↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode5(adventurer)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/125

episode5(adventurer)Chapter4

街道の先に、農業都市オリンピコの城壁が見え始めた。


「見えてきたな。」

ユルゲンが手綱を軽く引く。

その瞬間だった。


ブゥゥゥゥン!!


耳障りな羽音が一斉に響く。


「っ!?」


黒い影が四つ。

人間ほどもある巨大な虫型魔獣が、凄まじい勢いで馬車へ突っ込んできた。


「ラムールだ!!」

ヴァンサンが叫ぶ。


ドゴォン!!


一匹が馬車の側面へ激突する。

車体が大きく傾く。

続けざまに二匹、三匹。

最後の一匹が屋根を突き破る勢いで体当たりを仕掛けた。


馬が悲鳴を上げる。

「ヒヒィィィン!!」

荷台の全員が大きく宙へ放り出された。


ユルゲンは空中で身体を捻り、綺麗に地面へ着地する。

砂煙を上げながら剣を抜いた。

「チッ……。」

周囲を見回す。

「数、増えすぎだろ。」


一方、ヴァンサンも転がりながら受け身を取る。

「おいおい!」

耳を逆立てる。

「これがDランクのクエストかよ!」

声が震えていた。


四匹だけではない。


茂みの奥。

木々の上。

畑の向こう。

無数の羽音が響いている。

まだ何匹いるのか分からない。


「アンタ達!」

シャキーラが叫ぶ。

「落ち着きな!!」

彼女は素早くリュートを抱え、深く息を吸った。


そして。


透き通るような歌声が戦場へ響き渡る。


優しく。

どこか切ない旋律。

風がその歌を運び、辺り一帯を包み込んでいく。


ラムールたちの羽音が僅かに乱れた。

赤く光っていた複眼がゆっくりと揺れる。

動きが鈍くなる。

幻惑と眠りを誘う吟遊詩人の魔歌だった。


少し離れた場所へ着地したクリスティアンは、砂埃を払いながら静かに立ち上がる。

受け身は完璧だった。傷一つない。

耳に届く歌声へ意識を向ける。


「……不思議な歌声だ。」


自然とそう呟く。

身体の緊張が和らぎ、荒れていた心まで静かになっていくような感覚だった。


シャキーラは歌いながら三人へ視線を向ける。

そして力強く叫ぶ。


「私が歌うわ!」


歌を止めないまま微笑む。


「頼むわよ!!」


その一言で、前衛三人は一斉に武器を構えた。

眠りの旋律が戦場を支える中、インテリスタの初陣が幕を開けた。


「数が多すぎる!!」

クリスティアンが一歩前へ踏み出す。

右手を前へ突き出し、魔力を一気に解放した。


「フレイムゾーン!!」


ゴォォォォォッ!!


紅蓮の炎が扇状に広がる。

一匹ではない。

十数匹ものラムールを飲み込むほどの広範囲攻撃だった。だが…


「チッ!」

クリスティアンは舌打ちする。


範囲を広げ過ぎた。

一匹一匹への威力が分散し、外殻を焦がす程度に留まってしまう。

ラムールたちは悲鳴を上げながらも飛行を続けていた。

致命傷には程遠い。


しかし。十分だった。

炎を嫌ったラムールたちの隊列が乱れる。

飛行速度が落ちた。


「いい牽制だ、新入り!!」

ユルゲンが豪快に笑う。

「そのまま散らせ!」

地面を蹴る。


ドンッ!!


一瞬でラムールの群れへ飛び込む。


「おらぁぁぁ!!」

斬撃一閃。


ザシュッ!!


紫色の体液が噴き上がる。

返り血がユルゲンの頬や鎧へ飛び散る。

さらに返す刃でもう一匹。

「邪魔だ!」


ズバァッ!!


二体目も真っ二つになって地面へ落下した。


「負けてられるかよ!!」

ヴァンサンも跳躍する。

兎獣人特有の脚力で一気に間合いを詰めた。


「はぁぁぁっ!!」

鋭い連撃。


一閃。

二閃。


ギュバッ!!


二体のラムールがほぼ同時に胴を断たれ、畑へ叩き落とされる。


「へっ!」

鼻で笑う。

「こんなの朝飯前だ!」


その後方。

シャキーラは額に脂汗を浮かべていた。


「はぁ……」

歌を止めない。

美しい旋律を紡ぎ続ける。

幻惑の効果を切らせば、一気に包囲される。

魔力も体力も激しく消耗していた。

それでも歌い続ける。


「まだ……」

声が震える。

「まだ終われない……」


クリスティアンは既に次の行動へ移っていた。


背中から弓を抜く。

矢を番える。

狙いは空。


「そこだ。」


ヒュンッ!!


