episode5(adventurer)Chapter1
セリーナの家を出たクリスティアンは、朝のサンシーロを一人歩いていた。
石畳の大通りには既に人々が行き交い、露店からは焼きたてのパンや珈琲の香りが漂ってくる。
だが彼の視線は街並みには向いていなかった。
胸の内にあるのは、ただ一つ。
強くなりたい。
その想いだけだった。
「まずは……訓練でもいい。」
腰のレジスタを軽く叩く。
「身体を動かさないと鈍っちまう。」
そう呟きながら、彼はロッソ・ネーロ第二十番隊の訓練場へ向かった。
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木剣のぶつかり合う乾いた音が響く。
訓練場では隊員たちが汗を流し、隊長の号令の下で組み手を繰り返していた。
クリスティアンは柵の前まで歩み寄る。
「ロマニョーリ隊長!」
訓練を指揮していた男が振り返る。
ロッソ・ネーロ第二十番隊隊長、マッシモ・ロマニョーリだった。
「そこを何とか!!」
クリスティアンは頭を下げる。
「見学だけでもいいんです! お願いします!」
ロマニョーリは腕を組み、ため息をついた。
「ダメだダメだ。」
手をひらひらと振る。
「お前は休暇中だろ。」
呆れ顔のまま背を向ける。
「訓練の邪魔だ。帰れ。」
「えぇぇ……」
あまりにもあっさり追い返され、クリスティアンは肩を落とした。
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訓練場から離れながら、小さくぼやく。
「マウロ隊長といい……。」
ため息を吐く。
「みんな訓練くらい見学してもいいじゃないか。」
その時だった。
「どうした?」
聞き慣れた声が背後から響く。
「浮かない顔だな。」
振り返ると、腕を組んで笑うエンツォ・コッツァが立っていた。
「エンツォ!」
クリスティアンは少し嬉しそうな表情になる。
「実はさ。」
頭を掻きながら苦笑する。
「そろそろ実戦を経験したいんだが、みんな相手にしてくれなくて……。」
エンツォは「なるほどな」と笑った。
「確かに。」
肩を竦める。
「今はビアンコ・ネーロとネラッズーロは訓練どころじゃない。」
戦死者が相次ぎ、各隊は再編と補充に追われている。
「ロッソ・ネーロも、お前が休暇中なのを知ってるからな。」
「わかってる……。」
クリスティアンは俯いた。
「でも、このままセリーナに甘えてても何も始まらない……。」
拳を強く握る。
「ケイスケさんが死んで、アウローラが行方不明なんだ。」
唇を噛み締める。
「今のままじゃ戦場なんか行けない。」
そして静かに呟く。
「セリーナに相応しい男にもなれない。」
エンツォはその顔を見るなり、口元を緩めた。
「へぇ……。」
ニヤニヤしている。
「セリーナか。」
わざと間を空ける。
「すっかり呼び捨てかぁ?」
「よせよ。」
クリスティアンは顔を赤くしながら睨む。
「こっちは真剣なんだ。」
「ハハハ!」
エンツォは腹を抱えて笑う。
「いやぁ、あのクソ猫がいたらどんな顔しただろうな。」
ひとしきり笑った後、不意に表情を引き締めた。
「まぁ。」
少し声を潜める。
「実戦を積む方法は無くはない。」
クリスティアンが勢いよく顔を上げる。
「あるのか?」
「ある。」
エンツォはニヤリと笑った。
「ただし。」
人差し指を立てる。
「マウロにバレたら説教じゃすまんがな…お前冒険者って知ってるか?」
突然の問いだった。
「あー……。」
クリスティアンは記憶を辿る。
「確か村にもよく泊まりに来てたな。」
「ああ。」
エンツォは頷く。
「お前の村みたいに騎士団もいない地域が守られているのは、冒険者がいるからだ。」
腕を組む。
「要は、よく言えば魔獣退治の専門家だな。」
そして苦笑する。
「悪く言えば、騎士団やネラッズーロにすらなれない賞金稼ぎのゴロツキだ。」
クリスティアンの表情が明るくなる。
「なんだ。あるんじゃないか。」
しかし。エンツォは真剣な眼差しで彼を見つめた。
「だが甘くねえぞ。」
その一言には重みがあった。
「魔獣は下手な人間より強い。」
さらに続ける。
「何より、冒険者の奴等にモラルなんかありゃしねえ。」
街の喧騒が遠く聞こえる。
「街の治安を維持する為に出来たゴロツキ専門の職業だ。」
「時には賞金で揉める。」
「他のギルドに殺されて獲物を奪われる。」
静かに言い切った。
「戦場より危険だぜ。」
クリスティアンはしばらく黙っていた。
やがて、不意に笑う。
そしてエンツォの肩へ腕を回した。
「サンキュー。」
その瞳には決意が宿っていた。
「今の俺には、それくらいがピッタリだ。」
エンツォは呆れたように笑う。
「やっぱり止めても無駄か。」
「当然。」
クリスティアンは親指を立てる。
「じゃあ行ってくる。」
そう言うと踵を返し、大通りを駆け出した。
目指す先はサンシーロ冒険者ギルド。
新たな実戦の舞台が、彼を待っていた。
サンシーロ中央区。
石造りの巨大な建物の前で、クリスティアンは足を止めた。
入口の上には無骨な鉄看板。
--冒険者ギルド--
昼間にもかかわらず、中からは怒鳴り声や笑い声、ジョッキのぶつかる音が漏れ聞こえてくる。
騎士団の詰所とはまるで違う空気だった。
クリスティアンは小さく息を吐く。
「……ここか。」
その瞬間だった。
「兄ちゃん……。」
ねっとりとした声が耳元で響く。
「いい剣持ってんなぁ。」
振り向くと、薄汚れた革鎧を着た蛙獣人が立っていた。
盗賊のような風貌。
長い舌をちろちろと伸ばしながら、レジスタを舐めるように眺めている。
「売ったら高そうだ。」
いやらしい笑みを浮かべた。
クリスティアンも口元を吊り上げる。
「へぇ……。」
妖しく笑う。
「見る目あるじゃないか。」
蛙獣人は肩を揺らした。
「惜しいな。」
舌を伸ばす。
「お前みたいな若くていい男は、女冒険者からチヤホヤされただろうによ。」
クリスティアンは鼻で笑った。
「最近女運が上向いてきてな。」
軽く肩を竦める。
「そうなるといいな。」
「果たしてそうなるかなぁぁ!!」
ビュンッ!!
長い舌が鞭のように伸びる。
同時に短剣が閃いた。
しかし。
「遅ぇ。」
クリスティアンは半歩だけ身体を逸らす。
刃は空を切った。
そのまま蛙獣人の腕を掴み
ドォン!!
一本背負いのように豪快に投げ飛ばした。
「ゲコッ!!」
蛙獣人は石畳へ叩きつけられ、そのまま白目を剥いて伸びた。
クリスティアンは見下ろす。
「テメェ如き。」
腰のレジスタには一切触れない。
「レジスタを抜くまでもねぇ。」
冷たく言い放ち、そのままギルドの扉を押し開けた。




