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7

翌朝。


俺は区役所に向かっていた。


今日で四日連続だ。


さすがに職員の人たちにも顔を覚えられてきた気がする。


受付の女性に会釈すると、向こうも「ああ、またこの人か」というような顔で会釈を返してくれた。


気のせいだろう。


たぶん。


「田中さん、おはようございます」


生活支援課の窓口には、今日も佐々木さんがいた。


「おはようございます。今日もよろしくお願いします」


「……はい。こちらへどうぞ」


笑顔。


完璧な笑顔だ。


しかし、佐々木の内心は違った。


(来た)


(また来たよ)


(四日連続だぞ。四日連続)


(俺、いつからこの人の専属担当になったんだ?)


(頼む。今日は短く済ませてくれ)


佐々木は深呼吸して、相談室の扉を開けた。


「それで、田中さん。本日は何か新しいご相談でしょうか?」


「はい。ちょっと見てもらいたいものがありまして」


「見てもらいたいもの?」


「これです」


俺はポケットに手を入れた。


そして、アイテムボックスから魔石を取り出す。


コトン。


テーブルの上に置かれた青い石を見て、佐々木さんは目を丸くした。


「……これは?」


「魔石です」


「魔石?」


「はい。昨日、テレビで見たんですけど、ダンジョンで採れるんですよね?」


「ええ、そうですね」


「これも買い取ってもらえるんでしょうか?」


佐々木さんは魔石を手に取った。


拳ほどの大きさ。


透明感のある青色で、内部には淡い光が揺れている。


普通の鉱石とは明らかに違う。


「これは……どちらで?」


「異世界で手に入れました」


「…………」


沈黙。


佐々木さんの顔から、ほんの少しだけ表情が消えた。


(また異世界かよ!)


(今度は魔石か!)


(昨日は金貨だっただろ!)


(というか、そんなものまで持ってるのかよ!)


(いや、落ち着け。落ち着け俺)


佐々木は魔石をテーブルに戻した。


「田中さん。こちらは、以前からお持ちだったものですか?」


「そうです。魔物を倒したときに手に入れたり、遺跡で見つけたりしました」


「なるほど……」


「俺のいた世界では、魔道具の燃料に使ったり、魔法の触媒にしたりしてましたね」


「魔道具……」


「ええ。照明器具とか、暖房器具とか。あとは武器に組み込んだりもします」


「…………そうですか」


佐々木はメモを取った。


(もう何を聞いても驚かないぞ)


(異世界の金貨、異世界の魔石、異世界の魔道具)


(次は何だ? ドラゴンの卵でも出すのか?)


佐々木は心の中でぼやいた。


「それで、こちらの魔石についてですが」


佐々木さんは慎重に言葉を選んだ。


「区役所では買い取りはできません」


「ああ、そうですよね」


「ただ、ダンジョン関連の資源を扱っている専門機関があります。そちらに相談することはできると思います」


「本当ですか?」


「はい。ただし、出所が分からない物品ですので、鑑定や確認には時間がかかる可能性があります」


「分かりました」


俺は頷いた。


異世界の物を日本で売る。


考えてみれば、簡単な話ではない。


盗品ではないことを証明するのも難しいし、そもそも日本の法律でどう扱われるのかも分からない。


「ちなみに、田中さん」


「はい?」


「こちらの魔石は、ほかにもお持ちですか?」


「ありますよ」


「……どのくらいでしょうか?」


「ええと」


俺は少し考えた。


小さいものなら数十個。


中くらいのものも十数個。


大きなものは数個。


さらに、品質の高い魔石も保管してある。


「それなりに」


「それなりに、ですか」


「はい」


「具体的には?」


「数十個くらいですかね」


佐々木さんのペンが止まった。


(数十個!?)


(何でそんなに持ってるんだよ!)


(この人、異世界で何をしてたんだ!?)


(いや、冒険者って言ってたな……)


(本当に冒険者だったのか?)


