赤色で歪んだ私と、どうしようもない発作
「では、次です!ポートマルリンカー先輩!少々お待ちください!」
ミクさんは肩を回して、やる気満々だ。
私の言葉がミクさんに火をつけてしまったようだ。
思わず、私は苦笑いしてしまった。
「次はこちらです」
ふぅと、ため息を吐いている間に、ミクさんが準備を終えて戻って来た。
ずいぶんと準備が早い……。
やる気に溢れているんだなぁって思った。
ミクさんが次に持ってきたのは、小さな航海用のコンパスのようなものだった。
「これはスモークポッドです」
ミクさんはそう言うと、それに魔力を込めた。
コンパスの頂点にある魔石に魔力がたまると、ミクさんはそれを床に置き、蓋をぱかっと開けた。
「ポートマルリンカー先輩!絶対にそこから動かないでください!」
ミクさんがそう叫んだ。
え?っと思った瞬間、コンパスからもくもくと白い煙が上がり始めた。
「わ、わ、わ!」
煙のあがる勢いがすごい!
目の前があっという間に真っ白になっていく。
私がパニックになりかけた時、ミクさんが叫んだ。
「ポル先輩!」
「はい!」
ミクさんとポールスティンさんの声が聞こえたかと思うと、室内を突風が通り抜けていった。
その突風は、視界を塞いでいた白い煙を、きれいさっぱり窓の外へ吹き飛ばして行った。
「うう~寒い!」
ポールスティンさんが体を震わせながら、窓を閉めた。
「ふぅ……やはり室内で使うのは推奨できませんね」
「だねぇ!それより!ね、急にごめんね?びっくりしたよね?ポートマルリンカーさん大丈夫だった?」
「う、うん……だ、大丈夫だよ、ポーちゃん」
「すみません。ポートマルリンカー先輩。実演前に効果の説明をしておけばよかったですね」
「う、ううん……少し驚いたけども……大丈夫だよ」
私がそう言うと、ミクさんはコンパスの蓋を閉めた。
「これはご覧の通りの物です。名前もスモークポッド。まっすぐそのままの意味です」
「魔物のかく乱用を想定して作ったんだ~」
「本来ならこちら側の視界は確保できるように作りたかったんですが……」
「そこまでは無理だったね~。何度か試したけども、結局ダメだったね~」
「そうですね。それで、いつもこれを使った時は、ポル先輩が窓をあけて、私がぶっ飛ばしておしまいって感じです」
「そ、そうなんだ……でも、効果はすごいね」
「ええ、そうですね。先ほどの物と比べれば実用的かと思います。しかし……懸念点としては味方の視界も消えるというところと……」
「煙を出したところで、魔物相手に効果があるかどうかを測れなかったところかな~?と、いうことで……経験者のポートマルリンカーさんのご意見を頂戴したいところですねぇ~」
「そ、そうだね……」
私は考えた。
あの場面、この場面……もしもこれがあればどうにかなっただろうか?助かっただろうか?と、考えた。
結論を言えば、煙を出すだけなら、効果的かと言われればそうではないと思った。
でも……。
「北部魔界で……ダリア・ランタァナ・ジュリエッタっていう怖い魔物に出会った時……」
私は言った。
「その魔物の攻撃を防いだのは煙の魔法だったんだ。だから、もしかしたら……この魔具は、ただ煙を出すんじゃなくって、使用者によってはそれ以上の効果を望めるかもしれない」
「え?本当ですか?!」
「じ、実用範囲は限定されるだろうけども……人によっては化ける可能性はあるかも……」
私がそう言うと、ミクさんとポールスティンさんは嬉しそうな顔をしていた。
そして、ハイタッチをして、抱きあった。
「やったね!可能性あり!」
「はい!あの、ポートマルリンカー先輩!その話、後で詳しく聞かせて貰えますか?!」
「う、うん……もちろん!」
私がそう答えると、ミクさんは本当に嬉しそうに目を輝かせていた。。
「お次はこの子です」
ミクさんは言った。
「この子の名前はバーストグローブ。ご覧の通り手につけて使用する魔具です」
