ランデル
「やっぱり断られましたね!」
イヅナがやれやれって感じでそう言った。
「ああ……そうだな」
俺はそう言って、ため息を吐いた。
そうだな。
こうなったら仕方ない。
諦めが……ついた。
いや、受け入れることができたって感じかな。
なんにせよ、なんだか全部……すっきりした。
「モリー……ありがとうね」
ドーソンさんはそう言った。
「いえ……はい……」
ドーソンさんに、こんなふうに感謝されたのは初めてかもしれない。
それだけで……価値があったじゃないか。
俺はそう思った。
「はい!というわけで、ですね……モリー様!邪魔!」
イヅナが俺を強引に押しのけた。
「ドーソンさん!時間が無いので、かいつまんで冒険の話をします!聞いてください!」
「ああ、聞かせとくれ」
そうして、イヅナは押し売りみたいな冒険の話を始めた。
その場にいるみんながそれを聞いていた。
イヅナはいつも通り、自分をものすごく大きく語る。
俺たちが出会ったクラーケンのでかさは島を包み込むほどのものになっていたし、悪魔ともかなりいい感じに戦ったことになっていた。
ほんとは寝てただけなのにな、こいつは。
ドーソンさんは全部承知の上で、ニコニコしながらイヅナの話を聞いていた。
その光景は……なんていうか平和で……。
そして不思議と、とても楽しい時間だった。
世の中には真理って奴があって、得てしてそれは忘れていたり、調子が良い時に限ってやってくる。
まぁ、つまりは楽しい時間はあっという間だってことだ。
病室の扉を看護婦がノックした。
そして、返事も聞かずに看護婦は扉を開けて、言った。
「すみません、みなさま……そろそろお時間です」
「ええ?!もうですか?!」
イヅナがそう言うと、看護婦は申し訳なさそうに頷いた。
「ううう……ドーソンさん……」
「残念だね……」
「あの!また来ますから!まだお話ししたいことがいっぱいあるんです!」
「……ああ、またおいで」
「はい!それまで……ゆっくり休んで、元気になってくださいね?」
イヅナがそう言うと、ドーソンさんはゆっくりと頷いた。
「最後に……三人とも……もう一度顔を見せておくれ」
ドーソンさんがそう言うと、イヅナとレイシーとドクダミちゃんは、ベッドの前に並んで立った。
ドーソンさんは三人の顔をじっと見つめて……そして、深く息を吐いた。
「ほんとうに……大きくなったね……」
「はい!ドーソンさんのおかげです!」
「ほんまにね!」
「ドーソンさん……あ、ありがとうございました……」
三人はそう言って、お辞儀をした。
「行きましょうか」
ステラが静かにそう言った。
「さようなら、ドーソンさん。楽しかったですわ」
「ああ、私も……みんな来てくれてありがとうね」
ドーソンさんはそう言って、にこっと笑った。
俺たちはドーソンさんにさようならを言うと、ひとりずつ病室から出て行った。
ステラ、ルビィさん、ポッポ、ドクダミちゃんとレイシーとイヅナ。
それぞれがドーソンさんに手を振ったり、お辞儀をして、去って行った。
最後に俺だけが残った。
「……あの」
「さっさと行け。まだやることがあるんだろ?」
「はい……。あ、あの……ド、ドーソンさん……」
俺は深く頭を下げて……言った。
「長い間、お世話になりました……」
俺がそう言うと、ドーソンさんはため息を吐いた。
「ほんとにね……手のかかる奴だったよ。ま、達者でな」
「は、はい……」
「モリー……」
「はい」
「きっちりやんなよ。あの子たちにはあんたしかいないんだ」
「はい」
「あんたならできるよ」
「……はい」
「じゃあ……」
「はい……」
「またね」
「え?」
「ん?なんだい?あんたまさか私がもう死んだとでも思ってるのかい?」
「い、いえ!そんな!」
「ふん!あほうが……勝手に殺すんじゃないよ」
「すみません」
「もう、お行き。モリー」
