episode4(ambush)Chapter10
アウローラは裂けた脇腹を押さえながら、鋭く叫んだ。
「おいガキ!!」
ディメトリオは肩を跳ねさせる。
「は、はい!!」
涙目のまま返事をする。
アウローラは歯を食いしばった。
額には脂汗が浮かび、傷口からはなお血が滲んでいる。
「死にたくなかったらテメェの魔力全部使ってアタシを回復しろ!!」
必死の形相だった。
「アタシが前に出る!」
荒い呼吸を繰り返しながら、小さく毒づく。
「ちくしょう……。」
肩で息をする。
「あんな奴……身体が万全か、剣があれば……。」
悔しさに拳を震わせた。
それでも瞳の闘志だけは消えていない。
アウローラはダミアーノ神官へ振り向く。
「爺さん!」
「はい。」
「魔力が持つだけアタシを援護してくれ! いいな!!」
ダミアーノ神官は静かに頷いた。
「確かに……。」
杖を握り直す。
「そうするしかありませんね。」
その表情には覚悟が宿っていた。
アウローラは再びラピュータの群れを睨みつける。
小さく、しかし強い意志を込めて呟いた。
「クリスティアン……。」
拳を握る。
「ママは絶対にアタシが守る。」
猫耳がぴんと立ち、瞳に再び闘志が宿る。
ディメトリオは震える手で杖を構えた。
「か、回復魔術……!」
淡い緑色の光が杖先から溢れる。
恐る恐るアウローラの傷口へ手を添え、詠唱を始めた。
「どうか癒やしの光よ……。」
魔力が傷口へ流れ込み、裂けた皮膚がゆっくりと閉じ始める。
アウローラは痛みに顔をしかめながら言った。
「脇腹を特に頼む……。」
「わ、わかった!」
ディメトリオは慌てて手を伸ばす。
しかし焦るあまり手元が狂い
「あっ。」
脇腹ではなく胸元に触れてしまった。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
ゴンッ!!
「どこ触ってんだ!!」
アウローラの拳骨がディメトリオの頭へ炸裂した。
「いったぁぁぁ!!」
頭を押さえて涙目になる。
「だってデカいから……触れちゃうよ!」
必死の言い訳だった。
アウローラの耳まで真っ赤になる。
「うるせえ!!」
もう一発。
ゴツンッ!!
「さっさと治療しやがれ!」
「は、はいぃぃ!!」
涙目になりながら今度こそ脇腹へ慎重に手を当て、ディメトリオは必死に回復魔術を続ける。
その間もダミアーノ神官は迫り来るラピュータへ向けて魔術を放ち、二人を守るため懸命に時間を稼いでいた。
淡い緑色の光が、アウローラの脇腹を包み込む。
裂けていた傷は少しずつ塞がっていく。
だが…完全には届かない。
ディメトリオの額からは滝のような汗が流れ、顔色は真っ青になっていた。
「はぁ……はぁ……。」
杖を握る手が震える。
「もう……限界……。」
最後の魔力を振り絞るように呟く。
そのまま力が抜け
ふらり。
前へ倒れ込んだ。
「うわぁ……。」
ぽすっ。
勢い余って、アウローラの胸へ顔を埋めるような格好になる。
「うにゃあっ!!」
アウローラの猫耳が逆立った。
顔を真っ赤にしながら、反射的にディメトリオを突き飛ばす。
「お前!また!!」
ゴロゴロゴロッ!!
ディメトリオは地面を転がり、仰向けになって止まった。
「……。」
ぴくりとも動かない。
口元からはうっすら涎まで垂れている。
完全に魔力切れだった。
アウローラは目をぱちくりさせる。
「なんだお前……。」
倒れたディメトリオを見下ろす。
「この程度の回復でもう伸びちまったのか……??」
困惑したように頭を掻いた。
ダミアーノ神官は苦笑しながら答える。
「彼は腕はいいのですが……。」
迫るラピュータへ炎魔術を放ちながら息を整える。
「魔力が足りなくて……。」
「フレアスト!」
炎弾が一体のラピュータを撃ち落とす。
しかし群れはなお迫ってくる。
アウローラは舌打ちした。
「チッ……。」
折れかけた杖を握り直し、鋭い目で空を見上げる。
「爺さん!」
ダミアーノ神官も杖を構え直す。
「はい!」
「援護しろ!!」
次の瞬間。
「うにゃああああああっ!!」
猫獣人特有の驚異的な脚力で大地を蹴る。
ドンッ!!
