風香の冷めた眼
休日になり、恭一はルキエナを連れて、昼食を買いにコンビニに出かけた。
いつものように近道しようと公園に入る。
すると、ルキエナが突然立ち止まる。
「宝玉の気配が強くなりました。風香さんが近くにいるようですね」
「それってもしかして噴水広場に居るんじゃないか?」
「そうですね。行ってみましょう」
二人が噴水広場に行くと風香がベンチに腰掛けていた。
先日この広場で出会ったときと同じように噴水を見つめている。
恭一が声をかけようと風香に近づいた。
一陣の風が吹き抜け、風香の黒くて長い髪が風に乗ってたなびく。
片手で髪をおさえ、物憂げな表情で噴水を見つめるその横顔は、まるで一流の画家が描いた一枚の絵のようで、声をかけることすら忘れて見とれてしまった。
「あら、神楽屋君、ごきげんよう、どうなさったの?そんなところに立って」
近くに人の気配を感じた風香が、自分の方を見つめて立ち尽くしている恭一の姿を見つけ、声をかけてきた。
風香の声に恭一が正気に戻った。
「ああ、ごめん、挨拶でもしようかと思って近寄ってみたら考え事してたみたいで声をかけようか迷ってたんだ。こんにちは、副会長」
見とれていたことをごまかし、恭一が挨拶を返す。
「まあ、ここは高校ではないのですから、副会長はお止めになって」
「うん、わかったよ涼原さん」
「よろしかったら、こちらに座って少しお話に付き合ってもらえませんか?」
風香が自分の座ってるベンチの真横を指し示す。
「わかった、それじゃあ座らせてもらうね」
恭一は風香の真横に腰掛けた。
「こちらでお会いするのは先週のお休みの日以来ですね」
風香が少し恭一の方に体を向け、微笑みながら話す。
「そうだね、言われてみれば確かに」
「その次の日には、神楽屋君が助っ人に応募してくるからとても驚きました」
「なんだかここにいた涼原さんが元気なさそうだったし、もし俺でよかったら力になれないかなって思って」
恭一は噴水を見ながら答える。
風香も釣られて噴水に目を向けた。
「まあ、そうだったんですね? 気にかけていただいてありがとうございます」
風香が綺麗な姿勢でゆっくりと頭を下げる。
「まあ、運良く会長が選んでくれたおかげで助っ人できてるんだけど」
恭一が照れくさそうに頬を掻く。
「そんなことはありませんわ。神楽屋君は一日目から頑張ってらしたもの。その次の日からも桃花や千絵が厳しく当たってたみたいですけど、それにもめげずに仕事に励んで下さいましたわ。特に、役員が入れ替わるように連日で休んだ時は、神楽屋君が居なければ交流会の準備ももっと遅れていたでしょう。本当に助かっています。貴方を助っ人に選んだ奈月の目に狂いはなかったですわね」
「ありがとう。そう言ってくれると頑張った甲斐があるよ」
風香の笑顔を直視できずに恭一は噴水を見つめたまま返した。
「……」
「……」
涼しい風が再び広場を通り抜け、噴水を眺める恭一と風香の間に穏やかな沈黙が流れる。
「そうですわ」
風香は服のポケットを探り出した。
「ここまで助っ人の仕事を頑張って下さった神楽屋君に、お礼に私の宝物をお見せしますわ」
風香がポケットから宝玉を取り出す。
「どうですか? 綺麗でしょう? これを見ていると心が安らぐんです。この宝玉のおかげでこの広場に来る回数も減ってるんですよ? 天気が良いから今日は来ていますけど」
そう言って微笑む風香の瞳は濁って光が消えていた。
「恭一さん!!」
「わかってる」
ルキエナが慌てて恭一の服を掴み、恭一は小声で返事する。
「涼原さん、俺の話を聞いてくれるか?」
「何ですか?」
濁った瞳のまま風香が首を傾げる。
「その宝玉は、無気力の瞳って呼ばれてるものでとっても危険な物なんだ。持ち主やその周囲にいる人達の気力を奪う。持っていると君も危険だし、知り合いがそれを回収したがってる。こちらに渡してくれないか」
恭一が風香の目を見つめて説得する。
しかし、恭一の言葉を聞いた風香の態度が急変し、ゾッとするような冷たい目で恭一を見る。
「そうでしたの。神楽屋君は最初からこの宝玉が目的で近づいてきたんですのね? 助っ人に応募してきたのもこの宝玉を狙ってのことかしら?」
「涼原さん! 聞いてくれ! それは本当に危険なものなんだ!」
「もう聞きたくありません。どうせ私の事を気にかけて下さったというのも嘘なんでしょう? 私から宝玉を取り上げようとしてもそうはいきませんから!」
風香はベンチから立ち上がって、もう用は無いとばかりに歩き出した。
「涼原さん! 待ってくれ!」
風香が立ち止まって恭一の方に振り返る。
「神楽屋君、助っ人の仕事には来て下さいね。貴方が応募してきた仕事ですから最後まで責任を果たしていただきます。ですが、私には話しかけないでください。貴方とはお話したくありません。それでは、ごきげんよう」
風香はそう言い捨てると、足早に去っていった。
「だめだったか」
恭一がため息をついて項垂れる。
「困りましたね 余計に警戒させてしまったみたいです」
「ちょっと焦りすぎたかなあ、宝玉を目の前にして」
恭一が頭を掻きむしる。
「仕方ないですよ、私も話すなら今だと思いましたし」
「とにかく明日もう一度説得してみるしかないか」
二人は沈痛な面持ちで公園を出た。
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