episode4(ambush)Chapter3
ケイスケは脇目も振らず駆けた。
右腕を失った身体から血が滴り落ちる。
それでも止まらない。
片腕でぐったりとしたアウローラを抱き締め、必死に足を動かす。
「待ってくれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
喉が裂けるほど叫ぶ。
前方では、戦場を巡回する死体回収班の馬車がゆっくりと動き始めていた。
白い布を積み上げた荷台。
そこにはビアンコ・ネーロも、ネラッズーロも、区別なく無数の亡骸が積まれている。
御者が鬱陶しそうに振り返った。
「なんだ?」
冷たい視線。
「ネラッズーロか?」
蔑むような声音だった。
ケイスケは息を切らしながら馬車へ駆け寄る。
「頼む……!」
肩で息をしながら頭を下げる。
「このにゃんこだけでいいんだ……!」
アウローラを抱き締める腕に力が入る。
必死だった。
「このエロにゃんこ……フィアンセが出来たばかりでな……」
震える声で続ける。
「サンシーロで待つフィアンセに……せめて遺体だけでも対面させてやりたくてよ……」
咄嗟に思いついた嘘だった。
死体回収班の兵士はアウローラを一瞥する。
脇腹は血に染まり、呼吸もほとんど見えない。
誰の目にも死体にしか見えなかった。
「……まぁ」
兵士は肩を竦める。
「死んだのなら、もう現場じゃ使えない。」
荷台を親指で指した。
「一人くらいなら構わないよ。乗せろ」
その一言に、ケイスケの肩から力が抜けた。
「……っ!」
涙が滲む。
「わりぃ……頼む!」
片腕だけで慎重にアウローラを荷台へ寝かせる。
周囲の遺体に紛れるよう白布をそっと掛けた。
眠っているような穏やかな顔だった。
ケイスケはその額を優しく撫でる。
「俺もすぐ死ぬだろうからよ」
いつものように豪快に笑おうとした。
だが。
笑顔は震えていた。
「死んだらついでに回収頼むぜ」
兵士は面倒そうに手を振る。
「ああ。見つけたらな」
馬車が再びゆっくりと動き出す。
ケイスケはその場に立ち尽くし、遠ざかる荷台を見送り続けた。
(にゃんこ……)
拳を強く握る。
(死ぬなよ。)
視界が滲む。
(サンシーロに着くまで……)
馬車は戦場を離れていく。
(頑張れよ。)
その祈りだけを残して。
ケイスケは血に染まった戦場へと踵を返した。
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「たかだか数十人に何を手間取っている!」
ジョルディ・バケーロの怒声が戦場全体に響き渡る。
「こっちは一個師団だぞ!!」
数千の兵が一斉に押し寄せる。
剣戟。
怒号。
爆炎。
大地そのものが震えていた。
対する水色の鎧は、わずか数十。
それでも誰一人として退いていない。
ガエターノは肩を竦め、苦笑した。
「おー怖いねぇ」
軽く剣を振る。
刃先から血飛沫が散った。
「俺の上司とはまた違った怖さだ」
その余裕に、ジョルディの眉がぴくりと動く。
「フン」
冷たく鼻を鳴らした。
「ここで貴様達を殺せば戦局はカンプノウの物……」
長剣を構える。
「容赦はせん」
二人は再び激突した。
ギィィィィン!!
火花が夜を裂く。
「若いのにいい腕だ……」
ガエターノは額の汗を拭う。
「命がいくつあっても足りないよ」
軽口を叩いてはいる。
だが、その呼吸は先ほどより僅かに荒い。
ジョルディの剣は、一太刀ごとに重く鋭さを増していた。
「だが……」
ガエターノが口角を上げる。
「部下は僕の方が優秀かな?」
そう言ってウインクした。
ジョルディは周囲を見回し、顔をしかめる。
「押されているぞ!」
ロス・ブランコスの兵へ怒鳴る。
「外人部隊にすら手間取ってどうする!」
檄が飛ぶ。
しかし、水色の部隊は崩れない。
少数でありながら、互いの死角を埋め、傷付いた仲間を即座に庇い、無駄のない連携で敵を押し返していた。
「傭兵も使い方さ」
ガエターノが静かに笑う。
そして。
踏み込んだ。
ギャァァァン!!
