天上の音楽とカサブランカの道
ラッパの音が晴天に響いている。
まるで天上から音楽が降り注いでいるかのようだ。
煤と油のにおいが染みついた、このビーガー通り。
しかし、今日はまるで生まれ変わったかのようだ。
通りに面した家々には色とりどりの花が飾られ、無骨な鉄の骨格で出来たオブジェが家の屋根伝いにアーチを描いている。
そのオブジェは、いろんな形をしており、龍や木を模していて、色紙や花や風車の装飾がなされていた。
いつものような黒煙と油の臭いは全くしない。
暗く、淀んだ雰囲気も無い。
こんな姿を見るのは……10年以上ここで過ごしてきて初めてだ。
やればできるんだな……この通りの奴らも……。
なんてことを思いながら、美しくなったビーガー通りを眺める。
通りは美しくなり、天上の音が響き渡っていて……その音に誘われるかのように、大勢の人が通りを歩いていた。
固まってしゃべりながら、陽気に歩く若者の集団。
最後にいつ着たのかも分からないくらい、年季の入ったドレスを着た老夫婦。
仲睦まじげに手をつないで歩く親子。
花の冠を付けた女の子たち。
そのみんなが中央に向かって歩いていた。
長年住んでいるが……こんな朝早くに、こんなに人が歩いているのは初めて見た。
家々の軒先ではくたびれた男たちがテーブルを囲んで朝の空の下、既に酒を飲んでいた。
いつもはぽつぽつとしか人がいない、中央に向かう馬車の停留所にも長蛇の列ができている。
こういうのを見ると実感する。
ああ、この日がついにやってきたのだ。
今日はこの国で一番の良き日だ。
そして、明日からはお祭りが始まる。
長い長い……祝福の祭りが続くのだ。
そして……それは……俺にとっては勝負の日になるってことだ。
命を懸けた勝負の日……。
宿敵、ジョン・スミスに迫るのだ。
その先に何があるかは分からない。
国を揺るがすような闇につながる可能性もある。
相手はそういう奴だ。
命の保証なんてものはない。
だからこそ……俺がやらなきゃ……。
そんなことを考えていると、子供たちがぶつかるみたいにして窓に飛び掛かった。
「うわぁ……きれい!」
キラキラに飾られた通りを見て、子供たちが瞳を輝かせている。
その顔を見て、自分が怖い表情になっているのに気が付いた。
落ち着け、馬鹿。
闇に迫るのは明日の話だ。
今は……今日は違う。
今日はめでたき日だ。
暗いことを考えるのはやめよう。
俺はそう思って、ため息を吐いた。
そしてはしゃいでいる子供たち越しに外を眺めた。
子供たちは客車の窓から顔を出して、通りのあちこちを眺めている。
通りを見る子供たちの姿を、通りを歩くみんなが見ていた。
驚いている人もいれば、首をかしげて怪訝そうな顔をする人もいた。
俺は頬杖をついて、ため息を吐いた。
なぁ……あまり目立たないでくれ……。
ここはビーガー通り。
いい大人ばかりじゃないんだぞ?なんて思った。
けど、どう注意しても、この子たちはどうしても目立つらしい。
もう少し御淑やかになってはくれないものかなとも思うのだが……。
だけども、こいつらはこうやって目立って、おせっかいをかけて、味方を作って来たのだ。
ルビィさんもそうだったし、俺もそうだ。
この騒がしさが……いいところなんだ。
そりゃあ分かってはいるんだけどなぁ……。
「うおー!あの形かっこええー!」
「ほんとだー!あれほしい!」
イヅナとレイシーがでかい声を出してはしゃぐ。
通りの人たちが、それをみて笑っている。
ううむ……困ったもんだね、全く。
俺は苦笑いして、頭をかいた。
その時、誰かが俺の名前を呼んだのが聞こえた。
あれ、モリーじゃないか?
