宝玉に魅入られし少女
恭一達がリビングで話し合っていた頃、風香は放課後に通っている稽古事を終えて自宅に戻ってきた。
彼女の乗っている車が屋敷の玄関の前で止まる。
ボディーガードが運転席を降りて、後部座席のドアを開けた。
「どうぞ」
「ええ、ありがとう」
ボディーガードに一言礼をいい、玄関へと歩き出す。
玄関の扉の前に立っていた黒いスーツを着た執事が、風香に丁寧に頭を下げた。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
「ええ、ただいま」
執事が玄関の扉を開け、風香は屋敷に入る。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
広い玄関ホールに入ると紺色のメイドドレスをきた二人のメイドが待ち構えており、一斉に頭を下げた。
「ただいま」
風香が挨拶を返すと、少し間を開けて屋敷に入ってきた執事が静かに扉を閉め、風香の右後方に立つ。
「お嬢様、今日は旦那様と奥様がお帰りになられています」
「そう」
「もうすぐお食事の用意ができますので、後程お迎えに参りましたら、食堂にお越し下さい」
「ええわかったわ。それじゃあ私は部屋で着替えてきますので」
「かしこまりました」
丁寧に頭を下げた執事に見送られ、風香は自室へ移動した。
自室に戻り、風香は制服から部屋着に着替えると、ベッドに腰掛けてため息をついた。
いつもは仕事に出ていて、家に帰って来ない日も多く、帰って来たとしても深夜になるのがほとんどの両親が、今日は珍しく両親共に早い時間に帰宅している。
当然そうなると一緒に食事すろことになるのだが、両親との食事は張り詰めた空気が漂い、気が休まることがないので、いっそ一人で食べている時の方がずっと気が楽だと風香には思えた。
この後の食事の様子を想像して少し憂鬱な気分に浸っているとドアをノックする音が聞こえる。
「失礼します。お嬢様、お食事の支度が整いましたので、お迎えにあがりました」
ドアの向こうからメイドが声をかける。
「ええ、わかったわ」
風香は返事をしてベッドから立ち上がるとドアを開けて廊下に出る。
「それじゃ行きましょうか」
「はい、かしこまりました」
風香はメイドに連れられて食堂に移動した。
食堂に入り、風香がテーブルを見ると、彼女の両親が既に座っており、テーブルから少し離れた所に執事とメイドが控えていた。
メイドに引かれた椅子に座ってテーブルにつくと、紺色のスーツを着た目つきの鋭い精悍な顔つきの男性が低い声で話しかけてきた。
「こうして一緒に食事をするのも久しぶりだな。風香」
「ええ、お父様」
風香がそう返すと、食事が運ばれてきて、彼女の前に静かに置かれる。
「元気そうでなによりね。安心したわ」
華やかな赤いドレスに身を包んだ女性が声をかけてくる。
「ええ、お母様もお元気そうで」
風香は微笑みながら答えた。
コップに水が注がれて、風香は胸の高さで両手をそっと合わせる。
「いただきます」
声が三つ重なり、風香がフォークとナイフを取って食べ始めた。
三口ほど食べて、水を飲んでいると、父親がワイングラスを手にしながら声をかけてきた。
「風香、学校の方はどうだ? 学業をおろそかにしていないだろうな?」
「はい、お父様。問題ありませんわ」
「そうか、学問以外にも色々身に着けせるために習わせているがくれぐれも成績を落としたりしないようにな」
「はい、お父様。分かっております」
風香は父親に神妙な顔で答えた。
「まあ、アナタったら。風香なら大丈夫ですよ私たちに似た優秀な子ですもの。出来て当然です。ねえ風香?」
母親が風香に笑顔で尋ねる。
「ええ、もちろんですわ。お母様」
風香は母親に微笑んで応じた。
「ふむ、わかっているのなら良い。涼原の次代を担う者として恥じることのないよう励むのだぞ」
父親はそう締めくくると、手にしていたワインを飲み干した。
「ええ、一層励んで参りますわ。お父様」
風香は再び食事に手をつけ始めたが、胸が詰まる想いがしてなかなか食事が喉を通らない。
どうにか口に入れたものを飲み込んで、ナプキンで口についた汚れを拭き取った。
「ごちそうさま」
風香がナプキンを置く。
「もうよろしいのですか?」
そばに控えていたメイドが少し心配そうに尋ねてくる。
「ええ、少し食欲がないみたい」
「かしこまりました」
メイドは風香に出していた料理を片付け始めた。
