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「よし……申し込むか」
スマートフォンの画面を見つめていた。
探索者管理機構の公式掲示板。
そこには、初心者向けの同行探索募集がいくつも掲載されている。
『低層ダンジョン同行者募集! 初心者歓迎!』
『素材採取メイン。戦闘経験不問』
『安全第一。少人数パーティーでゆっくり探索します』
健太が選んだのは、三番目の募集だった。
募集主は二十代後半の男性。
探索者ランクは中級手前のDランク。
初心者二名まで同行可能で、目的は低層区域の素材採取と魔石回収。
報酬は採取した素材の売却額を人数で分配する方式だった。
(悪くないな。戦闘が目的じゃないし、経験者もいる。最初はこういうところからだろ)
募集主のプロフィールを確認した。
名前は山本拓也。
過去の探索記録もいくつか公開されている。
特に怪しい点はない。
「よし、これでいい」
参加希望のメッセージを送信した。
数分後、返信が届く。
『応募ありがとうございます。初心者の方ですね。明日、午前十時に第十二号多摩ダンジョン入口前で待ち合わせしましょう』
「おお、通った」
少し嬉しくなった。
十二年ぶりの冒険者生活。
ようやく第一歩だ。
翌日、午前九時五十分。
第十二号多摩ダンジョンの入口前に立っていた。
装備は最低限。
動きやすい黒いズボン。
少し大きめのシャツ。
中古で購入したリュックサック。
腰には安物のナイフを一本。
異世界で使っていた装備は、現代日本では目立ちすぎるため持ち出していない。
ただし、見た目はどうにもならなかった。
身長百七十センチ。
体重百十五キロ。
腹は大きく突き出し、顔には眼鏡。
髪は少し乱れている。
どう見ても、休日に散歩している中年男性だった。
(まあ、装備はこれでいいだろ。最初から高いものを買っても仕方ないし)
スマートフォンでメッセージを確認した。
待ち合わせ場所には、すでに三人の男女が集まっていた。
男二人、女一人。
全員が二十代。
一人は軽装の剣士風の男性。
もう一人は大きな盾を背負った男性。
女性は杖を持ち、動きやすそうな服装をしている。
おそらく魔法使いだろう。
彼らに近づいた。
「あの、すみません。山本さんでしょうか?」
三人のうち、剣士風の男性が振り返った。
「はい。そうですけど」
「昨日、掲示板で申し込んだ田中です」
「ああ、田中さん……」
山本は顔を見た。
そして、全身を見た。
もう一度、顔を見た。
「……え?」
一瞬、空気が止まった。
隣にいた盾持ちの男性を見る。
女性もを見る。
三人の視線が、腹部に集中した。
(あれ?)
首を傾げた。
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
山本は困ったように笑った。
「えっと……田中さん、ですよね?」
「はい」
「……初心者の方でしたよね?」
「そうです」
「そう、ですか……」
山本は隣の二人と目を合わせた。
その瞬間、分かった。
ああ。
これ、駄目なやつだ。
「すみません、田中さん」
申し訳なさそうに口を開いた。
「今回の探索なんですけど、ちょっと参加を見送ってもらえませんか?」
「……え?」
一瞬、聞き間違えたかと思った。
「見送る、というのは?」
「その……今回、低層区域とはいえ、ある程度歩く必要があるんです。途中でモンスターと遭遇する可能性もありますし」
「はい」
「田中さんの体力面が少し心配でして」
隣の盾持ちの男性が口を挟む。
「正直、うちのパーティーじゃ面倒見きれないと思うんですよ」
女性も気まずそうに続けた。
「ごめんなさい。私たちも初心者の人を連れていくのは初めてなので……」
三人の顔を見た。
誰も目を合わせようとしない。
「……そうですか」
「申し訳ないです。募集には初心者歓迎って書いたんですけど、やっぱりある程度動ける人を想定していたので」
頭を下げた。
「今回はキャンセルということでお願いします」
少しだけ黙った。
そして、笑った。
「分かりました。こちらこそ、急にすみませんでした」
「いえ、こちらこそ」
「では、失礼します」
