風香の手の中の宝物
公園の出口に向けて風香が歩く。
その姿はどこか気品を感じさせる。
そんな彼女が、突然立ち止まって不思議そうに首を傾げた。
(うーん、今日は今ひとつ身が入りませんわね)
風香はその考えを振り払うように頭を左右に振って再び歩き出した。
今日はなんだか今ひとつ、物事に集中できない。
朝、目が覚めてから出かける準備をする間にそんな感覚がよぎった風香は気持ちがムシャクシャした時や嫌な事があった時に訪れる、公園の噴水広場に来ていた。
噴水の水しぶきにかかる小さな虹を眺めていると少し気が晴れたが、突然見知らぬ男性に話しかけられて、気持ちが張り詰めてしまった。同じ高校の同級生だとわかったが、廊下ですれ違うくらいのほとんど話もしたこともない男性に対して、自分の弱みを話してしまうということは、彼女にとって迂闊なことだった。
「ダメですわね、気が抜けてるのかしら」
そう呟いて苦笑しながら歩き続ける。
すると、背の高い、髪を後ろでまとめ上げたメガネをかけたスーツ姿の女性が風香に近寄ってくる。
彼女は風香の前に立ち止まると、軽く頭を下げて話しかけてきた。
「もうよろしいのですか?」
「ええ、少し時間が早いけどもういいわ」
「先程の男性は……」
「ああ、同級生みたいね。廊下ですれ違う程度であまり面識がなかったのだけれど」
スーツ姿の女性は風香のボディーガードだ。普段は風香のそばに控えて護衛しているが、噴水広場に行く時は、風香が一人になりたいこともあり、風香の視界に入らないように少し離れて見守ってくれている。
恭一が風香に話しかけるのを見て念のため近づこうとしていたが、風香が恭一に気づかれない程の手振りで、
(大丈夫。危険はなさそう)
と合図を送って、その場に待機してもらっていた。
「そうでしたか。わかりました」
ボディーガードはそう言うと再び軽く会釈をして、風香の斜め後ろの位置に立つ。
「それでは参りましょうか」
「はい」
二人は公園の出口は向かった。
公園の出口付近から少し歩いた所に駐車場があり、そこに高級車が停まっている。
二人は高級車に近づき、
「どうぞ」
と言ってボディーガードが後部座席のドアを開ける。
「ええ、ありがとう」
風香はボディーガードに礼を言って車に乗り込む。
それを確認した後、ボディーガードは運転席のドアを開けて乗り込むと車を発進させた。
車の窓からみえる景色を眺めていた風香は座席の横においたカバンの中から翠色の宝玉を取り出して見つめ、昨日の出来事を思い出した。
高校からの帰り、習い事に行くまでに少し時間のあいた風香はいつものように息抜きのためにお気に入りの噴水広場に来た。
涼原家は時代を遡ると元華族の血筋にあたる名家で、代々涼原財閥を率いる当主として君臨してきた。
時代の移り変わりと共に、涼原財閥は涼原グループへと名前を変えたが、涼原家の影響力は変わらず、脈々と総帥の座が引き継がれていった。
そんな中、現総帥の一人娘として生を受けたのが風香である。
風香の後に子供が生まれなかったため、風香の両親は彼女に涼原家の未来を担わせるべく、厳しく躾けて育ててきた。
代々総帥の座は男子が引き継いでいたこともあり、その座を横取りしようとする分家をはじめとした親族との確執もあり、総帥の資質を疑われることのないように、風香は幼い頃から様々なことを叩き込まれ、あらゆる習い事にも通わされた。
周囲の期待に応えようと、努力した甲斐もあり、風香は文武両道にして才色兼備、しかも品行方正という非の打ち所が無い娘として成長した。
しかしその一方で、両親をはじめとした周囲のプレッシャー、例え良い結果を残しても、彼女であれば当然のこととして扱われる。風香はそんな環境のなかで押しつぶされそうな思いをすることも多かった。
そんな彼女の心を支えるオアシスのような場所が、公園の噴水広場だった。
ベンチに座って噴水を見つめながら買っておいたグミキャンディーを食べ、そろそろ休憩を終えようと風香が立ち上がって歩き出すと、植え込みに翠色に光る宝玉が落ちているのを見つける。
風香はなんとなくそれを拾って手に取ると、なぜかその宝玉が無性に欲しくなって持って帰りたくなってしまった。
「どうかしましたか?」
ボディーガードに声をかけられ、風香はとっさに宝玉を後ろ手に隠す。
「ううん、なんでもないの」
「そうですか、どこか具合が悪ければお申し付け下さい」
そう言ってボディーガードは軽く会釈した。
どうやら植え込みが死角になって宝玉を拾ったところを目撃されなかったようだ。
風香は宝玉をボディーガードに見られないように後ろ手に隠したままカバンの中にいれて持ち去った。
自室に戻ってきた風香がカバンから宝玉を取り出す。
左手にのせてじっくりと眺めていると、宝玉の光が一度点滅した。
驚いて手から落としそうになったが、右手で落ちるのを防いだ後、じっくりと観察する。
淡い翠色の光を見つめていると、微かな脱力感を感じて立っているのが億劫となり、宝玉を持ったまま椅子に座る。
脱力感を感じながらも心は凄く落ち着いてきて、まるで噴水広場に居る時のように気持ちが穏やかになっていくのを感じる。
「フフフ……綺麗ね……」
風香は時も忘れて翠色に光る宝玉に見とれていた──
「綺麗な宝玉ですね」
ボディーガードに話しかけられてハッと我に返る風香。
窓の外をみるともうすぐ高校に到着する。
「ええ、お気に入りなの」
「そうですか。もし高価なものでしたら盗難の危険性もあります。お気を付けください」
「ええ……その通りね」
風香は宝玉を大切そうに服のポケットにしまう。
「それでは用事を済ませてきます。また後ほど」
「はい、お気を付けて」
風香は車を降りると軽い足取りで学校に入っていった。
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