土煙が舞い上がり、アウローラの身体は一直線にラピュータの群れへと飛び上がった。
その背中を守るように、ダミアーノ神官の炎魔術が次々と空を駆け抜ける。
「どうか……間に合ってください!」
「うにゃあああああああああっ!!」
アウローラは折れかけた杖を握り締め、大地を蹴った。
ドンッ!!
猫獣人ならではの跳躍力で一気にラピュータの群れへ飛び込む。
「ギャァァッ!」
最初の一体の顔面へ杖を叩き込む。
メキィッ!!
頭蓋が砕け、そのまま地面へ叩き落とされた。
間髪入れず、空中で身体をひねる。
二体目の首へ横薙ぎ。
ゴガァン!!
骨が砕け、翼を失ったラピュータが回転しながら落下する。
「まだだぁぁ!!」
さらに三体目。
四体目。
五体目。
杖は鈍器と化し、次々とラピュータを叩き落としていく。
「フレアスト!!」
その背後からダミアーノ神官の炎弾が飛ぶ。
ゴォッ!!
アウローラの死角から襲おうとしたラピュータへ命中。
炎に包まれた魔獣は断末魔を上げながら墜落した。
「右です!」
ダミアーノ神官の声。
アウローラは振り向きもせず身体を回転させる。
ゴンッ!!
杖が右から迫る一体の顎を打ち抜いた。
「助かった!」
「援護は任せなさい!」
神官の魔術は無駄がない。
前へ出るアウローラの隙だけを正確に埋めていく。
だが
メキィッ!!
ついに杖が限界を迎えた。
柄の中央から真っ二つに折れる。
アウローラは舌打ちした。
「チッ!」
折れた杖を投げ捨てる。
「ここからは素手だ!」
腰からダガーを抜く。
「うにゃぁぁぁっ!!」
一体へ飛び込み、蹴りを胸へ叩き込む。
ドゴォッ!!
吹き飛んだ身体へ追い付き、そのまま喉へダガーを突き刺した。
「ギャァァァッ!!」
絶命。
さらに着地と同時に身体を低く滑らせる。
次の一体の脚を蹴り払う。
体勢を崩したところへ。
ズブッ!!
心臓へ一突き。
迷いのない一撃だった。
それでも傷は増え続ける。
羽ばたく翼。
風の刃。
鋭い爪。
ビシュッ!!
肩が裂ける。
ザシュッ!!
太腿から血が噴き出す。
アウローラは歯を食いしばった。
「こんなの……!」
血を吐きながら叫ぶ。
「クリスティアンの村で負けられるかよぉ!!」
最後の三匹だけが空へ逃れるように旋回した。
ダミアーノ神官が叫ぶ。
「残り三体です!」
アウローラは一度だけ地面へ降り立つ。
肩で大きく息をする。
「フゥ……フゥ……。」
全身から血が滴る。
塞がりかけていた傷口は再び裂け、包帯は真っ赤だった。
それでも。
猫耳がぴんと立つ。
黄金色の瞳が獲物を捉えた。
「フゥゥゥゥ……。」
低く唸る。そして
「にゃああああああああああっ!!」
雄叫びと共に再び跳躍。
傷口という傷口が一斉に開く。
血飛沫を撒き散らしながら、それでも速度は落ちない。
最初の一体へ飛び蹴り。
ドガァッ!!
胸骨を砕き、そのまま地面へ叩き落とす。
空中で身体を一回転。
二体目の首へダガーを深々と突き立てる。
「ギャァァッ!」
最後の一体が恐怖に羽ばたいた。
だが遅い。
アウローラは空中でその翼へしがみつき、
「逃がすかぁぁぁ!!」
渾身の力でダガーを頭部へ突き刺した。
ズバァッ!!
魔獣は断末魔を上げる間もなく力尽きる。
そのまま一人と三匹の亡骸が地面へ落下した。
ドサッ!!
土煙が舞う。
静寂。
ラピュータの群れは全滅していた。