そう言った、ミクさんの右手には革の手袋がはめられていた。
土色をした、一見のなんの変哲もない手袋だったけども、その甲には小さな換気口のようなものが付いていた。
「まず指先についている魔石に魔力を込めます」
ミクさんはそう言ってハンマーを手にした。
「そして、魔力を込めた状態で……手を振ると!」
ミクさんはそう言って、さっき実験で使った木の板めがけてハンマーを振り下ろした。
振り下ろされたハンマーは、ポンと言う破裂音を響かせたかと思うと、ぐんと速度を上げた。
そして、ハンマーは木の板を真っ二つに叩き割った。
「ふぅ……」
ミクさんは木の板を叩き折って、息をついた。
「おお~見事に真っ二つだね~」
ポールスティンさんは綺麗に割れた木の板を見て、感心していた。
「す、すごい……風の魔力で加速を付けてるんだね?」
「そうです」
ミクさんが言った。
「この子の能力はそれだけです。腕を振る速度が一定以上になった時に自動発動します。戦闘中に武器を振る力の補助や拳の威力を上げたりする想定です」
「な、なるほど……だから、難しい魔力の操作は不要な作りにしているんだね?」
「そうです!この子の能力はシンプルですが、代わりに仕組みに力を入れました。今ぐらいの力なら5回分は溜めることができます。使用者によって、出力の制御ができるのでもっと強くすることも弱くすることもできます」
「す、すごいね……じゃあ、1回分にしたら相当の威力になるね」
「そうですね。全開の二つ前くらいの出力で試したことがあるのですが、その時は肩が外れそうになりました。ポル先輩でも全開は危ないくらいです」
「そ、それはすごいね……」
「はい!すごいんです!でも、効果がシンプルすぎるのと、暴発する可能性があるので、安全性の面で他のものより、品質的に劣るかもしれないという懸念点があります」
「な、なるほど……」
「それで~?ポートマルリンカーさん的にはこの子はどうかな?」
「そ、そうだね……すごくいいと思う」
「ほんと?このまま冒険に使えると思う?」
「う~ん……想定した使い方とは別かもしれないけども、十分使えると思う」
「お?というと?」
「う、うん……私の仲間にね、イヅナちゃんって子がいて……わたしたちのリーダーなんだけど……」
「うんうん」
「その子はね、すごい必殺技を持ってるの。と言っても、急加速して刀を投げるだけなんだけどね」
「刀を投げるんですか?!」
ミクさんが驚いていた。
「う、うん!イヅナちゃんはすごいよ!雷の魔力を纏って……本当に光みたいな速さで動くの!」
「そ、そんなに速度がでるのですか?!」
「う、うん!すごいんだ!そ、それでね?そういう使い方なら……利用者数も広がると思う」
「そうなんですか?!」
「う、うん……モリー様も言っていたけども前衛で戦う人は倒すというよりも弱らせるって役目が多いんだって」
「弱らせる……」
「う、うん。魔物は強いから、人間の力で致命傷を負わせるのは大変なんだ」
それができるのはレイシーちゃんくらいだろうって思う。
「だ、だから……この手袋の想定している使い方ならあんまり使える人は少ないかも……」
「それじゃあ……どういう使い方ならいいんですか?」
「うん。投擲だと思う」
「と、投擲?投げるんですか?」
「うん。冒険者って、けっこういろんなものを投げたりするんだ。瓶とか刀とかナイフとかクナイとか……」
「そうなんですか……」
「それに投擲の威力ってすごいんだ。魔物の攻撃を突っ切って、武器が相手にとどくからね」
「なるほど……確かにそうかもですね」
「う、うん。魔物が火を噴いたって、たった一発、それを突っ切って、相手に攻撃を届かせる。そができれば……それは切り札にもできるかもしれない。そっち方面なら、この手袋はかなり使えると思うんだ」
「本当ですか?!」
