奈月の悩み
次の日、助っ人を始めてから五日経ち、そろそろその仕事にも慣れ始め、軽い足取りで生徒会室へ向かう。
廊下で多田が、手を振って合図して恭一に近づいてくる。
「おう、神楽屋、これから生徒会室か?」
「そうだけど、お前は演劇の練習か?」
多田の格好を見ると黒い全身タイツ姿で頭に二本の角をつけ、派手な赤いマントを羽織り、左手には穂先がスペードの形をした槍をもっている。
「今日は衣装合わせもあってな。これを着て練習だとさ」
「そ、そうか……まあなんというか、似合ってるぞ」
「そんな微妙な顔して取って付けたように言わなくてもいい。鏡で見たから今の自分の残念さは知っている。なんの罰ゲームかと思ったくらいだ」
「そうか……悪い……」
多田の何もかも諦めたように笑う姿を見て、恭一は何とも言えない気分でとりあえず謝った。
「当日は更に顔を白塗りにしてメイクするそうだ」
多田は力なく項垂れる。
「神楽屋の方はどうだ?助っ人の方うまくやれてるか?」
「ああ、どうにかうまくやってるつもりだけど。少しずつ慣れてきたと思うし」
「そっか、がんばれよ。それにしても今回は助っ人はお前一人だからな。会長や副会長のファンからしてみれば、お前は嫉妬の対象だ」
「ああ……わかってる」
ここ数日、恭一が生徒会の助っ人であることが広く知られるようになり、一部の生徒から鋭い視線を向けらるようになっていた。
「おれもお前をこの槍で突きたいくらいうらやましい」
多田が手に持っている槍を恭一に突き付ける。
「おい」
「フフフ、半分冗談だ」
「半分かよ!」
「それじゃそろそろ練習に行くわ」
「ああ、頑張れよ」
「お互いにな」
多田が劇の練習をしている重い足取りで教室にむかう。
「多田……強く生きろよ」
恭一は多田の後ろ姿に小声で声援を送った。
「多田さん元気出してくれるといいですけど」
ルキエナが心配そうな顔で多田の後ろ姿を見る。
「というか、多田が元気無さそうだったのって宝玉の影響ってことはないよな?」
「え? そんな気配は感じませんでしたが」
「そうだよな、もし俺があんな格好させられたらやっぱりヘコむだろうし」
「でもあの状態で宝玉に近づいたりすると危ないかもしれないです」
「そっか、多田のためにも頑張らないとな」
「そうですね」
恭一とルキエナはうなずき合い、生徒会室へ移動した。
生徒会室に入ると、会長がすっかり回復した姿を見せていた。
役員も全員揃っている。
奈月が恭一に近づいてきて声をかけた。
「やあ、神楽屋君、昨日は休んでしまって申し訳なかった。迷惑をかけたな」
「いえ、元気になられたようでよかったです」
「ありがとう、昨日は書類の仕事もやってくれたそうだな」
「はい、なんとか足を引っ張らずにできました」
「フフ、謙虚な事だ。すぐにやり方を覚えて戦力になったと風香から聞いているぞ」
奈月が風香の方を見る。
「ええ、昨日は本当に助かりましたわ」
風香が奈月の言葉に賛同した。
「頼もしいかぎりだ、それじゃあ今日は神楽屋君にも書類の仕事を割り振らせてもらうぞ」
「はい、頑張ります」
その日の活動でも恭一にも書類の仕事が回ってきた。
「ルキエナ、加護の方よろしく」
「お任せ下さい」
外回りや力仕事がメインであったが、簡単な書類整理ではきちんと戦力として扱われた。
宝玉の影響か、役員の作業はいつもよりわずかにペースダウンしていたがその穴を恭一が埋めた形になる。
その甲斐あってか、その日は少し時間の余裕が出来た。
「よし、少し時間があるようだし、演奏の練習をしようか」
久々に役員全員揃っての演奏の練習の後、その日は解散となった。
恭一が生徒会室を出て、廊下を歩いていると、
「待ってください」
と呼び止める声がする。声のした方を見ると、桃花が近づいてきた。
「ん? どうかした? 後藤さん」
なにか文句でも言われるのかと恭一は少し動揺しながら尋ねる。
「アナタの事少しだけ認めてあげます。ですが! 奈月お姉さまと風香お姉さまには近づかないで!」
桃花はフンっと鼻を鳴らして顔を背けて立ち去った。
恭一がその姿を見送っていると、
「神楽屋……」
再び声をかけられ声のした方に顔を向ける。
「鳥居さん?」
「これあげる」
千絵はキャンディーを差し出す。
「ありがとう」
恭一が礼を言って受け取ると千絵は何も言わずそのまま去っていった。
「うーん少しは後藤さんと鳥居さんに認められたってことか?」
「きっとそうですよ」
恭一達が桃花と千絵の態度について話ながら校舎をでると、奈月が校門のそばで立っているのが見えた。
「あ、会長、どうかしたんですか? こんなところで」
「やあ、神楽屋君、君を待ってたんだ。コーヒーでもおごるからこれから喫茶店に付き合ってくれないか?」
「え? いいんですか?」
「うん、今日まで助っ人を頑張ってくれているからね。そのお礼も兼ねて」
「わかりました。それじゃお言葉に甘えて」
「うん、それじゃいこうか」
奈月に連れられ、恭一は近くにある喫茶店に入った。
店員に案内され席につき、恭一は店内を見回す。
「へえ、いい雰囲気のお店ですね」
「ああ、私のお気に入りの店なんだ」
恭一は紅茶、奈月はエスプレッソを注文してそれぞれ一口飲んで喉を潤す。
カップをソーサーに置いて奈月が話し始めた。
「本当に助かっているよ。ここ数日立て続けに役員が休んだからね、私も含めて。それでも予定通りに乗り切れたのは君のおかげだ。感謝している」
