魔女の瞳に乾杯
いったい、いつ以来だろうか。
もう覚えてないくらい昔のことだな。
こうやって女性に見下ろされるってのは……。
「ごきげんよう、モリー・コウタさん。夢で逢って以来ですわね」
そう言って微笑みかけて来たのは、ドクダミちゃんの通う魔法学校の校長先生だ。
オーロレリア・ハーティス校長先生。
肩が露わになった真っ黒なドレスを着て、これまた真っ黒でつばの広いウィッチハットを被っている。
白い腕には肘上まで伸びた長い真っ黒なレースの手袋をつけていた。
何とも幻想的な格好だ。
校長先生の身長は俺と同じくらいなのだろうが、高いヒールを履いていたので、俺より頭二つ分くらい背が高くなっていた。
で、これは先生の職業病というのか、身長が高すぎるからなのかわからないのだけども……。
校長先生は俺と目線を合わせようと、少しだけ前かがみになっていた。
校長先生の全身は、服装のせいでほぼ真っ黒なんだけども、顔と肩から胸元にかけては露出していた。
その露出した部分に俺の視線が吸い込まれる。
肌が白いから浮いて見えるんだ。
だから、素肌の部分を見るのは仕方がないことだ。
で、特に胸元に目線がいくのは……これも仕方がない。
もうこれは男だからしょうがないんだ。
「うふふふふ……正直な方は好きですわよ」
校長先生がそう言った。
俺は正気に戻った。
胸ばっかり見るのは流石に失礼すぎる行為だ。
この方はドクダミちゃんの学校の先生なんだし……きちんとしないといけない。
こんなのと付き合ってるのかと思われたら、ドクダミちゃんの内申にも響きかねないからな。
俺は気を取り直し、視線を上げて、校長先生の顔を見た。
「あらぁ?ふふふ……モリーさん、実物の方がハンサムですわね」
「え?そ、そうですか?ありがとうございます」
「ええ。ふふふ……それになんだか立ち姿に生命力の強さを感じます」
「ははは……頑丈さくらいしか取り柄がないもので……」
「うふふふふ。素晴らしいですわ。わたくし、普段は学校にずっと引きこもっていますの。私の学校は、ほら、女の子ばかりでしょう?男性の方を見るのも久しぶりで……ふふふ、本当にびっくりしてしまいますわ」
「そうですか?校長先生ほどのお綺麗な方でしたら、ほってはおかれないでしょう?」
「ふふふ、お上手ですのね。でも、全然そんなことはありませんのよ!」
「そうなんですか?それじゃあ……俺がお誘いしても?」
「あらぁ!いけませんわ!わたくし教職員なのですよ?」
「先生でも恋くらいはするのでは?」
「恋!いいですわねぇ……ふふふ、もうずいぶん昔のことですわね」
「そうなんですか?」
「ええ、最後に恋をしたのは……ふふふ、もう200年ほど前だったかしらねぇ?」
「へ?ははは……またまた」
「うふふふふふふ」
「ははははははは」
俺たちが笑っていると、怪訝そうな顔をした人が校長先生の背後から出て来た。
おや、そうだった。
ここは料理の前だった。
「あーここは邪魔になってしまっているかもですね」
「あら!そうですわね。わたくしったら無駄に大きいものですからすぐに邪魔になってしまいますの」
「分かります。俺もですよ」
「ふふふ……あの、モリーさん?よろしいかしら?」
「はい。なんです?」
「もう少しお時間いただけますか?お話がありますの」
「え?ええ、もちろん。では、向こうで……」
俺はそう言うと、校長先生を会場の隅にある丸いテーブルに案内した。
「あら。ふふふ……雰囲気がある席ですわね」
校長先生がそう言った。
ああ、しまった。
女性を案内するような席では無かったか。
「あっ、すみません……どうも長い間、日影者をやってたもので……変えますか?向こうの方なら、もう少し明るい……」
「いいえ。なにも問題ありませんわ。わたくし、実を言うと暗いところの方が好きなのです」
「そうですか?それじゃあ……あー飲み物ぐらいとってくればよかったですね」
「ふふふ、そうですわね。せっかくいろいろ用意してくださっているのですから、何もなしでお話というのも味けがありませんものね」
「ええ、そうですね。じゃあ、俺、何か取ってきますよ?ワインでいいですか?」
「いいえ。その必要はありませんわ」
校長先生はそう言うと、すっと杖を取り出した。
手品師のように自然な手さばきだったから、見間違いかもだが……。
今、胸元から取り出したように見えたけども……気のせいだよな?
