新種の草2
結論。
やっぱり、ランさんは負けた。
「ハーレちゃん、これね! これ! ランさんがお給料として置いていったからね。食べていいのよ。毎日届くからね」
おばあちゃんが、ニコニコしながら指差したのは――モミン。
「わぁ!」
嬉しくて、思わず身を乗り出す。
「おばあちゃん、ありがと!」
そう言って手を伸ばしかけたところで、視界の端にパパの顔が入った。
昨日、夜寝る前にパパとママに報告したんだけど、モンスターが懐いたと聞いたパパは「僕のハーレちゃんが襲われる!」と、真っ青な顔して大騒ぎしだした。ちなみにママは「あらまぁ」と驚いてただけだったけど。
夜だし、燃料無駄だし、何より寝たいのに、パパが止まらない。途中で知らん顔して寝たけどね。付き合いきれないよ。
でもパパは、朝もまだ青白い顔してて「僕はハーレちゃんを守る!」というと、いつものマッスルポーズもせずに、一緒におばあちゃんちについてきたんだ。
マッスルなしだよ? 相当重症だよ。でもさ、一つ不思議なのは、おばあちゃんのちでするのは、「草アロン作り」ってこと。私は、何に襲われる想定なんだろ?……まぁパパだからいいか。
んで、そんなパパが、すごい目でおばあちゃんを見ている。あの目は戦いを放棄した者がする目だ。恐れを前面に出した、そんなパパの目は初めて見るよ。
……あ。
そして、私は気がついた。
これ、毎日は貰いすぎなんだ。まだ成果もわからない草アロンに、高級果実を報酬として払い続けるとか、普通に考えたら大赤字である。ちょっとランさんが可哀想になってきた。……まぁモミンは貰うけど。
気を取り直して、草アロン作りを始める。
まず、水に手を入れて気を流し込む。銀色の渦がぐるぐると広がり、最後には水全体が銀色に染まった。そこへ熱した石を入れ、苔を煮る。
さすがにネジャミ用に小麦を使うのはもったいないので、代わりに、ネジャミを捕獲するときに使う骨と皮を細かくして入れて、石を追加。煮込んでいく。
すごい燃料費だな。
そんなことを思いながら川辺で作業していると、向こうからフィンが歩いてくるのが見えた。しかも、木を担いでる。
「フィン!」
私は目を丸くした。何なら口も空いてたかもしれない。だって――フィンが背負ってる木、大きすぎて、フィンの三倍はある。どうやって持ってきたんだ……?
「今日の木、大きいね」
「ん」
「狙ったの!? すごい!」
フィンは、得意そうに顎をくいっと上げる。どうやら最初から、この木を狙っていたらしい。……すごすぎる。
お礼を言おうとフィンの手を握ろうとした瞬間、パパの肉厚な身体が割り込んできた。
「パパも! ハーレちゃん、パパはもっと大きい木を倒せるから!」
フィンから私を見えなくしてる。パパ……。
いつもの状態に戻ってもパパはパパだったって呆れていると、そのまま私を抱き上げ、「今度こそ! 僕が狩ってくる!」と力説し始めた。……まだピンクウッサの件、根に持ってたんだ。うーん、というか、なんで抱き上げるんだろ? 降ろしてよ、パパ。
「パパ。ママに言うよ?」
「…………」
パパは、ピタって口を閉じると私の後ろを遠い目で見始めた。――そして、ゆっくり私を下ろす。
「ハーレちゃん……フィンの木……使っても、いい」
「使うよ」
「…………」
苦渋の決断みたいな顔してるけど、何言ってるんだろ。使うし、チクる。当然だ。
私はあきれ果てた顔をパパに向け、パパの後ろにいるフィンに、最大級の笑顔を向けてお礼を言う。
「フィン、ありがと!」
「ん!」
フィンは、ドヤ顔――いや、ドヤ無表情でパパを見ると、木の枝を骨斧で切り落としていく。幹の部分の解体は塀の向こうじゃないとダメだもんね。
うんうん、それにしても木の枝だけでもすごいあるな。面白いように薪が増えていく。それを眺めていると、遠くからママの声が聞こえた。
「ハーレちゃん、そろそろ朝ご飯食べに行くわよぉ」
「あ! ママ!」
「あら? パパ、狩りは?」
近づいてきたママが、不思議そうにパパに声をかけた。
「だ、大丈夫だ。ご飯のあと、たくさん狩る予定だから」
いつもなら絶対にママから目を逸らさないパパが、露骨にママから目を逸らしてる。
――あ。
パパ、私についてくるって言ってなかったんだ! しかも、狩りサボったな!
「ママ! パパね、フィンが狩ってきてくれた木、貰うの邪魔した!」
「ハ、ハーレちゃん!?」
「パパぁ……ご飯の前に、私、ちょっとお話したいわぁ」
にっこり笑うママ。……でも、なんか目が怖い。直視できない。危険は回避するに限る!
