episode5(adventurer)Chapter8
重い沈黙の中、クリスティアンはしばらく俯いていた。
三人が語った過去。
自分が何も知らないまま、軽々しく「騎士団でもやっていける」と口にしたことが、どれほど無神経だったのか。
やがてクリスティアンは椅子から立ち上がり、三人へ深く頭を下げた。
「……すまない。」
声は小さかった。
「俺は……何も知らなかった。」
シャキーラはそんなクリスティアンを見つめると、ふっと表情を和らげた。
そして先ほどよりも深く身体を寄せ、彼の肩へそっと寄り添う。
「いいんだよ。」
優しく笑いながら、クリスティアンの顔を覗き込む。
「いい男だから、別に責めやしないさ。」
「シャキーラ……。」
その隣で、ユルゲンも小さく笑った。
「お前がサンシーロのことに疎い事くらい、すぐ分かるからな。」
「……そうなのか?」
「ああ。悪気がないのもな。」
ヴァンサンも食事を続けながら、豪快に笑う。
「ま。部下の失態を笑って許してやるのも、エースとしての器量だ。」
「部下って……俺、いつの間に?」
クリスティアンが困ったように笑う。
「細けえことはいいんだよ!」
ヴァンサンは笑いながら肉を頬張った。
そんな三人を見て、クリスティアンも自然と笑みを浮かべる。
だが、その表情は、すぐに真剣なものへ変わった。
「……俺、変えるよ。」
三人がクリスティアンを見る。
「この国を……変える。」
自分の胸へ手を当てる。
「父様のような剣士になれたら。」
パオロ・ビリンデッリ。
かつて人々を守るために剣を振るった、白銀の騎士。
その背中を思い浮かべながら、クリスティアンは力強く言葉を続ける。
「冒険者のみんなも……笑って暮らせるようにするって。」
その言葉には、まだ十七歳の青年らしい真っ直ぐさがあった。
けれど、その瞳には揺るぎない決意が宿っている。
シャキーラは一瞬だけ目を丸くした。
そして、くすくすと笑い出す。
「あらあら、立派だねぇ〜。」
「笑うなよ。」
「笑ってないさ。」
シャキーラは赤ワインの入ったグラスを持ち上げる。
「まぁ……期待しないで待ってるよ。」
そう言って、赤い液体をゆっくりと口へ運んだ。
クリスティアンはその言葉を聞き、照れくさそうに笑った。
その夜。
ギルドの食堂の片隅で交わされた小さな誓いが、やがて東西大陸の歴史を大きく動かしていくことをこの時の誰も、まだ知らない
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食事を終え、四人はギルドの前へ出た。
夜のサンシーロには、昼間とは違う静かな空気が流れている。
クリスティアンは三人を振り返ると、拳を握りしめた。
「すぐにロッソ・ネーロ……いや、ビアンコ・ネーロの幹部になってみせる!」
そして満面の笑みを浮かべる。
「約束するよ!!」
クリスティアンは大きく手を振った。
ユルゲンは腕を組みながら、豪快に笑う。
「ビアンコ・ネーロの幹部が仲間だったって、俺が生きてる内に自慢させろよ。」
「もちろん!」
「いつでもまた面倒みてやる!!」
ヴァンサンも笑いながら手を振った。
最後にシャキーラが一歩前へ出る。
「次は女の匂いをちゃんと消してくるんだね。」
妖しく微笑みながら、軽く手を振る。
「アタシが嫉妬するからさ。」
「……え?」
クリスティアンが困惑する。
シャキーラは楽しそうに笑った。
「じゃあね、新入り。」
「またな!」
「元気でな!」
三人に見送られながら、クリスティアンは夜の街へ歩き出した。
何度も振り返りながら、最後にもう一度だけ手を振る。
そして前を向いた。
騎士団ではない。それでも、自分を仲間として受け入れてくれた。
命を預け合い、笑い合い、互いの過去まで語り合った。
クリスティアンは、この旅でかけがえのない仲間を手に入れたのだ。
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しばらく歩いたところで、クリスティアンは夜空を見上げた。
「さぁ……明日で休暇も終わりだ。」
わき腹にはまだ痛みが残っている。
それでも、その瞳には新たな決意が宿っていた。
「しっかり傷を治して……もっと剣を極める。」
拳を握る。
父――パオロ・ビリンデッリのような剣士になるために。
そして、いつか自分の力で何かを変えるために。
「……よし。」
クリスティアンは再び歩き出した。
そして…ふと見慣れた道に差し掛かったところで、足が止まる。
その先にあるのは――セレーナの家。
「……。」
クリスティアンはしばらく立ち尽くした。
会いたい。
少しだけ顔を見たい。
そんな気持ちが胸の奥から湧き上がる。
しかし、しばらく迷った末に、クリスティアンは小さく首を振った。
「いや……今日は真っ直ぐ帰ろう。」
そう呟き、踵を返す。
夜の街道を一人、寮へ向かって歩いていく。
その背中には、今日までとは少し違う何かがあった。
戦場で得た経験。
冒険者たちとの友情。
そして、これから自分が進むべき道。
クリスティアンはそれらを胸に刻みながら、静かな夜のサンシーロを歩き続けた。
「……今日は、いろいろあったな。」
冒険者たちとの戦い。
そして、彼らと交わした約束。
胸の奥に新たな決意を抱きながら、クリスティアンは夜道を進んでいく。
…その時だった。
ヒュッ!
闇を切り裂くような風切り音。
「……?」
クリスティアンが振り返ろうとした瞬間。
ズシュッ!!
背後から放たれた矢が、脇腹を貫いた。
「えっ……?」
クリスティアンの足が止まる。
何が起きたのか理解できない。
ゆっくりと視線を落とす。
脇腹から、赤い血が次々と溢れ出していた。
「……血……?」
膝から力が抜ける。
「な……んで……。」
視界が急速に霞んでいく。
身体が前へ崩れ落ちる。
ドサッ
クリスティアンは意識を失い、その場に倒れた。
静寂の後、誰もいないと思われた路地の奥から、一人の男が姿を現す。
月明かりに照らされた顔。
その表情には、感情がほとんど浮かんでいなかった。
ベルナルド・パヌッチ
その名を持つ男。
しかし、この世界での名は……ヴィクトール・ナダル。
ヴィクトールは倒れたクリスティアンをしばらく見つめていた。
やがて、感情を押し殺したような声で呟く。
「悪いけど……もうこれ以上、野放しには出来ない……。」
ほんの一瞬だけ、寂しげに目を伏せる。
「ここまで生かしたのは僕の友情からの情けだ…一緒に遊べて楽しかったよ。」
そして、静かに続けた。
「君は間違いなく……友達だった。」
「さようなら」
ヴィクトールは背を向ける。
足音を響かせながら、夜の闇へと消えていった。
後には、倒れたクリスティアンと、静寂だけが残された。
夜の闇へ溶け込むように歩き続けるヴィクトール。
クリスティアンを倒した場所から十分に離れると、彼は足を止めることなく、独り言のように呟いた。
「さて……次はビアンコ・ネーロ五番隊、ダリオ・カッレーラだ。」
淡々とした声。
しかし、その瞳には明確な殺意が宿っていた。
「奴は……ロマニスタか。」
ヴィクトールは夜空を見上げる。
黒い外套が夜風に揺れる。
ヴィクトールは人通りの少ない裏路地へ入り、そのまま闇の中へ姿を消していった。
向かう先はロマニスタ。
次なる標的、ダリオ・カッレーラを追うために。