「うふふふふ~おもしろいものをお見せしましょうね?」
「おもしろいもの?」
「ええ、わたくしの特技ですのよ」
校長先生はそう言うと、テーブルに置いていた空のグラスをひとつ手に取った。
それを自分の前に置くと、先生は杖を振った。
「ぱらりらぱらりらる~」
校長先生は妙な呪文を唱えて、杖でグラスを叩いた。
グラスは綺麗な音を出して、小さく振動をした。
「るるるるる~」
校長先生はもう一度叩く。
「うふふふ~」
「あの……何してるんです?」
「音を鳴らしているのです」
「音……」
「モリーさんは音楽はお好きですか?」
「音楽?ああ……どうでしょう?」
「普段お歌などは聞かないですか?」
「歌ですか?う~ん、酒場で適当に歌うか、地元のカントリーくらいしか知りませんね」
「そうですか……それは残念です。音楽は良い物ですわよ?」
「はぁ……しかし、俺みたいのには縁がないですね」
「そうですか……では、今度わたくしが歌って差し上げますわ」
「そりゃあ、ありがたいです。それで……」
「振動は伝播するのです。魔力のように」
「え?」
「魔力はすべてを越えていくのです。空間も、時間も、意識も……すべてを越えて作用するのです」
「はぁ……なるほど?」
「音と似ていますわね。ちなみに音は水中だと何倍も速く広がっていくのですのよ?」
「へぇ、そうなんですね」
「そうなのです。魔力もまた、同じなのです。空気中に含まれる魔力が高ければ高いほど……強力に、素早く広がって行くのです」
「なるほど……そうなんですね。それで……さっきから何を?」
「波を作っているのです」
「波?」
「波を作って揺れを起こすのです。この空間に揺れを……」
「それで……どうなるのです?」
「すべてのものにはリズムが刻まれているのです。固有振動ですわ。物にも、人にも、それはあるのです」
「はぁ……」
「それを合わせてあげるのです。私が起こした波と……物の波を……そうすれば……」
校長先生は再びグラスを鳴らす。
そして、言った。
「うふふ……揺れましたわ。ワインでよろしいかしら?」
「え?は、はい」
「ふふふ……では!ぱらりらぱらりら、るるるるる~」
校長先生はまた間の抜けた呪文を唱え、杖を振った。
その杖の先端からきらきら輝く粉のようなものがこぼれたかと思うと、いきなり目の前にワインの瓶が現れた。
「え?!」
突然現れたワインの瓶を見て俺は思わず驚いて声を出してしまった。
「うふふ、驚きました?」
「すごいですね……なんていうか自然です」
「ありがとうございます。難しい魔法なので成功してほっとしていますわ」
校長先生はそう言うと、杖でこんこんとワインの栓を叩いた。
すると、ワインの栓がスポンと勝手に抜けた。
「おお……そんなことまで……おみごとです」
「ふふふ、ありがとうございます。では、どうぞ」
校長先生はそう言うと、目の前のグラスにワインを注ぎ、それを俺に渡した。
「あ、ありがとうございます」
俺がワインの入ったグラスを受け取ると、校長先生はニコニコしながら、自分のグラスを取ってワインを注いだ。
「では、今日の出会いと新たな女王様の誕生に……」
「ええ、乾杯」
