episode5(adventurer)Chapter5
クリスティアンは瓦礫を飛び越え、ラムールの群れを追って駆け抜ける。
やがて広場へ辿り着いた、その瞬間足が止まった。
「……っ!」
そこに広がっていたのは、戦場とはまた違う地獄だった。
先行していた冒険者たちが、あちこちで倒れている。
まだ若い冒険者。
ベテランらしき男。
女冒険者。
皆、無残な姿で息絶えていた。
そして、その亡骸には。
無数のラムールが群がり、腹を脈打たせながら次々と卵を産み付けている。
粘液にまみれた卵が、傷口へと押し込まれていく。
羽音だけが辺りを支配していた。
「ギギギ……」
「ギィィ……」
産卵を終えたラムールが飛び立つと、別の個体が新たな死体へ降り立つ。
終わりの見えない繁殖。
まるで街そのものを巣へ変えようとしているかのようだった。
クリスティアンは顔を青ざめさせる。
喉が震える。
「なんてことだ……」
拳を握る。
怒りより先に、言葉を失うほどの衝撃だった。
ヴァンサンもその光景を見て歯を食いしばる。
「チッ……」
拳を震わせた。
「報酬に目が眩んだEランクから上がりたての雑魚共が……」
悔しそうに吐き捨てる。
「無理するからだ。」
言葉は冷たい。
だが、その目には仲間を失った怒りと無念が滲んでいた。
ユルゲンは帽子を深く被り直し、頭を抱えた。
「これがラムールがBランクの理由だ……」
苦々しく呟く。
「一匹一匹は大した事がねぇ。」
ラムールの群れを睨む。
「だが、その場ですぐ数を増やしちまう。」
街中へ視線を向ける。
卵。
死体。
飛び回る成虫。
「チッ……。」
深く舌打ちする。
「害虫駆除にしては報酬が美味すぎると思ったぜ。」
ようやく理解した。
依頼主が提示した高額報酬。
それは危険度を知っていたからだった。
最後尾から追いついたシャキーラは、その惨状に息を呑む。
「……こんな。」
掠れた声が震える。
「こんな大量のラムールなんて初めてだよ……。」
リュートを抱く手にも力が入らない。
彼女はゆっくりと街並みを見渡した。
崩れた家屋。
逃げ惑う住民。
空を埋め尽くす羽音。
そして、増え続ける魔獣。
「一体……。」
掠れた声で呟く。
「サンシーロ……いや、西大陸で何が起こっているんだい?」
その問いに答えられる者は、誰一人いなかった。
ただ、不気味な羽音だけが、オリンピコの空を覆い尽くしていた。
「いやあああああっ!!」
甲高い悲鳴が街角に響いた。
買い物籠を抱えた若い娘が石畳に尻もちをつき、涙を流しながら後ずさる。その頭上では…
ギギギギギッ!!
十数匹のラムールが獲物を見つけたように一斉に急降下してきた。
鋭い顎が陽光を鈍く反射する。
「助けてぇぇぇ!!」
娘は目を固く閉じた。
その瞬間。
「うおおおおおっ!!」
ドンッ!!
クリスティアンが全力で飛び込み、娘を抱き抱えながら横へ転がる。
ラムールの顎が、ほんの数センチ横の石畳を噛み砕いた。
「大丈夫か!?」
娘を庇うように前へ立つ。
すぐさま腰を落とし、
「邪魔だぁぁぁ!!」
レジスタが閃く。
ズバァッ!!
先頭のラムールを胴から真っ二つに切り裂いた。
紫色の体液が飛び散る。
「早く逃げろ!!」
娘は涙を流しながら何度も頭を下げ、必死に街の奥へ駆けていった。
その少し後方。
シャキーラは震える手でポーションの栓を抜き一気に飲み干す。
苦い薬液が喉を通り失われた魔力がわずかに戻る。
「はぁ……。」
まだ足りない。
それでもリュートを抱き直す。
(みんな……。)
苦しそうに息を吐く。
(もう少しだけ耐えておくれよ。)
誰にも聞こえない願いだった。
一方。
「チィッ!!」
ヴァンサンは四方を囲まれていた。
一匹斬る。
二匹目を蹴り飛ばす。
しかし。
三匹。
四匹。
五匹。
次々と頭上から降ってくる。
「数が多すぎる!!」
その瞬間だった。
ヒュンッ!!