「はい……行ってきます」
「ちゃんと帰っておいでよ」
「はい……はい!」
俺はできるだけ器用に笑ってそう言った。
ドーソンさんに別れを告げて、病室から出ると、看護婦は足早に出口まで俺たちを案内した。
看護婦に案内されて俺たちは裏口までやってくると、看護婦は言った。
「この先が厩舎になっています。本日はお疲れさまでした。お気をつけておかえりください」
看護婦はお辞儀をしてそう言うと、そそくさと自分の持ち場に戻って行った。
「なんや忙しそうやねぇ……」
レイシーが去って行く看護婦の姿を見て、そうつぶやいた。
ここはペトリファイドの病院だ。
工場勤務者は怪我が絶えない。
患者はいっぱいいるのだろうと思った。
案内されて来た扉から出ると、目の前に厩舎があった。
そこには座ってくつろいでいるランデルと、その近くで地面に寝転がっているブロンソンがいた。
ブロンソンは地面に寝転がりながら、ランデルと一緒に木の実をつまんでいた。
二人はまるで会話でもしているかのようだった。
「おっ?もうですか?ずいぶん、おはやいお戻りで」
ブロンソンはそう言って体を起こした。
「もう見舞いはしまいですか?」
「ええ、はい。元より、そんなに長い時間は……」
ポッポがそう言うと、ブロンソンはああ、と頷いた。
「ウチのおふくろもそうでしたよ。歩けているうちはなんだかんだ言って元気でしたがね。歩けなくなった途端、コロッとね……」
ブロンソンは笑いながらそう言った。
たぶん悪気はないのだろうけども……俺たちはどう返事していいのか困って固まってしまった。
ブロンソンも空気が凍ったのを感じ取ったようだった。
「いや……まぁ、まだまだこれからってのもありますからね」
ブロンソンは苦笑いしながらそう言った。
俺たちも、反応に困り……苦笑いをした。
ランデルは何も関知していないように大きく欠伸をしていた。
「馬ってあくびすんねや」
レイシーがそう言って、座っているランデルを撫でようとした。
ランデルは表情を全く変えずに、首を振ってレイシーの手を払った。
「おわ!あいかわらずかわいげないなぁ!」
レイシーがそう言うと、イヅナが自信満々で前に出て行った。
「ふっふっふ……ダメだよ?レイシーちゃん?そんな力任せでは……ね?」
イヅナがそう言ってランデルの前に立った。
本人は勝機があるようだけど、どうみてもそんな気はしないし、なんだか嫌な予感しかしなかった。
そんなイヅナの姿を、傍らでブロンソンがにやにやしながら見ていた。
「ふふふ……ランデルちゃ~ん!おいしいお菓子ですよ~!」
イヅナはどこかからお菓子を取り出して、いやらしい笑みを浮かべながら、ランデル近づいて行った。
あいつ……ドーソンさんのお見舞いをいくつかくすねてきたな?
まぁ、ドーソンさんはもう食べられないだろうけども……。
だからってなぁ……。
俺はため息を吐いて、イヅナの行く末を見ていた。
イヅナはにやにやしながらランデルの口元にお菓子を近づけ……同時に自分の手をランデルの頬に伸ばした。
ランデルは全く表情も変えずに、首を前に出し、ゆっくりとイヅナに頭突きをした。
「ぐお?!」
イヅナはこつんと押されて、しりもちをついた。
ランデルはイヅナを見ることもせず、首を振って、欠伸をしていた。
「ははは!お嬢ちゃん惜しかったな!」
ブロンソンはそう言って笑っていた。
「むぅ!こいつめ!お菓子があるのにどうして?!」
イヅナは悔しそうにしていた。
「食い物があるからって釣られるのはお前くらいだろ」
俺はしりもちをついたイヅナにそう言って、手を伸ばした。
イヅナはむっとした顔をして、俺の手をとった。
「食べ物につられないなんてありえませんよ!生物としておかしいです!」
「おかしくないだろ。もしかしたら、腹いっぱいかもしれないぞ?」
「おなかいっぱいでも食べるでしょう?」
