episode5(adventurer)Chapter7
サンシーロの冒険者ギルドへ戻った四人は、受付で報酬の手続きを済ませると、そのまま併設された食堂へ向かった。
激戦を終えたばかりの身体には、温かな料理の香りが何よりも心地よい。
席へ着くや否や、厨房から次々と料理が運ばれてきた。
焼きたてのパンに、香草で味付けされた肉料理。鮮やかな野菜の付け合わせに、生ハムやチーズ。そして大皿いっぱいのパスタまで並んでいく。
クリスティアンは目を丸くした。
「ギルドの食堂なのに、料理は本格的なんだな。」
すると、隣に座ったシャキーラが身体を寄せながら、楽しそうに笑った。
「アタシ達は冒険者。アンタら騎士団と違って、稼いで美味い物を食べて、美味い酒を飲む。身体作りだとか栄養だとかは無縁なのよ。」
そう言いながら、シャキーラは赤ワインを一口。
クリスティアンは思わず苦笑した。
「随分と自由なんだな……。」
「自由こそ冒険者の特権さ。」
シャキーラはウインクする。その時…
「ロマニスタに行く前に、しっかり腹ごしらえしねえとな!」
ヴァンサンが大皿に盛られたパスタへ飛びついた。
「んぐっ……んぐっ……!」
黒々としたソースをまとったスパゲッティを豪快に頬張る。
それはスパゲッティ・アル・ネロ・ディ・セッピア。
イカの墨袋から取った濃厚なイカ墨をソースに使ったパスタで、深い黒色が特徴的な一皿だ。磯の香りとイカの旨味が濃厚に絡み、トマトソースとはまた違った海の風味が口いっぱいに広がる。
「うめぇ!! 最高だぜ!」
ヴァンサンは夢中で食べ続ける。
その様子を見ながら、ユルゲンは呆れた顔で別の皿へフォークを入れた。
「女に会う前にイカ墨かよ……。」
ユルゲンが選んだのは仔牛のコトレッタ。
薄く叩いた仔牛肉に衣をまとわせ、香ばしく揚げ焼きにした料理だ。外側はサクッと香ばしく、中の仔牛肉は柔らかい。レモンを搾れば、肉の旨味に爽やかな酸味が加わる。
「まあ……こっちは悪くねぇ。」
「なんだい。結局食べてるじゃないか。」
シャキーラが笑う。
「食わなきゃ身体がもたねえんだよ。」
ユルゲンはぶっきらぼうにコトレッタを切り分けていく。
その横で、シャキーラは再びクリスティアンへ身体を寄せた。
「アンタも女の扱い方なら、ヴァンサンと大差ないよ。」
とユルゲンを煽る。
「うるせえ!!」
ユルゲンは食べカスを飛ばしながら悪態つく。
そしてシャキーラは赤ワインを飲みながら、楽しそうに笑った。
クリスティアンの前には仔牛のビステッカが置かれていた。
厚切りにした仔牛肉を香ばしく焼き上げたステーキで、表面には焼き目が付き、ナイフを入れると肉汁がじわりと溢れる。シンプルな塩と香草の味付けだからこそ、柔らかな肉そのものの旨味が楽しめる一皿だ。
クリスティアンはそれを切り分けながら、ふとシャキーラを見る。
「シャキーラは、ユルゲンの隣じゃなくていいのか?」
「ん?」
シャキーラはグラスを傾ける。
そして、さらにクリスティアンへ身体を寄せた。
「アタシはアンタといたいのさ〜……。」
赤ワインの香りを漂わせながら、いたずらっぽくウインクする。
「……嫌かい?」
「えっ……。」
クリスティアンが言葉に詰まる。
その様子を見たユルゲンが、料理を口に運びながら吐き捨てる。
「ケッ。顔がいい助っ人が来たらすぐこれだ。」
「ユルゲン、何か言ったかい?」
「何でもねえよ。」
クリスティアンは困ったようにシャキーラを見た。
「別に嫌とかじゃないけど……ユルゲンと付き合ってるんだろ?」
シャキーラは一瞬だけ黙った。
そして、生ハムを一枚摘まみながら、自嘲するように笑った。
「この男とは身体の関係だけだよ。」
「……そうなのか。」
クリスティアンは何とも言えない顔になる。
すると…
「シャキーラ!」
ヴァンサンが口いっぱいに料理を頬張ったまま叫んだ。
