episode4(ambush)Chapter7
夕暮れのサンシーロ。
普段は活気に満ちる正門前も、この日だけは異様な静けさに包まれていた。
ゼネラリ方面から帰還した荷馬車が、一台、また一台と石畳を軋ませながら城門をくぐってくる。
だが。
帰ってきたのは凱旋する兵士たちではない。
黒い布で覆われた荷台。
規則正しく並べられた無数の亡骸。
白い布の下から覗く青と黒、白と黒の鎧。
死体回収班の兵士たちは無言のまま荷を降ろし続けていた。
誰も笑わない。
誰も声を張り上げない。
聞こえるのは木箱を降ろす鈍い音と、遺族たちの押し殺した嗚咽だけだった。
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クリスティアンは、その列の前で立ち尽くしていた。
視線の先。
白布が胸元まで掛けられた一人の男。
東洋人特有の黒髪。
見慣れた無精髭。
何度も酒場で笑い合った陽気な男。
ケイスケだった。
クリスティアンの喉が震える。
「……ケイスケさん」
返事はない。
いつもなら、
「おう小僧!」
と笑って頭を小突いてくる男は、もう動かなかった。
片腕を失った身体には、激戦の傷跡が幾重にも刻まれていた。
それでも。
その表情だけはどこか穏やかだった。
クリスティアンの膝から力が抜ける。
「ケイスケさん……」
ぽたり。
涙が遺体の傍らへ落ちた。
「なんで……」
拳を握る。
「なんで……」
声にならない。
そして。
「ケイスケさぁぁぁぁん!!」
堪えていたものが一気に溢れ出した。
その場に膝をつき、子供のように泣き崩れる。
周囲の兵士たちも目を伏せた。
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その隣では、カズが腕を組んだまま黙って立っていた。
普段は豪快に笑う男も、今日は笑わない。
しばらく無言で後輩の亡骸を見つめ続ける。
やがて拳をぎりりと握り締めた。
血が滲むほど強く。
「……バカが」
低く呟く。
「俺より先に逝っちまうとかよ」
唇を噛む。
怒りとも悲しみともつかない感情が胸を締め付ける。
「約束破りやがって……」
それ以上は続かなかった。
静かに足音が近付く。
ヒールが石畳を叩く乾いた音。
セリーナだった。
華やかな装いはなく、黒を基調とした落ち着いた服装。
その表情にも、いつもの妖艶な笑みはない。
ただ静かにクリスティアンの隣へ立つ。
泣き崩れる少年を見つめると、小さく目を閉じた。
そして胸元に飾っていた銀のブローチを外す。
夜の店で身につける、大切な装飾品。
彼女はそれを両手で包み込むように持ち、
そっとケイスケの胸元へ置いた。
「……お疲れさま」
かすかな声。
「最後まで、本当に格好良かったわ」
瞳が少しだけ潤む。
だが涙は流さない。
静かに十字を切ると、ケイスケへ深く頭を下げた。
やがて。
献花台の前には、次々と青と黒の軽戦闘服や鎧を纏ったネラッズーロの隊員たちが集まり始める。
第五十五番隊だけではない。
他の部隊の生き残りや休暇中の隊員たちも、無言で花を抱えてやって来る。
白い百合。
青いリンドウ。
名も知らぬ野花。
一輪ずつ。
誰も大きな声では話さない。
ただ静かに花を供え、
仲間の名を胸の内で呼び、
敬礼して去っていく。
「……また酒飲もうな」
「向こうでも暴れすぎんなよ」
「ゆっくり休め」
小さな別れの言葉だけが風に溶けていった。
献花の列は途切れることがない。
ネラッズーロ。
国籍も、生まれも、種族も違う者たち。
それでも彼らは皆、
同じ青と黒を纏った仲間の死を悼むため、
静かに花を置き続けていた。
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サンシーロ中央軍港。
