episode4(ambush)Chapter2
「嘘だろ……みんな……」
ケイスケは立ち尽くしたまま呟いた。
右を見ても。
左を見ても。
倒れているのは青と黒の鎧ばかりだった。
さっきまで笑い合っていた仲間たち。
レーションを奪うと冗談を言っていた男も。
「またカーニバルに行きたい」と笑っていた女も。
もう返事をしない。
ケイスケの頬を涙が伝った。
「嘘だろ……」
震える拳が血で汚れた土を掴む。
「こんなの……嘘だろ……」
一方。
ジョルディ・バケーロは周囲を見渡し、小さくため息をついた。
視線の先では、ロス・ブランコス第七番隊の騎士たちが、各所でネラッズーロの部隊を制圧している。
戦いというより、一方的な掃討だった。
「この程度の規模なら……」
静かに呟く。
「私の部隊が出るまでもなかったな。」
その瞳に失望が浮かぶ。
「ヴィクトールめ……帰国したら覚えておけ。」
そして冷たく命じた。
「傭兵とはいえ、一人たりともサンシーロへ返すな。」
その声には一切の感情がない。
「全員、屠れ。」
「はっ!」
白銀の騎士たちが一斉に散っていく。
「テメェェェッ!!」
ケイスケが雄叫びを上げた。
涙を流しながら一直線に駆ける。
「人間じゃねぇ!!」
怒りだけで剣を振るう。
ガキィィン!!
しかし。ジョルディは片手でその一撃を受け止めた。
表情一つ変えない。
「いい腕だ。」
静かに笑う。
「東洋人なのが惜しいくらいにな。」
「黙れぇぇぇ!!」
ケイスケは体勢を崩さず、なおも攻め続ける。
その瞬間だった。
「もらったぁぁぁ!!」
ジョルディの首元へ鋭く踏み込む。
勝負を決める一撃。
……のはずだった。
「あ……?」
剣を握る感覚が消えた。
右腕に力が入らない。
何が起きたのか理解できない。
視線を落とす。
そこには。
自分の剣と共に、切り離された右腕が地面へ転がっていた。
「……っ!」
ケイスケの瞳が大きく見開かれる。
遅れて激痛が全身を駆け抜けた。
「ぐっ……あぁぁっ!」
膝をつく。
ジョルディは剣を払い、静かに息を吐いた。
「私としたことが……。」
どこか自嘲するように笑う。
「悪い癖だ。」
ケイスケを見下ろす。
「外人なら、交渉次第では戦力になったかもしれぬというのに。」
その言葉に情けはない。
ただ事実を述べているだけだった。
「もう使い物にはならぬな。」
ジョルディはゆっくりと剣を振り上げる。
「死ね。」
ケイスケは目を閉じた。
もう立ち上がれない。
仲間は倒れた。
アウローラも。
隊長も。
誰もいない。
脳裏に浮かんだのは、昨夜ラウンジで笑っていた一人の女性だった。
そして、その隣で真っ赤になっていた少年。
ケイスケはかすかに笑う。
「……小僧。」
震える声で呟いた。
「セリーナを……頼むぞ。」
振り下ろされる刃を前に。
それが、彼の最後の願いだった。
その瞬間だった。
夜を裂くような水色の閃光が戦場を駆け抜ける。
ケイスケの目前へ、一人の騎士が滑り込む。
キィィィィィン――ッ!!