俺はそう言うと、校長先生とグラスを合わせ、ワインを飲んだ。
ぶどうの味が強い、良いワインだった。
それにしても、杖で叩いただけで栓まで抜けるなんてな。
まるで魔法のよう……いや、魔法なのか。
にしても、ずいぶんと器用なことができるものだ。
流石は魔法の先生ってところか。
俺の魔術もこんだけ便利ならよかったな、なんて思った。
いや、でもそれは贅沢か。
十分、俺の魔術は便利だ。
それを不便と思わせるくらいなんだから、校長先生くらいになると、魔法でできないことなんてないのだろうか。
そんなことを思いながら俺は一杯目のワインを飲み干した。
「あら、豪快ですのね」
校長先生は笑いながらそう言った。
「ええ、今日は酔いたい気分なんです。なにせ、この国にとってめでたい日ですからね」
「うふふ、そうですわね。私もこんなおめでたい日は30年ぶりくらいですわ」
「はは、そこは数百年ぶりじゃないんですか?」
「そんな長い間、いい日が無かったらこの国は干からびてしまいますわ」
「ほ~お?そんなもんですかね?」
「あなたもそうでしょう?良き日がないと干からびませんか?」
「俺ですか?俺に……いい日なんてあったでしょうかね?思い出せませんな」
「冒険の成功は良いことなのではありませんか?あなたの凄いお話は、ドクダミさんからいろいろ聞いておりますのよ?」
「ああ……それはそうかもですね。でも、まだ道の途中ですからね」
「ふふふ、野心家ですのね。美しいですわ。冒険を語るあなたの瞳……燃えています」
「え?俺の瞳が、ですか?」
「ええ、あなたの瞳に火山のような炎が見えます。煮えたぎるような赤色ですわ」
「炎ですか。それはいいですね。俺、火は好きです」
「うふふ……火がお好きだなんて素晴らしいですわ」
「校長先生は音楽がお好きなんですか?」
「ええ、音楽が大好きです。魔法も好きですし、生徒たちも好きです」
「はぁ……好きなものがいっぱいあるんですね。羨ましいです」
「モリーさんは好きなものが少ないのですか?」
「ええ、まぁ……そうですね。火だけですね、好きなのは。碌なもんじゃないでしょう?」
「火が好きなんて、危険な香りがして魅力的ですわ」
「ははは、先生は褒めるのがお上手ですね」
「ふふふ、わたくし褒めて伸ばすタイプですの」
「先生となら、俺でも勉強がんばれる気がします」
「うふ……そんなこと言われるだなんて、教師冥利につきますわ」
「ははは、いや本当に。学生時代、こんな先生に出会いたかったですよ」
「まぁまぁ!モリーさんもお上手ですわ!」
校長先生はそう言うと、照れながらワインを飲んだ。
俺は少なくなった校長先生のグラスにワインを追加した。
「どうぞ」
「まぁ!いやですわ!こんなおばさんを酔わせてどうしようというのです?」
「う~ん……そうですね。また一緒に夢を見るってのはどうです?」
「あら……素敵なお誘いね。うふふふふ……本気にしてしまってよいのかしら?」
「俺は良いですよ」
「あらぁ……わたくし、教師ですのにいけない気持ちになって来たかもしれません」
校長先生はそう言って、くねくねしていた。
おや?これはまさか……いけちゃうのか?
