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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode5(adventurer)

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episode5(adventurer)Chapter3

「ケッ。」

鼻で笑う声が響いた。

「気に入らねえ。」

腕を組み、鋭い前歯を覗かせながら一人の兎獣人の男がクリスティアンを睨んでいた。

長い耳を苛立たしげに揺らし、細身ながらも鍛え上げられた身体には自信が滲んでいる。

値踏みするような視線。

露骨な敵意だった。


ユルゲンは肩を竦める。

「あぁ。」

親指でその男を指した。

「こいつはヴァンサン・カッサーノ。」


苦笑する。


「一応、ウチのエースだ。」


「一応って何だよ!」

ヴァンサンがすぐさま噛み付く。

「ちゃんとエースって言え!」


「おい、新入り!」

長い耳をぴんと立てる。

「テメェはサポートだけしてろ。」

ニヤリと笑う。

「エースはオレだからな。」

そのままクリスティアンの目の前まで歩み寄ると、自分の胸を親指でドンと叩いた。


クリスティアンは無表情だった。

「あぁ。」

短く返事をする。

その瞬間。


パチッ


彼の指先で赤い火花が弾けた。


ヴァンサンが眉をひそめる。

「……?」


次の瞬間だった。


ボォッ!!


ヴァンサンの耳元すれすれを灼熱の炎が駆け抜ける。


詠唱はない。

前触れもない。

ただ一瞬で放たれた。

炎魔術フレイムゾーン。

炎は壁へ当たる寸前で掻き消え、焦げ跡だけを残した。


ギルド中が静まり返る。


ヴァンサンの長い耳が熱風で揺れていた。

「な……。」

驚愕で言葉を失う。


クリスティアンは肩を竦めた。

「心配するな。」

静かに笑う。


「魔術も使えるし。」

指を一本立てる。


「弓も使える。」

二本目を立てる。


「サポートしろってんなら、サポートに徹してやるよ。」

そして。ヴァンサンへ真っ直ぐ視線を向ける。

その瞳は挑発的だった。


「……ただし。」

ニヤリと笑う。

「絶対仕留めろよな。」


ヴァンサンの額へ青筋が浮かぶ。

耳がぴくぴくと震えた。

「テメェ……。」

拳を握り締める。

「舐めやがって……!」

今にも飛び掛かりそうな勢いだった。


しかし。ユルゲンは豪快に笑う。

「ガハハハハ!!」

腹を抱える。

「面白ぇじゃねぇか!」


シャキーラも狐耳を揺らしながらくすくす笑った。

「ヴァンサン。」

妖艶に微笑む。

「エースの座、危ないんじゃない?」


「うるせぇ!!」

ヴァンサンは真っ赤になって叫ぶ。

「この依頼で絶対認めさせてやる!」


クリスティアンはその様子を見て、静かにレジスタへ手を添えた。

「期待してる。」


その一言が、さらにヴァンサンの闘争心へ火をつけた。


ユルゲンは満足そうに腕を組む。

「よし。これで面白くなってきたな。」


インテリスタの新たな依頼は、早くも火花を散らしながら幕を開けようとしていた。

クリスティアンはレジスタの位置を軽く確かめながら、隣を歩くユルゲンへ視線を向ける。

「そういえば。」

首を傾げる。

「クエストの内容はどんな内容なんだ?」


ユルゲンは歩みを止めず、あっさり答えた。

「オリンピコで多発してる」

一拍置く。

「害虫駆除だ。」


クリスティアンは思わず聞き返した。

「害虫駆除?」

眉をひそめる。

「魔獣退治じゃなくて?」


その横でシャキーラがくすっと笑った。

「同じようなものさ。」

狐耳を揺らしながら説明する。

「ラムールのことだよ。」

妖しく目を細める。

「虫型のBランク魔獣ね。」


「ラムール……。」

クリスティアンはその名を頭の中で反芻した。

村の周辺では聞いたことのない魔獣だった。


「へっ!」

ヴァンサンが鼻で笑う。

「そんなもん。」

胸を叩く。

「オレが全部片付けてやる。」

自信満々に鼻を鳴らした。


しかし。ユルゲンは呆れたように頭を掻く。

「それで前回調子乗って。」

ため息をつく。

「貴重なポーション使い切っただろうが。」


ヴァンサンの耳がぴくりと動く。

「うっ……。」

目を逸らす。

「……あれは事故だ。」


「事故で三本も空になるか。」


「うるせぇ!」


シャキーラが腹を抱えて笑った。

「あははっ!」

「ほんと懲りないねぇ、ヴァンサンは。」


ヴァンサンは顔を真っ赤にして抗議する。

「今回はちゃんとやる!」

「絶対ノーダメージで終わらせる!」


「はいはい。」

シャキーラは軽く手を叩いた。

「ほら、行くよ! みんな。」

ギルド前へ停めてあった一台の馬車を指差す。


荷台には武器やロープ、保存食、回復薬などが手際よく積み込まれていた。

冒険者仕様の実用的な馬車だった。


ユルゲンが御者台へ飛び乗る。

「出発するぞ。」


ヴァンサンは鼻を鳴らしながら荷台へ乗り込む。

「今回はオレが全部仕留める。」


「はいはい。」

シャキーラも軽やかに馬車へ乗り込み、クリスティアンへ手を差し伸べた。

「新人くん。隣、空いてるよ?」


クリスティアンは苦笑しながらその手を借りずに荷台へ飛び乗る。

「悪い。自分で乗れる。」


シャキーラは肩を竦めた。

「つれないねぇ。」


ユルゲンが手綱を鳴らす。

「行くぞ!」


パシンッ!


