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元カレ御曹司に愛人扱いされた夜、冷徹副社長に契約結婚を申し込まれました 〜一年だけの妻のはずが、本気で溺愛されています〜  作者: ちょこまろ


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10/10

最終話 今度は本当の夫婦として

最終話です。


一年だけの契約結婚を終え、本当の夫婦になることを選んだ花音と怜士。


契約のためにはめた指輪を、今度は二人の意思で選び直します。


派手な奇跡ではなく、毎朝の食事や「おかえり」と言える場所。


二人が望んだ、何でもないけれど愛しい日常の始まりを、最後まで見届けていただければ幸いです。

 契約結婚が終わった翌朝、花音はいつもより早く目を覚ました。


 窓の外は淡い朝の光に包まれている。


 ベッドから起き上がり、薬指の指輪を見る。


 同じ指輪なのに、昨日までとは違って見えた。


 契約の証ではない。

 誰かから守られるためだけの印でもない。


 自分で選んだ人と、共に生きると決めた証。


 花音はそっと指輪に触れた。


 リビングへ向かうと、怜士がすでに朝食の席にいた。


「おはようございます」


「おはよう、ございます」


 花音は少し笑った。


「今、迷いました?」


「少し」


「夫婦っぽい挨拶に変えますか?」


 怜士は真面目に考えた。


「おはよう、花音」


 その声があまりに自然で、花音は顔が熱くなった。


「……おはよう、怜士さん」


 怜士の動きが止まる。


「怜士さん?」


「いえ」


「照れました?」


「かなり」


 素直な答えに、花音は笑ってしまった。


 朝食は、いつもと同じだった。


 トースト。

 スープ。

 卵料理。

 蜂蜜入りの紅茶。


 何も特別ではない。

 でも、その全部が愛しかった。


「今日、時間をもらえますか」


 怜士が言った。


「はい。何かありますか」


「指輪を選び直したい」


 花音は自分の手を見る。


「私はこの指輪、好きです」


「私も好きです」


「じゃあ」


「でも、改めて贈りたい」


 怜士は静かに言った。


「契約のためではなく、私の意思で」


 胸がいっぱいになる。


「はい」


 その日、二人は指輪を見に行った。


 高級店の個室に通され、いくつもの指輪を見る。

 どれも美しかったが、花音はなかなか決められなかった。


「怜士さんは、どれが好きですか」


「あなたに似合うもの」


「それ、答えになっていません」


 怜士は少し考え、一つの指輪を指した。


 細身で、内側に小さな石が入っているデザイン。

 外からは見えない。

 けれど、身につける人だけが知っている輝き。


「これがいいです」


「どうして?」


「派手ではない。でも、内側に強さがある」


 怜士は花音を見た。


「あなたに似ています」


 花音は言葉を失った。


 十年前、拓真は花音を地味だと言った。

 十年後、綺麗になったから欲しいと言った。


 でも怜士は、見えない内側の強さを見てくれる。


「それにします」


「本当に?」


「はい。怜士さんが、私に似ていると言ってくれたから」


 指輪の内側には、二人で短い言葉を刻むことにした。


 花音は少し迷って言った。


「日常、という言葉を入れたいです」


「日常?」


「特別なことより、私は怜士さんと過ごす普通の時間が好きなので」


 怜士はしばらく黙ったあと、紙に英語で書いた。


『With every ordinary day』


 何でもない日々を、共に。


 花音は頷いた。


「それがいいです」


 店を出たあと、二人は少し歩いた。


 冬の空気は冷たかったけれど、繋いだ手は温かい。


「花音」


「はい」


「私は、あなたを幸せにできていますか」


 怜士の顔は真剣だった。


 冷徹副社長。

 完璧な御曹司。

 誰もが羨むハイスペックな男性。


 でも、花音の前ではいつも少し不器用だ。

 愛し方を間違えていないか、傷つけていないか、心配してくれる。


 花音はその不器用さごと、愛しいと思った。


