夜明け前の、最も暗い時
コツコツと靴を鳴らして、この城の主が王座の間に入ってきた。
皆の視線がその人に集まる。
その人は部屋に入ると、門の前で立ち止まった。
そこにいるお方こそ……この国の新しい女王様である……ルーナ・ノヴァ様だ。
真っ黒なドレスに身を包み、真っ赤で長いマントを肩に付けている。
その長いマントは床まで伸びていて……その端をメイド長のマリアさんが持っていた。
女王様はまっすぐ前を向いて堂々と立っている。
その姿から王様の気品ってやつ?だろうか……なんかこう威圧感というか……荘厳な何かを感じる……気がする。
その姿は……この国その物って感じだ。
そのお姿を見ていると、俺みたいな傾脱者の胸にも、愛国心みたいなのが湧いてくる。
背筋はしっかりのび、お顔は凛々しく……そんでもって一点の汚れも無い。
いや、ほんと……完璧なお顔だ。
薄暗い空間に、黒いドレスを着ているから、白いお顔だけが浮いているように見える。
まるで、夜空に浮かぶ月のようだ……なんて思った。
俺なんかが言うには偉そうすぎるし、不敬なんだけども……ずいぶんと立派になられたように見える。
あの時はそんな風には見えなかった。
あの夏、イヅナの実家まで一緒に旅をしたときとは……まるで別人だ。
俺たちがニンフモクに行っていた間に……女王玉にもいろいろあったのだろう。
覚悟が……決まった顔だ。
そこにいるのはたった16歳の少女だが、その双肩にはこの国の未来が乗っかっている。
いったい……どんな心境なのだろうか?
俺みたいな庶民には想像することもできないな。
今まで……何の責任も負ってこなかった……俺みたいなのには……まるでな。
なんて……今までならそんな風に自己嫌悪するんだろうけども……。
今日はなんか違う気分だ。
そんなちっぽけな俺の事なんてどうでもいいんだ。
今日はあの人の日だ。
あの……あそこに立っている、あの人の日なんだ。
女王様は、曇りひとつない顔で一歩を踏み出した。
女王様が歩く音だけが部屋に響く。
誰もが息をのんでその姿を見ていた。
女王様は迷いなく進むそして椅子の前まで来ると、再び立ち止まり、サンルーター様に一礼した。
サンルーター様は優しく微笑む。
その顔を見て……女王様の顔がほころぶことは無かった。
女王様は神妙な顔のまま、くるりと振り返る。
マントを持っていたマリアさんもくるりと回って、椅子にマントを引いた。
そしてマリアさんはその場を去る。
マリアさんの去り際、女王様は前を向いたまま少しだけ手を上げて、マリアさんを労い、そのまま椅子に座った。
祭壇に立つサンルーター様は女王様が椅子に座ると、ゆっくりと深呼吸をした。
そして、顔を上げて……言った。
「主の前に宣誓する。ここに、この……サンルーター・ディヴレス・ド・シルバウルリア・グランクレッド。この国の宰相として……」
サンルーター様の声は、天の上までその声を届けようとしているかのようだった。
「この者……ルーナ・ノヴァ・ド・シルヴァウルリア・グランクレッドに……クレッド国王位を授ける」
サンルーター様はそういうと、祭壇に置いていた王冠を両手ですくいあげるように持ち上げた。
そして、女王様の隣に立ち……その王冠をゆっくりと女王様の頭の上に置いた。
「新たなる国王の誕生に!祝福を!」
サンルーター様は両手を掲げ……そして、その指先から雷撃を放った。
雷撃は天井まで届く。
天井まで届いた雷撃は青白い光になり、王座の間の天井を這った。
その青白い閃光は、俺の頭の上まで走ってきた。
雷撃は天井を動かし……女王様の頭上の天幕を開いた。
開いた天幕から……太陽の光が差し込む。
女王様が……太陽によって照らされる。
銀色の王冠が光に照らされて……まるで月のように輝いている。
ああ……すごい綺麗だ。
俺は思わず見惚れてしまっていた。
光りを受け、ルーナ・ノヴァ様がゆっくりと立ち上がった。