「うん。結局、最後は魔法だからね。魔法使いがとどめの一撃を放つ。そのために、一瞬の隙が欲しい。そんなときに……この手袋は有用だよ」
私がそう言うと、二人はぽかんとしていた。
ど、どうしたんだろう?って思っていると、ミクさんが力なく笑って、言った。
「ははは……なんか……分からないものですね」
「み、ミクさん……?」
「あ、いや……別にショックだとか、そんなんじゃないですよ?ただ……」
ミクさんは自分の手をじっと見つめて……言った。
「なんだか……分からないなって思って……」
「分からない?」
「自分たちで良いって思ってたものがダメだったり、微妙だと思っていたものが良かったり……その、うまくは言えないんですけども……」
「ふふふふふふ……まさに、実験だけでは意味がない。だねぇ」
ポールスティンさんが微笑みながらそう言った。
「そうですね。実践して初めて分かることばかりです」
ミクさんはそう言って、困ったように笑っていた。
「ポートマルリンカー先輩!」
手袋を外して、ミクさんがビシッと姿勢を正して言った。
「ご意見いただき、ありがとうございました!」
そう言って、ミクさんは深く頭を下げた。
「あ、い、いいえ……お役に立てたのならなによりです。そ、それに、私の方こそごめんなさい。無責任なことばかり言ってしまって……」
「いえいえ!とても勉強になりました!」
「そ、それなら……よかったです……」
褒められて……なんだか、背中がむず痒かった。
魔具の実演が終わって、片付けが始まった。
私も座ってるだけでは悪いからお片づけを手伝った。
ミクさんとポールスティンさんはずっと魔具について話していた。
二人は本当に魔具が好きなんだなって思った。
私が割れた板の破片を片付けていたら、ミクさんが再びハンマーをもって来た。
「え?そ、それどうするの?」
「叩き割ります」
「こ、これ……割っちゃって大丈夫なの……?」
私がそう言うと、ポールスティンさんが言った。
「大丈夫だよ!どうせ廃棄しないといけなからね!」
「そ、そうなの?」
私がそう言うと、ミクさんが言った。
「はい!これは廃材ですからね。元より廃棄するって約束で貰って来たものですので」
「は、廃材……?」
「そう!部費の節約の為にね~。いろんなところからいろんなものを貰ったりしてるの~」
「これは演劇部から貰って来たものです。大道具係の級友から貰いました」
「そ、そうだったんだ……」
「そうなの!だから、逆に割らないといけないんだよね~。校則があるからね~。じゃないと捨てれないんだよね~」
「ゴミ袋に入る大きさでないといけませんからね!」
ミクさんはそう言うと、容赦なしにハンマーを振り下ろして、木の板を粉砕し始めた。
私は飛び散った細かい破片を掃除し、ポールスティンさんが袋に木を詰めた。
そうして一通り片づけが終わり、私たちは再び小さなテーブルを挟んで椅子に座った。
「さて……では、どうしましょうね?」
片づけを終え、ミクさんが真剣な顔でそう言った。
「そうだね……案外、手袋が行ける気がして来たね」
「そうですね。売り込み方次第でどうにかなりそうですよね」
「だね。それでさ、出展物っていくつか出してもいいんだっけ?」
「選考基準が高くなりますがいけるはずです。2つ以上出す場合は、片方が落選なら両方落選になるはずです」
「む。それはハイリスクだね……」
「ですが……恐らく、片方の出来が良ければ、少しは大目に見られるはずです」
「なるほどぉ……でも、この手袋じゃあそこまでのインパクトはないよねぇ~?」
「そうですね。もう一歩足りない気がしますね。と、いうか……似た物ありそうですよね?」
「そうだね~。アイデア自体は普通だからね~。類似品が出る可能性は高いかもね」
「そうなると……やはり三つとも没ですかね?」
「そうなるかなぁ~?でも、無駄ではなかったね?」