なんだか、良い雰囲気だ。
でも、そうか。
考えてみたら、今日は良き日。
明日からは祝福のお祭りだ。
雰囲気に浮かされて、一晩くらい間違いがあっても全然変じゃないんだな。
これはこのまま行けるとこまで行ってもいいかもしれない。
あの時、この手に掴めなかったあのお胸を……今度こそ……。
だなんて、思ってみたけども……だけど優先するのはそれじゃあないな。
残念だけど……な。
「あの……あの夢はなんだったんですか?あれは、あなただったのですよね?」
俺がそう言うと、空気が少し変わった。
表情はさっきまでと一緒でニコニコしていたが、真剣な感じの雰囲気になった気がする。
ああ、残念。
一夜の夢が消えたかな?これは。
「モリーさん、魔法はお好きですか?」
「……最近、魔法の修業をしています。保持と出力の修業です」
「あら!それは素晴らしいですわ。わたくしも魔法が好きなんです」
「修行してみて分かりました。魔法ってのはすごいですね」
「ええ、すごいのです。魔法には無限の可能性があるのです」
「無限の可能性……ですか?」
「ええ、そうです。魔力はこの世界のすべてを越えるのです」
「すべてを……越える?」
「ええ、時空も、時間も、意識の壁すらも……魔力は越えていくのです」
「はぁ……それはどうなるんです?」
「ふふふ……ひとつ、つまらないことをお伺いしても?」
「ええ、もちろん。なんですか?」
「上位冒険者様から見たら、さっきの魔法はどうでしたか?」
「さっきの雷魔法ですか?すごいですよね。杖を振ってあんなに簡単に伝播を……」
「いいえ、違います」
「え?違う?」
「雷属性の副属性は特別な魔具を使用しない限り、一方向なのです。つまり、わたくしがワインの瓶のあるところまではいけますが、ワインの瓶がこちらに来ることはできませんの」
「はぁ、そうなんですね。では、先ほどのは?」
「あれは魔法なのです」
「魔法……って……」
「我々が使っている魔術は魔法の一端にすぎません。本当の魔法はもっと多岐にわたります。人々が扱っている元素魔術は魔法の根源的なものでしかないのです」
「つまり……魔法ってのは火とか水を操るだけじゃないってことですか?」
「その通りですわ。本物の魔法に不可能はありません。なんでもできるのです」
「じゃあ、校長先生が先ほどやったのはその本物の魔法なのですか?」
「はい。といっても、あれも一端ではありますけれど……一応魔法です。転移魔法と名付けました。魔力で波を作って、共鳴を起こし、波に乗せてここまで移動させたのです」
「共鳴……」
「共振という現象を御存じですか?」
「いえ、無学なもので……初めて聞きました」
「物体にはリズムがあるのです。そのリズムにわたくしの作った波がぴったりと合うと振動が増大するのです。それが共振。その力を使うのです」
「へぇ、そんなことが魔力で出来るのですか?」
「できるのです。そしてこれは……そうですわね……段階で言うならば10段階ある中の3段階目くらいのことなのですわ」
「じゃあ、10段目まで行くと何ができるようになるんですか?」
「時間を操ったり、空を飛んだり……なんでもです。人間が考えうるすべてのことができます」
「じゃあ、夢の中でお会いしたのも?」
「ええ。わたくし、今の魔法の研究をしております。その影響で、時折誰かの意識とつながることがあるのです。それで、あの夜はあなたとつながったのですわ」
「はぁ……それもまた魔力のなせることなのですか」
「ええ、そうなのです。素晴らしいでしょう?」
「はは……魔力を保持するだけでも、てんやわんやしている俺には到底理解できそうにない話です」
「ふふ、そうですか。でも、100年後には当然になっているかもしれませんよ?」
「100年……明日すらも確かでない身からすれば、星を掴むような話に感じます」
「詩的ですわね。素晴らしいですわ」
「はは……ほんと、褒めるのがお上手ですね」
俺はそう言って、苦笑いした。
ワインを飲んで、一息つく。
「ここ、やっぱり暗いですね」
