祭りとぷろぽーず?
春が来た。
春は指で数えないとダメなぐらいに、すごく忙しい。
居間でバタバタしてる音がする――。あ……朝か。眠すぎる。
「ママ、おはよぉ」
「あら、ハーレちゃん、おはよぉ」
「もう春にするの?」
「そぉよ。暖かくなってきて、お祭りの日も決まったからねぇ」
ママはそう言いながら、分厚い冬用の革扉や絨毯の下に敷いた革を折りたたんで片付けている。日が昇ったばかりというより、まだ昇りきってもいないのに、ママ元気すぎるだろ……。
――ん?
あれ? 祭りって言った?
「え!? いつ?」
何なら、くっつきそうだった瞼ががっつり開くのがわかった。
春祭り――やっときた!
毎年、ものすごく楽しみにしてて、聞いただけでワクワクで身体がリズムを刻みそうだ! まぁ踊れるのは、フィンとやってる前世の体操だけだけど。
「七日後よぉ」
「うぉ!? 早い!」
知らないうちにカウントダウンが始まってる。
「ハーレちゃん、プレゼントの用意は終わったのぉ?」
「うげっ……」
――そう。
今年は稼ぎがあるから、プレゼントは貰うだけじゃなくて渡さないとダメで、その用意がメチャクチャ大変だったよ。ふぅ。
ママとおばあちゃんたちにはモミンをプレゼントしようと思ってる。アンズおばあちゃんとリリーおばちゃんにはお世話になってるし。あとは全員、その人色の石にした。一年かけて探したんだ。
フィンには骨ナイフと個人紋入りケース。これもこの前出来上がった。ママに「針を曲げないなんて才能あるわぁ」って褒められたぐらいにいい出来だ。まぁ、褒めてる箇所がちょっと違うけど、この村独自の文化だからしょうがない。良しってことにしておいた。
問題はパパのプレゼントだ。パパに別のをプレゼントしたら絶対にフィンが欲しがる。泣いてうちの前に立ってるシーンが目に浮かぶ。……はぁ。
とはいえ、パパのを無くしたらパパがいじける。手が付けられないほどにめんどくさいことになる。かなり悩んだね。そして——
「ママ、パパのプレゼント、隠してある?」
「ええ、大丈夫よぉ。まだ見つかってないわ」
そう、閃いたのが、相乗り作戦だ!
悩みに悩んだ末、ママのプレゼントに乗っかることにした。今はもうできて、パパに見つからないように隠してあるけど、あれは……結論から言うと、私は負けた。
パパはここ最近、個人紋入りベストじゃないと着なくなった。そのための糸をせっせと狩ってきてはママに渡してるんだけど、さすがのママも顔が引きつってたぐらい山盛りで、あそこまでいくと執念と言ってもいいと思う。
さすがのママも「プレゼント、作る暇がないわぁ」と呟いていたので、プレゼント用に『スペシャルデザイン_相乗り用』を提案してみた。
「ママ、背中のパパの個人紋の隣にママと私の個人紋を入れるのはダメ? 私のはまだ登録してないけど、絵柄はもう考えてあるし」
大小大きさが違う親子三人の個人紋が仲良く並んでるデザインだ。
「あら! それはもの凄くかわいいわ! ママの分も作っちゃおうかしら」
絨毯に丸を書きながら説明したら、ママも気にいったみたいで、ウキウキしてる。
「じゃあ、ママ。パパとママの個人紋を刺繍したら教えてね。そしたら隣に私の個人紋を自分で刺繍するから」
これで、小さい刺繍一つで、パパが泣いて喜ぶプレゼントが用意できる!
――勝った。
その時は、そう確信したんだ。ママの刺繍を眺めるまでは……。
ママは、早速、とびっきりのギュウ革を用意して、染色が終わってる糸を合わせていく。足りない糸は染めてチクチクと刺繍していくんだけど、ママの刺繍きれい……はっ!