私は、ママと目を合わせないように数歩歩いてフィンの後ろに入った。
安全地帯から覗き見たパパは悲壮な顔して、唇はカタカタと震えてた。「ママ、僕は、違うんだよ、そうじゃなくてね」と、涙目で訴えてたけど、許してもらえるわけもなく、首根っこを掴まれ……うん。仲良く連れ立って帰っていった。
結果は見えてるけど、私は助けない。しょうがないよね、自分の仕事さぼって、娘の仕事を邪魔してくるなんて、ママにがっつりと怒られるといいよ!
私はフィンと、先に朝ご飯へ向かうことにした。
パパ、がんばってねー!
そこからは、邪魔も入らず、餌作りがはかどった。そして毎日チュースケにあげに行く。
チュースケに餌をあげ始めて三日目。
今日も私は、作った餌を持ってチュースケのところへ向かう。
最初はすぐ攻撃的な状態に戻っていたけど、今は一日くらいなら大人しい。あと、私が作った餌はランさんがあげてもダメで、ずっと攻撃的なままだった。餌を作った人に懐くみたい。もしかして、気を混ぜてるせいかも、と私は思ってる。
餌をあげてから十日目。
二日に一回、この餌にしても、攻撃的な姿を見せなくなった。
なんなら凄く甘えん坊。更に二足歩行もできる優れたネジャミだ。しかもメチャクチャ賢くて、教えたことは一回で覚えてる。お手も伏せも、縄跳びもできるようになった。今はシャドウボクシングを教えてる。凄くかわいい。
「すごいですね。このようなモンスター、初めて見ました」
ランさんは、このセリフをほとんど毎日言ってる。私は、チュースケが可愛すぎて、このまま連れて帰りたくてしょうがない。もう一緒に住みたい!
「ランさん、この子、ペットにしたい」
「ん? ペット?」
「うん!」
「ペット? なんですかそれは?」
――そうだった。
村はギリギリの食料でやってるから、動物を飼う文化がない。困った。
「うーん、家族?」
「は? モンスターが?」
「違う! モンスターじゃない! 見て、敵じゃない! 肉でもない!」
ランさんの目の前で、急いでチュースケと遊ぶ。
右人差し指とチュースケの右手でタッチ。今度は左。上手に、タッチタッチと繰り返して最後は、両手でタッチ。
呆れたようにその遊びを見てるランさんは、溜息を一つした。
――あれ?
この遊びじゃダメ? 縄跳びのほうが良かったかな? チュースケ、今、二重飛びもできるしね!
「まぁ、ハーレちゃんだけには攻撃しませんね」
「ここ最近は、ランさんにもしないよ?」
「慣れてない人には攻撃します」
「わかった。じゃあ、首輪と紐つけるから!」
それならいいと、シブシブ言ってくれたので、早速、家に帰って作る。最近は、帰るたびにチュースケが「チュウ、チュゥウ……」って寂しそうに鳴くから、がんばらないと。
「ママ、チュースケの紐と首輪を作りたい」
「あら。名前つけたのぉ?」
「あれ? そういえば、いつ付けたんだっけ?」
付けた覚えがなかったけど、しっくりきてるからいいか。
ママに家に連れて帰りたいことと、ランさんとの約束を伝える。それを聞いたママは「そうなの? なら……」と言いながら、奥の方の絨毯を捲ってゴソゴソしてる。
「この革があるわよ」
そう言って出してくれたのは、ピンクウッサの革の端切れ。あ!
「じゃあ、これでネジャミの帽子つくるよ!」
チュースケも友達がいたほうが寂しくないからね。
チクチクとママに教わりながら、ピンクウッサの革でネジャミの身体も顔も縫う。ちょっと汚い縫い目だけどできた! 長かった。刺繍と違う難しさだった。でもできたのは、チュースケには似てる、凄くかわいいチビネジャミ……あー、これはウッサか?
「ママできた! あとは耳をつけるだけで……ん?」
耳を取り付けようとしたら、ちょっとネジャミ特有の大きめの耳が立たない。うーん、困った。
「ママ、耳が立たないよ」
「そうねぇ。じゃあ、これ使ってみる?」
ママが取り出したのはコートとかの革を縫うときに使う太い骨針。
「こうして、カバーをつけて頭に刺せば……ほら、耳になったわよぉ」
――出来た!
チビウッサ……ネジャミだ! しかも、かわいい。
革紐をつけて――帽子、完成!
