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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode5(adventurer)

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episode5(adventurer)Chapter6

ラムールの群れはなおも波のように押し寄せる。

クリスティアンは何体も斬り伏せていたが、その動きにも次第に疲労が見え始めていた。


「くっ……!」


一瞬の隙。

一体のラムールが鋭い針状の器官を突き出す。


ブシュッ!!


「がっ……!」

その一撃はクリスティアンのわき腹を深く貫いた。

鮮血が鎧を伝い、彼は苦悶に顔を歪める。


それでも倒れない。

口元から血を流しながら、彼は不敵に笑った。


「ごほっ……よし……俺に産卵しに来い。」


ラムールたちは本能のまま、動きを止めた獲物へと一斉に群がる。


「バカ!! 逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

ヴァンサンは涙を流しながら絶叫した。


しかしクリスティアンは微動だにしない。


ユルゲンはその光景に歯を食いしばる。

「……っ。」

あまりにも無謀な覚悟に、思わず目を背けた。


その時。シャキーラは膝をつき、口から血をこぼしながらも最後の魔力を振り絞る。

「まだ……終われないよ……。」

震える唇が、かすれた旋律を紡いだ。


幻惑の唄。

たったワンフレーズ。

それだけだった。

しかし、その歌声はラムールたちの意識を一瞬だけ揺らがせる。


魔物たちの動きが止まる。


「……今だ。」

クリスティアンは静かに目を開いた。

その瞬間まで、彼は残された全魔力を練り続けていた。


「フレイムゾーンッ!!」


轟音。

圧縮された炎が爆発的に解き放たれる。

紅蓮の奔流はラムールの群れを丸ごと飲み込み、逃げ場を与えない。

炎は戦場を焼き尽くし、やがて静寂だけが残った。


クリスティアンは剣を地面へ突き立てる。

膝をつき、脂汗を浮かべながら傷口を押さえた。

「よ……よし。倒し切った……。」

その声と同時に力が抜ける。


「ほら飲みな!」


シャキーラが駆け寄り、毒消しポーションを口元へ運ぶ。

クリスティアンは苦しそうにそれを飲み込み、大きく息を吐いた。


バキッ!!


