↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
504/509

あんた、私を手伝ってよ

「見て!ドクダミちゃん!料理がやばい!」


そう言ったイヅナちゃんの口から涎が滴っている。


こんなところでもイヅナちゃんはいつも通り。


周りの空気感に左右されたりしない。


自分がぶれないのは、本当にすごいなって思う。



女王様の戴冠式を終えて、案内された立食会場。


会場内はキラキラしていて、立派な服を着た大人の人がいっぱいいる。


あの人たちは普通の人たちじゃない。


お父さんに連れられて、社交界の晩餐会にはいくつか参加したことがあるのだけれども……。


ここにいるのはそこで見た人たちだ。



記憶にあるだけでも……すごい人たちだ。


あそこにいるのは、クレッド漁師会の会長さん。


その横にいるのは駅の副長さん。


あっちでお話しているのはこの国一番の造船会社の社長さん。


そのお話相手はペトリファイド鉄鋼の社長さんだ。


その奥にいるのは王国劇団のプリマ・バレリーナ。


最高峰のオペラ歌手や、音楽家、王城の壁画を書いた巨匠の画家さんもいる。


鉄板でステーキを焼いている人は、王国ホテルの料理人さんだ。


その前で、にこやかにステーキが焼けるのを待っているのは物理学者さんだ。


あの人の特別講義のポスターが掲示されているのを学校の掲示板で見た。


講義は受けれなかったけども……。


確か、あの人は人類で一番頭のいい人で、分からないことは無いって言われていたっけ。


その横にいるのは天才魔具士のブリッツ・チャーナーだ。


レアドロップの加工に関しては彼の右に出る者はいないらしい。


奥の方にはコーマさんもいるし、クレセントの人もいる。


きっと、多分、校長先生もどこかにいる。


この国一番の、魔法使い、職人、文化人、武人、知識人、資本家がここにいる。


この国の叡智がすべてここに集っていると言っても過言じゃない。


恐らく、ここにいる人たちで出来なことは無い。


もしもあったとしたなら、それは人類には不可能なことである、ということになるのだと思う。


とにかくここはすごい。


私みたいなのがいて良い場所じゃあない。



「見て!ドクダミちゃん!肉やばい!」


私があわあわしていると、レイシーちゃんがそう言った。


鉄板の上で、じゅうじゅう音を立てて焼かれるステーキを凝視しながら、レイシーちゃんは目を輝かせていた。


レイシーちゃんもすごいなぁ……。


こんなところにいても、他の人の事なんて眼中にない。


わ、わたしは……姿を見ただけで竦んでしまうような人たちばかりで……立っているだけで震えているのに……。


そういえば、モリー様も堂々と歩いていた。


他の誰にも目もくれず、まっすぐに、コーマさんを見つけて……歩いて行った。


やっぱり……みんなすごい。


自分の見たいもの、欲しいもの、やるべきこと、全部わかっていて、それだけに向かっている。


まったく迷いが無い。


私はそうじゃない。


迷うし、他の人のことが気になって好きなこともできない。


こういうキラキラしたところにいると、自分の暗さが浮き上がって来るみたいでいやだ。


ダメだ。


私もみんなの仲間なんだ。


みんなを見習わないと……。



「ねぇ!ドクダミちゃん!これ、スプーンもって、がー!て、やったら怒られるかな?!」


イヅナちゃんは料理の乗ったトレイを指さしてそう言った。


大丈夫だよって言えば、今すぐにでも飛びつきそうな眼をしていて、少しだけ怖かった。


イヅナちゃん……ほ……本気だ。


う、ううん……さ、さすがに……こ、ここまでは……なれないかなぁ……?