これで寂しくないね。
首輪はやめて斜めにした胴輪にして、負担を減らす。革紐をつけたら完成。
「ありがと! ママ!」
餌をあげてから十二日目。
その日は、できたチュースケのお散歩セットを持ってランさんのところに行く。
「ほぉ。できたんですね……て、ネジャミにピンクウッサの毛皮を使ったんですか!? はぁ?」
「うん」
――そうだよね。
端切れといっても高いもんね。ママはパパがいるから、その辺がバグってる。でもかわいいから、私も気にしない。ねぇ、チュースケ。
胴輪をつけて……紐付けて……頭にチビネジャミをつけて……あれ? 想像では耳と耳の間にチビネジャミがいるはずだったけど、耳が邪魔でオデコにチビネジャミが張り付いてるように見える。まぁいいか。かわいいし。
「ネジャミに、小さいネジャミをつけたんですね? うーん、まぁ……そうですね、これなら可愛く見えなくも……ない?」
ランさんは、何となく不思議な顔をして、チュースケに手を出して噛まれてた。
可愛いに疑問形をつけたら――そりゃ噛まれるよね? 当然だ。
カゴに入れて家につれて帰ると、パパが、悲痛な顔で私に迫ってくる。
「ダメだ! ネジャミなんて噛まれたらどうするんだ」
「あら、かわいいわねぇ。帽子も似合うわぁ」
怒鳴り泣きながら反対をするパパ。それに対して笑顔でチュースケを褒めてるママ。うーん。
チラってチュースケの顔を見ると、パパには、三白眼で顔を歪めてメンチ切ってて、ママには、キラキラとまん丸の目で見つめてる。
――これは絶対やる。
そう思って見ていたら――案の定、ママにお手して、パパには噛みついた。やっぱり……。
しかも権力者がわかるみたいで、ママへのアプローチは今まで見た中で一番だ。わかってるな、チュースケ。
ママが「かわいいわぁ」と笑った時点で、もう決まりだった。チュースケは、その日から、うちの一員になった。パパ、そんな恨めしそうな目でチュースケを見ないで。
ママもチュースケをかわいがる前に、パパを可愛がって! パパがいじけたら、めんどくさいから!
次の日、狩りが終わったフィンが来て、うちにチュースケがいるのを見つけた。一瞬にして歪んだ無表情になる。ランさんのところにいる時から、チュースケとフィンはこんな感じ。特にフィンが……。
今も、フィンが私の頭に乗ってたチュースケを手で払い落してた。もちろん、チュースケも徹底抗戦の構えだ。
落ちたチュースケへ、フィンが蹴りを放つ。チュースケは避けながらアキレス腱を狙って飛びつく。当然みたいに避けたフィンは、そのままチュースケを踏み潰しにかかる。負けてないチュースケは、電光石火の勢いで、その場から離れ、壁を使って三段跳びで、フィンの顔面へ右ストレート。
――あ……。
さすがにそれはリーチ的に無理がある。
と思ってたら、案の定捕まってた。教えたのが、シャドーボクシングだったからか……。失敗した。ごめん、チュースケ。
「ヂュゥ゙ゥウ」
憎々しげに、目を吊り上げ、フィンを睨見つけていた。
別の日も、チュースケと手と手のタッチ遊びしてたら、フィンがチュースケをはねのけ、代わりにやり始めた。怒ったチュースケの怒涛のパンチ攻撃を鼻で笑いながら左足だけで軽くいなしていた。酷いなフィン。
そんな中、チュースケが修行にでた。
あれは、フィンに五連敗中だったときだ。悔しそうに「ヂュゥ゙ゥ……」と鳴きながら、耳を垂らしてパンチ練習している姿を見て、私は思った。
――このままじゃダメだ。飼い主として。
どうする?
――私はこれ以上、修行は無理だ。
誰に託す?
――私以上の実力者に決まってる。
なら、今、村で一番強いのは誰か。
――それは武力ギルドのギルマスに決まってる。
だから私は、ギアさんをこっそりと尋ねることにした。
だってさ、パパに言ったら、「パパが一番!」って、ずっと言い続けると思う。でも、チュースケの悔しさには心砕いてくれるとは思えない。フィンなんて絶対にダメ。そもそも今回の原因はフィンだしね。
「ギアさん、いますかぁぁぁ?」
武力ギルドに入って、大声で叫ぶ。こうしないと、筋肉の海は渡れない。案の定、私の大声はかき消されそうになっていた。マジカ。
「お? ガーデの嬢ちゃんじゃねぇか!」
「ん? ほんとだ。今日はどうした? ガーデは一緒じゃないのか?」
――助かった!
パパの筋肉仲間だ!