馬が勢いよく駆け出した。

石畳を車輪が軽快に転がり、サンシーロの街並みがゆっくりと遠ざかっていく。


進路は北東。農業都市オリンピコ。


クリスティアンは揺れる馬車の上で、遠ざかる王都を静かに見つめた。


(騎士団とは違う実戦……。)

レジスタの柄をそっと握る。

(ここで俺は、もっと強くなる。)


新たな戦場へ向け、インテリスタの馬車は夕陽に染まる街道を駆け抜けていった。



--



その頃セリーナの家。

カチャリ、と玄関の扉が開く。


「ただいま……」


仕事を終えたセリーナは、疲れたようにヒールを脱ぎ、静かな部屋へ足を踏み入れた。

昼間まで誰かがいた温もりは、もう残っていない。

ふとテーブルの上に一枚の紙が置かれているのに気付く。


「あら?」


手に取り、ゆっくりと目を通した。


「ありがとうセリーナ。

でもオレは行きます。

いつまでも休んでられない……

残り三日、何かを掴んでから戻ります。」


読み終えたセリーナは、小さく息を吐いた。

「もう!」

少しだけ頬を膨らませる。

「何も置き手紙まで残さなくても……」


苦笑しながら寝室へ向かう。

まだ僅かに皺の残るベッドへ腰を下ろすと、指先でシーツを撫でた。

そこには、つい数時間前までクリスティアンが眠っていた名残がある。


「でも……」

優しく微笑む。

「そういうところなのよね。」


そのまま仰向けに寝転び。

天井を見つめながら、小さく呟いた。

「親子揃って。」


パオロもまた、一度剣を握れば誰にも止められなかった。

危険だと知っていても、人のために戦場へ向かう男だった。

そして息子も同じ。


「また暫く……さみしくなるわ……」


静かな部屋に、その独り言だけが溶けていった。



--



一方その頃。

オリンピコへ向かう街道。


馬車は心地よい揺れと共に街道を進んでいた。

ユルゲンが御者台から後ろを振り返る。


「よし。」

手綱を軽く引く。

「暫く休憩だ。」


馬車がゆっくりと街道脇へ停まる。


クリスティアンは不思議そうな顔をした。

「オリンピコまであと十五分くらいじゃないんですか?」


ユルゲンは笑う。

「だからだよ。」

大きく伸びをする。

「戦闘前にちょっと休憩だ。」


そう言うと、隣に座っていたシャキーラをぐいっと引き寄せた。


「きゃっ。」

シャキーラは肩をすくめながら笑う。

「もう〜。」

狐耳をぴこりと揺らす。

「私はクリスティアンくんとおしゃべりしたいのに。」


ユルゲンは鼻で笑った。

「うるせえ。」

肩を抱き寄せ、胸を愛撫する。

「テメェにはオレがお似合いだ。」


シャキーラは呆れたように笑いながらも、抵抗する様子はない。


その様子を見たクリスティアンは思わず目を逸らした。

「おい……。」

頭を掻く。

「オレとヴァンサンがいるんだぜ。」

居心地が悪そうに身を引く。


するとヴァンサンは肩を竦めた。

「いつもの事だよ。」

シャキーラの喘ぎ声と卑猥な水音が聞こえる中、ため息交じりに笑う。

「もう慣れた。」


クリスティアンは驚いた顔をする。

「慣れたって……。」


ヴァンサンは苦笑した。

「クエストなんざ。」

呆れたようにユルゲンを見る。

「あの二人にとっちゃ、一緒にイチャつく理由付けみたいなもんだからな。」


ユルゲンは聞こえていたのか、豪快に笑った。

「違いねぇ!」


シャキーラも吹き出す。

「否定しないんだ。」


「しねぇよ。」

ユルゲンはニヤリと笑う。

「仕事は仕事。」

「休む時は休む。」

「その切り替えが長生きの秘訣だ。」


そう言って「すっきりした顔」で立ち上がると、腰の剣を軽く叩いた。


「……さて。」


表情が一変する。

歴戦の冒険者の顔だった。


「休憩は終わりだ。」

「オリンピコに入れば、いつ魔獣と遭遇してもおかしくねぇ。」


その一言で、馬車の空気が引き締まる。

クリスティアンも静かにレジスタへ手を添えた。


十五分後。


彼らは、虫型Bランク魔獣《ラムール》が大量発生しているオリンピコへ到着しようとしていた。

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