突然、ユルゲンの拳がクリスティアンの頬を打ち抜いた。

クリスティアンは地面へ倒れ込む。


「おいユルゲン!! クリスティアンがいなきゃ俺たちどうなってたか!」

ヴァンサンが慌てて止めに入る。


しかしユルゲンは振り払った。

「うるせえ!」

ヴァンサンを押しのけ、怒りに震える声で叫ぶ。

「コイツが突っ込まずに退却してたら、死ぬ思いなんかしなくて済んだんだ!」


静まり返る戦場。


クリスティアンは腫れた頬を押さえながら、小さく笑った。

「……そうだな。アンタの言う通りだ。」

そして真っ直ぐユルゲンを見据える。

「だけど、あのまま街を見捨てて逃げたら、俺は自分自身を許せなかった。」

一呼吸置き、誇りを込めて言い切る。


「パオロ・ビリンデッリの息子として。」


その言葉に、ユルゲンは何も返せなかった。


「まぁいいじゃないか。」

シャキーラが苦笑しながら肩をすくめる。

「この子のお陰で報酬も手に入るんだし。」


そう言って彼女はクリスティアンへ歩み寄る。

そして不意に彼の顔を両手で包み込み、深く口づけた。


「……ん!?」


クリスティアンは目を見開き、完全に固まる。


唇を離したシャキーラは、そのまま優しく抱き締め、耳元で囁いた。

「唄い手の女はね……アンタみたいなオトコにすぐ落ちちゃうのさ。」


「ったく……。」

ユルゲンは額を押さえてため息をつく。

「強くて顔のいい男にはすぐこれだ。」


シャキーラはくすりと笑い、挑発するように言い返した。

「あら? アタシだけじゃないよ。」

「強くて顔のいいオトコが嫌いなオンナなんて、この世には存在しないねぇ。」


ユルゲンは鼻で笑う。

「へっ……帰ったら覚えてろよ。」


シャキーラは肩をすくめて笑うだけだった。


やがてユルゲンは皆へ向き直り、大きな声で告げる。

「帰るぞ!」

夕暮れの空の下、一行はサンシーロ行きの馬車を手配し、激戦を終えた戦場を後にした。



--



夕暮れの街道を、一台の馬車がゆっくりとサンシーロへ向かって進んでいた。

激戦を終えた一行を乗せた車内には、疲労と安堵が入り混じった静かな空気が流れている。


馬車の奥では、ユルゲンとシャキーラが互いに身体を重ね合い、嬌声と水音を響かせていた。


「あん♡……まったく、今日は肝が冷えたねぇ。」

シャキーラが小さく笑う。

「フゥ……フゥ…お前まで無茶をするからだ。」

ユルゲンはぶっきらぼうに返しながらも、その表情にはいつもの険しさはなかった。

二人は言葉少なに寄り添い、互いの温もりを確かめるように過ごしていた。


その隣では…


「ぐごぉぉ……ぐがぁぁ……」


ヴァンサンが豪快ないびきを響かせながら熟睡している。

戦闘中の緊張が一気に解けたのだろう。

時折身体が揺れるたびに首が左右へ傾き、そのたびにシャキーラが苦笑を浮かべた。


「この子は本当にどこでも寝られるねぇ。」

「……ある意味、大物だな。」


ユルゲンは呆れたように鼻で笑った。


そんな三人から少し離れた席で、クリスティアンは黙ったまま両手を見つめていた。


剣を握っていた手。

紫色の返り血はすでに拭われていたが、あの戦いの感触だけは消えない。


彼はゆっくりと拳を握り、静かに呟く。

「ラムールに脇腹を刺された瞬間……痛みよりも高揚感が湧き上がってきた。」

その言葉には、自分自身への戸惑いが滲んでいた。

しばらく沈黙した後、再び小さく口を開く。

「皆の動きがはっきり見えた……。」

視線は自分の掌から離れない。

「あの時、ラムールの動きも……シャキーラが唄の準備をしているのも、全部見えていた。」


まるで時間だけがゆっくり流れているような、不思議な感覚。

極限状態で世界の見え方が変わった、あの一瞬。


クリスティアンは深く息を吐く。

「なんだったんだ……あの感覚。」


馬車の車輪が静かに音を立てる。

誰も答えられない問いだけが、夕暮れの車内に溶けていく。


「これが実戦……命のやり取りなのか?」


彼は窓の外へ目を向けた。

赤く染まる空の向こうには、帰るべき故郷が静かに待っていた。



--



夕暮れの街並みを抜け、馬車はゆっくりとサンシーロの城門をくぐった。

石畳の上で車輪が止まり、御者が「着きましたよ」と声を掛ける。


一行は疲れた身体を伸ばしながら馬車を降りた。


ユルゲンが大きく背伸びをし、どこかスッキリした表情でクリスティアンの肩を軽く叩く。

「新入り!」


クリスティアンが振り向く。

ユルゲンは口元を緩めながら言った。

「ほら、お待ちかねの報酬だ! ギルドに行くぞ!」


その隣では、シャキーラも顔を高揚させながらどこか上機嫌だった。

彼女は自然な仕草でクリスティアンの腰へ腕を回し、優しく抱き寄せる。


「そうだよ。」


妖艶な笑みを浮かべながら続けた。

「アンタはあんまり興味なさそうだけど、きちんと報酬は貰いな。」

クリスティアンが視線を向ける。

「アンタの戦果の確認としてね。」


その直後。


「ふあああああ〜!」

大きな欠伸をしながらヴァンサンが勢いよく両腕を伸ばした。

「よく寝たぜ!」

眠気など一瞬で吹き飛んだように拳を握り締める。

「さぁ、報酬貰ったらロマニスタだ!!」

目を輝かせながら高らかに宣言した。

「ヴァレンティーナを今日こそ落とすぞ!!」


そのあまりの勢いに、ユルゲンは呆れ顔になる。

「お前は本当に懲りねぇな……。」

シャキーラも肩を震わせて笑った。


そんな仲間たちのやり取りを聞きながら、クリスティアンは静かに呟く。

「戦果の確認か……。」

自分の手のひらを見つめる。


あの戦いで守れた命。

積み重ねた経験。

それらすべてが、自分という剣士の証になる。


やがて小さく笑みを浮かべた。


「そうだな。」

仲間たちへ視線を向ける。

「ありがたく頂戴しよう……。」

そして少し照れくさそうに笑った。

「女に飯を奢られる情けない思いは、もうしたくない。」


その言葉にシャキーラは吹き出し、ヴァンサンは豪快に笑い、ユルゲンも思わず口元を緩めた。

激戦を乗り越えた四人は、笑い声を響かせながらギルドへ向かって歩き始めた。

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