一本目。ラムールの複眼を射抜く。


「ギィィッ!!」


魔獣が錐揉みしながら落下する。

間髪入れず。


二本目。

三本目。

四本目。


矢はまるで吸い込まれるように急所へ突き刺さった。

空を飛ぶラムールたちが次々と地面へ墜ちていく。


クリスティアンが叫ぶ。

「今だ!!」

弓を引いたまま視線だけをヴァンサンへ向ける。

「落ちたラムールを斬れ!!」


ヴァンサンの耳がぴくりと動く。

「俺に指図するな!!」

そう怒鳴りながらも。

「おらぁぁぁ!!」

落下してきたラムールへ一直線に駆ける。


ズバァァッ!!


腹部へ深々と剣を突き立てた。

紫色の体液が勢いよく飛び散る。


「ギャァァァァッ!!」


断末魔を上げ、ラムールは完全に動かなくなった。

ヴァンサンは剣を引き抜き、ニヤリと笑う。

「……だが。」

クリスティアンを横目で見る。

「悪くねぇ連携だ。」


素直には認めない。

それでも二人の呼吸は、戦いの中で少しずつ噛み合い始めていた。


…しかし戦場へ響いていたシャキーラの歌声が、不意に乱れた。


「――ゴホッ!」


歌が途切れる。

口元を押さえた手の隙間から、赤い血がぽたりと地面へ落ちた。


「シャキーラ!」

ユルゲンが振り返る。


シャキーラはリュートを抱えたまま膝をつき、肩で荒く息をしていた。


「はぁ……はぁ……」


喉が焼けるように痛む。

何度も歌い続けた代償だった。

彼女は掠れた声で笑おうとする。


「ごめんよ……。」


息を吸うたび、喉が笛のように鳴る。


「これ以上は……魔力と声が……」

「ヒュー……ヒュー……」


もはや歌を紡ぐことはできなかった。


ユルゲンは舌打ちした。

「チッ……。」

状況を一瞬で見極める。

「俺達は長期戦は向いてねぇ。」

シャキーラへ声を飛ばす。

「シャキーラ! 立てるか!?」


シャキーラは膝に手をつき、ふらつきながら立ち上がった。

「身体は……」

息を整える。

「なんとか動くよ……。」

掠れた笑みを浮かべる。

「こりゃ……ズラからなきゃね。」


ヴァンサンも周囲を見回した。

まだ羽音は止まらない。

ラムールも減ったとはいえ、群れそのものは健在だった。


「チッ……。」

剣を鞘へ納める。

「報酬は惜しいが……。」

深く息を吐く。

「命あっての冒険者だからな。」


撤退。

それが最善だ。

誰も異論はなかった。


…ただ一人を除いて。


「ダメだ!!」

クリスティアンの叫びが響く。


全員の視線が彼へ向く。

彼は空を指差していた。


「見ろ!!」

ラムールの群れが二手に分かれている。


一方は戦場の上空。

そして、もう一方は。

オリンピコの街。

民家が立ち並ぶ方向へ一直線に飛んでいた。


「まずい……!」

ユルゲンの顔色が変わる。


さらに別方向では。

逃げ遅れた農夫へ一匹のラムールが襲い掛かった。


「やめ…!!」


叫ぶ暇すらない。


ブシュッ!!


鋭い顎が肉を裂く。

男は悲鳴を上げる間もなく倒れ伏した。

その死体へ、別のラムールがゆっくりと降り立つ。

腹部が脈打つ…そして。


ヌチャッ………


白く濁った卵が、遺体の傷口へ次々と産み付けられていく。


さらにもう一体。

また一体。

辺りには不気味な羽音だけが響いていた。


クリスティアンは拳を握り締める。

「このままじゃ……!」

歯を食いしばる。

「オリンピコが大変なことになる!!」


そのまま駆け出そうとする。

しかし。


「バカ!!」

ヴァンサンが怒鳴った。

「そんなもん騎士団に任せろ!!」

必死の形相だった。

「これ以上はもう冒険者の仕事じゃねぇ!!」


クリスティアンは間髪入れずに反論する。

「俺は騎士団だ!!」


クリスティアンは止まらない。

街へ向かって一直線に走る。


ヴァンサンは頭を抱えた。

「あぁ……もう!!」

毒づきながらも剣を抜き直す。

「この命知らずが!!」

結局、クリスティアンの背中を追って走り出した。


その姿を見たユルゲンは深くため息を吐く。

「……まったく。」

口元には苦笑が浮かぶ。

「だから騎士団上がりは厄介なんだよ。」

そう呟くと、自らも剣を握り直し、二人の後を追って駆け出した。


シャキーラも掠れた息を漏らしながら笑う。

「結局……。」

リュートを抱え直す。

「インテリスタは全員、お人好しなんだから。」


四人は再び、ラムールの群れへ向かって走り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。