「そうですね。ポートマルリンカー先輩からのフィードバックを元に改良を加えれば……どれも可能性はあるかと思います」
「だねぇ~」
「ですね!私は、とりあえず今日の内容をメモします」
「じゃあ、それをもとにしてナオちゃんと作戦会議だね~」
「はい!ですね!そうと決まれば……すぐにまとめます!」
ミクさんはそう言うと、テーブルの上に置いていた設計図に一心不乱にメモを書きこみ始めた。
メモの内容が気になったので、覗いて見てみると、その内容は驚くほど正確で、まとまっていた。
文字も綺麗で読みやすいし、分かりにくい箇所は図解できるように絵も描いている。
その絵がものすごく上手だった。
ミクさんはものすごい集中力で、瞬きひとつせずにメモを書き込んでいった。
「すごい……」
私が感心していると、ポールスティンさんが言った。
「すごいでしょ~?ミクちゃんは頭もよくて、記憶力もいいの」
「う、うん……ほんとにすごい」
実演と説明していたのに、内容を全部覚えているし、私の助言も咀嚼して、自分なりの解釈まで入れている。
本当にすごい理解力だと思った。
「ほんとに有能でねぇ~。私のやることがほとんどないんだよねぇ~」
ポールスティンさんが笑いながらそう言った。
「そ、そうなんだ……あ、あのポーちゃんは……というか、みんなはどういう風に魔具の開発をしてるの?」
「ん~?そうだね!私たちの役割を説明しましょう!」
「よろしくお願いします」
「ざっくりというと!頭のいいナオちゃんが基本設計をして、絵の得意なミクちゃんが図面にして、基本設計が出来たら、あとはみんなで作るって感じ!」
「な、なるほど……じゃあ、今回見せてくれた魔具は全部?」
「そう!ナオちゃんのアイデアだね」
「そうなんだ……ポーちゃんは?」
「私は専攻が触媒系だからね。機能に必要な魔石の大きさとか、必要魔力量の計算とか、そういうの担当だね~」
「そうなんだ……じゃあ、ほんとうに三人で作ってるんだ……」
「そうだよ~。ま、初めは私とナオちゃんの二人だけだったんだけどね~」
「そ、そうなんだ……」
「うん。ちょうど一年前ぐらいかな?ナオちゃんが急に私に声をかけてきてね~。そこから活動が始まった感じかな」
「……そうだったんだ」
「いや~当時は大変だったんだよね~!全然全くうまくいかないの!なんでだと思う?」
「え?さ、さぁ……なんでだろう?」
「それがね!笑っちゃうんだけども!私もナオちゃんも絵がからっきしでね!全然図面が描けなくって!」
「そ、そうなんだ……」
「で、ナオちゃんと話し合ってね。どうせ売れる商品にするためにはデザインも必要だってことになって、絵が描ける人を探そうってなってね~」
「それでミクさんを?」
私がそう訊ねると、ミクさんが言った。
「そうです。ナオ先輩が絵が描ける人を探しているというので、私からこの部活の門を叩きました」
「え?ミクさんが?」
「はい。そうです」
「……ミクさんはナオさんのことをどこで知ったの?」
「ナオ先輩は……入学前の学校案内の時に、案内役をしてくれたのです」
「そ、そのときに?」
「ええ、そうです。ナオ先輩に出会いました」
ミクさんはそう言うとため息をはいた。
そして、言った。
「私の世代は……いわゆる上流階級が多い世代なんです」
ミクさんはメモを書きながらそう言った。
「上流階級……?」
「議員や、軍将校、運輸局やギルドのお偉いさんの家系の人とかですよ。そういう世代です」
「そ、そうなんだ……」
「はい。そういう人たちは階級が命なんです。くだらない価値観ですよ。だけど、そういう世界の人たちなんです。だから私とかナオ先輩みたいな職人の家系は下に見られるんですよ。私たちの顧客様な訳ですからね」
「そ、それで……?」
「みんな、案内役なのにナオ先輩のことを下に見て、横柄な態度を取っていたんです。私は肩身が狭かったです。でも、ナオ先輩は……そんなの全然きにしてないみたいで……」
