ブラックとホワイト
「うお?!おい!見ろよ!なんかでっかいのがいるぜー!?」
静かなエントランスに再びでかい声が響いた。
しかも、内容がほぼ同じだ。
なんだ?冒険者ってのは頭の中身が同じなのか?
だとしたら……さっきのあれと同じのがいるの?
勘弁してくれ……これ以上はもう関わりたくない。
そう思って、俺は声を無視することにした。
「お?およよ?反応なし?もしかして置物?なぁ!ハキーム!どう思う?!」
「お坊ちゃん?あまり、他人に対してそういう態度はいけませんぞ?」
軽薄な声と、ため息交じりの声が聞こえて来た。
自由人と苦労人って感じだ。
これもさっきと同じか。
このまま無視してても、いいことなさそうだな……。
俺は覚悟を決めてゆっくりと振り返った。
「およ?!おお!生きてんじゃーん!なに?気が付いてなかった?」
そう言って、白い歯を見せて笑ったのは、若い男だった。
中肉中背で、イケメンというとりもハンサム寄りの顔。
表情に幼さが少し残っているが、顎には立派な髭を蓄えている。
見た感じはどこにでもいるボンボンの若者って感じの印象を受けるが、服の上からでも分かるくらいには筋肉質だ。
そして、ここにいるということは……。
「へへ~ん!ここにいるってことは……あんたも冒険者だろ?」
若者はそう言った。
「ああ、そうだけど……て、ことはあんたも?」
「ああ!そうさ!俺の名前はラルク!よろしくな!」
男はそう言って握手を求めた。
俺はそれに応じ、ラルクと握手をした。
「俺は……モリー。モリー・コウタ。イナホの補助魔術師です」
「おおう!イナホ?変な名前だな!」
「坊ちゃん!」
後ろにいた大男がそう言ってラルクの肩を掴んだ。
「およ?ダメ?」
「変、はいけませんぞ」
「あら~?そう?!でも変じゃん!」
「あのですねぇ……」
大男はそう言ってため息を吐いた。
オリーブ色の肌に、筋骨隆々の鋼のような肉体。
身長は恐らく190cmほど。
頭は完全につるっぱげで……。
その煮卵のような禿げ頭には、でかい十字傷があり、顔面だけで歴戦の貫録を醸し出している。
どうみてもただ者じゃない。
そんな男が立っていた。
大男は、俺の視線に気が付いたのか、申し訳なさそうに会釈をした。
「ああ!紹介しとくよ!こいつ、ハキーム。俺のお付き!子供のころからさ、ずっと後ろをついてくるんだ!そんで、ずっと、がみがみ言ってくるうるさいおっさん!」
「坊ちゃん……?」
「なはははは……冗談!冗談!怖い顔しないでよ~!」
ハキームに睨まれてラルクは苦笑いしていた。
なんか……底抜けに明るい奴だな、こいつは。
そんなことを考えていると、二人が出て来た奥の扉が再び開いた。
「あ!ラッシュ君!おまたせ~!」
扉の向こうから二人の女性が現れた。
ひとりは真っ白なドレスに金髪が眩しい、かわいらしい女性。
もうひとりは、背の高い美人で、真っ黒でスリットの入ったスレンダーなドレスを着ていた。
その黒いドレスを着ている人には……見覚えがあった。
「おお!アイリスちゃーん!すげーかわいいくなってんじゃーん!」
ラルクは白いドレスを着た女性にそう言うと、腕を広げて近づいて行った。
白いドレスの女性はニコニコしながら、嬉しそうにしていた。
だが、その後ろにいる黒いドレスを着た女性は険しい顔でラルクを睨んでいた。
そして、ラルクが近づくと、長い腕を伸ばしてラルクの頭を抑えた。
「おい。気安く近づくんじゃないよ、クソヤロウ」
「おい……なんで邪魔すんだよ!ハグくらいいいだろ?!」
「私の天使に、汚い手で触れようとするんじゃないよ。ゴミヤロウ」
「ああ!?アイリスちゃんは俺の天使だ!」
「私のだよ。馬鹿野郎」
そう言って、二人は火花を散らしていた。
その間に挟まれて、アイリスと呼ばれた女性は困ったように笑っていた。
その様子を見て、ハキームは頭を抱えてため息を吐いていた。
「あらら?そこにいらっしゃるのはどちら様ですか?」
アイリスが俺に気が付いて、そう言った。
すると、みんな俺の方を見た。
「おお!そうだ!あいつは……えっと……なんか変な名前の冒険者PTの補助魔術師だってさ!」
ラルクがそう言うと、黒いドレスの女性が眉をひそめた。
