episode4(ambush)Chapter4
夜明け前。
死体回収班の荷馬車は、軋む音を響かせながら街道を進んでいた。
荷台には白い布を掛けられた無数の亡骸。
その一角で。
アウローラは静かに眠っていた。
脈はかすか。
呼吸もほとんど感じられない。
猫獣人特有の本能が、肉体を極限まで活動停止させる”仮死状態”へ導いていた。
眠るように。
ただ、生き延びるためだけに。
「やれやれ……今日はとびきり重いな。」
御者がぼやきながら手綱を操る。
戦場から回収した兵士はいつも以上に多い。
馬も疲れ切っていた。
その時だった。
ガタンッ!!
車輪が大きな石へ乗り上げる。
「あっ!」
御者の手から手綱が滑った。
荷台が大きく傾く。
ドサッ!
ドサドサッ!!
白布に包まれた遺体が何体も街道脇へ転がり落ちた。
「いっけねぇ……。」
御者は馬車を止め、荷台を見回す。
「……まぁ。」
肩をすくめる。
「ビアンコ・ネーロの死体は落ちてねぇな。」
白黒の鎧は見当たらない。
転がり落ちたのはネラッズーロの兵ばかりだった。
御者は面倒そうに頭を掻く。
「今から積み直すと時間かかっちまうし……。」
軽く鼻を鳴らす。
「置いていくか。」
再び手綱を鳴らす。
馬車は何事もなかったかのように街道を走り去っていった。
街道脇には数体の遺体だけが残される。
その中に。
青黒い耳を伏せた猫獣人の少女が横たわっていた。
アウローラ。
白布の隙間から、小さく胸が上下している。
誰にも気付かれないほど、わずかに。
すぐ近くには一本の木製の立札。
そこには大きく
『デッレ・アルピ』
と刻まれていた。
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やがて。
朝の買い物帰りなのだろう。
籠を抱えた三人の女性が街道を歩いてくる。
「あら?」
一人が足を止めた。
視線の先には、街道脇へ転がる白布。
数歩近付く。
布の隙間から見えた青黒い鎧。
「きゃああああっ!!」
悲鳴が響いた。
もう一人の女性が顔面蒼白になる。
「し……しし……。」
声が震える。
「死んでる……!」
籠を取り落とし、その場にへたり込んでしまった。
しかし。
三人目の女性だけは違った。
アンジェリカだった。
彼女は青ざめながらも深呼吸する。
「まだ生きているかもしれません。」
震える声だった。
それでも迷わない。
すぐに最も近くの兵へ駆け寄る。
首筋へ手を当てる。
……反応はない。
次。
その次。
誰も脈は感じられない。
そして。
最後に猫獣人の少女へ手を伸ばした。
「この子も……。」
細い首筋へ指先を添える。
その瞬間だった。
トクン。
かすかに。
本当にかすかに鼓動が伝わる。
アンジェリカの目が大きく見開かれた。
「……!!」
信じられない。
もう一度確かめる。
間違いない。
生きている。
アンジェリカは勢いよく立ち上がり、村へ向かって叫んだ。
「この猫ちゃん生きてます!!」
必死な声が朝の村へ響く。
「ダミアーノ神官を早く!!」
その叫びを聞いた村人たちが、一斉に動き始めた。
猫獣人の少女の運命は。
今まさに、大きく動き始めようとしていた
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暗闇だった。
アウローラは息を切らしながら剣を構える。
目の前には、白銀の鎧。
ジョルディ・バケーロ。
「また来たか」
冷たい声。
次の瞬間には視界から消えていた。
「速!!」
ガキィン!!
剣を受け止める。
だが。
次の一撃。
三撃。
四撃。
まるで嵐だった。
「にゃあああああっ!!」
必死に食らいつく。
しかし。
「遅い。」
鋭い一閃。
視界が赤く染まる。
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気が付けば、また戦場だった。
「全員突撃!!」
ファヴァッリ隊長の声。
ケイスケの怒鳴り声。
仲間たちが駆け出す。
「ダメだぁぁぁ!!」
アウローラは叫ぶ。
「逃げろ!!」
誰も止まらない。
ジョルディの剣が閃く。
ファヴァッリが倒れる。
弓の雨が降る。
仲間が次々と倒れていく。
「やめろぉぉぉ!!」
必死に飛び込む。
だが。
脇腹に激痛。
「がっ……!」
また。
また同じだった。
何度も。
何度も。
何度も。
夢は繰り返された。
逃げても。
戦っても。
叫んでも。
結果は変わらない。
仲間は倒れ。
ケイスケは笑いながら最後まで戦い。
ジョルディは静かに剣を振るう。
「嫌だ……」
涙が零れる。
「もう嫌だ……」
誰か。助けて。
クリスティアン。
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デッレ・アルピ村の教会。
ダミアーノ神官は額から滝のような汗を流していた。
両手をアウローラへかざす。
「リバースライフ!!」
眩い光が少女を包む。
だが反応は弱い。
「くっ……!」
年齢による衰えで魔力が足りない。
その隣ではディメトリオが歯を食いしばっていた。
「神官様!」
両手を重ねる。
「僕の魔力を!」
治癒魔法の光が重なっていく。
ダミアーノは頷いた。
「ありがとう!」
再び詠唱する。
「リバースライフ!!」
神聖な光が教会いっぱいに広がった。
一時間。
誰一人休まなかった。
ダミアーノも。
ディメトリオも。
アンジェリカも。
村人たちも祈り続けた。
そして。
アウローラの指先が、ぴくりと動く。
「!」
瞼がゆっくり開いた。
ぼやけた視界。
見たことのない木の天井。
知らない匂い。
知らない人々。
「……にゃあ!!??」
勢いよく飛び起きる。
全身の毛が逆立った。
「フゥゥゥゥゥ!!」
低く唸る。
鋭い犬歯を見せ、今にも飛び掛かりそうな姿勢を取った。
教会の空気が張り詰める。
ダミアーノ神官は両手をゆっくり見せた。
敵意はないと示すように。
穏やかな笑みを浮かべる。
「猫の娘さん。」
優しく語り掛ける。
「もう大丈夫ですよ……。」
一歩も近付かない。
怯えさせないように。
「ここは戦場ではありません。」
静かな声。
「しがない村です。」
アウローラの耳がぴくりと動いた。
ディメトリオがおずおずと前へ出る。
「え……えっと……。」
少し緊張していた。
「言葉は通じますか?」
アウローラは涙目のまま彼を見る。
その横でアンジェリカが微笑んだ。
「大丈夫よ、ディメトリオくん。」
穏やかに頷く。
「言葉はちゃんと通じるはずよ。」
デッレ・アルピ村に獣人はいない。
だから村人たちは皆、どう接すればいいのか分からず戸惑っていた。
サンシーロで暮らした経験のあるアンジェリカとダミアーノだけが、落ち着いて彼女を見守っていた。
アウローラは辺りを見回した。
知らない顔。
知らない教会。
知らない村。
胸が締め付けられる。
「……おっさんは?」
震える声だった。
「ジョルディは?」
誰も答えられない。
アウローラの瞳から涙が溢れる。
「アタシだけ……。」
唇が震える。
「アタシだけ生き残っちまったのか……?」
ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
その小さな呟きに、教会の中は静まり返った。
誰も、すぐには言葉を返せなかった。