港一帯には、戦場から運び込まれた無数の棺と遺体が静かに並べられていた。
白布を掛けられた者。
名前だけが書かれた木札だけの者。
誰にも身元が判別できず、番号札だけを付けられた者。
泣き崩れる家族。
肩を寄せ合う仲間。
静かに十字を切る神官たち。
どこを見ても、戦争の爪痕しかなかった。
その中で。
ケイスケの亡骸の前には、絶え間なくネラッズーロの仲間たちが花を供えていた。
青と黒の花束。
酒瓶。
煙草。
東洋の小さな酒盃。
皆、それぞれの別れ方で彼を送り出していた。
その時だった。
少し離れた場所から、低い男たちの声が聞こえてきた。
「……アイツらは、死体が戻っただけ幸せだな」
誰かがぼそりと呟く。
別の男が苦く笑う。
「あぁ、違ぇねえ。」
視線は遠くの棺の列へ向いていた。
「ロストしたまま帰ってこない奴も今回は大勢いるぜ。」
その言葉は重かった。
戦場では、遺体すら戻らない。
爆発で吹き飛び。
炎に焼かれ。
敵地へ取り残され。
名前だけが”戦死”として記録される者も少なくない。
帰る場所すら失う者たち。
それが戦争だった。
その時。
数名の猫獣人が人混みをかき分けて近付いてきた。
皆、青と黒の腕章を巻いている。
一人がクリスティアンの胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄った。
「おい!」
赤く腫れた目。
泣き腫らした顔だった。
「お前、アウローラの連れだろ?」
クリスティアンは息を呑む。
猫獣人は震える声で続けた。
「アウローラの死体は何処だ?」
周囲の猫獣人たちも必死な目で見つめてくる。
誰も答えを恐れていた。
クリスティアンは静かに首を振った。
「……いや。」
声が震える。
「俺も見てないんだ。」
その一言で。
皆の表情が固まる。
隣でセリーナが小さく呟いた。
「……ロスト。」
その言葉には、夜の街で多くの騎士を送り出してきた女だからこその重みがあった。
遺体すら戻らない。
待つ者にとって、それは最も残酷な結末。
どこで眠っているのかも分からない。
墓を作ることすらできない。
猫獣人たちはその場で肩を落とした。
そして
「……にゃぁ……」
一人が小さく鳴く。
その鳴き声は次第に広がり、
「にゃぁぁ……」
「うぅ……にゃぁ……」
仲間を失った猫たちの悲しみが、獣人特有の切ない鳴き声となって港中へ響いていく。
まるで群れから取り残された子猫のような。
胸を締め付ける声だった。
その鳴き声を聞いて、周囲の者たちまで静かに目を伏せる。
クリスティアンは拳を強く握った。
「いや……」
自分に言い聞かせるように。
何度も。
「まだ決まったわけじゃない。」
「ロストだからって……」
「まだ生きてるかもしれないだろ。」
誰よりも自分自身へ言い聞かせていた。
あの別れ際。
「絶対に死ぬな。」
そう抱き締めた。
約束した。
だから。
まだ。
きっと。
その時だった。
隣で腕を組んでいたカズが静かに口を開く。
「……生きてるとは考えにくいな。」
淡々とした声だった。
慰めではない。
戦場を知る者の現実。
「ロストの大半はそういうことだ。」
その一言が、容赦なく希望を現実へ引き戻した。
クリスティアンは言葉を失う。
反論したい。
否定したい。
だが。
戦場を知るカズの言葉には、重すぎる説得力があった。
港には再び、猫獣人たちの悲しげな鳴き声だけが響き渡る。
「にゃぁぁぁ……」
「うぅ……にゃぁ……」
誰もアウローラの名を呼ばない。
呼べば、本当に帰ってこない気がしたから。
クリスティアンは唇を噛み締めた。
拳から血が滲むほど力を込めながら。
ただ一つだけ。
心の奥で願い続けていた。
生きていてくれ。それだけを。