「あ?あんた……モリー?」
「ええ、そうです。どうも、お久しぶりです……ジーナスさん」
俺がそう言って、お辞儀をすると、ジーナスさんは、ああーと言っていた。
俺のことを覚えていてくれていたようだ。
「ああ、ずいぶん久しぶりだね。へぇ……あんた生きてたの?」
「ええ、おかげさまで、なんとか……」
「ふ~ん、あの騒がしいお嬢ちゃんたちは?」
「あいつらも……相変わらずです……」
俺がそう言うと、ジーナスさんはにやりと笑った。
「あ?何?!知り合いなのか?ブラック」
ラルクが意外そうにそう言った。
「まぁね。ていうか、前話しただろ?北部魔界のさ……て、あんたはどうせ覚えてないんだろうけどさ……」
「ああ?!なめてるんか?!覚えてるよ!あんま馬鹿にすんなよ!あ~と?北部魔界?」
「そう。北部魔界」
「ああ~!あの一年前の奴!?覚えてる覚えてる!」
「夏の話だよ」
「え?ああ、そっか!ああ!そっちね!ああ~……っとぉ……なんだっけ?」
ラルクがそう言うと、ジーナスさんは蔑んだ目をして、嘲笑した。
「はっ……やっぱね」
「いや!覚えてるから!ちょっと待って!ええっと……でかさで教えて!でかさで!」
「はぁ……またそれ?まったく、なんなのさ、そのでかさってやつ……」
「わかるだろ!いつもの!ほら!でかさならわかるから!」
ラルクがそう言うと、ジーナスさんは舌打ちをした。
「ああ……巨木級?」
「おお~巨木!?ああ!キングデスウサギ?!北部魔界ってあれな!お前が武闘会に出た後に、アルガートンと一緒したってやつな!」
「あ~きっしょ。マジでそれで分かんだね」
「あたぼうよ!でかさがすべて!だって、そうだろ?!なにせ俺たちは……」
ラルクはそう言って、ぐっと拳を握った。
それを見てジーナスさんは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
アイリスはにこにこしたまま、ラルクと同じように拳をぐっと握った。
ハキームも気乗りはしていないようだが拳を握った。
そして……。
「いくぜ!せーの!叫べ!」
ラルクがそう音頭を取る。
すると、ラルクとアイリスとハキームの三人は同時に拳を突き上げた。
そして、叫んだ。
「タイターン!」
「いよっしゃあ!決まった!」
ラルクは満足げにそう言うと、アイリスとハイタッチをして喜んでいた。
それを見て、ジーナスさんは呆れたようにため息を吐いていた。
「おい!ブラック!はぁ~じゃねぇよ!なんで叫ばないんだよ!」
「そんなガキっぽいことできるか。馬鹿」
「はぁ~?!かっこいいだろ?!なぁ?!アイリスちゃん?!」
話を振られて、アイリスは首を傾げた。
「ん~?どうかなぁ?」
「ええ?!だめぇ?!」
「かっこいいとか……そういうのは私にはわかんないなぁ……でも、楽しいよ!」
「おお!そうだよね!楽しい!それっていいよね!」
「うん!なんか……元気になるかも!」
「さ~すが!アイリスちゃん!分かってる!」
「うん!わかっちゃってる~!」
そう言って、二人は楽しそうに小躍りしていた。
踊っているラルクの姿を、ジーナスさんは怖い顔して睨んでいた。
ハキームはすべてを諦めたように腕を組んで目をつぶっていた。
なんか……仲いいなぁ……。
叫んでいた名前はタイターン。
それはジーナスさんが所属してるAランク10位の冒険者PTの名前だ。
タイターンはその名の通り、巨大な魔物を専門とする冒険者だ。
俺たちは北部魔界で、木々よりでかいキングデスウサギに遭遇した。
そいつと出会ったのは未知の魔物と戦った後だったから俺たちはみな満身創痍で……。
あいつが高く跳ねて、踏みつぶされかけた時……俺はマジで死を覚悟した。
そこに颯爽と現れて、俺を命の危機から助けてくれたのが……ここにいるジーナス・ブラックさんだった。
文字通り、俺の命の恩人だ。
俺はジーナスさんの方へ歩いていった。
そして、深くお辞儀をした。
「ジーナスさん……あの時は本当に助かりました。ありがとうございました」
俺がお礼を言うと、ジーナスさんはきょとんとしていた。
だが、すぐにふっと笑って、言った。
「あんた、聞いたよ?やばい魔物から仲間を守ったんだってね?」