街を歩く人の中に、俺に気がつく人もいるようだ。
俺は咄嗟に顔を伏せ聞き耳を立てる。
おお、ほんとだモリーだ。あのでかさは間違いない。
いい馬車に乗って……あいつ出世したな。
ああ、あいつもやるじゃねぇか。
なんて、声が聞こえてくる。
まさか、人生でこんな日が来るとは……。
褒められることなんておおよそなかった人生だったもんで、認められると、どうしていいか分からない。
俺は困惑して、思わず窓から顔を背けた。
「モリー様!有名人じゃないですか!て、何を照れてるんですか?!」
イヅナが俺の方を見てそう言った。
「いや……こんな感じで目立つのは苦手なんだ」
「そんなでかい図体して、何をいうとるんですか?!みんな噂してますよ!ほら!手を振ったるくらいしてもええんちゃいます?!」
レイシーがそう言ったが俺は首を横に振った。
「も、モリー様!今日くらいは手を振ってみてもいいんじゃないですか?」
ドクダミちゃんがそう言った。
そういう風に言われたら……そうかもしれないとも思った。
けども、いや……これは流石にきついな。
「いや、無理だ。勘弁してくれ」
俺がそう言うと、イヅナは不満そうな顔をした。
「期待されてるんですから!応えるのも、有名人の役目です!」
「ほんまやで!」
「そ、そうですよ!モリー様、胸を張ってください!」
子供たちはそう言うと、俺を窓の方へ引っ張った。
「それだけは勘弁……まじでやめてくれ……!」
俺はそう言って、必死に抵抗した。
その姿を……通りの人たちは笑いながら見ていた。
ビーガー通りの入り口には古びたアーチがある。
それがビーガー通りの玄関だ。
そこにいつもはいない兵士が何人か立っていた。
どうやら中央に向かう人々や馬車の交通整理をしているようだった。
もちろん、交通の混乱を避けるという目的もあるだろうが……賊が紛れていないかってのも見ているのだろうと思われた。
それを察して、俺は少しだけ緊張した。
イヅナたちは冗談でよく言うのだが……まだ俺が一級手配犯だと思ってる人がけっこういる気がしている。
中央を歩いてるとき、何人か俺を睨んでくる奴がいた。
きっと、怪しまれていたんだと思う。
自意識過剰かもしれないが……それくらいじゃないと危険な身ではある。
ビーガーのアーチ近くは馬車が二台すれ違えるくらいの広さしかない。
そこにいる5人の兵士が各々人間や馬車や荷物の検閲を行っていた。
俺は……兵士に見つからないように顔を隠す。
馬車は一列に並んで何台か順番待ちをしていたが、クモ爺さんはそのまま、まっすぐ待っている列の横を進んで行った。
そして、馬車はゆっくりと兵士に近づいていく。
兵士たちは厳しい顔で仕事をしていたが、クモ爺さんの顔を見ると、ビシッと敬礼をした。
クモ爺さんはハットを持ち上げて兵士たちにお辞儀をした。
馬車はそのまま他の馬車を差し置いてアーチをくぐって進んで行った。
「おお!すげー!顔パスや!」
兵士たちの前を通り過ぎると、レイシーがそう言った。
「超特別扱いだね!」
「ま~そりゃそうでしょ!なにせ、私らは女王様の招待を受けてるんやからね!」
「そうだね!みなのもの!道を開けよー!」
「お!いいねぇ!イヅナちゃん!ぽいよ!ぽい!」
「でしょ?!ひかえおろ~!」
レイシーとイヅナがわちゃわちゃしていた。
「おい、やめろ。流石に不敬だぞ。冗談でも聞かれたらやばいからな?」
俺はそう言ってため息を吐いた。
「え~?別に馬鹿にしてるわけじゃないですよ?!気にしすぎじゃないですか?!」
「そうか?だいぶグレーなものまねだったぞ?それに受け取り方は人次第だからな。ほら見ろよ」
俺は窓の外を指さした。
そこには道に止まっている無骨な馬車と近くで何か話をしている兵士の姿がいた。
「お硬そうな兵隊さんがそこら辺にいるだろ?冗談が好きそうには見えないぜ?」
「確かに……つまんなそうな人たちですね!」
「おい……聞こえるだろ」
「心配性だなぁ~!馬の足音で聞こえませんよ!大丈夫ですよ!」
「壁に耳ありっていうだろ?誰が聞いてるか分かんないんだからさ。今日くらいは御淑やかにしてなさい」
俺がそう言うと、子供たちは、は~いと返事した。
そして、三人はお行儀よく椅子に座った。
「おなかすきました」
「大人しくなったと思ったらすぐそれか」
俺は頭を抱えて、ため息を吐いた。
馬車は進み、中央まで到着した。
中央は人でごった返していた。
ここを歩いていたと思うと、ぞっとするくらいの人だ。
しかし、まるで天から垂らされた蜘蛛の糸のように、一本だけ道が綺麗に空いていた。
そこは馬車道になっているようで、俺たちのような要人や、荷物を運ぶ馬車などが行き来していた。