そう言った、ミクさんの手の動きが少し早くなった気がした。
「ナオ先輩はみんなの嫌味を躱して、意地の悪い質問も、全部完璧に答えて……その度にみんなの顔がどんどん曇っていくのに、ナオ先輩はずっと涼しい顔のままで……」
ミクさんの呼吸が荒くなり始めた。
「そんなとき誰かが水筒をナオ先輩にひっかけたんです。信じられなかったですが、やったんです。でも、ナオ先輩は怒るどころか、髪をずぶ濡れにされても、何事も無かったように微笑んでいたんです。その顔がとてもきれいで……」
ミクさんは目を見開いた。
「濡れてるのも意に介さずに、何もなかったかのように案内を続けるナオ先輩。やりすぎて顔が青くなってる子にも優しく接するナオ先輩。全部が綺麗で、素晴らしくって、案内が終わるころにはみんながナオ先輩に釘付けになっていて……」
「み、ミクさん?」
「わ、私も、もうナオ先輩のお顔に釘付けで、だから飛んでくるボールに気が付かなくって、気が付いた時にはもう目の前にボールが飛んできていて……」
ペンがガリガリと音を立て始めた。
「それに気がついたナオ先輩が……私の前に飛び出したんです。ボールはナオ先輩のこめかみに当たって……ナオ先輩は大丈夫って笑っていたけども!ナオ先輩の綺麗なお顔から血が流れていて……!ナオ先輩の白い顔に流れる……そ、その血の色が!芸術的で!わ、わ、私!あの色を見た時に!私の中の何かが!な、な、な、何かが!あ、あの赤色が!私を!流れるあの赤色を見て!私!」
「ミクちゃん!」
ポールスティンさんがミクさんの肩を掴んだ。
ミクさんは、ハッとして顔を上げた。
「出てる。出てるよ?ミクちゃん」
「うっ、す……すみません……」
ミクさんはそう言うと、ふぅとため息を吐いた。
「すみません……ポートマルリンカー先輩……動揺しました」
「い、いいえ……だ、大丈夫です……」
「怖がらせてごめんね?ポートマルリンカーさん。ミクちゃんね、ナオちゃんにいろいろ歪まされちゃっててね?時折こうして発作が起きちゃうの」
ポールスティンさんがそう言った。
「そ、そうなんだ……」
「お、お恥ずかしい限りです」
ミクさんはそう言って、ポンポンと自分の頬を叩いた。
「う、うん……そ、それで……ミクちゃんは自分から?」
「はい。入学してすぐにナオ先輩のところに行きました。ちょうど絵を描ける人を探していたということでしたので、立候補しました」
「そ、そうだったんだね……ミクさんは絵が得意なんだね?」
「はい。父が画家ですので、幼少期から絵の手ほどきをある程度受けておりました」
「それで……そんなに上手なんだね」
「そ、そんなに上手でしょうか?」
「う、うん。すごく上手だよ」
私はメモに書かれている絵を見た。
手袋をつけて物を投げる人のスケッチや、デスウサギが網を振り切って逃げる絵とか……。
デッサンも完璧に見えたし、動きが見えるいい絵だと思った。
「ね!すごいよね~。私もナオちゃんも絵の方はからっきしだからね~本当に助かってる!」
ポールスティンさんが言った。
「ミクちゃんが来るまで、落書きみたいな図面だったからね~。試作品とか一度作ったら二度と作れない物ばっかりだったね~」
「そ、そうなんだ……」
「メモは残してたけども、その場での微調整とか多かったからね~。気が付いたら自分たちでもどこをどういじったのかも分かんなくなっててね~。もう二度と作れなかってたよね。笑ったよね!あれにはね~」
「そうですね。あの時の図面は……正直酷かったですね」
「ミクちゃん頑張ってくれたよね~」
「はい。頑張りました」
「ね~!頑張ってたよね~!だって、ナオちゃんに褒められないとだもんね~」
「そうですね。あの時はナオ先輩に褒められたい一心でした」
「そ、そんなに好きなんだね?」
私がそう言うと、ミクさんは、ふっと微笑んだ。
