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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode4(ambush)

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episode4(ambush)Chapter12

カンプノウ宮殿玉座の間。

重厚な石柱が並ぶ広間には、張り詰めた空気が漂っていた。

玉座に腰掛けるペレスの前へ、二人の男が静かに歩み出る。


セルゲイ・カマーチョ。

そしてジョルディ・バケーロ。


二人は膝をつき、頭を垂れた。


ペレスは静かに口を開く。

「待ち伏せ作戦……失敗したようだな」


その低い声だけで空気が凍り付く。

誰一人として顔を上げられない。


「カマーチョ将軍」

「……はっ」

「貴様ほどの男が指揮を執っていながら、敵を取り逃がした」


カマーチョは歯を食いしばる。

「申し開きもございません」


ペレスはゆっくりと視線をジョルディへ移した。


「バケーロ」

「はっ」

「貴様ほどの騎士がおめおめ帰ってきたのだから、何も成果が無かったとは言うまい」


ジョルディは拳を強く握る。

悔しさを滲ませながら答えた。

「ガエターノ・デルピエロが生きていました……」


広間がざわつく。


「何だと?」

「デルピエロだと?」


貴族も将軍たちも顔色を変える。

ジョルディは続けた。

「新規の特選部隊…アッズーリの隊長として現れました」


その一言で玉座の間はさらに騒然となる。

ペレスの眉が僅かに動く。

「なんと……」

ゆっくり立ち上がる。

「新規の特選部隊とな」


ざわめきは止まらない。

四年前に死んだはずの男。

しかも特選部隊を率いていた。

誰もが予想していなかった報告だった。

その時だった。


「フン」


一人の男が鼻で笑う。

玉座の間の隅に立っていた長身の騎士。

エミリアーノ・ラウール

腰には漆黒の名刀《ジャブラニ》。

彼は周囲を一瞥すると、興味なさそうに踵を返した。


「くだらん」


冷たい声だけを残す。


「何が来ようと、我がジャブラニの錆にするまでのこと」


それだけ言うと、そのまま部屋を出て行こうとする。


ジョルディは思わず声を張り上げた。

「先生!」


エミリアーノの足が止まる。


「ガエターノ・デルピエロだけではありません!」

ジョルディは叫ぶ。

「纏めているのは、あのマッシモ・マルディーニだと思われます!!」


一瞬だけ静寂が訪れる。

だが。エミリアーノは振り返りもしなかった。


「くだらんと言っている」


感情の欠片もない声。


「誰が来ようと」


僅かにジャブラニへ手を添える。


「パオロの剣には、どうせ遠く及ぶことはない」


そのまま何事もなかったかのように玉座の間を後にした。

重い扉が閉まる。


ゴォン……。


その音だけが広間へ響いた。


ジョルディは苦々しく拳を握り締める。

「先生は……」

誰にも聞こえないほど小さく呟く。

「パオロ・ビリンデッリを討って以来、もぬけの殻だ」

視線を閉ざされた扉へ向ける。

「先生が元のモチベーションに戻れば……」

悔しそうに奥歯を噛み締めた。

「サンシーロなど、すぐにでも壊滅してやるというのに……」


玉座の間には、重苦しい沈黙だけが残っていた。



--



サンシーロ広場

石畳の中央に、黒布で覆われた二つの棺が静かに並べられていた。


ビアンコ・ネーロ二番隊隊長――マーク・フェラーラ。

そして五番隊隊長――イゴール・パドバーノ。


風が吹くたび、掲げられた隊旗が重々しく揺れる。

集まった兵士たち、市民たちは誰一人として騒ぐことなく、ただ静かに頭を垂れていた。

英雄たちを送るには、あまりにも重い沈黙だった。


その中にクリスティアンの姿があった。

彼はマーク・フェラーラの棺の前へ歩み寄り、一輪の白い花をそっと供える。


「マーク隊長……」


唇を強く噛み締める。


「……あれだけの技量を見せた二番隊が、全滅しただなんて……信じられません。」


花弁が棺の上へ舞い落ちる。

まるで英雄の死を悼むように、ゆっくりと。