一本目。
ラムールの頭を射抜く。
ヒュンッ!!
二本目。
羽を貫き地面へ叩き落とす。
ヒュンッ!!
三本目。
ヴァンサンの死角から迫っていた個体の眼を射抜いた。
ヴァンサンが驚いて振り返る。
「クリスティアン!」
クリスティアンは離れた屋根の上から次々と矢を放っていた。
正確無比。
一射一殺。
しかし。
最後の一本を放ったあと。
矢筒を覗き込み、表情が変わる。
「くっ……。」
舌打ちする。
「もう予備の弓がない。」
矢が尽きた。
ユルゲンが戦場全体を見渡しながら叫ぶ。
「新入り!!」
クリスティアンが振り返る。
「お前が前線に出ろ!!」
剣を振るいながら怒鳴る。
「ヴァンサンと代われ!!」
「わかった!!」
クリスティアンは即座に返事をすると屋根から飛び降りた。
着地と同時にレジスタを引き抜く。
そのまま一直線にヴァンサンの元へ走る。
その頃ヴァンサンは。完全に包囲されていた。
ラムールが一斉に飛び掛かる。
「うわぁぁあああ!!」
顔面蒼白。
「助けてくれぇぇ!!」
その瞬間。
銀色の閃光。
ズバァァァァッ!!
飛び掛かったラムールが胴から真っ二つになって吹き飛ぶ。
紫色の返り血が舞う。
ヴァンサンの目の前には。
レジスタを振り抜いたクリスティアンが立っていた。
振り返ることなく言う。
「俺が代わる。」
ラムールの群れを睨む。
「引け!!」
ヴァンサンは一瞬だけ悔しそうに歯を食いしばった。
それでも状況は理解している。
「……頼む!」
そう叫び、後方へ飛び退いた。
代わって前線へ立ったクリスティアンは、レジスタを正眼に構える。
迫り来る無数のラムールを前に。
その瞳だけは、一切揺らいでいなかった。
そして血走った瞳で剣を握り締めると、肺の奥から絞り出すような咆哮を放つ。
「はぁぁああああああああッ!!」
一歩踏み込むたび、剣閃が紫色の軌跡を描く。
ザシュッ!!
ラムールの首が宙を舞い、紫色の返り血が噴水のように吹き上がる。
ベチャッ!!
その返り血はクリスティアンの鎧や顔、髪までも染め上げた。しかし彼は一切気にする様子もなく、次の獲物へと突進する。
「まだだぁぁぁ!!」
横薙ぎの一閃で二体をまとめて両断し、その勢いのまま振り返って背後から襲い掛かる一体の胴を真っ二つに裂く。
ズドォン!!
倒しても倒しても、ラムールは次々と押し寄せてくる。
それでもクリスティアンの足は止まらない。
「来い……全部俺が相手になってやる!!」
紫の返り血を全身に浴びた姿は、まるで戦場を駆ける鬼神そのものだった。
少し離れた場所では、シャキーラが震える手で最後のポーションを飲み干し、魔力を必死に練り続けていた。
額からは汗が滝のように流れ落ちる。
「耐えておくれよ……後もう少し……」
祈るように呟きながら、仲間たちの命を繋ぐため、回復魔術の準備を止めなかった。
「援護だ!!」
ユルゲンが大声で叫び、両手を前へ突き出す。
「フレイムゾーン!!」
轟音とともに巨大な炎の奔流が一直線に戦場を焼き払う。
ゴオオオオオォォッ!!
炎はラムールの群れを飲み込み、何体もの魔物が苦しげな悲鳴を上げながら燃え上がった。
しかしユルゲンは魔力が尽きる寸前まで詠唱を止めない。
「まだ終わるかぁぁ!!」
歯を食いしばり、残された魔力を振り絞って次々とフレイムゾーンを放ち続ける。
その隣ではヴァンサンも杖を高く掲げた。
「俺も行くぞ! フレイムゾーン!!」
再び巨大な火柱が巻き起こり、ユルゲンの炎と重なり合う。
二人の魔法はまるで巨大な炎の壁となってラムールの群れへ襲い掛かり、戦場を赤く照らした。
爆炎の向こうでは、紫色の返り血を浴びたクリスティアンがなおも剣を振るい続けていた。
炎と剣が交錯する中、仲間たちは互いを信じ、一歩も退くことなく魔物の大群へ立ち向かっていくのだった。