「わたくし、静かな夜は好きですの。ここもおちつきますわ」
「そうですか」
「ええ、それにちょうどよかったかもしれません」
「と、言いますと?」
「お話があると言いましたでしょう?できれば……誰にも聞かせたくありませんの」
校長先生はそう言って、優しく微笑んだ。
その顔を見て、なんだか嫌な予感がした。
どうやら……これからされる話はいい話ではないようだ。
俺の顔色が変わったのを見て、校長先生も察したようだ。
急にふっと顔から笑顔が消えた。
「あら、残念ですわね。できれば、もっと、朗らかにお話ししたかったのですが……」
校長先生はそう言って、困ったように、ふふふと笑った。
「楽しい時間というのは儚いから楽しいのですよ」
「ベッドで見る、夢と同じですわね」
「……そうですね。それで、あの……お話って?」
俺がそう言うと、校長先生は俯いてしまった。
すこしして、校長先生はゆっくりとワインを一口飲み、ため息を吐いた。
そして、言った。
「向こうのお部屋には行かれましたか?」
「いえ。向こうはまだです」
「そう。向こうにね、来ているんです。わたくしの生徒たちがね」
「はぁ、シャリオン校の生徒ですか」
「ええ、そうです。彼女たちは素晴らしいですわ。若くて、希望に満ちていて、そして夢を持っています」
「夢……」
「ええ、彼女たちには無限の可能性があります。魔法と同じですわ」
「そうでしょう。あなたの学校の生徒はみな優秀だ」
「そうなのです。みな驚くほど優秀です。だから、わたくしは日々思うのです。この子達の夢を叶えてあげたいと」
「素晴らしいです。先生の鑑だ」
「ありがとうございます。でも、わたくしたちのできることは本当に少ないのです。彼女たちは自分の力で進んで行くのですよ。若い才能というのは本当に素晴らしいんです。わたくしなんかはついて行くこともできない。わたくしどもができるのは彼女たちが進んで行く手助けくらいです」
「手助け……分かる気がします」
ドクダミちゃんは勝手に成長していった。
外に出るのすら恐れていたのに、いつのまにやらあの子は魔界すらも越えていった。
俺のおかげだとドクダミちゃんは言うけども、俺は何にもしていない。
成長しているのはドクダミちゃんだけじゃない。
レイシーも、ふわふわしたいい加減な奴だと思っていたけども、いつのまにやら悪魔と対峙するくらいに成長していた。
イヅナもそうだ。
少しばかり落ち着いた……ような気がする。
「わかっていただけますか?嬉しいです」
「ええ、分かりますよ。子供ってのはいつのまにやら遠いとこまで行っているものです」
「そうなのです。まさにそうなのです。ですが、世の中は悲しいでしょう?そういう若者の足を引っ張ったり……夢をあきらめさせるようなことばかり……。わたくしは素直に若者の優秀さを認めて手助けをする。そういう大人でありたいのです」
「素晴らしい考えですね。俺も、そうありたいです」
「そう思われますか?」
また、空気が変わった。
「ええ、そう思います」
俺はひるまずにそう答えた。
「では、ポートマルリンカーさんと関わるのはもうやめていただけますか?」
校長先生の顔から笑顔が消えた。
「ドクダミちゃんと?かかわるなって?」
「ええ、そうです」
「何故?」
「才能のある若者の妨げに……大人がなってはいけない。そう思うのですよね?」
「俺が妨げになっていると?」
「……ニンフモクを攻略なさったのでしょう?もう目的は達成されたはずですわよね?」
「どうしてそれを知ってるんですか?」
「わたくしは七星の一人です。知っていてもおかしくはないでしょう?」
「そうですね。じゃあ、女王様から聞いたのですか?」
「それに答える気はありませんわ。わたくしがどこで知ろうと、それは今回のお話には関係のないことです」
「そうですか」
「本当にごめんなさいね。こんなことを言ってしまって……本当は楽しいお話しだけしていたかったのですよ?」
「嘘でも嬉しいです」
「嘘ではありませんわ。あなたは素晴らしい方ですもの」
「そうですか。本当にお上手ですね」
「本心ですわ」