「幸せにしてもらっています」


 花音は言った。


「でも、怜士さんだけが私を幸せにするんじゃなくて」


「え?」


「私も、怜士さんを幸せにしたいです」


 怜士の目が揺れた。


「もう、十分です」


「だめです」


 花音は少し強く言った。


「怜士さんは、すぐ自分を後回しにします」


「あなたに言われるとは」


「似た者同士ですね」


「そうかもしれません」


 二人は笑った。


 その夜、花音は怜士と一緒に温室へ行った。


 くちなしは、白い花をいくつも咲かせていた。

 甘く澄んだ香りが、静かな空間に満ちている。


「咲きましたね」


 花音が言うと、怜士は頷いた。


「あなたが大事にしたからです」


「怜士さんもです」


「私は水をやりすぎそうになりました」


「何度も止めました」


「反省しています」


 花音は笑った。


 それから、花の前で怜士に向き直る。


「怜士さん」


「はい」


「私、ここに来たばかりの頃、自分の心はもう枯れていると思っていました」


 怜士は黙って聞いていた。


「誰かを信じるのも、愛されるのも怖くて。どうせまた傷つくなら、何も期待しないほうがいいって」


 花音は、咲いた花に目を向けた。


「でも、怜士さんが待ってくれました。急かさず、押しつけず、ただ隣にいてくれました」


「私は、待ちたかった」


「はい」


 花音は微笑んだ。


「だから、咲けました」


 怜士の表情が、柔らかく崩れた。


 数週間後、二人は小さな写真だけの結婚式をした。


 大きな会場ではない。

 参列者も多くない。


 澄江と、花音の友人の真衣。

 それから、少しぎこちないながらも父と母が来た。

 沙耶と高瀬も、少し離れた場所で見守ってくれていた。


 母は、控室で花音に頭を下げた。


「花音。あなたに謝れば済むとは思っていないけれど、言わせて。ごめんなさい」


 花音はすぐには答えられなかった。


 けれど、母の目に初めて、世間体ではなく花音を見る色があった。


「今すぐ元通りにはなれない」


 花音は言った。


「でも、これからは私を、会社や家のための娘じゃなくて、私として見てほしい」


 母は涙を浮かべて頷いた。


「努力するわ」


 完全な和解ではない。

 でも、それでよかった。


 家族も、花と同じだ。

 枯れかけたものをすぐ元通りにはできない。

 けれど、正しい距離で水をやれば、いつか違う形で根を張るかもしれない。


 白いドレスを着た花音を見て、怜士は固まった。


「どうしました?」


「綺麗です」


 まっすぐすぎる言葉に、花音は顔を赤くした。


「ありがとうございます」


「もう一度言っても?」


「恥ずかしいので、一回で」


「わかりました」


 少し残念そうな怜士に、花音は笑った。


 撮影のあと、沙耶がそっと近づいてきた。


「花音様。本日は、本当におめでとうございます」


「桐谷さん。ありがとうございます」


「今だから申し上げますが」


 沙耶は、少しだけ微笑んだ。


「私は、相沢様が自滅していく過程をかなり冷静に記録しておりましたが、花音様がご自身の言葉で拒絶された瞬間が、一番痛快でした」


 花音は驚いたあと、思わず笑った。


「桐谷さん、そんなこと思っていたんですか」


「はい。かなり」


 沙耶の真顔に、花音はまた笑ってしまった。


 高瀬も、少し離れた場所から声をかけてきた。


「椎名内装資材の来期計画、黒字見込みです」


「えっ、今日その話ですか?」


「大事なご報告ですので」


 高瀬は淡々と言った。


「お父様は、まだ数字に弱いですが、逃げなくなりました。会社は立ち直れます」


 花音の胸が熱くなる。


「ありがとうございます、高瀬さん」


「礼は不要です。価値のある仕事に、正しい数字をつけただけです」


 その言い方が高瀬らしくて、花音は深く頭を下げた。


 怜士は花音を庭へ連れ出した。


 小さな花壇が作られていた。


「これは?」


「あなたと植えたいと思って」


 そこには、季節ごとに咲く小さな花の苗が並んでいた。


「一緒に?」


「はい。これから増やしていきたい」


「花壇を?」


「思い出を」