なんて思った。



「い、いや……それはダメじゃないかな?」


私は思わず苦笑いしてしまった。


「ええ?!でも、私、美少女だよ?しかも招待客だし!」


「しょ、招待客なのは、みんなそうなんじゃないかな?」


私がそう言うとイヅナちゃんは、はっとしていた。


「ん?確かに!」


「う、うん。そ、それに綺麗な人もいっぱいいるよ?なのに、みんなルールを守ってるから……」


「ルール!そうか……確かに!ルールだもんね。ルール違反はやっちゃいけないもんね!」


「う、うん。そ、そうだね」


「なるほど!分かった!で、ルールってどういうの?!どうすればいいのかな?!」


イヅナちゃんがそう言ったから、私は思わず笑っちゃった。


だって、涎を垂らして、息を荒くして、そんなこというんだもの。


ほんの少しだけだけども、フリンデルバルトみたいで、かわいいなって思った。



「そ、そうだね。こういう場合はね……」


私は二人に立食の作法を教えた。


イヅナちゃんもレイシーちゃんも、目が血走ってたけども、大人しく私の話を聞いていた。


そして、二人はお行儀よくお皿を取った。


長い机の上に料理の乗ったお盆があり、奥の方に給仕さんが何人か立っていた。


その人たちが料理を取り分けてくれるみたい。


イヅナちゃんは意気揚々とその人にお皿を差し出して言った。



「これ10個ください!」


イヅナちゃんは元気にそう言った。


10個下さいと言った料理は、ハムとチーズを巻いた一口くらいの小さなパンで、とてもおいしそうな匂いをしていた。


気持ちはわかるけども……私もおなかがぺこぺこだから、それくらいほしいって思うけども……。


でも、私は言えない。


そこは流石のイヅナちゃん、迷わずそう言えるのはやっぱりすごいなって思った。


予想外の個数を言われた、給仕さんは目を丸くしていた。


でも、イヅナちゃんは曇りのない満面の笑みを浮かべていて……その顔を見て、給仕さんは思わず笑っていた。



「い、イヅナちゃん……」


私はイヅナちゃんに耳打ちした。


「なぁに?ドクダミちゃん?!」


「あのね、他にもいっぱいおいしそうなものがあるよ?このパンはおいしそうだけども、10個も食べたら……もったいないよ」


「確かに!」


「でしょう?3個くらいにしておこう?」


「分かった!すみません、3個でお願いします!」


イヅナちゃんが元気にそう言うと、給仕さんはにこにこしながら、お皿にパンを3つよそってくれた。


イヅナちゃんは給仕さんに、ぺこりとお辞儀をしてお礼を言った。


それを見て、給仕さんはとても嬉しそうにしていた。


気のせいかもだけども、この人も少し怖い顔をしていた気がする。


きっと、この人もすごく緊張していたのかもしれない……なんて、思った。



私たちは三人で部屋をぐるっと回って、お皿に料理を盛りまくった。


イヅナちゃんが、おいしそうな料理を見たら毎回すごい数を頼むから困ってしまった。


気が付いたら、イヅナちゃんのお皿は山盛りになっていた。


それを見てすごいなって思ってたら、レイシーちゃんは二皿山盛りにしていた。


私はお皿いっぱいくらいだ。


まだまだだなって思った。


私たちは料理を貰うと、近くのテーブルで並んでお食事をした。


どの料理も驚くくらいおいしくて、私たちは食べる手を止めれなかった。


一心不乱に料理を食べていると、ウェイターさんに声をかけられた。



「お嬢様方、お飲み物はいかがですか?」


そう言って、ウェイターさんはオレンジジュースの入ったグラスを三つ運んで来てくれた。


私たちはお礼を言って、ウェイターさんからジュースを貰った。


すると、ウェイターさんはにっこりと微笑んで言った。


「ふふふ……喉に料理を詰まらせないようにご注意くださいね?」


そう言って、ウェイターさんは颯爽と去って行った。


そこで私は気が付いた。


周囲の人が私たちの方を見て、笑ってる……。


うっ……ちょっとこれは恥ずかしい……かも……。


私はできるだけ目立たないように、お行儀よく食事をした。