奈月が恭一に頭を下げた。
「いえ、そんな、それが助っ人の仕事ですから。それに、手伝ってみて改めて生徒会の仕事って大変なんだなって思って、いつも俺たち生徒の代表として働いてもらってて、俺の方こそお礼が言いたいです。ありがとうございます」
奈月が顔を上げて恭一に笑いかける。
「フフフ、そう言ってくるのはうれしいよ。でも私は時々自分が生徒会長でいいのか不安になるんだ」
「え? どうしてですか?」
「風香の方が会長にふさわしいんじゃないかって。彼女は成績も優秀だし気立ても良くて人望がある。便りになる副会長だよ」
「そんな……」
恭一は奈月の意外な心中を知って戸惑った。
「風香は会長になるのを辞退したんだけどね。彼女、涼原グループ総帥の娘だから、『家の都合で生徒会の活動に参加できない日も多いから』って言ってね」
奈月の自嘲するような泣いているようにも見える笑顔を見て、恭一はいてもたってもいられない気持ちになる。
「そんな!! 会長は会長にふさわしい人だと思います。って俺、変な言い回ししてますね」
恭一の焦っている姿を見て、奈月がクスリと笑った。
「ありがとう。なんだか君って話しやすい雰囲気があって余計な事まで話してしまうな。今のは誰にも言わないでくれよ?」
少し顔を赤らめてそう言う奈月を見ながら、恭一は同じようなことを先日風香に言われた事を思い出した。
「さて、話は変わるが神楽屋君、交流会が終わると助っ人の仕事も終わりだが、君さえ良ければ役員にならないか?」
「え?」
奈月の唐突な発言に恭一が驚く。
「実は、会計監査の席が空いていてね。会計監査は生徒会役員が就任してから役員の方から指名するのが通例になってるんだ。空席のままの場合もあるんだけどね。よかったら考えておいてほしい」
「は、はいわかりました」
「おっと、私はそろそろ帰らないと。ここの代金は払っておくから君はゆっくりしていってくれ。それじゃあお先に」
「はい、お疲れ様です」
奈月は伝票を持って会計を済ませると恭一に向かって手を振って颯爽と店を出て行った。
「なんだか期待されちゃってるな……」
恭一はぬるくなった紅茶を飲み干した。
「それだけ恭一さんが頑張ってるってことですよ」
恭一はルキエナに褒められて満更でもない気持ちで喫茶店を出た。
二人が帰宅し、夕食とシャワーを済ませ、リビングでくつろいでいると、キューブが光りだした。
ルキエナがキューブをテーブルに置いて交信を開始する。
キューブの光にウアルフェの姿が映った。
「おお、しばらく振りじゃな」
両手を腰に当てて、偉そうに胸を張るその姿はまるで幼女が大人ぶっている様にみえて可愛らしい。
「ん? どうしたのじゃ恭一、クスクス笑いおって」
「ごめん、なんか可愛いなって」
「ふん、また幼女扱いしおって。目に余るようなら本当に神罰を下すからの」
ウアルフェは拗ねた顔でそう言うと一つ咳払いした。
「まあ良いわ、それで? 宝石の回収の方は何か進展あったのか?」
「はい、ウアルフェ様」
ルキエナは、恭一が助っ人に選ばれた事、生徒会役員がここ数日に渡り入れ替わるように休んでいる事を説明した。
それを聞いたウアルフェは、次第に眉をひそめて、先ほどとは打って変わって、神の風格と言うべきな近寄りがたい雰囲気を纏わせた。
「ふむ、そうすると宝玉の力が強くなっているということじゃな?」
「はい、私達もそう考えています」
ウアルフェが考え込み、それを恭一とルキエナが見守っている。
「ふむ、今のところはこれまで通りの方法で進めるとしよう。しかし更に宝玉の力が強くなって危険な状態になったら、こちらの管理神とも協議して、強引な手段を実行することも覚悟せねばならんな」
「はい、わかりました」
「おう、了解」
恭一とルキエナも真剣な表情で答えた
「それではその辺のことをこちらの管理神に話を通してくる。お主らは引き続き、回収の方を進めてくれ。くれぐれも無理はせんように。ではな」
ウアルフェとの交信が切れた。
「強引な手段って言ってたけど大丈夫かな?」
恭一が不安そうな表情を浮かべながら両手を頭の後ろでくんで、ソファの背もたれに寄りかかる。
「なるべく風香さんを傷つけないような手段になるはずです。ただ、宝玉自体は私たちイーゼリアのものなのでこちらの神様の力が及ばないかもしれません」
「それってまずいんじゃ?」
「ええ、ですからそうなった場合は私とウアルフェ様で加護を強化して恭一さんに実行してもらう事になるかと」
「マジで!? 結局俺がやるの!? 強引に奪ったりするんだよな!?」
恭一は驚いて背もたれから身を起こす。
「はい……そうなりますね」
ルキエナが申し訳なさそうな顔で恭一に返す。
「うーん、このまま穏便に副会長から譲ってもらえるといいんだけど」
「きっと大丈夫ですよ。私の加護がありますから」
恭一は一抹の不安を感じながら、再び背もたれに寄りかかり、恭一に優しく微笑みかけてくる目の前の少し頼りない女神様の加護がありますようにと祈った。
「何ですか? 恭一さん、私の顔をみて」
「なんでもない、そろそろ俺寝るわ」
「何ですか? 気になるじゃないですか」
「お休みー」
「あ、恭一さん!」
恭一は恥ずかしくなって逃げるように寝室に駆け込んだ。
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