「それではお父様、お母様、お先に戻らせていただきますわ」
風香がその言葉と共に椅子から立ち上がる。
「そうか。食べたくないのであれば残せばいいが、体調はしっかりと自分で管理するんだぞ」
「ええ、それでは」
風香はおじぎをして食堂を去った。
息の詰まりそうだった食堂から出ると、立ち止まってほっとため息をつく。
「大丈夫ですか? お嬢様」
風香の様子を心配して後を追ってきたメイドが声をかけてきた。
「ええ、大丈夫よ。 少し立ち止まっていただけ」
風香がメイドの方に振り向いて答える。
「ご気分が優れないようでしたら、後程何かお飲み物でもお持ちしましょうか?」
「いいえ、今のところ必要ないわ、飲みたくなったらこちらからお願いするから」
「かしこまりました。お嬢様」
メイドが頭を下げた。
「それじゃあ私は部屋に戻るから、貴方もお仕事に戻って」
「かしこまりました。失礼致します」
メイドは再び頭を下げると、その場を辞した。
風香はメイドの後ろ姿を見送ってもう一度ほっとため息をつくと自室へ向かった。
自分の部屋に戻っていた風香は、椅子に座り、肌身離さず持ち歩いている宝玉を取り出して手に乗せた。
宝玉を見つめながら、食堂での出来事を思い出す。
両親との食事はやはり気が休まることは無かった。
父親には顔を合わせる度に、成績はどうだ、涼原グループの次期総帥にふさわしくなれとしか言われない。
母親には、貴方なら出来て当然、と言われた。
風香にとって「貴方なら当たり前」という言葉は重い枷のようなものだった。
幼い頃から次期総帥となるべく厳しく躾けられてきた風香は、両親や、周囲の期待に応えるべく努力し続け、その甲斐もあって多くの優秀な結果を残してきた。
多くの人たちがその事を褒めてくれたが、華々しい結果を重ねていくうちに、
「涼原さんなら当然の結果だよな」
「さすが涼原さん」
といった自分なら出来て当たり前という言葉が度々投げかけられるようになり、風香にとって重荷になっていったのだ。
幼い頃は優秀な結果を出せば褒めてくれた両親も今では、それが当然という反応で大して褒めてくれなくなった。
しかも、優秀な結果を望まれ、頼みごとされることも多くなった。
「はあ……私どこまで頑張ればいいんだろう」
風香が宝玉に向かって呟く。
周囲のプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも努力してきた風香、しかし結果を出しても当然のように扱われ、ここ最近はやる気を維持するのも難しくなってきた。
そんな日々が、この宝玉を拾ってから変化した。
宝玉を見つめているだけで心が安らぎ、やる気が出てくるような気がするのだ。
おかげで息抜きのために立ち寄っていた噴水広場に行く回数も減ってきていた。
風香は宝玉を愛おしそうに見ながら、指先でつついていたが、一人の少年の顔を思い出し、憎悪の念を抱いて顔を歪めた。
神楽屋恭一。
噴水広場で初めて会った後、すぐに交流会の助っ人に応募してきた同級生。
助っ人に来た初日、風香が元気がなかった事を気にかけてくれた。
風香以外の生徒会役員が体調を崩す中、彼だけはキチン休まずに来てくれて頼もしく感じた。
そして二度目に噴水広場で出会った時は、一度目の噴水広場での風香の様子を見て、風香の力になりたかったからだと恭一に言われた時はとても嬉しかった。
周囲の人間は自分を利用することしか考えていないのではないか、という気持ちが日に日に強くなっていく一方で恭一だけは違うのだと思えたからだ。
しかしそれは嘘だった。
彼は宝玉目当てで近づいてきたのだ。
一度信じかけた相手だけに裏切られたという憎しみが強くなる。
もう誰も信じられない――
風香の心が虚しいという気持ちで満たされていく。
「もう私の周りから私を利用しようとする人や、私だから出来て当然って言う人がいなくなってしまえばいいのに」
風香が宝玉を見ながら呟く。
「イイ方法ガアルゾ」
どこからか声がする。
「誰?」
風香が周囲を見回す。
「オマエノ目ノ前ニアルダロウ?」
宝玉が強く光りだした。
「宝玉が喋ってる?」
風香は目を見開いて宝玉を見た。
「オマエハ結局ダレニモ構ワレタクナイノダロウ? ナラバ我ノ力ヲ使ウガヨイ」
「どういうこと?」
「オマエト我ガ繋ガッタ後、構ワレタクナイ相手ニ我ヲカザセ、光ヲ浴ビタ者ハ、気力ヲ失イ、オマエノ事ガ気ニナラナクナル」
「本当に?繋がるってどうすればいいの?」
「我ニ手ヲカザセ」