「ああ!おいしかった!もう一週行こう!」


お皿を空にして、イヅナちゃんがそう言った。


イヅナちゃんの言葉を聞いて、周囲の人はまだ食べるの?!って感じの顔をしていた。


「ふっ、言われんでもそのつもりよ」


レイシーちゃんが不敵な笑みを浮かべながらそう言った。


レイシーちゃんもやる気だ……。


正直に言うと、私もまだ食べ足りない。


けども……ちょっとこのままはダメかも……。



「ねぇ?二人とも……せっかくなら隣の方にも行ってみない?」


私はそう提案した。


隣は……多分だけども一般参加者もいると思われる。


だからここよりかは目立たない……かも?って思う。



「おっ!いいね!向こうにも行ってみよう!どんな料理が待ってるか……わくわくするね!」


「未知に踏み出す……へへへ、最高に冒険者って感じするわ」


二人はそう言っていた。


この二人は本当に世界が広い。


どんなところでも、どんなことでも冒険にできてしまう。


なんだか、私も少しだけドキドキしてきた。



「じゃあ、向こうに行こう!バッジの準備はいい?!」


「おっけ~!いつでも行こうやないの!」


二人は嬉しそうに向こう側に行く通路に向かって行った。


私も一緒に二人について行った。



バッジを見せて、会場を移動する。


怖い顔をした男の人たちに、貰ったバッジを見せると、にこりと笑って通してくれた。


隣の会場は人がいっぱいだった。


初めの部屋とは違い、少し狭くて、丸いテーブルがいっぱい置かれていた。


向こうの会場とは違い、こっちの会場は、がやがやと、人が話す声であふれていた。


「うわぁ!こっちの方がなんだか楽しそうだね!」


「ほんまや!にしても、なんかいっぱい人おるなぁ……」


「た、たぶん……一般参加の人もいるんだと思う」


「一般参加ってどういう人なの?!」


「えっと……招待客のお友達とか、そういう人たちだと思う」


「ほえ~。でも、戴冠式にはこんなに人いなかったよね?」


「そ、そうだね。国王の祭壇っていうのがあって、そっちの会合に参加していたんだと思う」


「へ~、そうなんだ……」


イヅナちゃんはきょろきょろしながら言った。


「こっちの方がにぎやかでいいね。こっちの向こうとお作法は一緒かな?」


「た、たぶん、一緒だと思うよ。こっちはもしかしたら自分で料理をよそわないといけないかもだけども……」


「そっか!じゃあ、さっそく……」


そこまで言って、イヅナちゃんが誰かを見つけたようだ。


首を急にぐりんと回して、イヅナちゃんは振り返って、どこかを見つめていた。


「ど、どうしたの?」


「なんか珍しいもんでもあった?」


私とレイシーちゃんがそう言うと、イヅナちゃんは視線をどこかに向けたまま頷いた。


「うん!なんか、向こうにすっごい大きな人がいたのが見えた」


「すっごい大きなひとぉ?どこよ?」


レイシーちゃんがそう言った。


「向こう!ほら、あれって校長先生じゃない?!」


「あっ!ほんまや!あれドクダミちゃんとこの校長先生やでな?」


え?と、思って二人が指さした方を見た。


そこには確かに校長先生がいて、誰かとお話していた。


「あっ……」


校長先生がお話している……あ、あの子たちは見覚えがある……あの子たちは……。


「ねぇ?!ご挨拶しに行こう!」


「お?ええねぇ!ドクダミちゃんちょうど復学する予定やったし、メイドとしてここはバシッと挨拶を……!」


イヅナちゃんとレイシーちゃんはそう言った。


それは良いことだし、私もそうしたいのだけども……。


「あ、あ、あの……ま、まって……」


私は二人を止めた。


「どうしたの?!ドクダミちゃん!顔色が悪いよ?!」


「ご、ごめん……で、でも……今はダメ……」


「え?!どうして?!」


「あ、あれ……が、学校の人……」


私がそう言うと、二人は察してくれたようだった。



学校に通おうと思った理由はいくつかある。


主には三つ。


私には解決しなきゃいけないことがあると思ったからだ。


ひとつは心臓のこと。


ひとつはマンダリアンさんの手記のこと。


