episode4(ambush)Chapter9
村の外れ。
麦畑の先に広がる林は、異様な唸り声に包まれていた。
「ギィィィィッ!!」
「ギャアアアア!!」
翼を持つ魔獣ラピュータが、群れとなって空を埋め尽くしている。
一体、二体ではない。
二十体を優に超える群れだった。
その威圧感だけで、普通の村人なら戦意を失う。
その中心でディメトリオは杖を握ったまま膝を震わせていた。
「だ……だめだぁぁぁ……!」
声まで震える。
目には涙が溜まっていた。
「だめだぁぁもうおしまいだぁぁぁ!!」
完全に腰が引けている。
これまで治癒魔術を学び、人を救うことばかり考えてきた彼にとって、本物の魔獣の大群は悪夢そのものだった。
その前へ出るのはダミアーノ神官。
「フレアスト。」
杖の先から中位炎魔術が放たれる。
轟っ!!
灼熱の炎弾が一直線に飛び、ラピュータを包み込んだ。
「ギャアアアッ!」
一体。
さらにもう一発。
二体目。
続けざまに三発目。
三体目が炎に包まれて地面へ落ちる。
しかし。残りはまだ二十体以上。
空を覆う影はほとんど減っていなかった。
ダミアーノ神官は肩で大きく息をする。
「はぁ……はぁ……。」
額から汗が流れ落ちる。
「困りましたね……。」
苦笑するしかない。
「まだ二十体は優に超えています。」
高齢の身には、中位魔術の連発は大きな負担だった。
「ぼ、僕もぉぉぉ!!」
ディメトリオが半泣きで杖を構える。
「フ、フレイムゾーン!!」
炎の渦が広がる。
だが。
ラピュータたちは翼で風を巻き起こし、炎を散らしながら突っ切ってくる。
火傷こそ負わせたものの、ほとんど勢いは衰えない。
「なっ……!?」
ディメトリオの顔から血の気が引く。
「炎が弱点だろ!!」
声が裏返る。
「なんで効かねえんだよ!!」
完全にパニックだった。
その隙だった。
一体のラピュータが急降下する。
鋭い鉤爪がディメトリオの身体を掴み上げた。
「ぎゃあああああ!!」
杖が手から離れる。
空中へ持ち上げられ、締め上げられる。
骨が軋む。
「た、助け……!」
ラピュータはそのまま首を噛み砕こうと大口を開いた。
「ジェンティーレくん!!」
ダミアーノ神官が叫ぶ。
しかし距離が遠い。
魔術も間に合わない。
「……くっ。」
神官は歯を食いしばった。
間に合わない。
そう覚悟した、その瞬間。
「うにゃああああああああ!!」
黒い影が地面を蹴った。
猫獣人特有の爆発的な脚力。
一瞬でラピュータの高度まで跳び上がる。
ドゴォォンッ!!
鋭い回し蹴りがラピュータの横顔へ炸裂した。
魔獣は悲鳴を上げながら吹き飛び、ディメトリオを放して地面へ激突する。
「ギャアアアッ!!」
土煙の中へ軽やかに着地した猫耳の少女。
逆立った尻尾。
傷だらけの身体。
腰には一本のダガーだけ。
アウローラだった。
ダミアーノ神官は目を見開く。
「君は……。」
アウローラは振り返りもしない。
鋭い目でラピュータの群れを睨みつけながら叫ぶ。
「どっちでもいい!」
片手を後ろへ伸ばす。
「杖をよこせ!!」
ダミアーノ神官は一瞬だけ驚いたが、すぐに頷いた。
「ジェンティーレくん!」
厳しい声が飛ぶ。
「あの子に杖を渡しなさい!」
ディメトリオはまだ腰を抜かしたまま震えていた。
「ひいいいいいいいっ!!」
半泣きになりながら杖を掴むと、
「う、受け取ってぇぇぇぇ!!」
叫びながらアウローラへ向かって思い切り投げた。
宙を舞う杖。
アウローラは振り向きもせず、右手を伸ばした。
パシッ。
まるで最初からそこにあると分かっていたかのように、見事に受け止める。
くるりと一回転させ、重さや重心を確かめる。
「……ふん。」
柄を握り直しながら眉をひそめた。
「ちぇっ。」
口を尖らせる。
「飾りばかりカッコつけやがって……。」
金細工の施された杖を眺める。
宝石が埋め込まれ、磨き上げられた木肌は芸術品のようだった。
しかし。アウローラは鼻を鳴らす。
「実戦向けの装飾が何もねえな!」
完全に戦士目線の評価だった。
後ろではディメトリオが涙目になる。
「そ、それ神官学校を首席で卒業した記念の杖なんだけどぉ……。」
「知るか!」
アウローラは一蹴する。
杖を肩へ担ぎながら叫んだ。
「高そうな杖だけど壊しても文句言うなよ!!」
「えええええっ!?」
ディメトリオが情けない悲鳴を上げる。
ラピュータの群れが一斉に襲い掛かる。
「ギャアアアアッ!」
「ギィィィッ!」
アウローラは腰を落とした。
猫耳がぴんと立つ。
尻尾が大きく膨らむ。
「フゥゥゥゥ……」
獣のような低い唸り声。
そして。
「うにゃぁぁあああああ!!」
地面を蹴る。
その姿が掻き消えた。
ドゴォン!!