「それができるのはお前くらいだよ」
俺が深くため息を吐いて、イヅナを引っ張って起こした。
「食い意地でもダメなら……しゃないなぁ……あれ……やるかぁ……」
レイシーは自信満々の顔でそう言った。
こいつもまた良からぬことを……なんて思っていたら、レイシーはおもむろに服のボタンをひとつ外した。
これは思った以上にろくでもないことかもしれない……。
「うっふ~ん!もう!サービスやで?こんなんせぇへんのやからねぇ~!?」
レイシーはわざとらしすぎる猫なで声を出して、たいしてない胸を強調して、ランデルに近づいた。
イヅナはその手があったか!って顔してた。
レイシーもこの手ならいける!確実に!って顔していた。
俺は思わず頭を抱えた。
こいつらはここまで馬鹿だったのか。
怖くて見てないけども、多分後ろの人たちもため息を吐いてるに違いないと思った。
レイシーは他人の目など全く気にもせず、恥じもなく、くねくねと変な動きをしながらランデルに近づいて行った。
ものすごく滑稽だった。
そんで、案の定速攻で頭突きをかまされていた。
「うお?!」
レイシーもしりもちをつく。
「まさか?!色仕掛けもきかへんやなんて!」
レイシーは此の世の終わりのような顔をしていた。
「効くわけないだろ」
俺はそう言ってレイシーに手を伸ばした。
「なんで~?!私の色仕掛けで落ちんかった男なんておらへんのに!」
「落ちるわけないだろ」
「なんでよ?!」
「色気無いもん」
「失礼な!あるでしょ!」
「ない。ていうか、色仕掛けとかしたことあんのかよ」
「そりゃあ!って、モリー様にもしてますよ?!」
「はぁ?いつのどこでだよ」
「ちょくちょくしてますけども?」
「マジかよ。次からはそう言ってくれない?気が付かないから」
「もう!失礼やなぁ!ほんまに!」
レイシーは悔しそうにそう言った。
「本当に難攻不落だ!」
「がんこなやっちゃで!撫でるくらいええやんけ!」
イヅナとレイシーはランデルを前に怒っていた。
ランデルは二人を全く無視して、空を眺めていた。
「ねぇ!ドクダミちゃんもやってみてよ!」
イヅナが後ろで笑っていたドクダミちゃんにそう言った。
「え?わ、私?私はいいよ……多分ダメだろうから……」
「いや!ドクダミちゃんならいける!」
「せやで!ドクダミちゃんのおっぱいならやれるで!」
イヅナとレイシーがそう言ったけども、ドクダミちゃんは首を横に振った。
「だ、ダメだよ。分かるんだ。その子は触ろうとしてもダメなんだよ」
ドクダミちゃんがそう言うと、二人は首を傾げた。
「ええ?!どういうこと?!」
「触ろうとしたら絶対に触らせないってすると思うんだ」
「え~?じゃあ、どうすればいいの?!」
「ラ、ランデルから来るのを待つしかないよ」
「待つ?!」
「そ、そうだよ……人間と一緒だよ。あんまり知らない人に触られたくないでしょう?」
「それはそうかも……」
「そ、そういうことだよ。だから、待つしかないと思う」
ドクダミちゃんの言葉を聞いて二人は納得していた。
「気持ちは分かったけども、どうやって待てばいいの?!」
「け、敬意を持って、お行儀良くしていればいいと思う」
「敬意……なるほどね!」
イヅナは分かったって感じでそう言ったけども、こいつは絶対に分かってない。
「あのな、あんま困らせるなよ」
俺はため息を吐いてそう言った。
しかし、二人は全然聞いて内容で、腕を組んで敬意……敬意……とつぶやいているだけだった。
ダメだな、こいつらは。
何を考えてるのか分からんけども、でも、釘を刺して置かないとな……。
ま、そう言っても……どうせ俺の事なんて無視して余計なことしかしないんだよな、こいつらは……。
なんて、考えてるとランデルが俺の背中を小突いた。
「お?」
振り返ってみると、ランデルが俺に向かって頭を差し出していた。
撫でろということなのだろうか?