そして……最後はモリー様のこと。


どうしても解決しないといけない問題だって私はそう思って……決意をもって復学することを決めた。


け、けども……まだ心の準備ができてない。


あの人たちと関わる準備は……まだ……。


「うん。分かった。ねぇ、向こうに戻る?」


イヅナちゃんが私の前に立って、そう言ってくれた。


向こうから私が見えないようにしてくれたんだ。


「う、ううん……大丈夫。こ、心の準備ができたら……平気だと思う」


私がそう言うと、イヅナちゃんはに来いと笑って言った。


「そっか。大丈夫だよ。何かあったら私がぶった切ってあげる!」


イヅナちゃんはそう言って、親指をぐっと立てた。


「ちょいちょい!それはやばいって!ていうか、今日、刀ないやん」


レイシーちゃんがそう言うと、イヅナちゃんは、はっとした。


「そ、そうだった!今朝、お父さんに没収されたんだった……」


「いや、つけてくる気やったんかい」


「そりゃあ!一心同体だもん!悪魔でも魔物でも、私とクダギツネは引き離せないんだよ!それを引き離せるのは……お父さんだけだよ」


「ほえ~扶養の力は強いなぁ」


「養われている身ですから……そこがつらいよね」


「私は一応労働しとるからねぇ。そのつらさはあんまわからんかなぁ?!」


「くっそー!私も働いて自立したいなぁ」


「ほえーマジメやねぇ。私ならお嫁さんになってだらだらしてたいけどなぁ」


「え?!結婚願望あるの?!もしかして……お相手もいる?!」


「え?おるよ。ほらここに」


「え?!ドクダミちゃん?!ふたりってそうなの?!」


「そうやで」


「そうなんだ!いいね!」


「せやろ~。私はポートマルリンカーマネーで悠々自適に過ごすねん」


「いいなぁ~。私もまぜてほしい!」


「ほんなら旦那さんとどう?」


「え~やだ!おじさんは優しくていい人だけども、タイプじゃない!」


「ほんなら、イヅナちゃんってどんなタイプがええの?」


「え?アル様」


「ああ~なるほど!ちゅーかアル様もおるんかな?ここに」


「そっか!確かにいるかも!向こうにはいなかったもんね!」


「おっけーならあれやね。料理つまみながら、アル様探しでも…」



「あらぁ?ふふふ、楽しそうね。恋バナかしら?」


二人が楽しくおしゃべりをしていると、突然、声がした。


声と共に大きな影が私たちを覆った。


いつの間にか、校長先生が目の前に立っていた。


「うわ!いつの間に?!」


イヅナちゃんが驚いていた。


「おおう、おっぱいでっかぁ……」


レイシーちゃんがとても失礼なことを言った。


「ちょ、ちょっと?!レイシーちゃん!?」


「あっこれはすんません!つい!」


レイシーちゃんが申し訳なさそうにすると、校長先生は、ふふふと笑っていた。



「ごきげんよう。ポートマルリンカーさん」


「あっ、ご、ごきげんよう。校長先生」


私がたどたどしく挨拶をすると、イヅナちゃんが一歩前に出た。


「ごきげんようです!校長先生!」


「あら?あなたは……?」


「私、イヅナ・ヴィクトーリアと申します。イナホのリーダーです!」


「あら?あなたが?!そうなのね!素晴らしいわ。初めまして、イヅナさん」


「初めまして!実はお会いするのは二度目なんですよ!」


「あら?!それは失礼いたしましたわ。どこでお会いしたかしら?」


「学校のお祭りの時に少しだけお話ししました。と言っても、その時は名乗りませんでしたが……」


「あら、あのお祭りに来ていただいていたのね?ありがとうございます。楽しんでいただけたかしら?」


「はい!とっても楽しかったです!」


「それはよかったわ……うふふ、イヅナさんったら……ふふふ、かわいらしい方ね」


校長先生は微笑みながら懐からハンカチを取り出した。


そして、イヅナちゃんの口元を拭いた。


「え?!なんですか?!」


「ごめんなさいね?お口元にソースがついていたから、気になってしまって……」


「え?あ……あはは……す、すみません。これはお恥ずかしいところを……」