佐々木は目の前の魔石を見つめた。


一つだけでも、かなりの価値があるかもしれない。


それが数十個。


もし本当なら、生活保護の資産調査にも大きく関わる。


「田中さん。申し訳ありませんが、今後、ほかの魔石を出す場合は事前に相談してください」


「分かりました」


「また、鑑定が終わるまでは売却などは控えてください」


「はい」


「それと、生活保護の申請についても、資産の価値が分かるまでは判断が難しくなる可能性があります」


「なるほど……」


俺は頷いた。


少し期待していたのだが、やはり簡単にはいかないらしい。


「それから、田中さん。探索者登録の件ですが」


佐々木さんが話題を変えた。


「はい」


「昨日お渡しした資料は読まれましたか?」


「読みました。来週、初心者向けの講習があるんですよね」


「ええ。ただ、先ほども申し上げた通り、健康状態の確認が先です」


「分かってます」


「無理をしてダンジョンに入ることだけは避けてください」


「大丈夫です。俺だって死にたくありませんから」


「それならいいのですが」


佐々木さんは少し安心したようだった。


だが、俺はまだ気になっていることがあった。


「佐々木さん」


「はい」


「ダンジョンの魔物って、どんな種類がいるんですか?」


「それは……探索者管理機構の資料に詳しく載っていると思います」


「ゴブリンとかいます?」


「ゴブリンはいますね」


「やっぱり」


「ほかにもスライムやウルフ系の魔物などが確認されています」


「ウルフ系……」


俺は考え込んだ。


ゴブリンもスライムも、異世界ではよく見かけた魔物だ。


ただし、同じ名前だからといって同じ性質とは限らない。


スライム一つ取っても、酸を吐く種類や、火に弱い種類、物理攻撃が効きにくい種類などがいる。


見た目だけで判断するのは危険だ。


「魔物の種類によって、弱点も違いますからね」


「ええ。ですから、探索者には知識も必要になります」


「そうですよね」


俺は頷いた。


佐々木さんは少しだけ感心した。


(あれ?)


(この人、意外とまともなことを言うな)


(異世界の話はともかく、危険性は理解しているみたいだ)


(頼むから、無茶だけはしないでくれよ)


「では、本日はここまでにしましょう」


佐々木さんが書類をまとめた。


俺は魔石を受け取ろうと手を伸ばした。


「こちらはお預かりすることになっていますので、今は置いていってください」


「あ、そうでしたね」


「預かり証をお渡しします」


「お願いします」


書類にサインをして、俺は相談室を出る準備をした。


そして、椅子から立ち上がる。


ギシッ。


「…………」


佐々木さんの視線が椅子に向いた。


(頼む!)


(今日こそ壊れないでくれ!)


(この椅子、もう限界なんじゃないか!?)


俺はゆっくりと立ち上がった。


椅子は無事だった。


「では、また何かあれば相談してください」


「はい。ありがとうございました」


俺は頭を下げて部屋を出た。


扉が閉まる。


佐々木は椅子に座ったまま、しばらく動かなかった。


「…………」


そして、ゆっくりと両手で顔を覆った。


「はあああ……」


(魔石が数十個って何だよ)


(金貨だけでも大変なのに)


(鑑定先を探して、関係部署に連絡して、資産の扱いを確認して……)


(俺の仕事、こんなに増える予定じゃなかったんだけどな)


机の上には、田中健太と書かれた相談記録。


その横には、魔石の写真が添付された書類が置かれている。


佐々木はそれを見つめた。


「……胃が痛い」


一方、俺は区役所を出て、近くの公園へ向かっていた。


今日は少し歩くつもりだ。


昨日、五分歩いただけで息が切れた。


さすがにこのままではまずい。


「よし、今日は十分歩くぞ」


目標は低い。


だが、最初から無理をしても仕方がない。


俺はゆっくり歩き始めた。


十分後。


「はぁ……はぁ……」


「……まだ十分なのに」


ベンチに腰を下ろす。


ギシッ。


「お前もか」


ベンチに向かって呟いた。


俺の体重は、想像以上に深刻な問題らしい。


そのとき、近くの広場に設置された大型モニターから声が聞こえてきた。


『本日のダンジョンニュースです!』


俺は顔を上げた。


画面には、若い女性探索者が映っていた。


金髪のツインテールに、派手な装備。


カメラに向かって笑顔で手を振っている。


『今日は私、九条アリスが初心者向けダンジョン攻略のコツを教えちゃいます!』


画面の下には、登録者数八十万人の人気配信者という文字が表示されていた。


「へえ……」


俺は興味を持って画面を見つめた。


『ダンジョンでは、魔物の特徴をよく観察することが大切です! 見た目だけで判断しちゃダメですよ!』


「おっ」


なかなかいいことを言う。


俺は少しだけ感心した。


『それじゃあ、今日も楽しく攻略していきましょう!』


画面が切り替わり、ダンジョンの映像が映る。


俺はベンチに座ったまま、その映像を眺めていた。


異世界で十年以上暮らした俺にとって、ダンジョンは決して珍しい場所ではない。


ただし、ここは日本だ。


俺が知っている世界とは違う。


焦らず、少しずつ調べていこう。


そう考えながら、俺は腹をさすった。


「……腹減ったな」


結局、今日も食欲が最優先だった。


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