デブと金髪ツイテールが消えた
多摩ダンジョン第12号。
その日、九条アリスの配信スタッフたちは、いつも通り配信の準備を進めていた。
ところが、突然の出来事が起きた。
「えっ……?」
「アリスさん!?」
「田中さんまで消えたぞ!」
アリスと健太が立っていた場所に、奇妙な魔法陣が現れた。
二人の姿は一瞬で光に包まれ、そのまま消えてしまったのだ。
残されたスタッフたちは、しばらく何が起きたのか理解できなかった。
「おい、今の何だよ!」
「転移……なのか?」
「そんな馬鹿な。ここは低層だぞ!」
スタッフの一人が慌てて周囲を確認する。
しかし、二人の姿はどこにもない。
床には魔法陣のような模様が残っていたが、それも数秒後には消えてしまった。
「アリスさん! 田中さん! 聞こえますか!」
通信機を使って呼びかける。
返事はない。
スマホにも連絡は入らない。
完全に消息を絶っていた。
「……低層で転移トラップ?」
探索者協会の担当者は、報告書を見ながら眉間にしわを寄せた。
現場には探索者協会の職員やダンジョン管理担当者が集まっていた。
「はい。配信スタッフ全員が目撃しています。九条アリスさんと田中健太さんの二名が、突然、魔法陣に包まれて消えたそうです」
「魔法陣の形状は?」
「スタッフが撮影していた映像を確認中です。ただ、発動後すぐに消えてしまったようです」
担当者は報告書を机に置いた。
「そもそも、低層で転移トラップなんて聞いたことがないぞ」
「私も同意見です」
「転移系の罠は、確認されているだけでも中層以降に限られている。しかも、低層の探索ルートは何度も調査されているんだぞ」
「はい」
「それが突然、低層に出現した?」
「現場の状況からは、そうとしか考えられません」
担当者は腕を組んだ。
通常、ダンジョンの低層は比較的安全な場所とされている。
もちろん魔物は出るし、油断すれば命を落とす危険もある。
だが、転移トラップのような特殊な罠が発見された例はない。
「ダンジョンの構造が変化した可能性は?」
「否定できません。ただ、今回のような事例は初めてです」
「……厄介だな」
担当者は深いため息をついた。
その頃、別室では配信スタッフへの聞き取りが行われていた。
「もう一度確認します。転移が起きる直前、何か不審な人物を見ませんでしたか?」
「いえ……スタッフ以外は近くにいませんでした」
「全員の顔を覚えていますか?」
「全員ではありません。機材の準備で忙しかったので」
「そうですか……」
職員はメモを取りながら質問を続ける。
「転移の直前、二人は何をしていました?」
「オークを倒した直後でした。アリスさんが魔法を使って、田中さんが周囲を確認していたと思います」
「魔物を倒したことが転移の条件だった可能性は?」
「分かりません。ですが、魔法陣は二人の足元に突然現れました」
「スタッフの皆さんは巻き込まれなかった?」
「はい。二人だけです」
職員は少し考え込んだ。
二人だけを狙ったような転移。
偶然なのか、それとも何者かが仕掛けたのか。
まだ判断できない。
さらに数時間後。
探索者協会では緊急の会議が開かれていた。
「現時点で、転移先は不明。二人の生存も確認できていない」
「救助隊を編成するべきでは?」
「転移先が分からない以上、通常の救助隊では対応できません」
「ダンジョン内の転移トラップに関する記録を洗い直す必要があります」
「それと、低層の再調査だ。転移が起きた場所を中心に、周辺を徹底的に調べてくれ」
「分かりました」
会議室の空気は重かった。
九条アリスは登録者数の多い人気配信者だ。
彼女がダンジョン内で消息不明になったという情報が外部に漏れれば、大きな騒ぎになるだろう。
そして、もう一人。
田中健太。
彼については、探索者としての登録情報こそあるものの、目立った実績はない。
しかし、アリスの配信に出演していたことから、今回の件は無視できない。
「それにしても……」
一人の職員が呟いた。
「低層で転移トラップなんて、いったい何が起きているんだ?」
誰も答えられなかった。
その夜。
インターネット上では、アリスの配信が突然終了したことが話題になっていた。
SNS・掲示板の書き込み
「アリスちゃんの配信、急に切れたんだけど?」
「スタッフの話だと転移したらしいぞ」
「低層で転移トラップってマジ?」
「そんなの聞いたことない」
「田中って人も一緒に消えたの?」
「二人とも無事だといいけど……」
「協会は何してるんだよ。早く救助してくれ」
アリスのファンたちは心配し、探索者たちは低層で起きた異常事態に注目した。
一方で、面白半分に騒ぐ者や、根拠のない噂を流す者も現れ始めていた。
探索者協会の担当者は、誰もいなくなった会議室で報告書を読み返していた。
「低層で転移トラップ……か」
何度考えても、理解できない。
自然発生したものなのか。
それとも、誰かが意図的に仕掛けたものなのか。
「……まさか、人為的なものじゃないだろうな」
担当者は小さく呟いた。
だが、その可能性を示す証拠はまだ何もない。
ただ一つ確かなことがある。
九条アリスと田中健太は、誰も知らない場所へ転移してしまった。
そして、二人が消えた低層には、今まで誰も見たことのない異常な痕跡が残されていた。
その頃、転移先では――
「……おじさん、明日は滝の上を調べるんでしょ?」
「そうですね。無理はしませんけど」
「分かってるわよ!」
二人は、まだ自分たちが日本で大騒ぎになっていることを知らなかった。