「ランデル……すまないな、子供たちが迷惑をかけた」
俺はそう言うとランデルの頭をゆっくりと撫でた。
ランデルは瞳を閉じて、ゆっくりと頷いた。
「なんで?モリー様は撫でれるんですか?!」
イヅナが頬を膨らませてそう言った。
「そんなこと言われても知らないよ……」
俺が苦笑いしながらそういうと、側にいたブロンソンが笑って言った。
「がはは!こいつはなダメ人間が好きなんだよ!」
「え?!そうなんですか?!」
「俺もそうだよ。まともに働きもせず、酒とギャンブルに溺れて、路地裏で死にかけてた時にこいつと出会った」
「なんか壮絶!」
「こいつはよどみが好きなんだよ。泥沼の臭いがしないとダメなんだ。お嬢ちゃんたちはまだ綺麗すぎるな!」
「え~!泥沼は嫌です!もっといい匂いじゃダメですか?!」
「かかか!諦めな!俺っちも美女には縁がねぇ。それと同じようにお嬢ちゃんたちには縁がないのさ」
「ええ~……」
イヅナとレイシーは残念そうにしていた。
けども、まぁ、そういうことなら仕方ないかと……こいつらなりに納得はしているようだった。
「仕方ないですね……ランデルは泥の臭いのするモリー様に譲りましょう」
「そやね。ほんまに泥臭いから嫌になるけども、そんなモリー様を受け入れてくれる唯一の存在やからね」
「おい。俺は臭くないわ……臭くないよね?」
俺がそう訊ねると、イヅナとレイシーは何も言わずにじっと俺を見つめた。
その姿を見て、みんなは笑っていた。
「近くで見ると大きな馬ですね」
ステラがランデルを見てそう言った。
「竜骨種というらしい。馬のバニラボーンなんだってさ」
「本当ですか?実在していたとは……」
「ん?意外だな。もしかして馬に興味あるとか?」
「馬にはありませんが……竜骨種となれば……話は別でしょう」
「ああそうか。結構、珍しいらしいけども、ステラも見たことないのか?」
「それは……そうでしょう。恐らく、この個体が世界で唯一でしょうから……」
「え?!そんなになの?」
俺がそう言うと、ポッポが頷いた。
「そんなに、なのですよ。バニラボーンと同様で、非常に希少ですからね。竜骨種が現れる原理は、実はよく分かってないのです」
「そうなのか?魔力のせいじゃないのか?」
「恐らくそうであると思われています。しかし、正確には分かっていません。なにせ、竜骨種は王家と同じ性質を持つ動物です。研究も禁止されているますし……個人で保有することも、捕獲することも禁止されています」
「ええ?そんなにいろいろ禁止されてるの?」
「はい。竜骨種は傷つけようとするだけで極刑とされています」
「え?まじかよ。なんでそんなに罪が重いんだ?馬だろ?」
「王家と同じ特徴なので神聖とされている……と、いうのもありますね……」
「そんな神聖な馬に荷物運ばせてるのか?」
「ははは!実を言うと、これは彼が望んでいることなのです」
「え?ランデルが?」
「ええ、そうです。彼はブロンソンさんにだけ懐いています。ブロンソンさんはもともとそういうお仕事をしていましたので……」
ポッポがそう言うとブロンソンは気恥ずかしそうに頭をかいた。
「へへ……こいつと出会うまで廃業状態でしたがね」
「もともと……ブロンソンがやっていたから荷物運びをしてるってのか?」
「ああ、そうだよ。じゃないと、こいつはそんなことやりはしないさ」
ブロンソンがそう言うと、ポッポが頷いた。
「そうですね。仕事をさせようとしても、できませんからね。彼に気に入られた人間以外の言うことは、絶対に聞きませんので……」
「はぁ……気難しいんだな」
「そうですね。それもありますが……させることができないと言った方がより正確ですね」
「え?それってどういう?」
「竜骨種が守られて……いえ、逆ですね。竜骨種から守るために、彼の意思を尊重しないといけないということなのです」
「はぁ……?よく分からんな」
「ふふふ……竜骨種はね、この国を破壊するほどの力を持っているのですよ」
「え?ええ?!こいつ……そんなに強いの?!」
「ええ、そんなに強いのです。だから、下手に怒らせるわけにはいかないのです」
ポッポはそう言った。
にわかには信じられないけども、ブロンソンも頷いているからそうなのだろうと思った。
「そんなに……なのか……」
俺はランデルの頭を撫でながら……なんか大変なことをしているんじゃないかと、そう思った。