「パパは、ママのそばにいて、私はギアさんに会いに来たの」
私の足元にいたチュースケは、私の頭まで駆け上がると筋肉たちを威嚇してる。筋肉たちは面白そうに私たちを眺めて笑ってた。
「ほぉ……ギアねぇ。フィンはどうした?」
「あははは。こりゃ、面白くなってきたな!」
「なんだ? ネジャミが懐いてるのか?」
「相変わらず目つきが悪いな」
「よし! ギアを呼んでくるか」
ギルドでも実力者で古参だからか、ギアさんを呼び捨てにしてる。さすがパパの友達。待つ間、筋肉の壁に囲まれて、暑いな……と半分疲れていると、こっそりした声が耳元で囁いてきた。
「嬢ちゃん、俺はつくねを腹いっぱいに食べたいんだが、どうすればいいんだ?」
――え!?
それは……。
大食い筋肉のお腹をつくねだけで満たそうとしたら、材料が……。うーん、食べれない人、どのぐらいになるんだろ。だったら――
「つくね武道会は? みんなのつくねを賭けて戦う。つくねロワイヤル。勝者総取り……」
「俺がいないところで、面白れぇこと言ってんな。ん?」
ギアさんが、後ろにいた。重低音の声がトキメキとともに響いてくる。でもそれどころじゃない。勝手に戦いを勧めるのはマズい。
「口が勝手に動いただけ……」
「ほぉ、ちいせぇのに良く動く口だな」
ニヤァと笑ったギアさんの顔も、怖くてかっこよかった。ヤバい……心臓が……。
「やっぱり、嬢ちゃんはギアがいいのか」
「おいおい、フィンはどうすんだ?」
「ギアは結婚してるからなぁ。嬢ちゃん、あと五年遅かったな」
後ろの筋肉たちは、ほんとに、ろくなことを言わない。そもそも五年前なんて私の生存反応すら、この世界に無いわ!
「ギアさん、お願いがあってきたんだけど……」
後ろのニヤついてうるさい筋肉たちをチラチラと見ながら、ギアさんに移動したいと目で訴える。
「ふむ、こっちこい」
奥にはギアさんの仕事部屋がある。そこにつくと、ギアさんは私の頭に乗っているチュースケを鋭い目つきで観察し始めた。
「これが例のネジャミか。外見だけじゃねぇな。なんか雰囲気が違う」
チュースケは強者がわかる。明らかに腰が引けた状態でギアさんに威嚇をしていた。
たしかに今のギアさんは、余裕はあるけど隙がない気がする。チュースケの緊張が私にも移ったみたいに、手が上手く動かない。それでも、抱き上げたチュースケをギアさんの目の前まで持ち上げた。
「名前はチュースケ」
「ん?」
「頭がいい子で、特技はパンチ」
「あ? パンチ!?」
「フィンにね、負け続けて悔しがってて可哀そうだから、ギアさんに修行をしてほしい」
「……俺が? ネジャミを? 鍛えるのか?」
一瞬、口をぱっくり開けて唖然とした。と、次の瞬間、あははは!と大笑いし、「パンチねぇ」と言いながら、チュースケの手を小指で持ち上げる。
そこには明らかに鍛えた後があった。小さな拳は硬くなり、手首の毛は擦り切れていた。それをみたギアさんは、一瞬にして真顔になりチュースケに真剣な目を向けた。
「おい、チュースケ。かかってきてみろ」
「ヂュゥゥ!」
パッと私の手から飛び出すと、電光石火で足元をまず狙う。サッと避けられると、その勢いのまま、壁を蹴って、今度はギアさんの腕へ。そのまま駆け上がって――ワシッと捕まっていた。
捕まっても、パンチを繰り出そうとするチュースケに、ギアさんは面白そうな顔を向けていた。
「なるほどな。おれの得意は剣だ。それでいいか?」
「ヂュウウウ」
頷き答えるチュースケ。
――まって!?
師弟のいい雰囲気が出てるけど、チュースケ……剣……持てないよね? ボクシングよりダメじゃ……。
「ハーレ。チュースケは俺が預かる、いいな」
――え!?
ほんとに特訓? あ……えーと、じゃあ――
「う、うん。わかった。うん、じゃあ、毎日、ここにくる! ご飯あげたいから」
「そうだな。……オイ、チュースケ。お前は、ハーレから貰わねぇと餌食えねぇのか?」
「チュ……チュウウウ!」
苦渋の決断の様子で、私をウルウルした目で見つめた後、振り切るようにギアさんに首を振っていた。
「よし、じゃあ、強くなるまではハーレとはサヨナラだ、いいな」
「チュウ!」
こうして、私が作った餌をフィンがギルドに届けることになった。
何でフィン?
それはね、この件が後からばれて、パパとフィンがものすごく面倒くさいことになったからだよ。……はぁ疲れた。
???
やつがいた。
まちがえない、やつだ。
俺のだった膝の上を我が物顔で座り、笑顔を向けられてた……あいつがいる。
ちくしょう。
今度こそ、間違えないように見張ってたのに。
どけ! じゃまだ!
今度こそ……最期まで一緒にいるのは俺だ!