ジョルディの剣を真正面から弾き飛ばす。
「っ!」
巨体が数歩後退する。
ジョルディの目が細くなる。
「面白い……」
その瞬間だった。
彼は左手をわずかに上げた。
それだけで十分だった。
後方に潜んでいた魔術師たちが一斉に詠唱を開始する。
「上級炎魔術」
巨大な魔法陣が夜空を赤く染める。
「フレイムドラゴン!!」
ゴォォォォォォォォォッ!!
巨大な炎の龍が咆哮を上げながら、ガエターノへ襲い掛かった。
「隊長!!」
部下が叫ぶ。
灼熱の炎が一瞬で彼の姿を飲み込む。
ジョルディは笑った。
「私がかつてエミリアーノ先生を救った戦法だ!」
炎の中へ一直線に踏み込む。
「パオロ・ビリンデッリの様に死ねィ!!」
燃え盛る炎を突き破り、心臓目掛けて必殺の突きを放つ。
勝った。
誰もがそう思った。
だが。
ズガァァァッ!!
「……なっ?」
鋭い衝撃が肩を貫いた。
ジョルディの身体が止まる。
見下ろす。
自らの右肩を、水色の名刀ピントゥリッキオが深々と貫いていた。
「ば……バカな……」
肩から血が溢れる。
炎が晴れる。
そこに立っていたのは、鎧に煤を付けながらも悠然と剣を構えるガエターノだった。
彼は肩を払うように鎧の煤を落とす。
「知ってるよ……」
静かな声だった。
「対策済みだ」
ジョルディの瞳が大きく揺れる。
ガエターノは冷たく見据えた。
先ほどまでの飄々とした笑みは、もうない。
「卑劣極まりない手で」
一歩踏み出す。
「アリアンツ平原にて、我が友パオロを討ったのは」
ピントゥリッキオをゆっくり引き抜く。
鮮血が夜空へ舞う。
「エミリアーノではなく、君だったな」
その一言は、刃よりも鋭くジョルディの胸を抉った。
「なっ……」
ジョルディは肩を押さえながら後退する。
「ば……バカな……」
血が指の隙間から止めどなく流れ落ちる。
初めて。
カンプノウ最強の天才剣士の顔から、余裕が消え去っていた。
「退却だ!!」
ジョルディ・バケーロの号令が戦場に響いた。
ロス・ブランコスの兵たちは一切の混乱を見せない。
合図と同時に隊列を組み替え、互いを援護しながら鮮やかに戦場を離れていく。
その統率ぶりは、まさに精鋭部隊そのものだった。
ジョルディは後退しながらガエターノを睨む。
「この借りは必ず返す。」
そう言い残し、白銀の軍勢は夜の闇へ消えていった。
「……助かった……のか?」
ケイスケは片腕で剣を支えながら、その場に膝をついた。
張り詰めていた糸が切れたように、全身から力が抜けていく。
その時だった。
ガエターノの表情が変わる。
「いかん!」
声を張り上げる。
「東洋人! 後ろだ!」
「えっ!?」
振り返るよりも早く、戦場の混乱に紛れていた敵兵の一撃がケイスケの心臓を貫いた。
ケイスケの身体が大きく揺れる。
剣が手から滑り落ちた。
「……はは。」
口元に、小さな笑みが浮かぶ。
もう、自分には分かっていた。
終わりが近いことを。
夜空を見上げながら、静かに呟く。
「見たかったな……。」
思い浮かぶのは、二人の笑顔だった。
「セリーナと……にゃんこから産まれる……あいつの子供が。」
クリスティアンなら。
きっと泣きながらも笑って、家族を守る騎士になる。
そんな未来を、一目だけでも見てみたかった。
ケイスケは穏やかな表情のまま、ゆっくりと目を閉じた。
戦場の喧騒の中で、その呼吸は静かに止まった。
ガエターノはゆっくりと歩み寄る。
血に染まった戦場に膝をつき、静かに十字を切った。
「勇敢なる東洋人……。」
その声には、深い敬意が込められていた。
「安らかに。」
夜風だけが、静かに戦場を吹き抜けていった。




