさい。
そして、その日の夜……パパは寝込んだ。
疲れもあっただろうし、追加で受けた衝撃もキツかったみたいだ。
晩ごはんに行く前。
「ただいま」
「お、帰ったか。じゃあ、ご飯行くか」
やっと普通になったパパは顔色も筋肉も元気そうだ。よかった!
「あ! パパ、その前にね、お願いがあって……」
「なんだと! よし! パパがなんでも交換してやるぞ!」
元気が出た筋肉でサイドトライセップスをキメながら、目まで決めてくるパパ。
「ありがと! パパ大好き!」
おねだりは、交換じゃないけどね。
そのまま、逃げ出さないようにパパには絨毯に座ってもらって、私のその上に座る。……逃亡は前科があるからな、逃がさないよ、パパ。
「パパ。私ね、塀の外に餌を試しに行くから、パパも来て欲しいんだ」
この話をするにあたり私なりに気を使って、パパに抱きつくというサービスまでつけてみた。
――ん? 筋肉が固まった?
パパの顔見ると黒目がひっくり返ってた。
「え!? パパ?」
そのまま、バタリと後ろに倒れ、気絶した。
「パ、パパ? パパ! ママぁぁぁ!!」
「あらぁ、やっぱりパパ、倒れちゃったわねぇ」
――マ、ママ?
そんな悠長にパパの顔、撫でてる場合じゃないよね!?
「ハーレちゃん、大丈夫だった? 座ってるパパの上にいて良かったわねぇ。立ってたら押しつぶされてたわよ。ふふふっ」
――あ!
私、今、ひっくり返ったパパをお尻に敷いてる状態だ。ヤバい!
急いでパパから下りると、ママがひざ掛けを持ってきてパパに掛けていた。
「パパは大丈夫よぉ。でも晩ごはんはフィンくんと二人で食べてきてね。パパとママのためにお弁当を持ってきてくれると嬉しいわぁ」
パパの頭を膝に乗せ、撫でてるママは慈愛に満ちた微笑みをパパに向けていた。わぉ、ママ、神々しいかも。
「分かった……。行ってくるね」
「ふふふ。いってらっしゃい」
そのまま、私もママに撫でられ、ちょっと恥ずかしくなったから走って外に出た。
翌日の朝。
チュースケを抱いて居間に入ると、お弁当籠が積んであったから、二人とも食べたみたいだ。よかった。
寝室から出てきたパパは、私と目が合うと、『この世の終わりを見たかのような顔』をし、朝の挨拶をしてきた。もちろん、私も挨拶を返すけど……目も背けてるとか、パパ、どうしたの?
「パパ……」
呆れたようなママの声にパパがビクッて身体を揺らした。
「ママ、おはよぉ」
「ハーレちゃん、おはよぉ。……パパぁ」
涙を溜めてこっちを見たパパは、何度も口を開けては閉じてを繰り返してる。最後にはか細い声で「行、く」とだけ、言ってまた寝室に帰って行った。
「パパ?」
「ふふふ。大丈夫よ。娘の成長を受け入れられないだけよぉ」
「ママ……」
――そうか。
私、自分のやりたいことしか考えてなかったかもしれない。塀の外の危険なんて知らないくせに行きたいとか、我がまま言ってる。でも、パパは——子供が怪我したり、親より先に死んだりするのをきっと、嫌になるぐらいに見てるんだ。……ごめん、パパ。
「ママ。やっぱり、行かないほうがいいかな……」
「あら。気にしないで好きにしたらいいわぁ。子供がやりたいことがあるから、親は応援しないとね」
笑ってるような優しいママの声が頭の上に振り注いでくる。
「それにね」
――声が、変わった……?
「ママは村の大人なの。この村の存続を考える義務があるわ」
見上げたママの顔からいつもの笑顔は消えていた。
「ハーレちゃん、この村はね、岩に住んでから何も変わらなかったのよ。何百年以上、もね」
ママは座り、窓の外から入る陽の光を眺めた。
「浅森と深森を別ける崖は年々削られ、浅森は小さくなって行く。このままなら、浅森はなくなるのかしら? そうなったら、村の肉は何処から狩るのかしら? ううん、この岩はそのとき、深森のモンスターに耐えられるのかしら?」
淡々と語られる内容は、アンズおばあちゃんの話とも似ていて……心が落ち着かなくなっていく。
「そんな不安を、村の皆が抱え始めている中、あなたが産まれたの。あなたの目を通して村を見るとね、さすらい族だった頃と何も変わらないことが問題だということに気がつくわ」
ママが底まで見通すような目で私を見てきた。
「ハーレちゃん、好きにするといいわ。なぜか、今、歴代最強と言われたパパがいて、同じ時期にギアさんもいる。そして、何よりフィンくんが産まれた。こんなに武力が揃うことなんてなかったのよ。それにね、役場には、岩の頭脳と言われてるランさんまでいる」
――岩の……。
凄い。岩は何より強固に村を守ってる絶対的な存在だ。それの頭脳に例えられるなんて……。
でも、よく考えたら、今まで、この村からしたら常識外のことを何度も助けてくれた。岩の頭脳と呼ばれるのも当然かもしれない。
「私は、ね……この、巡り合わ、せ、全部が、岩の、思し召し、だと、思ってる……」
そう掠れた声で言い切って下を向いたママの顔は、話の内容のは裏腹に、未来に希望が生まれたという喜びなんて、全く見当たらなかった。
――思し召し。
「好きにしなさい」か。
パパがあんなに嫌がってるのに、ママが喜んで応援するなんて、あるわけなかった。
娘を思って「やめなさい」でもなく、村を思って「やりなさい」でもなく、「選びなさい」がママの言える精一杯のことなんだ。
「ママ、ありがとう」
親不孝をしていることに謝るのも、嫌われたくなくて子供に似せた言葉を使うのも辞めた。
大人として扱われてるなら、大人として答えたい。
「ママ。私は最善を尽くすよ。そして、命を諦めることはしないって誓う。安心は出来ないと思うけど信じて欲しい」
「ええ。……信じてるわ」
握りしめたママの手は、思ったより冷たかった。