よく考えたら、この隣に私が初めての個人紋を刺繍するの? え……黒丸再来ってこと? うそでしょ……マジで、泣ける。
「敗北」を悟った瞬間だった。
「ハーレちゃん?」
――しまった。
悲しい過去を思い出してたら、ママの話聞いてなかった。
「ママ、もう一回言って」
「んー。ランさんがモミンを渡すから、お祭りの前日にギルドにおいでって言ってたわよ」
「わかった」
報酬のモミンをプレゼント用にしようと思って、とっておいてもらったんだ。取りに行かないと。でも……全員分持てるかな?……フィンと一緒に行こう。うん、それがいい。
「ただいま!」
そんな会話をママとしてたら、凄く元気にパパが帰ってきた。ママがニコニコ出迎えてる。
「パパ、ありがとぉ」
狩りじゃなくて水汲みに行ってたみたい。ママの腰を抱きながら、パパは持っていた水袋を壁にかける。
「パパ、おかえりなさい」
「ハーレ。起きたのか」
開いた手で私も抱っこしようとしてきたけど、首を横に振ってするりと避ける。パパはショックを隠し切れない顔で私を見てきたけど……朝からいらない。ううん、いつもいらない。
さらに、その後のママの言葉で、パパの顔は、色まで青に変わっていった。
「ハーレちゃん、お祭りはフィンくんと行くの?」
――ママ、追い打ち?
「え!? ダメだよ! まだ小さいんだから!」
目を見開いてるパパの焦った大声が、部屋中に響き渡る。
「パパ。ハーレちゃんは、四歳だけど、もう稼ぎがあるのよぉ。大人でしょ」
――うんうん。
そう、もう私は大人!
パパにドヤ顔を向けながら胸を反らす。
私は春生まれだから、何回も褒章を貰ってる私は春から四歳になって、更に大人扱いなのだ! まだパパの半分……に少しだけ足りない身長だったとしても。
「……小さい、から、危ないよね……?」
そんな私をジロジロと見ながら、パパはちょっとオドオドした口調で必死にママに言い返してる。……私を見て小さいって言うな! 四歳の中ではちょっとしか小さくない!
歯をむき出しにしてパパを威嚇していると、ママが勝利宣言をした。
「パパ、お祭りなのよ。フィンくんがついてるんだから、ぜんぜん危なくないわよぉ。ふふふ」
――あ……。
パパ、負けた。絶望って文字を、ペタペタと顔に張り付けて始めてる。
「ハーレちゃんは! パパと! 市に行きたいよね!」
それでも諦めきれないのか、涙目で縋りつくようにこっちを見てくるけど……ごめん。
「フィンと行く」
「ハーレ、ちゃん……」
パパの目が虚ろに……てか、顔色が青から土色へ変わっていく。あ……パパ……死人みたい。
――え。
崩れ落ちて、死体みたいに転がった。ちょっと……パパ?
でも、フィンとお祭りに行くのは嘘じゃない。この間、フィンが一緒に行こうと誘ってくれたんだ。誘うときに、私の目から十センチも離れてないところに指を二本立ててきたから、絶対に二人で行きたいってことだと思う。
まぁ、去年も、私のためにモミンを交換してドヤるパパと、それを唸りながら睨みつけるフィンがめんどくさいかったから、二人でもいいけどね。
とはいえ、そういうことだから、今年はパパを断るしかない。ごめんね、パパ。
申し訳ないって気持ちはあるから、目の前にふて寝し始めたパパを見下ろしながら、どうしようか迷ってたら、ママが「もぉ」と言いながら、そっと屈んでパパの耳元に唇を寄せた。
「パパ。私と二人で行きましょぉ」
――間違えない。
ママからのデートのお誘いだ!
いつもパパから「一緒に水を汲みに行かないか。途中、フィンパパにママのナイフを見せてもらおう」「果樹園を見に行こう。ママに果物をプレゼントしたいんだ」とか誘ってて、ママから誘ってるのを見たことがない。
ママが囁いた瞬間、だらぁと寝っ転がってたパパの身体が跳ねた。そしてシュパッて起き上がると、ママの手を取り、腕と腿の筋肉をムキっとさせる。土色だった顔が一転、真っ赤になってて、パパの目じりが落ちるだろと思うぐらいに垂れていた。
「ママ、僕に針を買わせてくれないか」
「まぁ! パパ、ありがとう」
ママは大喜びだ。パパもニヤニヤと……いや、ニタニタとご機嫌になってる。さっきまでの、あの瀕死はどこ行った?
