嫉妬
「……また、九条アリスが一位?」
薄暗い部屋。
大型モニターに映し出されているのは、人気ダンジョン配信者・九条アリスの配信ランキングだった。
その画面を見つめる一人の女性が、苛立たしげに唇を噛む。
彼女もまた、女性ダンジョン配信者だった。
活動を始めたのはアリスよりも早い。
容姿にも自信があり、配信でのトークにも自信があった。自分こそが人気配信者になると思っていた。
実際、最初の頃は順調だった。
登録者数も伸びていたし、ランキングでも上位に入っていた。
ところが――。
「なんでよ……」
アリスが現れてから、状況は変わった。
金髪ツインテールに青い瞳。
整った顔立ちに、強気で生意気な態度。
戦闘では雷魔法を派手に使い、視聴者を盛り上げる。
最初は一時的な人気だと思っていた。
しかし、アリスの登録者数は伸び続けた。
気がつけば、彼女のチャンネルは自分を追い抜き、さらに遠くへ行ってしまった。
「私のほうが可愛いのに……」
女性は鏡を見た。
整った顔。綺麗に手入れされた髪。流行を取り入れた服装。
自分の容姿に不満はない。
むしろ、アリスより自分のほうが可愛いと本気で思っていた。
それなのに、世間はアリスを選んだ。
「なんで、あんな女が……!」
机を叩く。
モニターには、アリスの配信アーカイブが映っていた。
そして、その隣には見慣れない太った男が映っている。
アリスの配信に突然現れた、冴えない中年男性。
「……何なのよ、このデブ」
最初は、ただの一般人だと思った。
ところが、アリスはその男を配信に呼ぶようになった。
魔物の知識が豊富で、戦闘中にも的確な助言をする。
視聴者からも妙に人気が出ていた。
「どうして、あんな男と一緒にいるのよ」
女性は画面を睨みつけた。
自分ならもっと見栄えのいい相手を選ぶ。
もっと人気のある探索者と組めばいい。
それなのに、アリスはあのデブを隣に置いている。
「……気に入らない」
女性は引き出しを開けた。
中には、小さな金属製の装置が入っていた。
数週間前。
女性は、とある裏通りにある怪しげな店を訪れていた。
店の中には、古い魔道具や正体不明のアイテムが並んでいる。
表向きは普通の骨董品店だが、裏では探索者向けの珍しい道具を扱っていた。
「いらっしゃい」
店主が声をかける。
「ちょっと珍しいものを探しているんだけど」
「どのような品を?」
「転移に関係するものよ」
店主は少しだけ眉を動かした。
「転移魔道具ですか。用途によっては危険な品もありますが」
「人を別の場所へ飛ばせるものが欲しいの」
「……人を?」
女性は笑顔を浮かべた。
「ちょっとした悪戯よ」
店主は彼女をじっと見たが、それ以上は尋ねなかった。
やがて、店の奥から小さな金属片を持ってきた。
それは掌に収まるほどの大きさで、表面には複雑な模様が刻まれている。
「これは転移トラップの起動具です。特定の魔力を流すことで、あらかじめ設定された場所へ対象を転移させます」
「対象って?」
「起動時に範囲内にいた者です。転移先は設定済みで、使用者が自由に選ぶことはできません」
「戻ってこられるの?」
「通常の転移手段では難しいでしょうね。転移先に帰還装置があるかどうか次第です」
女性は金属片を手に取った。
「面白そうね」
「扱いには十分注意してください。転移先の安全は保証できません」
「分かってるわ」
彼女は代金を支払い、その装置を持ち帰った。
そのときには、すでに計画を考えていた。
そして、アリスの配信当日。
女性は配信スタッフの一人に接触した。
関係者用の服装を用意し、スタッフに紛れ込む。
もともと人の出入りが多い現場だった。
機材の搬入や準備に紛れてしまえば、細かく顔を確認されることもない。
女性は帽子を深くかぶり、目立たないように振る舞った。
そして、健太とアリスが転移トラップの範囲に入った瞬間。
隠し持っていた起動具に魔力を流した。
――成功。
二人の足元に魔法陣が浮かび上がり、健太とアリスの姿が消えた。
残されたスタッフたちは騒然となった。
女性はその騒ぎに紛れ、何食わぬ顔でその場を離れた。
誰も彼女を疑わなかった。
現在。
女性は手に持った金属片を眺めていた。
「ふふ……」
口元が緩む。
「どう? 九条アリス。今頃、どこにいるのかしら?」
彼女は椅子に深く腰掛けた。
「配信もできない。スタッフとも連絡が取れない。帰れるかどうかも分からない場所……」
そして、モニターに映るアリスの笑顔を見た。
「デブと二人きりで、頑張りなさい」
くすくすと笑う。
「もしかしたら、もう死んでいるかもしれないわね」
指先で金属片を弄ぶ。
「それとも……あのデブに襲われたりして?」
女性は口元を手で隠した。
もちろん、本当にどうなっているのかは分からない。
転移先で魔物に襲われたのか。
二人で協力して生き延びているのか。
それとも、すでに命を落としているのか。
何も分からない。
だが、それでよかった。
「これで、邪魔者はいなくなったわ」
女性は立ち上がり、鏡の前に移動した。
自分の髪を整え、笑顔を作る。
「これからは私の時代よ」
アリスがいなくなれば、配信ランキングの上位に返り咲ける。
視聴者だって、いずれ自分のところへ戻ってくる。
そう信じて疑わなかった。
「ふふふ……あはははは!」
自室に高笑いが響く。
しかし、彼女は知らない。
転移させた二人が、ただ遭難しているだけではないことを。
おじさんは、異世界で十年以上生き延びた経験がある。
そして、アリスはその経験を吸収しながら、少しずつ強くなっている。
彼女の思惑とは裏腹に、二人は今も生きていた。
しかも、帰還するための手がかりを見つけようとしている。
女性は笑い続けた。
その笑顔が、いつか自分自身に向けられることになるとは知らずに。