風香は宝玉に手をかざした。
宝玉の光りが強くなり、あまりのまぶしさに目を閉じる。
すると、宝玉を飲み込んだわけでも、体に埋め込んだわけでもないのに、宝玉が自分の体の一部になっていくような不思議な感覚にとらわれた。
「ソノママ我ニ身ヲ委ネヨ」
宝玉とのつながりが強くなるのを感じて目を開けると、宝玉から放たれていた強い光がおさまっていた。
「これでいいの?」
「アア、コレデイイ、ソレデハ我ノ力ヲ誰カデ試スガヨイ」
「うん、わかった」
風香は素直に従った。宝玉の指示に従うことがとても心地よく感じる。
「まずはお父様ね」
風香は父親の書斎に向かった。
書斎の扉をノックする。
「誰だ?」
「風香です、お父様」
「風香か、入れ」
書斎に入ると、父親はソファに座って本を読んでいる。
「なにか用か?」
父親が風香の方に顔を向ける。
「お父様、贈り物をいただきましたの。見てくださいますか?」
「ほう? 誰からだ? 見せてみろ」
父親がソファから立ち上がり、風香に近づこうとした瞬間、風香は宝玉をとりだし父親に光をかざす。
途端に父親の瞳が濁り光が消え、父親はその場に立ち尽くした。
「サア、オマエノ事ヲソノ者ニ質問シテミルガイイ」
風香は、これまでの父親なら口にすれば絶対に起こりそうな言葉をあえてぶつける。
「お父様、私、面倒だから次期総帥になんてならなくてもいいですか?」
「……そうか、好きにするといい……」
「――!?」
風香は驚いて目を丸くする。
「お父様、明日から習い事をやめてしまってもいいですか?」
「……ああ、好きにするといい……」
風香は父親のあまりの変化に驚きを隠せない。
「もういいか? 私は疲れたからもう寝ることにする」
「ええ、お休みなさい、お父様」
「お休み、風香」
操り人形のような足取りでフラフラと寝室に向かう父親。その姿を見送り、先程父親にした質問の意味を思い出す。
もう次期総帥にならなくてもいい。
長年の重圧から解放された喜びか体を満たしていく。
「すごい! すごいわ!」
風香は大喜びしながら宝玉を大切そうに両手で包み込む。
「次ハ母親カ?」
「そうね! 行きましょう!」
風香は母親の部屋に移動した。
母親の部屋をノックする。
「どなた?」
「風香です」
「どうぞお入りなさい」
母親の部屋に入室し、母親が風香の方を向いているのを確認すると、いきなり宝玉の光を当てる。
すると、母親も父親同様、生気を失った顔つきになる。
風香は母親にも質問してみる。
「お母様、私分家の人と結婚するなんて嫌なの、好きになった人と結婚していい?」
「ええ……好きになさい」
「お母様、私本当は勉強って好きじゃないの。やらなくてもいいわよね?」
「ええ……好きになさい」
母親が濁った目で風香を見つめたまま答える。
「もういいかしら? 私そろそろ眠いのだけど」
「ええ、お母様、お休みなさい」
「お休み、風香」
風香は母親の部屋のドアを静かに閉めて退出すると、舞うように廊下を進む。
「すごい! すごいわ! 私はこれで自由よ!」
嬉しそうな声を上げる風香に宝玉が語りかける。
「アノメイドヤ執事達ハドウスル?」
「あの人達はいいのよ。私にプレッシャーをかけるようなことは言わなかったし、よくやってくれているわ」
「ソウカ、オマエガソレデイイノナラ構ワヌ」
風呂に入ったあと、自室に戻り、翌日の準備をそてから寝ようと机に近づくと、ケータイのメール着信に気づき、メールを見てみる。
生徒会役員三人からのメールだった。
『今日はどうした? 何かあった私に相談してくれ。もうすぐ交流会だな。一緒にがんばろう』
『副会長は私が守ります。安心してください。もうすぐ交流会ですね。頑張りましょう』
『副会長、神楽屋の事は気にしないで』
メールを読んだ風香はケータイを机の上に軽く放り投げた。
「フン! 何が『交流会頑張ろう』よ! どうせ私に頼りきりのくせに!」
「ソウイエバオマエトアノ男以外ハ三人共休ンダナ」
「どうせ私に仕事を押し付けてサボってたのよ! 忌々しい!」
風香は役員三人への憎悪を募らせていく。
「そうよ、私を苦しませる人はお父様お母様だけじゃない! 学校にもいるんだわ!」
「ククク、我ノ力ヲ存分に使ウガイイ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
風香は愛おしそうに宝玉を撫でる。
「ウフフ、みんなの気力を奪ってあげる」
お読みいただきありがとうございます。