いつものことながら、暑っ苦しいパパの愛情表現に顔を引きつらせつつ、……ママがパパの気を引いてる間に、私も行く支度をしようっと。お祭りまであと数日だし、がんばって薬作り進めないと。
でも、パパ、針のプレゼントとかがんばるなぁ……。
針って、骨針は手ごろに交換できるけど、鉄針は嫁入り道具になるぐらい高い。
高い理由は炭。鉄は塀の外にゴロゴロと転がってて簡単に手に入るんだけど、炭は燃料で、でもそれを作るために燃料を使う。そう考えると炭は贅沢の極みだ。しかも、炭にする木は深森にいるトレントというモンスターじゃないと、鉄の加工ができる温度まで上がらないから、そこでも危険が上がる。
だから鉄の針は一生に一つ持ちたいと言われてる代物だった。
パパ、それ何本目のプレゼント? ……ほんと、愛が重い。
顔を拭いて出かける用意をすると、ママたちに「いってきまーす」と声をかける。
朝から暑い何かに疲れた私は溜息を飲み込んで……あ、いや、吐き出しちゃってた。気を取り直し、大きく一歩、家から踏み出す。
今日も空が青いな……。
がんばるか! よし、行こう!
今日は祭りの日だ。
「ママ……おはよぉ」
「あら? おはよぉ、どうしたの? 早いわねぇ」
「……うるさすぎて寝てられなかった」
ゴゴゴ…
ドンッ
祭りは、真ん中に大きな焚き木がある。大きさはパパが見上げるぐらい。で、長さが変なのが村の焚き木の特徴だ。普通、焚き木って正方形で作ると思ってたけど、村のは一味違う。長細い長方形! もう一度言おう。長い、長い、長方形の焚き木なんだよね。火をたくと、なんかね、炎の壁みたいにみえる。
ママが教えてくれたんだけど、昔、岩を掘っている最中、まだまだ安全じゃなかったみたいで、何度も浅森のモンスターが襲ってきたんだって。そうだよね、餌がたくさん逃げないでいるんだから、狩場みたいになるよね。
そのとき、浅森と岩の間に火を焚き、モンスターから村人を守ったのが、この焚き木の始まりなんだって。この焚き木は木をたくさん使うから、わざわざ、役場ギルドが、村の南側の塀の外に石を積んで資材置き場を作ったんだ。南側の塀の上から梯子で降りれるようになってる。そこに一年かけて木を貯める。そして、その木を全部、日の出前か役場ギルド総出で東の広場に運ぶんだ……けど。
うちはママ大好きなパパが、村一番と言ってもいい強さで貢献度を積み上げ、南側に家を借りてる。そして倉庫は……うちの真裏にあった。
ドサドサドサッ!
「そぉねぇ……ちょっと、うるさいかもしれないわねぇ」
「え!? ママ、ちょっとだけ? うるさいと思わないの?」
「ふふふ。ママには、命が繋がる音に聞こえるわぁ」
――そうだ。
当時は、焚き木があったからこそ、私たちは生きられた。……でもね、ママ!
「なんで、日が昇る前からするんだぁぁ!」
まぁ、毎年なんだけどね。うるさすぎる。
私はもこ木のもふもふの上で、手足をばたつかせて抗議する。……なんなら、このままもこ木に埋もれて二度寝したい。モフっとしてていい感じが……。
ドサッ!
――ビクッ!
ウトウトしかけたのに!
「ふふふっ」
そんな私の様子を見ながら、ママはしょうがないわねぇという顔で奥の部屋に行くとモミンを持ってきた。
「あ! モミン!」
「ふふふ。パパには内緒よ? 昨日、ママにって買ってくれた分だから」
寝っ転がってた私のお腹にモミンを置くと、人差し指を立てて唇に当ててる。ムチッとしたママの唇と片目つぶった表情が何とも言えない可愛さと色っぽさを発揮してる。うちのママってすごい!
「いいの? パパ、怒るよね?」
「うーん、怒るより、すねるわねぇ」
――うげっ!
パパはママが一番だから、ママにプレゼントしたものを誰かに渡すのは嫌がる。私にもだ。私の分をママに渡すのは「しょうがないなぁ。もう一個、パパがハーレちゃんに買ってきてあげる!」って、デレデレとした顔で言うだけだから、明確にパパの中で順番が決まってるみたい。
ちなみにこの時のパパは「ママはね、僕からのプレゼントを誰と分けるのは嫌なんだよ。だから僕が嫌がるんだ」という思考になってる。ううん、思考じゃない、実際そう言ってた。
聞いたときは「私の耳、腐ったか!?」と思ったぐらいだ。今、思い出しても意味わかんない。
「うーん……。めんどくさいからいらない」
最近ついてきた腹筋で起き上がると、ママにモミンを返す。ママもモミン、大好きだしね。
「あら。ふふふ、そぉね。なら一緒に食べましょ」
ママはそういうと、モミンを剥いて半分くれた。ママ、大好き!
