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元カレ御曹司に愛人扱いされた夜、冷徹副社長に契約結婚を申し込まれました 〜一年だけの妻のはずが、本気で溺愛されています〜  作者: ちょこまろ


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3/10

第3話 冷徹な旦那様は、私の日常まで守ってくれました

一年だけの契約結婚が始まりました。


冷徹副社長と呼ばれる怜士は、花音に指輪を用意し、必ず彼女の意思を確かめながら新しい生活を整えていきます。


恋ではない。

これは、自分を守るための契約。


そう言い聞かせる花音でしたが、怜士が見せる優しさは、少しずつ彼女の心へ入り込んでいきます。


そして花音の職場には、仕事のできる一人の女性が現れて――。

 契約結婚の手続きは、驚くほど静かに進んだ。


 婚姻届を提出した日、花音は白い封筒を手に役所の前で立ち尽くしていた。


 隣に立つ怜士は、いつも通り落ち着いている。


「体調は?」


「大丈夫です」


「本当に?」


「たぶん」


「たぶんは、大丈夫ではありません」


 真面目な顔で言われて、花音は思わず小さく笑った。


 怜士が一瞬、花音を見た。


「何ですか」


「いえ」


「変でしたか」


「いいえ」


 怜士は少しだけ目を細めた。


「笑っているほうがいいと思いました」


 花音は慌てて視線を逸らした。


 この人は、ときどき何の前触れもなく胸に響くことを言う。


 車に戻ると、怜士は小さな箱を差し出した。


「必要だと思いまして」


 中には、細身の指輪が入っていた。


 派手な宝石はない。

 けれど上品で、日常に馴染む美しさがあった。


「これは」


「契約上、既婚者に見える必要があります」


「高いものでは」


「邪魔にならないものを選びました」


「質問に答えていません」


「答えると受け取っていただけないと思いました」


 花音は困ってしまった。


 だが、指輪は確かに美しかった。

 拓真といた頃、彼が語っていた「相沢の女ならこのくらいはつけないと」という派手な指輪とは違う。


 自分の手に、自然に馴染みそうだった。


「……ありがとうございます」


 花音が指輪を取ろうとすると、怜士が静かに尋ねた。


「私が、はめても?」


 命令ではなかった。

 許可を求める声だった。


 花音は少し迷って、頷いた。


「お願いします」


 怜士の指が、花音の左手をそっと支える。


 触れ方は丁寧だった。

 壊れものを扱うように、けれど過剰に遠慮しすぎない。


 薬指に指輪が通る。


 それだけなのに、胸が妙に苦しくなった。


「痛くありませんか」


「はい」


「緩ければ直します」


「大丈夫です」


「そうですか」


 怜士が手を離す。


 離れた瞬間、少しだけ名残惜しいと思ってしまい、花音は慌てて指輪を見つめた。


 これは契約だ。

 恋ではない。


 そう言い聞かせた。


 一条邸での生活は、静かだった。


 怜士は朝早く出社し、夜遅く帰ることが多い。

 花音も仕事を続けた。


 契約上の夫婦。

 それだけのはずだった。


 けれど、怜士は冷たいどころか、花音にだけ驚くほど細やかだった。


 朝は、必ず温かい紅茶が用意されている。


 ある日、花音が少し喉を押さえると、翌朝の紅茶には蜂蜜が入っていた。


「喉がつらそうでしたので」


「気づいたんですか」


「声が少し掠れていました」


「そんなことまで」


「気になりました」


 気になりました。


 ただの一言なのに、花音は胸が詰まりそうになった。


 拓真は、花音が体調を崩しても気づかなかった。

 気づいても、自分に迷惑がかからないかを先に心配した。


 怜士は違った。


 疲れて帰った夜、花音が夕食を残しそうになると、怜士は何も責めずに澄江へ言った。


「明日は軽いものを」


 翌日には、胃に優しいスープが出た。


 花音が恐縮すると、怜士は言った。


「食べられない日に無理をする必要はありません」


「でも、せっかく用意していただいたのに」


「あなたの体のほうが大事です」


 その言葉が、いちいち心に触れる。


 優しくされることが、こんなに怖いものだとは知らなかった。


 期待してしまいそうになる。

 自分は大切にされているのだと、勘違いしてしまいそうになる。


 ある夜、怜士は花音に言った。


「相沢氏が職場へ接触する可能性があります」


「はい」


「あなたの仕事を守るため、こちらで対策を取っても構いませんか」


「対策、ですか」


「はい。ただし、あなたが不安に思う方法は取りません。嫌ならすぐに止めます」


 花音は、怜士を見つめた。


 命令ではない。

 決定事項でもない。


 この人はいつも、花音の意思を確認してくれる。


「私、会社を辞めたほうがいいんでしょうか」


「いいえ」


 怜士は即答した。


「あなたが仕事を大切にしていることを知っています。だから、あなたの仕事を奪う形にはしたくありません」


「怜士さん」


「あなたの世界を狭めるためではなく、あなたの世界を守るためです」


 その言葉に、花音は何も言えなくなった。


 自分をそばに置いて守るだけなら、怜士には簡単だったかもしれない。

 でも彼は、花音が築いてきた毎日まで守ろうとしてくれている。


「あなたの周囲に、私の信頼する者を置くことを考えています」


「それは、監視ですか」


「違います」


 怜士はまっすぐに答えた。


「あなたが普段通り働けるようにするためです。詳細は今は伏せますが、必要になった時点で必ず明かします。もし不快なら、この話はここで止めます」


 花音は少し考えた。


 怖くないわけではない。

 でも、怜士が自分を支配するために言っているのではないことは、もうわかっていた。


「お願いします」


「本当に?」


「はい」


 花音は頷いた。


「怜士さんを信じます」


 怜士の目が、わずかに揺れた。


「ありがとうございます」


 数日後、花音の会社に短期契約社員が入ってきた。


 名前は、桐谷沙耶。


 三十三歳。

 落ち着いた雰囲気の女性で、派手ではないのに目を引く美しさがあった。

 資料整理、来客対応、議事録、スケジュール調整、どれも驚くほど早い。


 花音の部署の同僚たちはすぐに言った。


「桐谷さん、すごく仕事できるね」


 花音もそう思った。


 沙耶はいつも穏やかで、必要以上に踏み込まない。

 けれど、花音が困っていると自然に横へ来てくれる。


「椎名さん、こちらの資料、先にまとめておきました」


「ありがとうございます。桐谷さん、すごく助かります」


「前職で少し鍛えられまして」


 沙耶は微笑んだ。


 前職。


 花音はその言葉を深く考えなかった。


 まだ、沙耶の本当の所属を知らなかった。

第3話をお読みいただき、ありがとうございます。


夫婦であることを示すために用意された指輪。


けれど怜士は勝手にはめることなく、花音にきちんと許可を求めました。


喉の不調に気づけば蜂蜜入りの紅茶を用意し、食欲がない日には体に優しい食事へ変える。


怜士が守ろうとしているのは、花音を一条家の中へ閉じ込めることではありません。


「あなたの世界を狭めるためではなく、あなたの世界を守るためです」


冷たい人だと思っていた旦那様の優しさに触れ、花音の心は少しずつ揺れ始めます。


そして職場に現れた、仕事のできる契約社員・桐谷沙耶。


彼女は本当に、ただの契約社員なのでしょうか。


次話、花音の職場へ再び元カレ御曹司が現れます。


けれど今度の花音は、一人ではありません。

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