なにそれ・・・キモ
「決まりね」
ナオさんがそう言った。
「え?え?ま、まって……」
「は?やるって言ったよね?」
「え、えっとぉ……そ、そうかもだけど……」
「かもじゃない。そうだよ。言ったじゃん」
「う、そ、そうだけど……で、でも、ど、どうして?」
「どうして?て、なにが?」
「え?だ、そ、その……り、理由を……お聞きしたいです……」
「理由?言ったじゃん、人手足りないの」
「そ、それだけ……?」
「何が言いたいの?」
「え?い、いや……単純に疑問で……人手だけならわざわざ私なんかよりもっといるんじゃないかって……思って……」
私がそう言うと、ナオさんはすっごく嫌そうな顔をした。
その顔のまま、私をしばらく見つめると、ナオさんは大きなため息を吐いた。
「さっきも言ったじゃん。うまくいかないんだよ。いろいろさ。だから、天才様の頭脳のひとつでも借りたいってわけ」
「そ、そういう……で、でも……私、魔具とかそういうのは、ま、全くの、せ、専門外だから……」
「はいはい。そんなこと言ってさ。どうせ、やればできるんでしょ?」
「そ、そんなことは……」
「じゃあ、絶対にできないの?」
「ぜ、絶対かどうかは……」
「やってみないと分からない。でしょ?」
「そ、そうですけども……」
「じゃあ、やればいいじゃん。手伝って」
「あ、あの……」
「何?まだなんかある?」
「い、いえ……ありません……」
そう言って、私は肩をすぼめた。
それを見て、ナオさんはまた、ため息を吐いた。
「あんたさ。本当に魔界に行ったの?その割に全然変わってないね」
「あっ……ご、ごめんなさい……」
「別に、謝んなくていいけどさ」
「あ、あの……そ、それで私はなにを?」
「ん~?そうね。あのさ、あんた明日、暇?」
「え?あ、明日は……特に予定は無いけども……」
「じゃあ、学校来て。8時30分正門前ね」
「え?あ、あした?!」
「暇なんでしょ?来て」
「うっ……は、はい……」
「よし。ところでさ、あんた魔界で何か困ったことなかった?」
「え?な、なに?」
「困ったこと。なんかなかった?聞かせてよ」
「え?ど、どうして……そんなことを?」
「売れる魔具のアイデアがほしいの。今なら、冒険者相手のがいいかなって思っていろいろ考えてるんだけど……あんまいいのがなくてさ」
「な、なるほど……。あ、あの……冒険者相手って、た、例えば、どんなのを?」
「ん~?戦闘の向けの物とか、補助的なものとかかな。でも、それだとオーダーメイドじゃないと需要なさそうかなって思ってる」
「ど、どうしてそう思うの?」
「闘い方がそれぞれ過ぎるからさ。汎用性があって、使いやすい魔具ってのが思いつかなくてね」
「ああ……そ、それは確かにそうかも……」
「そう。一度、学校の奴らを観察して、それに合うものが無いか考えてもみたけど、それでも難しい。試作案はいくつかできたけども、実際作るって思ったら現実性なかったり、量産性が無かったり……」
「せ、戦闘用ならそうなっちゃうかもね……」
「でしょ?だから、戦闘用の魔具は汎用性のあって、利益出るくらい売れる物ってのは無理かなって思ってさ。なら、不便を解消する方が現実的で需要もあるかなって思ったの」
「うん……利益を重視するなら、そっちのほうがいいかもしれない」
「でも、冒険とか、野戦とかさ。そっち方面は全然経験ないから。冒険者に知り合いなんていないし……」
「な、なるほど……そういうこと……」
「そ。て、ことでさ。あんた、冒険中になんか困ったこととかなかった?」
「えっと……うううん……」
「無かったの?」
「いやぁ……逆にいっぱいありすぎて……」
「ふぅん……。例えば、じゃあ一番嫌だったことは何?」
「あー……それは……言いにくいんだけども……」
「うん。なに?」
「せ、生活関係はきつかったかもしれない。ほ、ほぼ野宿だから……」
「生活関係?」
「そ、そう……特に衛生関係かな……」
「衛生?お風呂とか?手洗いとかそういうの?」