朝が明ける前、パパが狩りから帰ってきた。
祭り用の肉を狩ってきたんだって。
「まぁ、余るってことはないからな」
って言ってラッポーを二頭も持ち帰ってた。パパ、ほんと凄い。そして……あの肉は、多分、丸焼きになるとみた。盛り上がりそうだ。
昼間、プレゼントを渡しに、皆に会いに行く。皆も黒色の石や革をくれた。
――いっぱいだ。
貰った石は、次の服に使えそうなぐらいにキラキラしてて可愛い! 夏の服で使おうかな。いい感じにウッサの革もあるから、ワンポイントに使えそう。夕方フィンが迎えに来るまで、石を並べたり、持ってる革を重ねて、夏服の予定を立てる。楽しい!
祭りは夕方から始まる。
フィンがお迎えに来て手を繋いで東の広場に行くと、高く摘まれた木が見えた。春の風が今日は落ち着いていて、焚き木も綺麗にも燃え上がってくれるんじゃないかな。
そろそろ、陽が落ちきるという頃に、最後に残った少しだけの日の光を背負ってランさんが皆の前に立った。
「初めは、二人で始めたさすらいだった。そうして生き延びてる間に、他のさすらい族から合流した者たちが増え、やがて、一つのさすらい族として認められるようになった。長い年月の後、私たちは岩に会い、そして村ができた」
今はもう、ランさんの声しか聞こえないぐらいに辺りは暗く、音もしない。
「今年も無事に春が来た。去年と同じ顔も見れた。岩に感謝しよう。炎に感謝しよう。そして明日の朝に感謝しよう!」
その声と同時に、各地から火が焚き木に放り込まれる。
ごぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!
一気に火が上がる。この祭り特性の焚き木だ。深森のモンスター、トレントを使って作った炭も入れてあると言ってたから、一気に火が頂点まで燃え上がる。
誰かが唸り始めた。徐々に村人全員が唸り始めた。
全く合わない音。クネクネ好きに踊る村人たち。なんか、見ているこっちが催眠状態にかかりそうだ。
炎と音、そして目の前の光景に、神経がイカれた頃、肉の声がかかる。
「焼けたぞぉぉぉぉ!!!」
あの世との境が見えた気がした。
――肉で命拾いしたかも。
戻ってこれてよかった。
よくわからない命の危機を脱出した私はフィンと共に、焚き火をグルっと周って肉のところまで行く。
何百というラッポー串が焚き火で豪快に焼かれてた。肉は私の顔より大きくて、一つ食べるだけでもヤバそうだ。一口齧ると肉汁が飲み物みたいに溢れてくる。
「フィン、おいしいね! これ!」
「ん!」
フィンの横顔が焚き火に照らされ、綺麗な顔をより、シュッと見せていた。フィンも将来、イケメン確定だな。なんて思ってると、後ろから熱っ苦しいヤジが飛んできた。
「お! フィンじゃねぇか!」
「やめとけ! デートだぞ!」
「お! ほんとだ! よくガーデがいいって言ったな」
「仲いいなぁ」
パパの筋肉仲間・独身バージョンたちだ。
ニヤニヤとからかう気満々で、私たちを囲ってるけど、フィンが、そんなの動じるわけないし。アホらしい。
「パパはいいって言った。あと、ジャマしないで!」
それより、うるさくて、肉にかじりつけない! ほんと、筋肉たちはジャマばっかりする。
「ん!!!」
突然、鼻息を荒くしたフィンが大きく頷くと私を抱きしめてきた。
――え?
どういうこと?
「おー!」
「熱愛宣言だな!」
「ガーデは死体、決定だな」
ゲラゲラ笑いながら、フィンをバシバシ叩いて去っていく。
「熱愛?」
「ん!」
――フィンが抱きついたから?
うーん。よく分かんないけど、いなくなったから、ゆっくり肉汁堪能だ! うっまー!