イヅナちゃんはそう言って、照れていた。


「あらあら、かわいらしい方ねぇ。みなさんはポートマルリンカーさんのお仲間さんね?」


「は、はい。そ、そうです……」


「では、そちらの方がメイドのレイリシアさんね?お話は聞いています。ご家族の方ですのよね?」


「ええ、はい。どうも、こんにちは。ドクダミちゃんのメイドしてます。レイリシア・モーキンスって言います。レイシーって呼んでください」


「はい。レイシーさん。私はオーロレリアって言います。お友達は私をレリーって呼びますよ?」


「おお!そうなんですね!でもオーロレリアの方がええですよ。かっこいいですし」


「あらあら、お気に召さないですか?」


「ええ、レリーって、かわいいんですけども……。なんか私らの知り合いに、似てる名前の人がいましてねぇ……。まぁ、そいつが全部悪いんですけども、そいつのせいでねぇ、あんまなんですよねぇ……」


「それって……もしかして、モリーさん?」


校長先生がモリー様の名前を出すと、イヅナちゃんがびっくりしていた。


「そうです!ご存じですか?!」


「ええ、存じ上げておりますわ。今日はモリーさんはご一緒ではないのですか?」


「モリー様なら今向こうでお話し中です!」


イヅナちゃんがそう言うと、校長先生は頷いた。


「そう……なら、ご挨拶にうかがおうかしら……」


「いやいや、ええですよ!わざわざ会うような人でもありませんし!」


レイシーちゃんがそう言うと、校長先生は困ったように笑っていた。


「ふふふ、そんなこと言ったらモリーさんに泣かれちゃいますよ?」


「泣かせときゃええんですよ!あの人。調子に乗らすと碌なことせぇへんのですから、へこませるくらいがちょうどええんです」


「そう。愛されているのね?」


「そんなんちゃいますよ!」


「ふふふ、そうですか。でもね、ちょうど、お話ししたいことがあったのですよ。こんな機会はめったにないでしょうから、ご挨拶に行ってきます」


「そうですか?そんなら先に謝っときますね?あの人、きっと先生のおっぱいばっかり見てくると思いますけども、育ちが悪いだけなんです」


「ふふふ、わかりました。教えてくれて、ありがとう」


校長先生はそう言って、ぺこりとお辞儀をした。


「では、ごきげんよう。みなさん。お会いできてよかったわ」


校長先生はそう言うと、微笑みながら手を振って、去って行った。



校長先生をみんなで見送っていると、ふいに視線を感じた。


背中に悪寒が走って、恐る恐る振り返ってみたら、遠くの方でこっちを見ている人がいた。


あれは……私の同級生の子だ。


こっちを見ている。


ば、バレた?



今日はなんだか変だ。


いつもならこんなに怯えることなんてないのに……。


今日はダメだ。


気が付かれたって思ったら、急に呼吸が苦しくなってきてしまった。



「ドクダミちゃん?どないしたん?」


レイシーちゃんが私の異変に気が付いてくれた。


その瞬間、私はなんでか分からないけども気持ちが溢れてしまった。


過呼吸気味で……いっぱいいっぱいだったっていうのもあるけども……。


でも、私はいたたまれなくなって、その場から逃げ出してしまった。



「え?!ドクダミちゃん?!」


急に私が走り出して、二人は驚いていた。


二人は私を受け止めようとしたけども、私は二人を振り切って会場の隅に向かって走った。



人の壁をすり抜けて、私は会場の端まで走った。


とにかく誰も見ていないところに行きたかった。


脇目も降らず、必死に走って、部屋の端まで......。


壁に手をつくと、私はやっと落ち着き始めた。


会場の隅っこ。


椅子が何個か置いてあるだけの暗い場所。


そんな場所だけども、私にとってはすごくありがたい場所だった。


私は深くため息を吐き、壁に額を当て、私は乱れた呼吸を整えた。



なに……やってるんだろう?


私、今日は本当に変だ。


せっかく、良き日なのに……周囲の視線ばっかり気にして……。


二人にも心配をかけてしまった。


どうしよう……どんな顔して戻ればいいんだろう?