耳をつんざく金属音が轟き、衝撃波が地面の砂塵を一気に巻き上げた。
吹き荒れる風。
揺れる木々。
思わずケイスケは目を細める。
次の瞬間。
ジョルディ・バケーロの身体が大きく後方へ弾き飛ばされた。
石畳を滑るように着地したジョルディは、信じられないものを見るように目を見開く。
「……何?」
彼ほどの剣士が、真正面から力負けした。
その事実が理解できない。
静まり返った戦場に、低く艶のある声が響く。
「またマルディーニに『傭兵如きに兵力を使うな』と叱られちまうな。」
男は肩をすくめ、自嘲気味に笑った。
「しかし」
ゆっくりと剣を構える。
「傭兵とはいえ、サンシーロの仲間を見殺しには出来ん。」
水色の鎧。
月明かりを受けて淡く輝くその甲冑は、この戦場では異質な存在だった。
ケイスケは呆然とその背中を見つめる。
「そ……その剣と……見覚えのある顔……。」
震える声が漏れる。
「あ……あなたは……まさか……。」
男は振り返ると、苦笑しながら片目を閉じた。
「極秘任務中だ。」
軽くウインクする。
「見なかったことにしておいてくれ、東洋人。」
その余裕ある仕草に、ケイスケは息を呑んだ。
一方のジョルディは、珍しく表情を崩していた。
「貴様……!」
声が震える。
「生きていたのか!? ガエターノ・デルピエロ!!」
その名が夜空へ響き渡る。
ガエターノは頭を掻きながら困ったように笑った。
「やれやれ……。」
ため息をつく。
「せっかく機密事項にしてたのに、そんな大声で名前を叫ばれたら記録に残るじゃないか。」
ジョルディは信じられないという表情で睨み付ける。
「お前は四年前……十番隊壊滅と共に死んだはずだ!」
ガエターノは静かに笑う。
「そのまま英雄のまま死ぬのも悪くなかったんだが……。」
少し肩を竦める。
「マロッタ様が許してくれなくてねぇ。」
そう呟くと、戦場をゆっくり見渡した。
横たわる兵たち。
静まり返った夜。
「マーク……イゴール……ステファン。」
一人ひとりの名を口にする。
「みんな素晴らしい友だった。」
胸元で静かに十字を切る。
「冥福を祈る。」
その直後。
ガエターノは背後に控える水色の鎧の騎士たちへ振り返った。
人数は決して多くない。
それでも全員が一歩も退かず、隊長を見据えている。
ガエターノは微笑んだ。
「友の弔いだ。」
名刀「ピントゥリッキオ」を静かに掲げる。
「派手にやるぞ!」
「応ッ!!」
数十名の騎士たちの声が夜空へ重なった。
ジョルディは険しい表情で彼らを見据える。
「たかだか数十人……。」
冷たい声が響く。
「何が出来る。」
彼の号令とともに、周囲を包囲していた大軍の視線が一斉に水色の部隊へ向けられる。
ネラッズーロは後回し。
今、この場で最も警戒すべき敵は。
四年前に死んだはずの英雄。
ガエターノ・デルピエロ、その人だった。
「東洋人! その猫ちゃんを死体回収班に紛れさせて逃がせ!!」
水色の鎧を纏う男――ガエターノ・デルピエロが、ジョルディと鍔迫り合いを演じながら叫んだ。
「死体だということにしたらネラッズーロでも持って帰ってくれる!」
そう言って、余裕すら感じさせるようにウインクする。
「ハッ!」
ケイスケの目が見開かれた。
急いで倒れているアウローラの元へ駆け寄る。
「にゃんこ!」
血塗れの身体を抱き起こし、首筋へ指を当てる。
鼓動は…。
「……ある!」
弱い。
今にも消えそうなほど弱い。
それでも。
確かに脈は打っていた。
「生きてる……!」
思わず涙が零れる。
「このバカにゃんこ……!」
片腕だけでアウローラを抱き上げる。
失った右腕の傷口から血が流れ続けている。
それでも構わない。
「にゃんこ……頑張れよ」
震える声だった。
「俺が今助けてやるからな……」
血塗れの少女を抱えたまま、死体回収班の馬車へ向かって必死に走り出した。
その背中を見送りながら。
ガエターノは小さく微笑んだ。
「勇敢な東洋人に猫ちゃん……」
優しく呟く。
「君たちもサンシーロの誇りだ」
その直後。
ギィィィィンッ!!
再びジョルディの剣と激突する。
凄まじい衝撃波が周囲の土を巻き上げた。
ジョルディは眉をひそめる。
「これが……」
鍔を押し返しながら低く唸る。
「デルピエロの……画家に例えられる太刀筋……!」
一見すれば華奢。
力任せとは程遠い。
だが。
その剣はまるで名画を描く絵筆のようだった。
一太刀ごとに無駄がなく。
流れるような曲線を描き。
受け流し、逸らし、誘い込み、そして斬る。
力ではなく、美しさで相手を支配する剣。
どこを切り取っても完成された一枚の絵画のような剣技だった。
ガエターノは肩を竦め、苦笑する。
「昔“貴公子”なんて呼ばれていた頃の話だよ」
剣を滑らせる。
ジョルディの刃が自然と外へ流される。
「今はただのおじさんの悪あがきさ」
言葉とは裏腹に。
その剣は少しも衰えていなかった。
いや。
四年前よりもさらに洗練されている。
一本一本の軌跡が芸術作品のように美しく、それでいて確実に敵の急所だけを狙っていた。
ジョルディの瞳から初めて余裕が消える。
「面白い……!」
互いの剣が再び激突する。
夜の戦場に、水色と白銀の閃光が幾重にも交差した。