「好きって……そんなのおこがましいですよ。私なんぞがナオ先輩の寵愛を受けようだなんて……思ってません」
「そ、そうなの?」
「はい。私はただ……ナオ先輩のお近くいれるだけでいいんです。だって、ナオ先輩は……覚えていてくれたんです」
「覚えていた?ミクさんのことを?」
「はい。私が部室の扉をノックして……ナオ先輩が出てきてくれたんです。その時に、ナオ先輩は私の名前を呼んでくれたんです」
「覚えててくれたんだね」
「そうですね……でも、私は申し訳なさの方が勝ちました。まだ、ナオ先輩のこめかみには薄く傷が残っていましたから。だから、私、謝ったんです。でも、ナオ先輩は全然気にしてないって微笑んで、私を許してくれたんです」
「そっか……その時の恩返ししたいんだね?」
「そうじゃないんです。ナオ先輩は恩を売っただなんて思ってないはずです。そんなことを気にする人じゃないんです。だからこそ、私は……ナオ先輩に後悔させたくないんです」
「後悔?」
「私を覚えてくれていんですもの。覚えていてよかったって思わせたいんです」
「そっか……そうだね」
「はい。だから、いつか絶対……私を覚えていてよかったって言って貰いたいんです。その為に、私は、ここにいる時間のすべてを使おうって、そう思ったんです」
「すべて?」
「はい。入部してから、毎日図面を描きました。門が閉まる20時まで、毎日ずっと」
「す、すごいね……」
「あの時のミクちゃんはやる気にみちてたからね~」
ポールスティンさんが言った。
「私たちのあの落書きを全部清書したんだよ。スケッチブック5冊分くらいあったかな?」
「そ、そんなにあったの?」
「初めはとにかくアイデア出しをしたからね~。全部終わった時はナオちゃんも流石に驚いてたね」
「そうですね。あの日のことは忘れられません」
ミクさんはそう言って遠くを見つめた。
「あと少しで終わりそうだったんです。だから、当直の先生に見つからないようにこっそり隠れて……朝まで描いてたんです。私、気が付いたら机に突っ伏して寝ていて……」
「正式な部活動として認められるためにね。先生に成果物報告をする日だったの」
ポールスティンさんが私に耳打ちするようにして言った。
「朝までに終わってなかったらダメな状況でね。でも門限があるでしょう?だから、明日の朝早くに集まってみんなでやろうって話だったの。だけどね……部室を開けたらミクちゃんが全部終わらせてたんだよ」
「すごい……頑張ったんだね?」
「はい。でも、本当は家で済ませたということにしようとしていたんです。お二方にも黙って残っていましたから」
「でも、ねちゃってたんだよね~」
「あの時は本当に申し訳なかったです。もしも、見つかったのが他の先生だったら……大変なご迷惑を……」
「だね~。ナオちゃんも流石に怒ってたもんね~」
「そうですね。ナオ先輩にも注意されました。ダメなことはするな。するにしても隠すな。って、でもそれだけで、私が謝ったらナオ先輩は許してくれたんです。謝ったのならこれで終わりって言ってくれて……それで、先輩は私の頭をポンポンってしてくれて……それで、それで……」
ミクさんから異変の匂いがした。
「よくやったね。えらいねって。ナオ先輩が微笑みながら言ってくれて!その時、朝日がナオ先輩の顔を照らして、白い肌が輝いて見えて!その時、私、見たんです!ナオ先輩の綺麗なお顔にまた、あの赤い色がつーって!」
「ミクちゃん!」
ポールスティンさんがミクさんを止めた。
「はひ!」
「落ち着いて。ね?」
「す、すみません……筆が乗るとつい……」
ミクさんはそう言って、深呼吸をした。
そして、言った。
「あのそれで……もう、正直に言いますけども……大変、お恥ずかしいんですが……褒められたのが嬉しくって……」
「も、もっと褒めてもらいたいんだね?」