「え?そんなことを誰から?」
「ステラから聞いた」
「え?」
「あの後、ステラがそう言ってたよ」
そう言えば……俺たちが帰った後、この人はアルガートンたちと一緒にデスウサギ狩りをしてたんだったな。
その時にそんな話をしてたのか……。
「そんな話を……」
「ただ転がってるだけの雑魚かと思ってたけど……見直したよ。あんた、けっこう男気あるじゃん」
「あ、ありがとうございます……」
こんなにまっすぐ褒められるとは思ってなかったので、なんか恥ずかしかった。
「ほえ~……ブラックが認めるなんて……こいつすげーの?」
ラルクがそう訊ねた。
「ま、あんたよりかね」
ジーナスさんがそう言うと、ラルクが俺の方を見た。
「ふぅん……?なぁ、あんた……なんだっけ?名前」
「え?あー……モリーです」
「おう!そうだ!モリー!覚えたぜ!クマ級のモリー!」
「クマ……級?」
「でかさがさ!立った熊と同じくらいじゃん?でも、ただの熊じゃ面白くないな!灰色熊の方がいいか!グリズリーのモリー!」
「グリズリー……」
まぁ、正直、何度か似てると言われた経験はあるけども……。
「よぉし!モリー!イナホのモリー!気に入った!改めて名乗るぜ!俺たちはタイターン!Aランク10位のタイターンだ!」
「はい、存じ上げてます」
「うう!!やるぅ!流石だね!グリズリー!」
「ははは……どうも……」
「そんじゃもう一つ覚えといてくれ!俺がチームの司令塔兼リーダー!名前はラルク・ラッシュ!改めてよろしくな!」
ラルクはそう言うと、再び俺に握手を求めた。
俺はそれを受けて、固く握手をした。
握手をしていると、ぬっとハキームが隣に立った。
それを見て、ラルクが言った。
「こいつはハキーム・センチネル。前衛のドンパチ担当!」
「よろしくおねがいします。モリー様」
ハキームはそう言って、握手を求めた。
俺はそれにも応え、ハキームと握手をした。
「で、後ろにいるのが同じくドンパチ担当2のジーナス・ブラック!」
「まとめんじゃないよ。私が最強のドンパチ担当。よろしく、モリー」
ジーナスさんはそう言って、ひらひらと手を振った。
俺はジーナスさんに会釈した。
「それで……!ここにいる世界一のかわいこちゃんが……俺たちの命綱にして、癒しの天使のアイリスちゃんで~す!」
ラルクは膝を付いて、一番可憐な女性をそう紹介した。
「どうも~!アイリス・ホワイト、補助魔術師で~す!同じ補助魔術師なので、仲良くしてくださいね~?」
アイリスはそう言うと、すっと綺麗な手を差し出した。
俺は、お辞儀をしてアイリスと握手をした。
タイターンの四人と挨拶を交わすと、階段の上からメイドがタイターンの四人のことを呼んだ。
「おっと?お迎えだ!よぉし!行くぜ!戴冠式!」
ラルクはそう言うと、すっと立ち上がった。
「じゃあな、モリー!またどっかで!」
ラルクはそう言うと、さっと階段の方へ歩いて行った。
「ごきげんよう、モリー様」
ハキームはびしっとしたお辞儀をして、ラルクの後ろについて行った。
「さようなら~!またね~」
アイリスは両手をひらひら振って、ステップを踏むように歩いて行った。
「ま……次、会う時まで生きてなよ」
ジーナスさんはそう言うと、俺の肩をポンと叩いた。
タイターンの四人はそう言って、階段をのぼっていった。
去り行く四人に俺は会釈をすると、言った。
「ジーナスさん……ほんとありがとうございました。シイナさんにもよろしく言っておいてください」
俺がそう言うと、ジーナスさんはぴたりと立ち止まった。
そして、ゆっくりこっちを振り向いて、言った。
「あ?誰だって?」
「シイナさんです」
「シ……なんで……?あんた……どこでその名前を?」
「あれ?聞いてません?えっと……実は俺、冒険で大怪我をしまして……で、今、通院中でして……」
「は?じゃあ、病院で会ったってこと?」
「ええ、はい」
俺がそう言うと、ジーナスさんは怒ってるのか、困ってるのか、複雑な表情をしていた。
そして、何かを言おうとしていたけども、階上のメイドが急かすものだから、諦めてため息を吐いた。
「ま、会ったらね……」
ジーナスさんはそうとだけ言うと、階段をのぼって行った。
あれ……聞いちゃダメだったかな?