そのあとはフィンとプレゼント交換するため、川辺に行く。焚き火周りだと筋肉たちが入れ替わりきては、フィンをからかって行くからね。落ち着かない。
「フィン、春を一緒に祝えて良かった。次の春まで絶対にケガしないでよ」
そう言って服の中に隠してあったナイフを取り出す。
フィンはそれをそっと受け取ると、鞘の前面に刺繍してある自分の個人紋を撫でた。
「……」
スッとナイフを抜く。
ギュウの骨で出来たナイフに、表情が崩れるぐらいの驚きが走る。
「全部、自分で用意したんだよ。大変だったんだから! フィンは約束守んなきゃダメだからね!」
ほんと、大変すぎたよ。ケガなく生きてくれないと、報われない!
ふん!
と鼻息荒く言い切ると、フィンは泣き出した。
「な……な、泣くことないでしょ」
「死なない」
うん、当然だ。
「お前も死ぬな」
抱きついてきたフィンはボロボロと涙を流しながら、ギュウギュウと抱きしめてくる。
「フィン! 苦しいよ」
――絞め殺される!
自分を人外の五歳だってわかってくれー! しかも、私が死ぬ心配? なぜだぁ! てか、今、死にそうだ!
「フィン、死なない、から、離して!」
やっと緩んだ腕に、ハァハァ言いながら、心の中でフィンを罵倒する。
こいつ……自分が四歳で狩りに行ったから心配したな。普通の人間は四歳で狩りはしないんだよ!
シブシブ私から離れたフィンは、跪いて、二つに折れた革を差し出してきた。ペラっとめくると、そこには鉄の針が一本置かれている。
「……俺と」
――ん?
今日はよく喋るな。
「大きくなったら結婚してください」
そのとき、時が止まった。
ブワッと胸の奥から愛が溢れていく。
プロポーズしてほしかった!
好きって言ってほしかった!
一度ぐらい告白してほしかった!
合わせて溢れたのは、怒りだった。諦めかもしれない。
あまり馴染みのなかった感情が私の心を侵食していく。よくわからない感情が私を揺さぶる――でも次の瞬間、また混乱が始まった。
ぷろぽーずって何?
好きって誰に言われるの?
告白って?
――落ち着け!
ふぅ……。すぅ……。
この想いは前世のものだ。なら、わからないものを思い出してもしょうがない。落ち着け、私。
深呼吸を何度か繰り返してやっと”自分”を取り戻して、現実に戻ってきた感覚を掴むと、今置かれている状況に「うげっ」という潰れた声が喉からでた。
私に針か!
――宝の持ち腐れ。
ふと耳に響いた言葉だ。
――豚に真珠。
どうせ、いらないって言っても負ける。フィンは決めたら覆さない。この祭りの真ん中で泣くことも辞さない男だ。
――猫に小判。
いらないって言えず、フィンの手を見つめ続ける。
よくわからない言葉と反論が、頭の中に生まれては消えていくけど、心は、もう半分諦めモードだ。でも、泣ける。
受け取りたくなくて、躊躇してると、グイグイ押し付けてくる。
しかも、鉄の針って嫁入り道具だし……。てか、結婚とか言ったか?
貰ったらパパが、うるさいだろうな……とか。
貰ったら裁縫すんだろうな……とか。
色々頭をよぎったけど、その時間、フィンの顔が徐々に青ざめて行く。今では、悲壮を通り越して、自殺しそうな顔してた。
よし! 女は度胸だ!
「ありがと、フィン」
両手で針を受けると、明らかにホッとした顔で抱きついてきた。
フィン、何かまた大きくなったね。
ポンポンと大きくなったフィンの背中を叩いて慰めてやった。私、優しいよね。
もちろん、家に帰ったらママも鉄の針をもらってた。
針を私に見せるママの肩をパパは自慢げに抱いてたけど、私が鉄の針を持ってるとわかると、発狂し始めた。
呆れたママに「所詮、いつかはお嫁に行くのよぉ?」と言われると、パパは支離滅裂な言葉を吐いて、泣きながら家から飛び出ていった。
「ぼ、ぼ、僕は、絶対に! 絶対だから! お嫁さんなんて認めないよ! パパは禁止だからね! うわーん」
パパ……大人げないよ?