私がそう言うと、ミクさんは顔を真っ赤にして頷いた。
「はい。正直言うと、ナオ先輩の役に立って、もっと褒めてもらいたいです」
「そんなに好きなんだね」
「はい。好きです。本当のことを言うと、もっと近づきたいです」
「仲良くなりたいんだね……」
「変ですよね?こんなの……」
「変じゃないよ。私も気持ちはわかるから」
「ほんとですか?」
「う、うん。分かるよ。私もね……好きな人がいるの。女の子だよ。でも、それって好きなんだから全然変じゃないって思う。好きな人に褒められたい気持ちは普通だよ」
私がそう言うとミクさんは少しだけ嬉しそうにしていた。
「ポートマルリンカー先輩……分かってくれるんですか?」
「うん。分かるよ。でも、偏見の目で見る人もいると思う。それは仕方ないけども、でも、ナオさんには隠さないでもいいんじゃないかな?」
「だ、大丈夫でしょうか……気持ち悪がられないでしょうか?」
「少し抑えなきゃかもだけども……大丈夫だよ。きっと」
私はそう言った。
どうしてそんなことが言えるんだろう?とは、思った。
私はあんなにひどい目にあったのに……。
でも、それはきっと……私の問題だったんだと思う。
ナオさんはきっといい人だ。
私にはそうじゃなかったのはきっと私のせいなんだ。
私の心が悪かったんだ、って……今ならそう思う。
二人の話を聞いた、今なら、余計にそう思う。
そんなことを考えていると、ミクさんが言った。
「ポートマルリンカー先輩……私、ナオ先輩にもっと褒められたいです」
「うん」
「手も繋ぎたいし、腕も組みたいです」
「ん?うん」
「ナオ先輩に頭をなでなでしてもらいたいです」
「……うん?」
「ぎゅって抱きしめられて、よしよしって撫でられて、そのまま頭にき、き、キスされたいです」
「ん?ん?」
「それで、いい子って微笑みながら言われたいです。そのままナオ先輩にぎゅっと抱き着いて、鼓動の音を聞いて、ふっと顔を上げたら、ナオ先輩が私を見つめていて……」
「……ミクさん?」
「いたずらっぽく微笑むナオ先輩の口元に吸い込まるように唇を重ねて……そのまま舌も絡めて……貪るようにキスをして、もうなにがなんだからからなくなって……そのままナオ先輩を押し倒して……それで!ナオ先輩とえっ……」
「えええーい!」
ポールスティンさんが叫んだ。
そして、ポールスティンさんはポケットからハンカチを取り出してミクさんに差し出した。
「ミクちゃん、漏れてる」
「あっ!す、すみません!」
ミクさんはハンカチを受け取ると、口元を拭った。
気が付いたらミクさんのスカートが涎まみれになっていた。
「ありがとうございます。ポル先輩、これお返しします」
「いや、大丈夫。洗って返して」
「すみません、そうですよね。それで思い出しましたが、これ……」
ミクさんはそう言うと、懐からハンカチを取り出した。
「前回分です。きちんと洗いました」
「はい。確かに」
ポールスティンさんはミクさんからハンカチを受け取りポケットにしまった。
こういうことが……以前にもあったんだ……。
「ごめんね?この子、すぐこうなるから。ナオちゃんの話題はほどほどにしてね?」
「ご、ごめんなさい……」
「いえ!ポートマルリンカー先輩が謝ることではありません!すべて私の未熟故ですので!」
「ほんとにね。ミクちゃん、まじめな顔をしてむっつりだから」
「んな!むっつりってなんですか?!そんなんじゃありません!」
「いやいや無理だって。ほんとやばい顔してたからね?」
「それは……ナオ先輩のせいですよ!ナオ先輩が美しいから悪いんです!」
ミクさんがそう言った。
その瞬間、部室の扉が開いた。
「なに?私が悪いって?」
「ナオ先輩?!」
ミクさんは驚きすぎて、声が裏返っていた。
「ち、ち、違うんです!」
「ふーん?じゃあ、誰が悪いの?ポートマルリンカー?」
「ち、ち、違います!私が悪いんです!悪い子は私です!」