「宣告を受け、今日、この時より、この国に君臨する。我こそがルーナ・ノヴァ!この国の女王である!」
ルーナ・ノヴァ様は言った。
「前王である父が倒れ、希望である母が死んだ。あの日から、この国は……人類は暗黒の底に沈んだ。長きにわたり、人類は深い悲しみと無念の時を過ごした。今日、この時より、その暗闇の時代は終わる。いや……我が終わらせる」
ルーナ・ノヴァ様の言葉。
その口から放たれる一言一言から……俺は魔力を感じていた。
人間ならざる力。
ルーナ・ノヴァ様の言葉からはそれを感じる。
これが王の言葉なのだ。
「我と共に、長き暗黒の時代を切り開き、良き時代を作ろう!ここにいる……我らで!皆で!この国から……人類は再び繁栄する!この世界の彼方まで!その礎を……我らで作ろう!」
ルーナ・ノヴァ様は手を広げる。
そして、ルーナ・ノヴァ様はにんまりと笑った。
その顔は……俺の知っている不遜なルーナ様だった。
「人類の夜明けのため!我らに!銀翼の加護のあらんことを!」
ルーナ・ノヴァ様の言葉と共に、天井がすべて開き、会場はさっきまでとは一変した。
眩しいほどの陽光が、天から会場に降り注いだ。
そして、会場中から割れんばかりの拍手が起こった。
「ルーナ・ノヴァ様、万歳!」
「クレッド、万歳!」
「女王様、万歳!」
会場中から祝福の声が響いた。
その声はいつまでも……いつまでも続いた。
女王様が戴冠し、新たな時代が始まった。
人類の……夜明けの為に進んで行く……そんな時代が始まったようだ。
俺はその言葉を聞いて……考えていた。
人類の夜明け……と、なんでそう言わなかったのだろうか。
まだ暗闇の中にいると……女王様はそう思っているのか?
なにが……女王様には何が見えているのだろうか。
それにしても……礎になる……か。
次の良き時代の為に……自分は捨て石になる。
俺にはそう聞こえてしまった。
人類の繁栄のための礎……。
女王様は冠を付けたまま、玉座に座る。
それと同時に、休む暇もなく来客たちとの謁見が始まった。
まずはサンルーター様と近くにいた女性が、女王様の前に膝を付いて短い挨拶を交わしていた。
サンルーター様の隣の女性に見覚えは無いが……なんかきらきらしたティアラとかつけているのを見るに……多分、奥様なのだろうと思った。
お二人の後は、七星たちが順番に女王様の前に膝を付き、挨拶をしていた。
そのお姿に……迷いは無いように見えた。
その姿をぼんやりとながめながら……言った。
「捨て石の気持ちなら……分かりますよ」
俺はそうつぶやくと、静かに決意した。
もしも、すべてが終わって、俺の命があるのならば……できることをしよう。
何ができるか分からないけども……自分ができることをする。
この国のため……あの若き女王様のため……できる限りのことを……。
なんて、素直にそう思った。
俺も……次のやつらの礎に……なんて、そんなことを考えていると声が聞こえて来た。
「モリー様……」
振り向いて見ると、ここまで案内してくれた老紳士が扉を開けて立っていた。
「あっ、どうも……」
「こちらへ……どうぞ」
「え?ああ、もう俺は終わりで?」
「はい。控室までご案内します」
「控室?」
「はい。この後……質素ではございますが……お食事をご用意しております」
「おお、そりゃあいい。それには俺も参加してもいいんですか?」
「はい。そこは参列者以外も参加できる場ですので問題ございません。ただ……」
「はい……目立つようなことはいたしません……」
「ええ、お気を付けください……」
老紳士はそう言って、冷たく微笑んだ。
目が全然笑っていない……怖いな、この人。
逆らうのは得策じゃないな。
まぁ、逆らう気は無いんだけど。
俺は下の誰にもバレないように、クッションからケツを浮かせた。
それでいそいそとその場から去ろうとした。
その前に……あいつらはどうしているだろうか?