「え、えっと……そ、それよりは、せ、生理現象の方といいますか……」
「なに?はっきりいいなさいよ」
「お、おトイレ関係が……い、いちばん……きつかった……かも……」
私がそう言うと、ナオさんの目つきが変わった。
「へぇ?なにそれ。なんか面白そうじゃん」
「そ、そうかなぁ……?」
「実際さ、どうするの?どこですんの?」
「じ、じつはね……川があればそこでするんだけども、だいたいは穴を掘るんだ。モリー様が小さなシャベルをもっていたから……それで……」
「え?地面に直接ってこと?ヤバ……。ていうか、紙とかないでしょ?どうすんの?」
「か、紙は……モリー様がある程度用意してくれてたけども……そ、その……ち、小さいんだよね。それにあんまり使えないから……」
「どうしてたの?え?まさか?」
「そ、そ、そんなことないよ!み、水出せるから……わ、私はそれでどうにかすることが多かったかな」
「ええーやば……」
「も、モリー様はね。それ用の布を持ってるって言ってた。袋に入れて洗って使いまわすんだって。無い場合は葉っぱとかでやってるって言ってた」
「はぁ?それ病気にならないの?」
「も、モリー様は火があるから大丈夫って言ってた。けども、病気になったり怪我する人もいっぱいいるんだって……冒険者が遠くまで行けない理由はそういうのもあるらしいんだ……」
「そうなんだ。へぇ、それは商機あるかも……」
「そ、そうだね。そこが便利になるとすごくいいかも……。し、しかもね……けっこう危ないの」
「あー魔界だもんね」
「そう。誰かに見ててもらうわけにもいかないしね……実際、死亡事由で結構多いらしいの。特に女性はね。遠くまで行っちゃいがちだから……」
「なるほどね。それ聞いたら、女の冒険者が少ない理由が分かるわ」
「そ、そうだね。私たちは女の子同士だったから、離れたとこで見張りしたりしてたけども……それでもどうにかなったのはモリー様の火があったからだと思ってる」
「その……モリー様ってさ。あのでかいおっさんだよね?あの人の火ってそんなすごいの?」
「すごいよ!モリー様は本当にすごいの!火が強いからある程度の魔物除けにもなるし、火だから明るいし!難点があるとしたら時々虫が寄ってきちゃうことかな?」
「へぇ。キモイおっさんだと思ってたけど結構やるんだ」
「き、キモい?て、ナオさんは会ったことあるの?」
「あるよ。二回くらいだったっけかな?いきなりナオちゃんって呼ばれて殺そうかと思った。キモすぎて」
「うっ……そ、その節は大変ご迷惑を……」
「なんで、あんたが謝るの?」
「す、すみません……わ、私も一応仲間なのでして……」
「仲間……ねぇ?」
「で、でも!モリー様もきっと悪気はないかと……」
「そうかもだけど、キモいのはキモいでしょ。今の時代、いきなりちゃん呼びって……」
「で、でも……私もドクダミちゃんって呼ばれてるよ?」
「だから何?」
「うっ……すみません、関係のない話を……」
「あんた……案外抜けてんのね」
「す、すみません……ど、どういう風に話したらいいか……分からなくって……」
「ふぅん……ま、そんな感じする。でも、前よりかは話せるようになったよ、あんた」
「え?そ、そう……かな?」
「そうだね。前は話にならなかったからね」
「そ、そっか……そうだったんだ……」
「そうだよ」
「ご、ごめんさない。ほんとうはうまく話して、仲良くしたかったし、迷惑なんてかけたくなかったの……」
「いいよ、もう。ていうか、暗いこと言わないで、嫌な気分になる」
「ご、ごめんなさい」
「謝んのもやめてよ。私が悪いみたいじゃん。いじめてるみたいでさ」
「……はい」
「うん。それでいい。でさ、他には?他になにじゃ困ったこととかなかった?」
「えっと……あ、あの……ナオさん」
「なに?」
「そ、その聞きたいんだけども……ま、魔具を作って……商売をしようとしているの?」
「うん。その予定」
「そ、それって……今までのお話からすると……起業をするって……こと?」
私がそう訊ねると、ナオさんはう~んと考え込んだ。