ここでも兵士たちが人々の交通を管理していて、もちろん俺たちは顔パスで通された。
「うわー!……うん。すごい!」
「う~ん……すごい!」
「す、すごいねぇ……」
三人は外の景色を見て、そう言うと、俺の方を睨んだ。
「なに?」
「つまんないです!御淑やか!」
「あのだなぁ……分かってんのか?今日、招待されてんのは、俺たちだけじゃないんだぞ?国中のすげーお偉いさんたちもくるんだぞ?」
「馬車の中くらいいじゃないですか!」
「もう来賓の方たちの馬車が近くにいるんだぞ?前にいるのだって……もしかしたらギルドのお偉さんだったりするかもなんだから……」
「もう冒険者じゃないんだから!そんなのどうでもいいじゃないですか!」
「ん?まぁ、そうだけども……」
「もう!モリー様は心配しすぎですよ!」
「しすぎかな?」
「そうですよ。だいたい向こうの馬車なんて形くらいしか見えないじゃないですか!」
イヅナがそう言った。
確かに、正面についている小窓から覗くと、大きなクモ爺さんの背中が見える。
その向こうに、馬車の姿が微かに見える。
「……まぁ、中までは見えないな」
「音も全く聞こえません!」
「まぁなぁ……でも、おまえら声でかいからな」
「もう!まるで私たちが馬鹿みたいにうるさいみたいに言って!」
「うるさいだろ。ドクダミちゃん以外」
「私たちそんながさつじゃありません!」
「がさつだろ。ドクダミちゃん以外」
「もう!ドクダミちゃんだけ特別扱いしないでください!」
「特別扱いじゃなくって、事実だ」
「もう!このいじっぱりのわからずや!」
イヅナはそう言って、頬を膨らませていた。
「にしても……前の馬車って誰が乗っとるんですかねぇ……」
レイシーがつまんなそうにあくびしながらそう言った。
騒げないのがそんなに退屈かね?
だが、まぁ……言ってることは確かに気になることではある。
「見た感じ……俺たちのと似てるな。冒険者なのかもな」
「冒険者……もしかしてアル様やったりせぇへんかなぁ……?」
「あーそういえばあいつらも招待されてるんだっけか?なら、もしかしたらあり得るかもな」
俺がそう言うと、イヅナが前のめりになった。
「アル様?!アル様があそこにいるんですか?!」
イヅナは椅子から立ち上がり、対面に座る俺の背後にある小窓に顔を近づけた。
馬車から飛び出しそうな勢いだったので、俺はイヅナを掴んで止めた。
「おい!かもしれないってだけだからな!?」
「うん?!じゃあ……いないかもしれないんですか?!」
「いないかもじゃなくって……十中八九いないから!」
「え~?そうなんですか?!会いたいのに……」
「会場に行けば会えるだろ」
「ん?!そうですよね?!」
「ああ、会えるよ。きっと……」
そう言って、ふと思った。
会える?
そうか、奴も来るんだから……そりゃあそうだよな?
当然いるんだから会えるよな?
話せる?のか?
もしかして……そうなのか?
わからんが、立食パーティ的な奴もあるだろうし……話そうと思えばできるのか?
そう思うと、急に……なんか緊張してきた。
「アル様……お話ししたいなぁ……」
イヅナがそう言った。
また、ふと考えたみた。
イヅナとアルガートンが話したら……どうなるんだ?
なんかお互い変な話をしそうだな……なんて、思った。
「お話できるといいな……」
俺がそう言うと、イヅナが言った。
「モリー様は何を話すんですか?!」
「え?おれ?俺は……そうだな。クビになった理由でも聞こうかな」
俺はそう言って、自嘲気味に笑った。
冗談っぽく言ったのだけども、その言葉を聞いてレイシーとドクダミちゃんがこっちを見た。
イヅナも、急に静かになって、じっと俺の顔を見つめて来た。
「な、なんだよ……」
「それ私も聞きたいです」
「はぁ?なんだよ、冗談だよ」
俺がそう言うとレイシーが言った。
「でも、聞きたいよねぇ?なぁ?ドクダミちゃん?」
「う、うん……そうだね。気になるかも」
「お前らね……」
「私が聞きましょうか?」
「いやいや!いい、いい!余計なことするな!」
俺がそう言うと、三人は不敵に微笑んだ。
ふふふ、ふふふ、と笑う三人は不気味だった。
まるで俺の本心を見抜いているかのようなその顔を見ると嫌な予感しかしなかった。
「いやぁ……勘弁してくれ……」
俺は急に家に帰りたくって仕方なくなってしまった。
馬車は進む。
速度はゆっくり、歩くような速さだが……確実に進んで行く。
中央の広場を越え、王城通りに……。
その通りに入ってすぐに見覚えのある家の前を通過した。
その家の庭で一人のメイドが掃除をしているのが見えた。