俺はそう思って、下にいるイヅナたちの様子を覗いてみた。
三人は女王様の方を見て、楽しそうにおしゃべりしている。
さっきまでの緊張感は無くなり、キラキラした天井の飾りやステンドグラスを見て、楽しそうにしているのが見えた。
おい……まだ女王様の前なんだぞ?
俺はため息を吐いた。
まぁ……もう大丈夫か。
三人の顔を見て、少しだけ安心したので、俺は老紳士について行き、その場を後にした。
クッションを老紳士に返し、俺は彼と共に再び薄暗い通路を進んで行った。
「素晴らしい式典でしたね」
「ええ、おっしゃるとおりです」
そんな他愛のない会話をしながら、俺たちは控室まで歩いた。
案内された控室は……戴冠式の前に冒険者たちが集まっていたであろう部屋だった。
「ここですか?」
「はい。後々ご友人のお三方もこちらへご案内いたします」
「はぁ……あいつらもですか」
「はい。その後、立食会場までご案内いたします。それまで、こちらで……どうぞごゆっくり……お過ごしください」
「ええ、はい」
「くれぐれも……この部屋からは出ないようにお願いします」
「え?あっ、はい……」
「特に……火のもとにはご用心を……」
「え?あ、はい……もしかして見てました?」
「どうぞ、ごゆっくり……」
老紳士はそう言うと、俺の言葉に返事もせずに部屋を出て行った。
怖いな……あの人……。
なんか問答無用って感じがある。
きっと、俺が粗相をしようものなら……それもまた問答無用ってことになるんだろう。
絶対、粗相しないように……なんて思っていたら……もよおしてきた。
マジの意味で粗相してしまいそうだ。
かといって、こっそり出ていい……わけないな。
俺は扉の前に立ってみる。
そして、誰に言うでもなく、言ってみた。
「あのぉ~……ちょっとぉ、お手洗いなんかに……行きたいなぁって……思うのですが……」
反応は無い。
「あの~!お手洗いにですね?ですから……ダメですかね?」
もちろん、反応は無い。
ダメか。
まぁ……耐えるしかないか。
大人だ、少しくらいは大丈夫だ。
きっと……多分。
まぁ……いろいろ考えてたら、大丈夫だろ!
と、言うことで……雑念を振り払うために、俺はいろいろ考えることにした。
立食会があるらしい。
そこには陛下はいないだろうと思われる。
じゃあ、誰がいるんだろうか?
……参列者以外もいるんだよな?
それってどういう人たちだろう。
記者とか……いるんだろうな。
ギルドの関係者とかも……いるだろう。
じゃあ、冒険者たちもいるのだろうか?
コーマさんとは話ししないといけないな。
あとは……アルガートンも……いるのかな。
それだと気まずいな。
聞きたいことはいっぱいあるのだけども……今日かと言われればなんか違う気がする。
他は……ウーティか。
あとはステラもかな。
あいつは……話しかけたら怒るかな?
知り合いで言えば……ポッポもいるか。
そこらにも挨拶するか……アッコ様にも久しぶりに話しかけてみるかな……。
後は……。
俺は思案する。
まぁ、挨拶すべきはそのあたりだろう。
それがなんていうんだろう……大人の付き合い的な?常識的な……感じだろう。
そう思うのだが……俺の脳裏にふと疑問が過った。
コーマさんは絶対としても……他の人たちはいつでも会えるっちゃ会える。
でも、もしかして……ここでしか会えない人もいるんじゃないか?
そういう人と話をするべきではないだろうか。
例えば……そうだな……冒険者ギルド長とか……。
ガビラスはどこにでもいそうな普通のおじさんだし、なんか頼りなさそうな奴ではあるが、お偉いさんだ。
俺みたいな末端が、おいそれと会える相手じゃない。
どころか、直接会話する機会なんて……今後一生無いかもしれない。
直談判するならここしかないかもしれない。
俺の……ライセンスの剥奪を……撤回してもらえなるチャンスかもしれない。
ほら、恩赦って……あるじゃん?