「でも、もう、ドクダミちゃんとは会うなと言うのですね?」
「……全く会うなと言っているわけではないのですよ。しかし、あなたがたはもう……」
「ええ、ご存じの通りイナホは解散しました」
「ですから、これからの活動にあの子を巻き込まないでいただきたいのです」
「巻き込む……」
「ええ、そうです。聞き入れていただけますか」
「……ええ、もちろん。実をいうとポッポにも似たようなことを言われました」
「ポットランジアさん……ポートマルリンカーさんのお父様ですわね」
「そうです。実は今、いろいろ企んでましてね?ドクダミちゃんにはその話はするなと言われました」
「あら、そうですか。悪だくみをしてますの?」
「それに答える気はありませんよ。関係のない話ですからね」
「モリーさん……わたくし、傷つけたいわけではないのです」
「わかってますよ。すみません、日陰者なので。陰湿なんですよ。そう思ったら、あなたの言うとおりだ」
俺はそう言うと、グラスに残っていたワインを一気に飲み干した。
そして、言った。
「俺のような大人は才能ある彼女の近くにいるべきじゃない」
「……ご理解いただけますか?」
「あの子の才能は本物だ。あなたたちに任せた方がいいでしょう」
「はい。失礼ですが、そう思いますわ。ごめんなさいね、こんなことを言ってしまって……」
「仕方ありません。それは事実ですからね。そうでしょう?」
「ええ……そうですわね」
「それにドクダミちゃんも魔法が好きで、勉強したいでしょうしね。あの子はそういう子ですから」
「おっしゃる通りですわ。あの子ほどの就学意欲を持った生徒は見たことがありません。それを見抜くなんて流石ですわ」
「仲間ですから」
「……素敵だと思います」
「しかし、まぁ……だけども……ここから先のことは、俺では邪魔しかできませんからね。先生にお任せするのが一番でしょう」
「ご理解いただけたのですね?」
「ええ、それが一番あの子のためになるんですよね?」
「ええ、そう思います」
「思う?誓ってください。あの子は仲間なんだ」
「ええ……誓います」
「本当ですか?」
「ええ、嘘は言いませんわ」
校長先生はそう言った。
俺は深呼吸をして……言った。
「先生。俺、嘘は言ってません。先生のような人となら、俺も頑張って勉強したいって、本当にそう思ったんです」
「……モリーさん」
「信じていいんですよね?」
「ええ、わたくしも嘘は言いませんわ。あの子の才能を育て、守ります。もちろん最高の環境を約束します」
「そうですか。それは何よりです」
「はい。わたくしが責任を持って彼女を……」
「でもね。俺は思うんですよ、先生」
また空気が変わった。
さっきと違うとこがあるとしたら……変えたのは俺だ。
「……なんでしょうか?」
「先生、俺が出会った時のドクダミちゃんは今とは別人でしたよ」
「……」
「あの時は酷かった。前髪で顔を隠して、ずっと暗い家の中にいて、話をしても俺と目も合わなかった。ひとりで外に出ることもできなかったくらいです。一度、なんかでっかい黒い箱に入って俺の部屋まで来たことがある。レイシーがおぶって来たんです。あれは驚いた」
「そう……ですか」
「初めはこんな子が冒険に出るなんて不可能だって思ってました。ひとりで外を歩くだけで、立ってるのもやっとなほど震えるような子でしたからね。だから、ドクダミちゃんが冒険の許可証を取ったと聞いた時は本当に嬉しかった。それこそ人生が変わるくらい衝撃的でした」
実際、変わったしな……あの日に。
なんて、言っても伝わらんか。
まぁ、どうでもいい。
自分の事なんて、今はどうでもいいんだ。
重要なのは……。
「重要なのはね?先生。あの子がそうなったのはあんたの学校が原因だってことなんですよ」
俺は校長先生を見つめた。
睨んじゃいない。
脅かすようなことはしない。
ただ、まっすぐに見つめて、言った。
「いじめられてたんだ、あの子は、学校で……それは事実でしょう?」
「ええ、そうです」
校長先生の顔から笑顔が完全に消えた。