「おーい!シルアさーん!」
「う~い!おつかれさ~ん!」
「し、シルアさーん!」
子供たちが窓から乗り出して、シルアさんに手を振った。
シルアさんはいつも通り少し呆れたような笑顔で手を振り返してくれた。
三人の隙間から、顔を出して俺も手を振る。
シルアさんはすっと姿勢を正すと、メイドのお手本のような綺麗なお辞儀をした。
家の前を通過して……馬車はまだ進む。
王城まで続く道に入ると、そこは別世界だった。
壁も街灯も、すべてが白い花で飾られていた。
あれは本物の真っ白い花で、造花なんかじゃない。
それをこんなに……いっぱい……。
家のテラスにもすべて白い花が飾られていて、そこにテーブルを出してワインを飲んでいる人たちがいた。
優雅な家族ってのを絵に描いた感じだ。
その家の子供たちが、馬車が道を通ると、籠に入った花びらをばらまいていた。
宙から降り注ぐ花びらの雨を見て、俺たちは感嘆した。
「うわぁ!きれーい!」
子供たちは飾られた道を見て目を輝かせていた。
「目の前が全部真っ白だ!」
「すげー!ええ匂い!ねぇ?あの花ってなんなん?」
「か、カサブランカ……高貴な花だよ」
俺はそれを見て言った。
「これは……まさか……クモ爺さん?」
「ええ、そうです……今日の為に我々が準備をしました。壮観でしょう?」
クモ爺さんは声を震わせながら言った。
「今日この日に……皆さんとこの景色を見れるなんて……」
クモ爺さんはそう言うと、目頭を押さえていた。
俺たちは美しく彩られた街に完全に目を奪われてしまった。
まるで夢の中のような景色を見ながら、
いよいよ王城まで到達した。
「お待たせしました。到着いたしました」
馬車を停め、クモ爺さんが扉を開いてそう言った。
そして、紳士的に手を差し伸べた。
「ありがとうございます!」
三人は順番のクモ爺さんの手をとって、優雅に、御淑やかに馬車から降りて行った。
最後に、俺が降りた。
クモ爺さんは俺にも手を差し出したけども、流石に危ないだろうと思って気持ちだけ頂くことにした。
馬車を降りて、俺たちは改めて、クモ爺さんに頭を下げた。
「ありがとうございました!」
俺たちがそう言うと、クモ爺さんは順番に俺たちとハグをした。
「言葉がでてきません……今日この日に皆さんをここまで連れてこられたこと。私は今日、人生の意味を知りました。我が人生に悔いはありません」
「大袈裟ですよ!まだまだ!良いことはこれからもいっぱいあります!」
イヅナは言った。
「ええ、そうですとも!今日から新しい時代が始まるのですから!」
イヅナの言葉を聞いて俺は深く頷いた。
全くその通りだ。
だって今日は……新しい女王様の誕生の日なのだから。
「そうですね……おっしゃる通りだ……」
クモ爺さんは目頭を押さえて、言った。
「いかんですね。歳を取るとどうしても……」
クモ爺さんはそう言って、顔を伏せてしまった。
「クモ爺さん……」
俺はクモ爺さんの肩を抱いた。
子供たちもクモ爺さんの手を握った。
「行ってきます……また、帰りもお願いしますね?」
「はい……このクラウディアス……何に代えても、その使命を全ういたします」
クモ爺さんはそう言ってくれた。
俺たちはクモ爺さんに礼を言った。
「いやぁ……感動的ですわ……」
鼻声で、誰かがそう言った。
え?と思って見てみると、そこにはハンカチで涙をぬぐうメイドが一人立っていた。
「あっ……ずみません!」
メイドはそう言うとハンカチで鼻をかんだ。
「えっと……皆様、本日はお越しいただきありがとうございます。私、皆様をご案内致します、フーブルと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
メイドは鼻声でそう言うと、深くお辞儀をした。
「あっどうも……」
「では!招待状を確認させていただいてもよろしいでしょうか?!」
「あっ、はい。これです」
俺たちはそれぞれ持ってきた招待状をメイドに見せた。
「ありがとうございます。お待ちしておりました、イナホの皆様!主様がお待ちです!どうぞこちらへ!」
メイドはそう言うと、王城に向かって歩き始めた。
「それじゃあ……クモお爺さん!また後で!」
「泣きすぎて倒れんようにね!」
「じゃ、じゃあ……行ってきます!」
子供たちがそう言うと、クモ爺さんは潤んで瞳を向けて言った。
「どうぞ……楽しんできてください。モリーさんも……」
「ええ、ありがとうございます。行ってきます」
俺はそう言って、案内役のメイドについて歩き始めた。
そして、俺たちはついに……戴冠式の会場である王城に入って行った。