女王様が戴冠したんで……そのどさくさに紛れて……復帰とか……可能性はあるだろう。
というか、俺なんかがライセンス剝奪されてるとか、復活したとか、そんなことどうでもよすぎることだろう。
ギルドにとっても、世間にとっても……な。
それなら……恩赦をかけてくれるかもしれない。
もしも、ギルド長がいるなら話しかけてみよう。
その価値はありそうだ。
ライセンスがあったとしても、今の俺にはあまり意味がないのだけども……。
持っていないのといるのではできることが違うからな。
可能性は……できるだけ持っておきたい。
そうなると……もっといるよな。
後は……誰だ?
もしも、ギルド長がいるのなら……七星もいることになるだろう。
となると……ヘィルメースとミョルニィールもいるのだろうか。
挨拶すべきだな……王城の人とは関係を持っていた方がいいだろう。
他は……そうだ、校長先生とはお話ししたいな。
あの夢の真相が知りたい。
その真相の……意味が何なのかは分からないけども……。
でも、何かある気がするんだ。
あとは……バレンタインさんもいたな。
あの人にも挨拶しておこう。
あの人もお偉いさんだからな。
お偉いさんってことならやっぱポッポもそうか。
駅長さんみたいな人もいたし……なにかつながりができるかもしれない。
それが良い方に傾くかどうかは分からないけども……会える機会なんてここしかないからな。
なんか……俺、あれだな。
すげー、狡猾な野心家みたいだ。
なんかガラじゃないな。
なんて思っていると、扉の向こうから元気な声が聞こえて来た。
「はい!ご案内いただきありがとうございます!」
「ふふふ……では、こちらで少々お待ちください」
「はい!失礼いたします!」
その直後に扉が開かれ、イヅナたちが部屋に入って来た。
「よぉ」
「あっ!モリー様!いたんですか?!」
「ああ、いるぜ」
俺がそう言うと、レイシーが言った。
「モリー様!なんであんなとこおったん?そんでなんで急に火を付けたんですの?!」
「いや、あれは事故で……」
「どんな事故やねん!」
レイシーがそう言うと、ドクダミちゃんが苦笑いしながら言った。
「あ……あの火に触っちゃったんですね?」
「流石、分かる?」
「え、ええ……慌てていたので……そうかなって……」
「ご名答だ。なんとなく掴んでみたらいきなり火が付いたんだ」
「それで?!どうしてあんなとこにいたんですか?!」
イヅナがそう訊ねてきた。
「ん?なんか……一級手配犯がああいう場にいるのはダメなんだそうだぜ」
俺がそう言うと、三人は表情を曇らせた。
「それでですか?!」
「ま~気持ちはわからんでもないですけどねぇ……」
「で、でも!そんなのあんまりです!も、モリー様は……何にも悪くないのに!」
「ははは……ありがとう。そう言ってくれたら浮かばれるよ。でもさ、まぁそんな嫌でも無かったよ。礼節とか気にしなくてよかったからな、気楽でよかったよ」
俺がそう言うと、三人はそうですか……って感じだった。
納得はしてないけど……って感じだ。
気にしてくれるのは嬉しいけども……。
俺はため息を吐いて言った。
「俺のことはいいさ。で、どうだった?女王様は」
俺がそう訊ねると、イヅナは再び目を輝かせた。
「最高でした!すごいですよ!ルーナ様は!」
「そうか。そりゃいいな。なぁ……その話、聞かせてくれよ」
俺がそう言うと、イヅナは頷いた。
そして俺たちは並んで椅子に座って、目の前にある残り物の茶菓子をつまむことにした。
で、戴冠式のお話をしながら……立食会にお呼ばれするのを待つことにした。