頭を下げて、その場を離れた。
背中に視線を感じる。
誰も追いかけてこない。
当然だ。
ダンジョン施設から少し離れた場所。
自動販売機の横にあるベンチへ腰を下ろした。
ギシッ。
「……」
ベンチが鳴った。
空を見上げた。
「まあ、そうだよな」
自分でも分かっていた。
百十五キロ。
運動不足。
膝も痛い。
走れば脇腹が痛くなる。
そんな人間を、危険なダンジョンへ連れていきたいと思う人間がいるだろうか。
頭では理解している。
理解しているのだ。
「……でもさあ」
眼鏡を外した。
目元を指で押さえる。
(いや、ちょっとくらい期待したんだよ)
(初心者歓迎って書いてあったじゃん)
(初心者歓迎って、初心者なら誰でもいいって意味じゃないのかよ)
(いや、そりゃ見た目がこれだから仕方ないけどさ)
(俺だって好きで百十五キロになったわけじゃ……いや、好きで食べてた結果だけど)
(でも、もう少しこう……話くらい聞いてくれてもよかったんじゃないか)
胸の奥が、じわじわと痛くなった。
異世界で冒険者を始めた頃も、似たようなことはあった。
見た目で馬鹿にされたこともある。
実力がないと決めつけられたこともある。
それでも、あの世界では一緒に仕事をしてくれる人間がいた。
少なくとも、何度も失敗して、何度も泥臭く生き残ってきた。
だが、ここは日本だ。
十二年ぶりに帰ってきた場所。
自分の知っている人間は、もう誰もいない。
家族もいない。
友人もいない。
そして、パーティーにも入れてもらえない。
「……泣くなよ、俺」
小さく笑った。
目の奥が熱い。
「三十三歳だぞ。おっさんだぞ」
それでも、少しだけ涙が出た。
誰にも見られないように、眼鏡をかけ直す。
(くそ……)
(ダンジョンに入る前から心が折れそうだ)
一方、その頃。
断った三人は、ダンジョン入口前で準備をしていた。
盾持ちの男性が小声で言う。
「いや、マジで無理でしょ」
女性も顔をしかめた。
「びっくりした。あの体型でダンジョンに来るんだ……」
「初心者歓迎って書いたのは俺だけどさ、あそこまでとは思わなかった」
少し気まずそうに首を掻いた。
「まあ、仕方ないだろ。途中で倒れられても困るし」
「そもそも、あの人を守りながら探索するなんて無理だよ」
盾持ちの男性は呆れたように言った。
「俺たちだって余裕があるわけじゃないんだぞ」
女性も頷く。
「戦闘中に動けなくなったら、全員危ないもんね」
三人は田中が去っていった方向を見た。
男性は少しだけ罪悪感を覚えたが、すぐに視線を戻した。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「うん」
彼らにとっては、それだけの出来事だった。
しかし、彼らはまだ知らない。
自分たちが断った男が、どれほどの経験を積んできた人間なのか。
そして、その判断が後にどれほど大きな後悔につながるのかを。
午後。
仮の宿泊先に戻っていた。
ベッドに腰掛ける。
ギシッ。
「……お前だけは俺を拒まないな」
ベッドに向かって呟く。
スマートフォンを取り出し、探索者掲示板を開いた。
募集はまだいくつもある。
しかし、すぐに応募する気にはなれなかった。
「まあ、仕方ない。俺が悪いんだ」
そう言いながら、募集条件を一つずつ確認していく。
今度は体力面を気にしなくていいような、採取専門の募集はないだろうか。
あるいは、戦闘なしの素材運搬。
画面をスクロールした。
すると、一つの募集が目に入った。
『ダンジョン素材の採取補助。戦闘なし。低層区域での植物採集が中心。経験不問。』
「……これなら」
健募集内容を読み込んだ。
植物の採取。
魔物との戦闘は原則なし。
採取対象は、薬草や魔力草など。
報酬は日当制。
(悪くない)
少しだけ気持ちを持ち直した。
見た目で判断されるなら、見た目で判断されにくい仕事を探せばいい。
それに、植物の知識なら自信がある。
異世界で十年以上、薬草採取もしてきた。
毒草の見分け方も、採取時の注意点も、保存方法も知っている。
「……今度こそ、話くらい聞いてもらえるといいな」。
断れるの辛いですよね。
デブだから仲間外れにされたりするのは。




