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「さて……今日はスマホをどうにかしないとな」


朝から古びたアパートの床に座っていた。


昨日、役所で身分関係の手続きを進めるための相談をした。まだ確認や書類の準備が必要だが、今後の生活に向けて少しずつ前進している。


そして今日は、通信手段を整える日だ。


「スマホがないと不便すぎる。連絡もできないし、情報収集も面倒だ」


健太は財布の中身を確認した。


異世界から持ち帰った金貨や銀貨はあるが、現代日本でそのまま使うわけにはいかない。


手持ちの日本円も多くはない。


「贅沢はできないな。安いプランで十分だろ」


そう言って、近所の携帯ショップへ向かった。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


店員の女性が笑顔で迎えてくれた。


「スマートフォンの契約をしたいんですが」


「かしこまりました。新規契約でしょうか?」


「はい」


「それでは、本人確認書類を拝見してもよろしいでしょうか?」


「これです」


健太は、手続きで用意した本人確認書類を差し出した。


店員は内容を確認する。


「ありがとうございます。確認いたしますので、少々お待ちください」


健太は待合席に座った。


椅子が少し音を立てた。


「…………」


「…………」


店員は何事もなかったように手続きを続ける。


健太は心の中で呟いた。


(頼むから壊れないでくれよ……)


しばらくして、店員が戻ってきた。


「確認が取れました。それでは料金プランをご案内いたします」


「できるだけ安いのでお願いします」


「かしこまりました。データ通信量はどのくらい必要でしょうか?」


「動画は見ると思いますけど、外ではそんなに使わないですね」


「それでしたら、こちらのプランはいかがでしょうか?」


店員が料金表を見せてくれた。


真剣に眺める。


「なるほど……通話は?」


「こちらのプランですと、通話した分だけ料金が発生します。通話かけ放題のオプションもございます」


「じゃあ、最初は付けなくていいです」


「承知いたしました」


余計な出費を避けたかった。


異世界帰りとはいえ、現代日本ではお金が必要だ。


家賃、食費、光熱費、通信費。


生きているだけで金がかかる。


「スマホ本体はどうされますか?」


「なるべく安いもので」


「こちらの機種でしたら、価格を抑えられます。普段使いには十分ですよ」


健太は実機を手に取った。


「これでいいです」


「ありがとうございます」


手続きは思ったより時間がかかった。


住所の確認や契約内容の説明、料金の確認など、書類に何度も目を通す必要があった。


「こちらが契約内容です。ご不明な点はございますか?」


「大丈夫です」


「それでは、こちらに署名をお願いいたします」


書類に名前を書いた。



その名前を見て、少しだけ不思議な気分になる。


異世界で十年以上暮らしていた自分が、また日本の携帯ショップで契約している。


「人生って分からないもんだな……」


「何かおっしゃいましたか?」


「いえ、独り言です」


店員は微笑んだ。


「それでは、こちらで開通手続きを進めます」


数十分後。


「お待たせいたしました。こちらが新しいスマートフォンです」


「ありがとうございます」


スマホを受け取った。


画面を点ける。


通信表示が出ている。


「おお……」


思わず声が出た。


「これで普通に使えるんですね」


「はい。ご自宅でも外出先でも通信できます」


「いやあ、助かりました」


店員に礼を言い、健太は店を出た。


外の空気が気持ちいい。


「さて、まずは連絡先の整理だな」


スマホを操作しながら歩く。


そのとき、メッセージ通知が表示された。


メッセージ


新着


九条アリス


『田中健太!』


『スマホ使えるようになった?』


『返事しなさいよ!』


『まさか、また無視してるんじゃないでしょうね!』


「……なんで分かったんだ?」


思わず周囲を見回した。


当然、アリスの姿はない。


「配信者って情報網がすごいな……」


どう返信するか迷ったが、ひとまず短く返すことにした。


『スマホは使えるようになったよ』


送信。


数秒後。


ピコン。


『やっと返事した!!』


ピコン。


『今まで何してたのよ!』


ピコン。


『明日、時間ある?』


ピコン。


『絶対に来なさいよ!』


「……相変わらず元気だな」


『明日は予定があるから、また今度』


送信。


すると、すぐに返事が来た。


『予定って何よ!』


『何か食べる予定?』


『デブなんだから食べることばっかり考えてるんじゃないでしょうね!』


「失礼な……」


スマホをポケットにしまった。


もっとも、これから昼食を食べに行くつもりだったので、完全には否定できない。


その日の昼。


牛丼屋で並盛を注文した。


「大盛りにしないんですか?」


店員に聞かれたわけではない。


自分の心の中での問いかけだ。


「いや、今日は並盛でいい」


健康のことも少しは考えなければならない。


牛丼を食べながら、健太はスマホでダンジョン関連のニュースを調べた。


低層にトロールが出現したという情報は、まだ大きく報道されていない。


しかし、探索者の掲示板では話題になっていた。


『低層に大型魔物が出たらしい』\

『九条アリスの配信に映ってたやつか?』\

『あの太ったおっさん、何者なんだ?』\

『トロールの動きを読んでたよな』


「……ああ、やっぱり話題になってる」


健太は少しだけ顔をしかめた。


できれば目立ちたくない。


静かに暮らしたい。


それが彼の望みだった。


「まあ、今さらか」


牛丼を食べ終え、スマホを操作する。


そのとき、またアリスからメッセージが届いた。


『ねえ、田中!』


『今度、私の配信に出てよ!』


「…………」


画面を見つめた。


「配信か……」


目立つのは嫌だ。


しかし、出演料がもらえるなら話は別かもしれない。


「……いや、まだ決めるのは早い」


現代日本での生活は、ようやく少しずつ整い始めたばかりだ。


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