 花音は泣きそうになった。


 この人は本当に、不器用で、まっすぐで、優しい。


 二人で土に触れ、花を植えた。


 ドレスの裾が少し汚れた。

 でも、花音は気にしなかった。


 夜、一条邸に戻ると、澄江が温かいスープを用意してくれていた。


「おかえりなさいませ」


 澄江が微笑む。


 花音は自然に答えた。


「ただいま」


 怜士も隣で言う。


「ただいま」


 その言葉が、家の中に溶けていく。


 ここが帰る場所なのだと、花音は思った。


 食後、二人はリビングのソファに並んで座った。


 怜士は仕事の資料を読んでいる。

 花音は膝にブランケットをかけ、新商品のラフを描いている。


 会話は多くない。


 でも、沈黙が心地いい。


 ふと、怜士が花音の手元を覗いた。


「新しい企画ですか」


「はい。暮らしの中に小さな花を置くシリーズにしたくて」


「あなたらしい」


「怜士さんのおかげです」


「私は何も」


「してくれました」


 花音は笑った。


「たくさん」


 怜士は少し困ったように黙った。


 その顔が好きで、花音は彼の肩にそっと寄りかかった。


 怜士の体が一瞬だけ固まる。

 でもすぐに、優しく受け止めてくれた。


「花音」


「はい」


「幸せですか」


「はい」


 花音は目を閉じた。


「とても」


 怜士の手が、花音の髪にそっと触れた。


「私もです」


 その言葉だけで、胸が満たされた。


 窓の外では、夜風が庭の花を揺らしている。


 雨の日もあるだろう。

 日陰に感じる日もあるだろう。

 迷う日も、泣く日も、きっとある。


 でも、もう怖くない。


 隣にいる人がいる。

 手を伸ばせば、握り返してくれる人がいる。


 特別な奇跡ではなく、毎朝の紅茶。

 眠れない夜の静かな気配。

 一緒に育てる花。

 何でもない会話。

 ただそばで微笑んでくれる時間。


 それが、花音にとって一番大切な愛だった。


「怜士さん」


「はい」


「明日の朝も、一緒にご飯を食べましょうね」


「もちろん」


「その次の日も」


「はい」


「ずっと」


 怜士は花音の手を取り、薬指の指輪にそっと触れた。


「ずっと、一緒に」


 花音は微笑んだ。


 胸の中に咲いた花は、もう怯えていなかった。


 それは静かに、けれど確かに咲き誇っている。


 これから先の当たり前の日々を、二人で育てていくために。


― 完 ―

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


十年前、元カレから「地味でつまらない」と言われ、自分の価値を信じられなくなった花音。


再会した拓真から再び傷つけられた雨の夜、怜士と出会ったことで、彼女の人生は動き始めました。


怜士が花音へ与えたのは、華やかな暮らしや副社長夫人という立場だけではありません。


仕事を続ける自由。

嫌なことを拒絶する権利。

自分の気持ちを、自分の言葉で伝える勇気。


そして、誰かに愛されてもいいのだと信じられる日常でした。


花音もまた、守られるだけの妻ではありません。


「怜士さんだけが私を幸せにするんじゃなくて、私も怜士さんを幸せにしたい」


自分を後回しにしがちな二人が、どちらか一人が犠牲になるのではなく、互いを大切にしながら歩いていく夫婦になりました。


契約のために贈られた指輪は、二人が自分の意思で選び直した、本当の夫婦の証へ。


その内側に刻まれた言葉は、


『With every ordinary day』


――何でもない日々を、共に。


特別な出来事よりも、毎朝の紅茶や、一緒に育てる花、隣で過ごす静かな時間。


そんな当たり前の日々こそが、二人にとって一番大切な愛なのだと思います。


花音と怜士の物語に最後までお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。


少しでも「読んでよかった」と思っていただけましたら、作品への評価やブックマークで応援していただけると、とても励みになります。


本当にありがとうございました。

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