そう思った瞬間……声がした。



「あんた何してるの?」


急に誰かに話しかけられた。


「ふえ?!」


声のする方を向くと、そこには見知った顔があった。


「ん?あんた……ポートマルリンカー?」


「な……ナオさん……」


その顔を見て、私は再び過呼吸になった。


こ、今度のはひどい。


だ、ダメだ......立っていられない。


最悪だ。


こ、ここから逃げなぎゃなのに、私はまったく動けない。


やがて、足の力を失い、私はその場に膝をついてしまった。


「あんた、急にどうしたのよ?」


ナオさんはそういうと私の側に来てくれた。


「過呼吸?あんたねぇ......」


ナオさんはため息を吐くと近くにあった紙袋を渡してくれた。


私はそれを受け取り、紙袋を口に当てた。


「人の顔見て過呼吸って……さ」


ナオさんはそんなことを言っていた。


全くその通り。なんて失礼なことをしているのだろう。


だけど、ナオさんは苦しむ私の背中をさすってくれていた。


「どう?落ち着いた?」


ナオさんはうずくまる私の背中をさすりながらそういった。


「う、うん。も、も、もう、だ、だいじょうぶ……」


「そ。ならよかった」


「あ、ありがとうございます。そ、それでは、ご、ご、ごきげんよぉぉぉ」


そう言って、立ち上がろうとしたけど、私は再びふらふらと倒れてしまった。


「あんた、座りなよ。ほらここあいてるから」


ナオさんがそう言った。


私は首を横に降って言った。


「だ、大丈夫。だ、大丈夫ですから......」


「いや、どうみても大丈夫じゃないでしょ。ほら、座りなよ。何もしないから」


「ううううう......ううううう」


私は諦めてナオさんのとなりに座った。


「落ち着いた?」


「う、うん。あ、ありがとう」


気まずい。


とっても気まずい。


な、なんでこんなことになっているんだろう?


私は俯きながら震える膝を必死で抑えていた。


ナオさんは何も言わない。


足を組んで、頬杖を突き、つまらなそうな顔で会場の方を見ていた。


こ、こんな時どうすればいいんだろう?


い、イヅナちゃんなら……どうするんだろう?


私はそう考えた。


そして、私は言った。


「ど、どうしてこんなところに……いるの?」


ふと頭に浮かんだ疑問を聞こうと思った。


イヅナちゃんならそうするって思ったから。


私は言葉を発した瞬間、再び手に汗がにじんっできた。


「こっちの台詞。あんたは女王様のご招待客なんでしょ?向こうにいるんじゃないの?」


ナオさんは平坦な声でそう言った。


「む、向こうは居づらくって、逃げてきてしまって.......」


「あんたずっと逃げてるのね。ま、わたしもだけど」


「え?」


ナオさんはそう言った。


「な、なにかあったの?」


私はつい、そう訊ねてしまった。


「別に.....面倒だから逃げて来たのよ」


ナオさんはぶっきらぼうにそう言った。


言葉を投げ捨てたみたいだった。


「そ、そうなんだ......」


私がそう言ってうつむくと、ナオさんは大きくため息を吐いて言った。


「ドレスを笑われたの」


「え?ド、ドレス?」


「そ。色がね、流行りの色じゃないとかなんとか。知らねーっての」


「そ、それでこんなところに?」


「そうよ。ぐちぐち言われて、面倒だから逃げてきた」


「そ、そんな......」


「ま、仕方ないよ。事実だし」


「そ、そんなことないよ……!た、確かに色は流行りじゃないかもだけども作りはしっかりしているし、布も上等品ですごくいいと思う。ボタンも綺麗な色してて……裁縫も丁寧……」


そこまで言って、ナオさんがこっちを見ているのに気が付いた。


しまった。


何てことを言ってるんだろう。


ま、またやっちゃった。


昔、ナオさんに、言われた言葉が頭の中に響いた。


あんたのおせっかいうざい。


聞いてもないことごちゃごちゃさ、やめてくんない?