「どんないじめにあったのかは、詳しくは知りません。あの子が話そうとしなかったから、俺も聞きませんでした。だけどね、先生。俺……嘘は言いませんよ。あの子の顔が明るくなったのは冒険に出てからだ。学校に通ってたからじゃない」
「それは……確かに、そうですわ。しかし!」
「先生、分かってます。別に俺のおかげであの子が立ち直ったというつもりはありませんし、あなたが嘘を言ってるともいいません。あの子を預けるにふさわしくないとも思ってない。ただ、でも、あの子が立ち直ったのは一緒に冒険に出たからです」
「……」
「まぁ、分かってるんですよ。世界樹の根っこのようなものだってのは……。血管のように無数に伸びた先で、俺の人生とあの子の人生が、偶さか重なっただけです。そうなったのは……まぁ不幸な偶然が重なっただけなんですよ。でもね。元より、あの子がまっすぐに進めていれば交わることのなかったんですよ。俺なんかとはね」
俺は言った。
「曲がったのは残念だけども、過去はどうすることもできない。仕方ないことです。だけど、あの子は今まっすぐに進み始めたんです。だから……もう曲げないでください」
俺はまっすぐにそう言った。
これだけはきちんと言わないといけないことだと思ったからだ。
「その件に関しては……あなたのおっしゃる通りですわ。彼女が不登校になったのはすべてわたくしどもの管理不足によるものです。認めます。申し訳ございませんでした」
校長先生はそう言って、深く頭を下げた。
「もう二度と起こさせません。あの子だけじゃありません、永劫、わたくしの学校からいじめはなくします」
その言葉を聞いて俺は安心した。
それと同時に、少しだけ……申し訳ない気持ちがあった。
あの子が曲がったのはいじめのせいだけじゃない。
母親の死が一番の原因だったはずだ。
だけど、折ったのはこの人たちだ。
「才能ある少女の足を……引っ張るようなことはしないですよね」
「モリーさん……わたくしも、嘘は言いませんわ。誓って言います。二度とあの子の足かせとなるような出来事は起こさせません」
「分かりました……すみません、意地悪なことを言ってしまった」
俺は言った。
「試すようなことをする気は無かったのです。もとより、俺は離れる気でいましたから」
「そうだったのですか……」
「ええ、ポッポにも同じようなことを言われたと言ったでしょう?それで、戴冠式が終わったら自分から関わるのはやめようとしていました」
「つらい思いをさせてしまったようですね」
「ええ、でも、まぁ、逆の立場なら俺もそう思いますよ。俺なんかが傍にいるべき子じゃない」
「モリーさん……あなたは素敵な方よ?」
「本当ですか?」
「嘘は言いませんわ」
「信じます。ドクダミちゃんのことはお願いします」
「ええ、必ずお守りいたしますわ。あなたのお気持ちは痛いほど伝わりましたから……必ずあの子を守ってみせます」
「守る……か。ねぇ、先生。俺、少し嘘をついたかもしれません」
「え?」
「実を言うと、全然心配はしてないんです。あの子、最強ですから。悪魔にだって立ち向かったんです。今更、人間なんかにびびらないでしょう」
俺がそう言うと、校長先生はぽかんとした顔をした。
そして……校長先生は笑った。
「ふふふ……ええ、そうですわね。しかし、真に恐ろしいのは人間の方かもしれませんわ」
「まぁ、そうですね。最悪、そうなったら……俺が行きますよ。おせっかいなガキを連れて学校に殴り込みに行きます」
「まぁ怖い!そんなことをしたらただじゃ済みませんよ?」
「失うものなどないですからね。俺は無敵です」
「そう……一番怖い人ね、あなたは」
「ええ、そうです。必ずそうします。だから……忘れないでくださいね?今日お話ししたことを」
「ええ、肝に銘じますわ」
そう言って、校長先生はグラスを持った。
俺はふぅとため息を吐くと、校長先生のグラスにワインを注いだ。
そして、俺のグラスにもワインを注いだ。
「では、輝かしき未来に……」
「ええ、乾杯」
ひとりの少女の輝かしき未来を想って……俺たちはグラスを合わせた。