「食わねえなら貰うぞ!」
返事を待つことなく、今度は皿に盛られていた若鶏のディアボラ風へ手を伸ばす。
若鶏を平たくして香ばしく焼き上げ、唐辛子やニンニク、香草などでピリッと刺激的に仕上げた料理だ。皮はパリッと香ばしく、中の肉はジューシー。疲れ切った身体にはたまらない一品だった。
「おい、それアタシの分だよ!」
「もう食わねえと思ったんだよ!」
「全く、よく食うねぇ。」
シャキーラは呆れながらも、楽しそうに笑った。
戦場では命を懸けて戦った四人。
だが今だけは、目の前に並ぶ料理と酒を楽しみながら、冒険者らしい賑やかな夜を過ごしていた。
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食事も半ばに差し掛かった頃。
クリスティアンは、先ほどの戦いを思い返しながら、三人を見回した。
「しかし……みんなかなりの腕だった。」
そして何気なく口にする。
「ネラッズーロでも食っていけるんじゃないのか?」
その瞬間三人の手が止まった。
先ほどまで賑やかだった食卓が、嘘のように静まり返る。
ヴァンサンも、ユルゲンも、シャキーラも何も言わない。
「……?」
クリスティアンは不思議そうに三人を見回した。
「どうしたんだ?」
やがてユルゲンが、低い声で口を開いた。
「新入り。」
「はい。」
「今回だけは許してやる……。」
ユルゲンはクリスティアンを真っ直ぐ見つめる。
「だが、二度と俺たち冒険者に騎士団に入るのを勧めるんじゃねぇぞ。」
クリスティアンは驚いた。
「……騎士団が、そんなに嫌なのか?」
「嫌なんてもんじゃねえ。」
ヴァンサンが吐き捨てるように言った。
「マロッタなんかの下にいたら、命がいくつあっても足りねぇ。」
握り締めた拳が、わずかに震えている。
シャキーラもワイングラスを置き、険しい顔をした。
「アタシらはね……宮廷も騎士団も嫌いだから冒険者をやってるのさ。」
「……。」
「アンタは騎士団ぽさがないからいいけどね。」
シャキーラの声が次第に低くなる。
「宮廷の連中やビアンコ・ネーロを見たら、反吐が出るね。」
クリスティアンは黙って三人の話を聞いていた。
するとヴァンサンが、突然椅子を鳴らして立ち上がった。
「俺の故郷は……!」
声が食堂に響く。
「サンシーロと騎士団に捨てられたんだ!」
その目には、激しい怒りが宿っていた。
「さっきのオリンピコみたいにな!」
拳をテーブルへ叩きつける。
「助けを求めても誰も来なかった! 騎士団は見て見ぬふりだ! 俺たちの故郷なんか、最初から存在しなかったみたいにな!」
「ヴァンサン……。」
クリスティアンは言葉を失った。
シャキーラも静かにグラスを見つめる。
「……アタシも妹が見殺しにされたよ。」
その一言に、クリスティアンが顔を上げる。
「助けてやれたはずなのに……。」
シャキーラは唇を噛み、苦々しく笑った。
「全員に無視されてね。」
「……。」
「だからアタシは、宮廷も騎士団も信用しないのさ。」
重苦しい沈黙が食卓を包む。
やがてユルゲンが、ぽつりと口を開いた。
「……俺の場合は、妻だ。」
いつもの強気な表情は消えていた。
「生きていれば……結婚十五周年だった。」
ユルゲンは遠くを見るような目をする。
「それが……たった一ヶ月で終わった。」
その声には、怒りよりも深い寂しさが滲んでいた。
シャキーラはそんなユルゲンを横目で見つめる。
そして、小さく息を吐いた。
「あの寂しそうな目を見るとね……。」
ユルゲンへ視線を向けたまま、静かに呟く。
「せめて身体くらいは、慰めてやりたくなるのさ。」
ユルゲンは何も言わなかった。
クリスティアンも、言葉を失っていた。
さっきまで笑い声に包まれていた食卓には、今や四人それぞれが抱えてきた過去だけが、静かに横たわっていた。