なんて、思いながら俺はタイターンの四人を見送った。
タイターンの四人が去り、静かなエントランスでしばらくぼんやりしていたら……再び扉が開いた。
「お待たせいたしましたー!」
扉の向こうからお色直しを済ませた三人と案内人のココアさんが出て来た。
お色直しが終わった三人は、見違えるくらい綺麗になっていた。
服の皺は伸ばされ、髪はふわりと巻かれ、顔にはうっすらと化粧がされて、いつもと違ってすごく大人びて見えた。
「おお……ま……」
馬子にも衣裳だ、なんて……言いかけたけども、俺は言葉を飲み込んだ。
今日くらいは、茶化すのはやめておこう。
「見違えたな……まるでお姫様みたいじゃないか」
俺がそう言うと、イヅナはにやりと笑った。
「モリー様!今、野暮なこと言おうとしたでしょう?!」
「そんなことないよ」
「ふ~ん?ま!許して差し上げましょう!少しは空気が読めるようになったようですからね!」
「ありがたき幸せ」
「ふふ、成長してますね!いいことですよ!ということでですね!さ、もっと褒めてください!」
イヅナがそう言うもんだから、俺は思いつくまま三人を褒めた。
イヅナは褒める度にどんどん調子づいているのが見えて面白かった。
鼻が伸びまくっていたし、胸を張りすぎて背中が三日月のように反っていた。
レイシーは褒められ慣れてないのか、褒めてるのに、反応が薄く、ずっとバツが悪そうにしていた。
ドクダミちゃんは褒められ慣れているのか、にこやかな表情をしていた。
そして、一通り褒め終わると、ぺこりと丁寧にお辞儀をしてくれた。
「はい!ご歓談中申し訳ないのですが!そろそろお時間ですのでね!」
メイドのココアさんが言った。
「では!皆様にはこれより女王様の戴冠式にご参加いただきます!お席まではわたくしがご案内いたします!」
「はい!よろしくお願いいたします!」
イヅナがお辞儀をしてそう言った。
「ふふふ、ご丁寧にありがとうございます!これから皆様を王座の間にご案内するのですが……先に一つだけ注意がございます!」
ココアさんは言った。
「お席にご案内後は、そこから動くことは許されておりません。防犯上のこととご理解ください。ですので、お手洗いなどありましたら、今、お申し付けください」
「はい!大丈夫です!準備はできております!」
「左様にございますか!では、ご案内いたします!」
ココアさんは三人にそう言うと、こつこつと歩き始めた。
俺たちはココアさんについて行こうとした。
その瞬間、ココアさんが俺の方を振り向いて言った。
「あっ!申し訳ございません!モリー様はみなさまとは別席となっております!」
「え?別席?」
「はい!イヅナ様!レイリシア様!ドクダミ様はご友人席へのご案内となっておりますので!」
「はぁ……では、俺は何席に?」
「案内の者が来ますので、もう少々ここでお待ちください!」
「え?あ、はぁ……」
ココアさんはそういうと三人に向かって言った。
「では、行きましょう!こちらへどうぞ!」
「は~い!よろしくお願いします!」
三人はそう言うと、ココアさんに案内されて奥の方へ進んで行った。
「お先です!モリー様!いい子でいるんですよ~!」
イヅナはにやにやしながらそう言った。
「こっちの台詞だ。おい、何があっても席から動くなよ」
俺がそう言うと、イヅナは、はぁ~いと返事をした。
「ほな。行ってきますわぁ……」
レイシーは元気が無さそうだった。
「しゃきっとしろ。ドクダミちゃんの従者らしくな」
俺がそう言うと、レイシーは眉をしかめて言った。
「言われんでもわかってます!」
レイシーはそう言うと、べっと舌を出した。
そして、ぷいっと顔を背けた。
その顔はさっきまでのだらっとした顔はどこへやら、きりっとした表情になっていた。
いい顔になったじゃないか。
あいつも……一応、矜持がある。
従者として、ドクダミちゃんに恥をかかすわけにはいかないからな。
「も、モリー様……」
「ドクダミちゃん……イヅナを頼んだ」
「は、はい!でも……モリー様がいないのは心細いです」
「ははは……ありがとう。こんな機会……もうないだろうから、楽しんできてくれ」
「は、はい!モリー様も!」
「ああ、じゃあ、また後で」
「ええ!また……」
ドクダミちゃんはそう言うと、小さく手を振った。
そして、三人はココアさんに連れられて、そのまま階段の横にある扉の奥に進んで行った。
俺は再び静かなエントランスに、一人取り残された。