最初の一体へ、杖を横薙ぎに叩き込む。
鈍い衝撃音と共にラピュータが吹き飛び、地面を何度も転がる。
返す動きで二体目。
ガァン!!
脳天へ叩き落とす。
さらに身体を捻りながら三体目へ。
バギィッ!!
杖の石突きが顎を打ち抜き、魔獣が宙へ舞う。
「ギャアアアアッ!」
「遅ぇ!」
アウローラは止まらない。
杖をまるで棍棒のように振り回し、飛び込んでくるラピュータを次々と叩き落としていく。
ドゴッ!
ガンッ!
バキィッ!
華麗な杖術ではない。
獣人の脚力と反射神経を活かした、豪快で荒々しい打撃戦だった。
後方でディメトリオは呆然と口を開ける。
「ぼ、僕の杖……。」
ダミアーノ神官は苦笑しながら肩をすくめた。
「……本来の使い方ではありませんが。」
吹き飛ばされていくラピュータを見つめる。
「存外、あの娘にはその方が合っているようですね。」
アウローラは杖を軽く振って感触を確かめた。
そのたびに柄から嫌な軋み音が響く。
「ちぇっ。」
顔をしかめる。
杖の中央には大きなひびが入り、先端の装飾も砕けかけていた。
「もうあと二、三発で折れるな。」
不満そうに悪態をつく。
その言葉にディメトリオの顔が青ざめた。
「ぁぁぁぁぁ……。」
膝から崩れ落ちる。
「あぁ……僕の記念品がぁぁぁぁ!!」
情けない悲鳴が辺りに響いた。
両手で頭を抱えながら項垂れる。
「あれを見せるだけで女の子から注目されるのにぃ……。」
完全に戦場とは思えない嘆きだった。
アウローラの額に青筋が浮かぶ。
「うるせえ!!」
振り返りざまに怒鳴る。
「死んじまったら女もクソもねぇだろうが!!」
その一喝にディメトリオは、
「ひぃっ!」
と肩を震わせて縮こまった。
ダミアーノ神官は思わず苦笑する。
「確かに……今は命が最優先ですね。」
その時だった。
空に残ったラピュータたちが一斉に高度を上げる。
「ギィィィィッ!!」
羽を大きく羽ばたかせた。
ブワァァァッ!!
何枚もの翼が巻き起こす風が渦を作る。
その風は次第に鋭さを増し
ヒュガガガガッ!!
無数の風の刃。
カマイタチとなってアウローラへ降り注いだ。
「にゃあああああ!!」
避けきれない。
肩。
腕。
背中。
脇腹。
脚。
鋭い風刃が次々と身体を切り裂いていく。
ビシッ!
ビシィッ!
ズバッ!
先日の激戦で塞がりかけていた傷口が次々と裂けた。
包帯が赤く染まる。
血飛沫が宙を舞った。
アウローラは歯を食いしばりながらなお立っていたが、その身体は痛みに震えていた。
ダミアーノ神官が血相を変える。
「いけない!!」
一歩踏み出して叫ぶ。
「まだ身体は完治してません!」
その声が響く中でも、アウローラは杖を握る手を離さなかった。
猫耳を伏せ、鋭い瞳でなおラピュータの群れを睨みつける。
「こんな程度で……。」
口元から血を拭う。
「寝てられるかよ……。」