「そうなんだ。じゃあ、あとでお仕置きね?」
「お、お、お仕置き?!」
「そ。お仕置き。分かった?」
「は、はひぃ~!お、お、お仕置き!あ、あ、ありがとうございます~!」
ミクさんはふやけた顔でそう言うと、床に膝を付いて、涎を垂らした。
「ああああい!ミクちゃん!また漏れてる!」
「も、は、はうぁぁ~!」
ミクさんはもう言葉を発することも出来なさそうだった。
ポールスティンさんは頭を抱えてため息を吐いていた。
ナオさんは冷たく笑っていた。
「ナオ先輩……お、お仕置きって何ですか?!何をしてくださるんですかぁ?!」
ミクさんが目を輝かせながらそう言った。
「ん?掃除。門限まで部室の片付けしといて」
ナオさんはそう言い捨てた。
「そ、掃除ですか?!もっとこうおしりぺんぺんとかそういうのじゃないんですか?!」
「は?なんでそんなことしないといけないの?馬鹿なの?あんた」
「うひぃ!」
ナオさんの冷たい視線を受けて、ミクさんは悲鳴を上げた。
「そ、その冷たい視線も美しいですぅ……」
「ん~?ねぇ、ポー。この馬鹿頼める?」
「うん。ちょっとお手洗いに行ってくるね?」
ポールスティンさんはそう言うと、膝を付いて震えているミクさんを羽交い絞めにした。
そして、そのままミクさんを引きずって、部室を出て行った。
私は思った。
なんだろう……この人たち……。
変だ。
今まで出会った、どの人たちとも空気が違う。
まるで、別世界の人みたいだ。
もしかして、この学校って……こんな変な人ばかりなのかな?
「変だよね、あの子」
ナオさんがそう言った。
「う、うん……」
「あの発作さえなければいいんだけどね」
ナオさんはそう言って、ふぅとため息を吐いた。
「そ、そうだね……」
私がそう言うと、ナオさんが私の方を見た。
鋭い目つきで、まっすぐ見ずに、横目で私を睨んだ。
その目を見て私は思わず身をすくめた。
「あいつらと仲良くなった?」
「え?た、多分……」
「あっそ。説明は?」
「う、うん……あらかた受けたと思う」
「そ。試作品は見た?」
「は、はい。3つ見せて貰って……」
「どうだった?」
「あ、えっと……す、すごくよくできてたと思う」
「ふぅん。これは?」
「あ、そ、それは意見を求められたから……率直に思ったことを……」
「あの子がまとめてメモしたってわけね」
「あ、う、うん……」
私がそう言うとナオさんは、ミクさんが書いたメモを見つめていた。
私はじっとナオさんが読み終わるのを待った。
「なるほどね」
しばらくして、ナオさんがそう言った。
そして、こっちを見た。
「あ、あの……」
「ありがと。参考にする」
「え?あ、は、はい……」
「とりあえず……今日はここまででいいや」
「え?」
「あんたがいたら、二人から率直な意見聞けないからね」
「あ、そ、そうだね……は、はい……じゃ、じゃあ、今日はこれで……」
私はそう言って、立ち上がった。
「あ、待って」
「は、はい!」
「明日も暇?」
「え?う、うん……」
「ていうか、お祭り中、予定ある?」
「あ、え、えっと最終日だけ……家族で出かける予定が……」
「あっそ。じゃあ、明日も来て」
「あ、はい」
「時間聞いた?」
「え?じ、時間?」
私がそう言うと、ナオさんはため息を吐いて、頭を抱えた。
「ご、ごめんなさい……」
「別に、謝ることじゃない。ていうか、謝るのこっちだし」
「え?」
「あいつら、どうせ部活の始まる時間とかルールとか言ってないでしょ?」
「あ……それはそうかも……」
「たく……ほんわかしてるのは雰囲気だけにしろっての」
「え?」
「何でもない。じゃ、送るよ」
「え?」
「正門まで送る。その間に説明する」
「あっ、はい……」
「じゃ、いこ」
ナオさんはそう言って歩き始めた。
私は、二人にさようならも言わずに、ナオさんの後に続いて部室を出た。