ねえ、あんたのそれ親切のつもり?余計なお世話なんだけど。


よかれと思ってそう言った?訂正なんて求めてない。



ぜ、全部直接言われたことだ。


だから、私はできるだけなにも言わないようにしようって、そう思ってたのに......。


ま、また怒られる!


そう思ったけど、ナオさんはなにも言わずに私を見つめた。


そして、言った。


「なんで、あんたそんなことわかるの?」


「え?ご、ごめんなさい。わ、わ、わたし……ま、また余計なことを!」


「は?いや、聞いてるだけだけど?」


「う、ご、ごめんなさい......」


「はぁ......あんた......。ま、いいわ。で?なんでわかるの?服、詳しいの?」


「え?う、あっ、あの、わ、わ、私のおばあちゃんが、お洋服を作ってて……さ、最近お手伝いをしてたから……だ、だ、だから、そ、そのいいドレスだなって思って......」


「ふぅん。そうなんだ」


「ご、ごめんなさい」


「謝んなくていいよ。あんたも服作るの?」


「え?す、すこしだけ……この服とか私も半分くらいはお手伝いしたもので……」


「へぇ、そんなんだ。すごいじゃん」


「え?あ、ありがとう」


「ちよっと見せてよ」


ナオさんはそう言って、私のドレスをまじまじと見た。


「へぇ、いいね。あんたのも良くできてるじゃん」


「あ、あ、ありがとう。で、でもいろいろ失敗しちゃってるんだ」


「そうなの?」


「う、うん。デザインを懲りすぎて、布が足りなくなったから目立たない部分は似た色の生地でごまかしたり、こ、腰の近くがうまく縫えなくって実は小さく穴が空いちゃってたりするの」


「へぇ。見えないけどね」


「おばあちゃんがうまくごまかしてくれたの。失敗したら、すぐに直してくれて......すごいのはおばあちゃんのほうなんです」


「ふぅん。私もね、いろいろマネして作ってるけど全然うまくいかない」


「え?な、ナオさん……も服を作ってるの?」


「服?いや魔具のほう」


「あっ、そ、そうなんだ……」


「服は……私も作ってもらった。ま、こっちは祖父だけどね」


「ナオさんのお爺様も?」


「そう。テーラー。知ってるでしょ?」


「え?す、すみません……無学なもので……」


「あんた……私の名前知ってる?」


「な、ナオさん」


「ナオ・チャンベリル。ベリル。ベリルモンドってきいたことあるでしょ?」


「え?!あの最高級ブランドの?」


「そうだよ。知らなかったんだ」


「ご、ごめんなさい」


「別に……謝るようなことじゃない」


「あ、じゃ、じゃあ……そのドレスはナオさんは?」


「まったく。全部作ってもらった」


「そ、そうなんだ。そ、その……魔具の方はまだ作っているの?」


私がそう訊ねると、ナオさんはふぅと息を吐いた。


「作ってる。でも、全然うまくいかない」


「そ、そうなの?」


「思った効果が出せないし、出せたと思ったらすぐつぶれるし......」


ナオさんはぽつんとつぶやくように言った。


「あんたはすごいね。作れるやつはすごいよ」


「あ、あ、ありがとう。ナオさんもすごいよ」


「いいよ、そういうの。まともに動くものもまだ作れてないんだからさ」


「で、でも、イヅナちゃんを助けてくれたでしょ?」


「え?ああ、そんなのもあったね。でも、それ偶然だよ」


「でも、あれがなかったら死んでたかもしれない。な、ナオさんのおかげだよ」


私がそう言うと、ナオさんは言った。


「そう。ならよかった」


「う、うん」


「ねぇ、あんた学校くるんだって?」


「え?!ど、どうしてそれを?!」


「先生が言ってた」


「う、あ、あの......少しずつ復学を......しようかと」


「あっそ。じゃ、手伝ってよ」


「え?」


「魔具つくってる教室、ほぼ誰もいないからさ。私が管理してるの。だから、使っていいよ。逃げ場所として。代わりにつくるの手伝って」


「え?あ、あう、あ......」


「てゆーか、手伝え。人手足りないし、いいでしょ?」


「う、は、はい.......」


私は圧力に負けて、ついそう言ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。