「起業かぁ……それもいいかもね。だけど、とりあえずの目標は、製品化できる程度の魔具を自作することかな」
「それをどこかの工房に売り込むってこと?」
「最終目標はそれで動いてるかな。できればそれを実績にして工房には入れればいいかもとは思ってる。そこで修行してからかな、独立するのは」
「ナオさん……そ、そんなに本気だったんだね……」
「そうだよ」
「そ、そうなんだ……ど、どうしてそんなに魔具が好きなの?」
私がそう言うと、ナオさんは私を睨んだ。
「別に好きじゃないけど」
「え?で、でも……」
「でも、なに?」
「すごく真剣で、高い視座で向き合ってるように聞こえたから……情熱がないとそこまでできないんじゃないかって、お、思って……」
「情熱ねぇ……」
「う、うん……す、すごく真剣だから……その理由が知りたいなって……」
「なんでそんなこと知りたいの?」
「だ、だって……お手伝いするんだから、私も温度感を知りたいっていうか……どれだけ真剣に向き合えばいいのかなって……思って……」
「別に、あんたはアイデア出してくれるだけでいいんだけど」
「そ、それでも……やっぱり、向き合う姿勢は大切かなって……」
「ふぅん?じゃあさ、それ教えたら真剣にやってくれる?」
「う、うん。私も魔具の勉強はしたかったから……本気でやるよ」
「分かった。じゃあ、答えてあげる。何が聞きたいの?」
ナオさんがそう言った。
正直言って意外だった。
なんていうか、ナオさんは自分の弱みを見せるような人じゃないって思っていた。
なのに、こんなに素直に話してくれるなんて……って思った。
「あ、ありがとう。それじゃあ、どうしてそんなに魔具が好きなの?」
私がそう訊くと、ナオさんはやっぱり不機嫌そうな顔をした。
「好き?さっきも言ったけども、別に好きじゃないって」
「そ、それじゃあ、どうして?」
「どうしてって……別に、そんな深い理由はないよ。一番うまくできそうだからやってるだけ」
「そ、そうなんだ……お、お爺様関係かと思った」
「ま、それも関係ないわけじゃないけど……」
「え?それって?」
私がそう言うと、ナオさんは私の方を睨んだ。
眉間にしわを寄せて、何かを考えていた。
そのしぐさは……何か言葉を飲み込んだように見えた。
ナオさんは、頬杖をついてしばらく考えた後、深くため息を吐いた。
そして、ぐっと背筋を伸ばすと、覚悟を決めたように、天井に向かって、ふぅと息を吐いた。
そして、言った。
「家、継ぎたくないの。そういう反骨心?みたいなのもある感じかな」
「継ぎたくないの?ど、どうして?立派な家業なのに……」
「ムカつくのよ。あのオヤ……お父様。嫌いなの」
「そ、そうなんだ……」
「ま、いろいろあってね。何にせよ、卒業までに、私の力を親に認めさせたいのよ」
「そ、それで売れる魔具を作りたいの?」
「そう。相手が物を作る人だからさ。私も何かを作って財を築くの。最低でも自立できるくらいは」
「素敵……」
「素敵?どこがよ」
「わ、わたしにはマネできないよ……そんな強い生き方……」
「別に強くないよ。強かったらあんたなんかに助け求めないから」
「そ、それはそうかも……だけど……」
「そうでしょ。てか、なんで私らこんな話してんの?友達でもないのにさ」
「そ、そうだね……変だね」
「ま、いいや。そういう事情だから。絶対形にしたいの」
「す、すごく……いいと思う」
「そう。言っとくけど、この話、誰かに言ったら許さないからね。分かった?」
「は、はい……」
「ん。じゃ、私は約束通り話したから、あんたも約束通り明日から手伝ってね。約束破ったら許さないから」
「う、うん……力になれるか分からないけども……できる限りをする」
私は言った。
「一人前の仕事をしてみせるよ」
「は?なに、それ?」
「え?うんと……モリー様の言葉」
私はそう言って、はははと苦笑いした。
「はぁ……?」
私の言葉を聞いてナオさんは呆れたような表情をした。
そして。言った。
「なにそれ。キモ……」