少し離れた場所から、セリーナが静かにその背中を見つめていた。

やがて彼女は歩み寄り、隣へ立つ。

「クリスティアン……」

優しく、しかし現実を突きつけるような声だった。

「わかった?」


クリスティアンは黙って耳を傾ける。


「これが戦争よ。」

風が彼女の赤みがかった髪を揺らした。

「昨日まで笑っていた人が、今日は棺の中にいる。」

一瞬だけ視線を落とす。

「私たちは、明日死んでもおかしくない身なの。」

そして、まっすぐクリスティアンを見つめた。

「それでもあなたは……絶対に負けないで。」

その言葉には、一人の女性としての願いと、戦争を知る者としての祈りが込められていた。


クリスティアンは静かに頷く。

ゆっくりと拳を握る。

「エミリアーノ・ラウールとジョルディ・バケーロを討って……」

その瞳に迷いはない。

「アウローラを見つけるまで……」

静かに息を吸う。

「俺は死なないよ、セリーナ。」


それは誓いだった。

誰に聞かせるでもない。

自分自身へ刻み込む誓いだった。


その一部始終を、広場の影から一人の男が見つめていた。

ベルナルド・パヌッチ

腕を組み、細く目を細める。


「ジョルディさんにしては……」

小さく呟く。

「戦果が少ないな……」

視線は自然とカンプノウの方角へ向く。


待ち伏せは成功したはずだった。

それにもかかわらず、予想よりはるかに少ない戦果。

そこに違和感を覚えずにはいられなかった。


「何かあったのか?」


誰に問うでもなく呟く。

風が吹く。

隊旗が揺れる。


英雄たちの棺の前で、人々はなお祈りを捧げ続ける。

その静寂の裏側で

サンシーロとカンプノウ。

二つの大国は、誰も知らぬ新たな一手を打ち始めていた。



--



場面は変わりセリーナの家。

夜間の街灯が灯り始め、寝室へ差し込んでいた。

昨日の熱をまだ残す部屋は静かで、時計の針だけが小さく時を刻んでいる。


身支度を終えたセリーナは鏡の前で最後に口紅を引き、小さく微笑んだ。


そして振り返る。

「じゃあ私はそろそろ仕事に行くわ。」

ベッドへ近づき、まだ座っていたクリスティアンの前で足を止める。

「あなたはゆっくりしてて。」

そう囁くと、彼の頬へそっと手を添えた。

クリスティアンが何か言おうと口を開くより早く。

セリーナは優しく、そして深く唇を重ねる。


長く静かな口づけ。

互いの温もりだけが流れていく。


やがてゆっくりと唇を離したセリーナは、艶やかに微笑んだ。

「行ってきます。」


「……いってらっしゃい。」

クリスティアンは少し照れながらも見送る。


玄関の扉が静かに閉まり、部屋には再び静寂だけが残った。


クリスティアンはしばらく動かなかった。

これまでの出来事が頭を過る。


初めて知った都会。

初めて知った大人の世界。

初めて知った温もり。

そして…

仲間たちが命を懸けて戦っている現実。


静かに拳を握る。

「……そろそろ休んでばかりじゃいられない。」

その声は小さいが、迷いはなかった。

「こうしてる間にも実戦を積まないと。」


ゆっくりと立ち上がる。

壁に掛けてあった制服へ袖を通し、ベルトを締め、剣帯を腰へ巻く。

レジスタを静かに佩くと、その重みが自然と背筋を伸ばさせた。


鏡へ映る自分を一度だけ見つめる。

昨日までとは少しだけ違う顔。

しかし、まだ未熟だ。

もっと強くならなければならない。


もっと。


支度を終え、部屋を出ようとしたその時だった。

クリスティアンの足が止まる。

ふと視線を向けた先。


昨夜二人が眠ったベッド。

白いシーツはまだ波打ち、微かに甘い香りが残っていた。

セリーナの温もりが、そこにまだ息づいているようだった。


クリスティアンは静かに目を伏せる。

「……ごめん、セリーナ。」

小さく呟く。

「俺は行くよ。」


その言葉は別れではない。

前へ進むための決意だった。


彼は最後に一度だけ部屋を見渡し、静かに扉を開ける。

街灯の光が廊下へ差し込む。


クリスティアン・ビリンデッリは、再び剣士として歩き始めた。

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